「子供はわかってあげない」田島列島×沖田修一(監督)対談「原作者として保証します。もう、最高の出来なので!」

父と娘が、失われていた時間を取り戻そうとする姿を撮りたかった(沖田)

──明大が下宿している古本屋の店主・善太郎を作家の高橋源一郎さんが演じています。何ともユーモラスな存在感でしたが、キャスティングの理由は?

映画「子供はわかってあげない」より。

沖田 これはスタッフみんなで話し合って決めたんですけど、やっぱり原作のイメージが大きかった気がします。

田島 なんとなく雰囲気が似てますもんね。

沖田 書物に囲まれて生きてきた、ちょっと浮世離れした雰囲気とかね(笑)。あんな人が画面に映ったら楽しいよなと思って。それでダメ元でお願いしたら、快く出ていただけることになったと。

田島 私、高橋源一郎さんがパーソナリティをされていた「すっぴん!」というラジオが好きでよく聴いていたんですね。それと昔、「子供はわかってあげない」の単行本が出たときに、高橋さんが雑誌にとても素敵な書評を書いてくださったことがあって。だから、この配役を聞いたときには「え? 源一郎さんが善さんを演ってくれるの?」と思って(笑)。うれしかったです。

──美波の父親・藁谷友充。豊川悦司さん演じるこのキャラクターは、原作の落ち着いたトーンから相当変わっていますね。

田島 そう! なんかヘンテコな人なんですよね。観ていてすごく楽しかった。

──海辺の家で、ずっと会ってなかった娘との短い共同生活が始まる。そこに、心配したもじくんが訪ねてきます。このときマンガ版の父親は割と冷静に接しますが、映画ではボーイフレンドの顔を見た瞬間、思いきり不機嫌な表情になって……。

田島 そうそう、大人げないの。でもあそこ、かわいくてよかったなあ。

沖田 ひと夏の思い出というか、父と娘が、失われていた時間を取り戻そうとする姿は、すごく撮りたかったんです。原作に美波と友充がズルズルとうどんを啜る場面があって。自分でも、こういうのは実写で観てみたいなと。

細田さんの演じたもじくんを見て、ようやく彼のことがわかった気がした(田島)

──美波を演じた上白石萌歌さんと、もじくん役の細田佳央太さん。フレッシュな2人の演技についてはどんな印象を持たれましたか?

映画「子供はわかってあげない」より。

田島 最高です。スクリーンに映った2人はまさに美波ともじくんそのもので。私は原作者として幸せ者だなって感じました。それこそ最後の屋上シーンなんて、目が本当にきれいでしょう。一切の曇りがないというか、キラキラ輝いている感じ。

沖田 撮ったのは一昨年の夏かな。あのシーンはクランクアップの日だったんですけど、とにかく暑かった(笑)。現場でのリハーサルもできるだけ少なくして、2人の気持ちを大事に撮っていったのを覚えています。萌歌ちゃんが完璧なタイミングで涙を流すので。自分が監督であるのを一瞬忘れて「すげえなあ」って感心しながら見てました。

田島 美しいですよねえ。泣きながら笑っちゃうあの演技。

映画「子供はわかってあげない」より。

沖田 うん。真剣なときほど笑っちゃう主人公の癖。原作の大事なエッセンスですよね。あのキャラクターの愛らしさがうまく観る人に伝わればいいなと思って撮っていました。現場では高まった萌歌ちゃんの感情につられて、もじくん役の細田くんまで笑っちゃったんですけど。それもかえってよかったのかなと。

田島 わかります。私は自分が女なので、もじくんを描くとき、どこか1枚フィルターが挟まったような感覚があったんですね。でも細田さんの演じたもじくんを見て、ようやく彼のことがわかった気がした。真面目すぎてちょっと挙動不審になっちゃうところとか、美波に対して過剰にジェントルな振る舞いとか(笑)。いい意味で童貞っぽさがすごく出ていて、好感が持てました。

沖田 アップで映すと2人とも必死なんだけど、少し離れたところから撮ると「あ、若い人が何かやってるな」という感じにも見える。そのギャップも僕としては気持ちよかったです。ともかく、萌歌ちゃんと細田くんが「ここが一番大事なシーンなんだ」とわかって一所懸命取り組んでくれたことがすべて。僕はそれをただ切り取っただけですね。

安心して観ていただきたい。原作者として保証します(田島)

映画「子供はわかってあげない」より。

──ところで映画冒頭で流れる劇中内アニメ「魔法左官少女バッファローKOTEKO」もめちゃくちゃインパクトがありました。マイナーなんだけど、美波ともじくんが仲良くなるきっかけになる、重要な作品です。もともと、どこから思い付いたんですか?

田島 父親が左官業で、私自身、しばらく家業の手伝いもしていたんです。それで、魔法少女ものと組み合わせてみたという単純な発想で(笑)。

──そうだったんですね。じゃあそこには、お父様への思いも入っている?

田島 いや、入っては……ない……ですね(笑)。むしろ、使えるもんなら親でも使えというか。そっちに近い気がします。確かに作品の中では重要な要素なんですが、映画を観たとき、あまりにもクオリティが高すぎて驚きました。声優さんは一流ですし、作画もハイレベルで。いい意味で「何やってるんだろう」と(笑)。

──大多数の人は知らないけれど、美波ともじくんにとってはとても大事な世界。監督としては、そこのクオリティは譲れなかったと。

沖田 はい。やっぱり作品の根幹に関わるところなので。アニメ監督の菊池カツヤさんと颱風グラフィックスに協力していただいて、すごく細かく作り込みました。初めての分野だったので、面白かったですよ。一日中、KOTEKOの服装について悩んでみたり。

田島 そうなんだ(笑)。

沖田 衣装のデザインとか相談すると、目の前ですぐ修正されたデザイン画が出てきたりして。「あ、これって映画における衣装合わせと同じなんだ」と思ったり。とはいえ、あまりタッチが洗練されすぎると「学校中で美波ともじくんの2人しか知らない」という設定が崩れてしまうので。ある程度の野暮ったさは残そうとか。ちょっと悪ノリしつつ、楽しみながら作っていきました。

「子供はわかってあげない」上巻より。

田島 「KOTEKO」をしっかり作ってくださったのも、今回すごくうれしかったです。

──高校2年生の「好き」が真空パックされたような、素晴らしい青春映画になっていると思いました。最後にひとこと、読者にメッセージをお願いします。

沖田 そうですね。僕は、とにかく楽しかった。最初に原作を読んだときもそうですし、撮っている最中もそう。作品自体は2019年の夏に撮っていたんですが、コロナ禍で公開が延期になって。ずっと悔しい思いをしていた。それがこうして無事スクリーンにかかるということで、今すごくうれしいんですね。面白いのでぜひ観にきてほしい。言葉にすると平凡だけど、監督からのメッセージはシンプルにそんな感じです。

田島 私も、あまり自分のマンガは読み返したくないほうなんですが、今回の映画は本当に宝物みたいな存在になりました。もし原作が気に入っていて、「映画化はちょっと不安」という方がおられても大丈夫。安心して観ていただきたい。原作者として保証します。もう、最高の出来なので!

左から沖田修一監督、田島列島。
田島列島(タジマレットウ)
2008年、「前期MANGA OPEN」でさだやす圭賞を受賞。2014年にモーニング(講談社)にて連載した「子供はわかってあげない」が、各マンガ賞に上位ランクインし話題を集める。2018年から2020年にかけては、別冊少年マガジン(講談社)で「水は海に向かって流れる」を連載。2020年には第24回手塚治虫文化賞で新生賞に輝いた。
沖田修一(オキタシュウイチ)
1977年8月4日生まれ、埼玉県出身。「鍋と友達」で第7回水戸短編映像祭グランプリを受賞し、2006年に「このすばらしきせかい」で長編監督デビューを飾る。以降「南極料理人」「キツツキと雨」「横道世之介」「滝を見にいく」「モヒカン故郷に帰る」「モリのいる場所」「おらおらでひとりいぐも」、ドラマ「火花」「フルーツ宅配便」などを監督した。

※記事初出時より、一部表現を変更しました。


2021年8月20日更新