埋もれかけた才能にスポットライト 双葉社のマンガ公募企画第4回が始動!「プロのためのセカンドオピニオン」“第1期生”の匡乃下キヨマサが応募のきっかけや作家ならではメリットを語る 実録マンガも掲載!

匡乃下キヨマサインタビュー

「これ大丈夫かな……?」とものすごく不安

──まず匡乃下先生について詳しくお話を伺っていこうと思います。本格的にマンガを描き始めたのはいつ頃なんでしょうか?

本格的に描き始めたのは、高校卒業後です。実は地元の専門学校に進学する予定で、合格もしていたんですけど、学校自体がなくなっちゃったんですよ。

──入学直前に学校自体がなくなってしまうのは、なかなかない経験ですね……。

高校の先生も「そんなことあるんだな」って言ってました(笑)。そこから1年くらいバイトだけしている期間があったんですが、僕には会社員は向いていないんじゃないかと感じて、マンガ家になろうと勉強を始めました。

──当時はどういうジャンルの作品を主に描いていたんでしょうか。

「ベルセルク」のようなマンガが大好きだったので、自分もそういうファンタジー作品を描いていました。けっこう人が死ぬ内容が多かったこともあり、「カワセミさんの釣りごはん」の原型を初めて描いたときは、あまりにも穏やかだったので「これ大丈夫かな……?」とものすごく不安でした。

──「カワセミさんの釣りごはん」はもともと他社のマンガサイトで読み切りとして掲載されました。どういう経緯で生まれた作品なんですか?

匡乃下キヨマサによる実録マンガより。

2017年の年末から当時の担当さんと「とりあえずデビューを目指そう」と準備を進めていたんですが、ファンタジーは風潮としてやりづらいのでなしにしてほしいと言われたんです。新しい企画を考えることになったので、どうしようか悩んでいたら、テレビで初日の出の映像が流れて。そのとき「初日の出を見に来た人たちに交じって、釣りをしている人がいたら面白いな」と思って、釣り好きの女の子と、料理好きの女の子のマンガはどうか?と担当さんに提案しました。

──ほぼ現在の「カワセミさんの釣りごはん」の原型ができあがっていたんですね。匡乃下先生は今回「プロのためのセカンドオピニオン」に応募するまでの経緯を実録マンガにしてくださいましたが、初期のカワセミとミサゴは少し雰囲気が違っていて、新鮮でした。

そうですね。最初のデザインはこういう感じで、担当さんの案で大学生の女の人と、小学生の女の子の設定で練っていました。でも、もともと新設のマンガ賞に出す目的で描いていたんですけど、途中でそのマンガ賞自体がなくなっちゃったんですよ。

──専門学校に続き……!

はい(笑)。まあその後、読み切りとしては掲載されて、デビューすることはできたんですけど、連載に向けて修正に次ぐ修正の日々が始まりました。その頃に友人から「プロのためのセカンドオピニオン」のことを教えてもらったんですが、僕にはあまり関係がないかなと思って応募しようとは思わなかったんです。

──そうだったんですね。関係ないと思っていたところから応募を決意するまでには、どういうことがあったんでしょうか。

担当さんとストーリー展開やキャラクター設定を話し合って、描いては直し、描いては直しを繰り返していました。カワセミもミサゴも徐々にデザインが変わっていったり、最初に戻ったりしつつ、何カ月も修正を重ねていたんです。だけどある日、担当さんから「退職することになった」と連絡をいただいて。新担当の方に引き継いではもらったんですけど、第一声で「イチからやり直そうか。設定とか見直そう」と言われてしまい、「もう、どうでもいいや」と心が折れてしまって……(笑)。そこでセカンドオピニオンがあったことを思い出し、勢いで応募を決めました。

──実録マンガでは、応募から6日後に双葉社からご連絡が来たようなのですが、その日のことは覚えていらっしゃいますか?

実はそのとき、「プロのためのセカンドオピニオン」の企画内容をあまり理解していなくて……。「採用」とお電話をいただきながら、またあのやり直しが続く地獄の日々が始まるのかな、と思っていました。でも、しばらく話を聞いていたら「あれ、これ連載決まったの……?」と気が付いて、時間差で喜びが湧いてきました(笑)。

出すのはタダですから!

──本日、現担当編集の方にも同席いただいているのでお聞きしたいのですが、「カワセミさんの釣りごはん」のどういう部分に惹かれたんでしょうか。

「カワセミさんの釣りごはん」第1話より。

(担当編集) まず女の子のキャラが立っているのがとてもよかったんです。きっと匡乃下先生が前の担当さんと一生懸命練って、ブラッシュアップしてきたものを見せていただいたからこそ、2人のキャラが完全に確立していたんだなと思いました。あと、アウトドアをテーマにしている作品が流行しているタイミングだったこともあり、「これはアニメ化を狙っていきたいぞ!」と思える内容だったことも魅力に感じたことの1つですね。

──ありがとうございます。「プロのためのセカンドオピニオン」は不採用の場合でも、編集部からこういった講評が届くことも特徴ですよね。応募された匡乃下先生から見た、「プロのためのセカンドオピニオン」の魅力はどういうところでしょうか。

確かに、講評をいただけるのはとてもうれしいです。作家が自分の描いたマンガを編集さんに出すときって、煮詰めて煮詰めて、これで100パーセント大丈夫!と思ったものを提出するんですよ。編集部の判断で切られてしまうことがあるのは仕方ないと思うんですが、そこからまた新しくチャンスがもらえるというのはとてもいいですよね。自分の作品を世に出せる確率が上がるということは、描く側としては本当にありがたいことです。

──先ほど伺いましたが、苦労の日々を送られてきたからこそ、愛着もありますよね。

本当に我が子のようなものなので。ただ、名誉のためにお伝えすると、前の担当さんもとてもいい方なんです。先日初めて「月刊アクション」の表紙イラストを担当させていただいたんですけど(2021年6月号)、そのときも発売日に買って写真を送ってきてくださったり。今でも交流は続いています。

──前担当編集の方は今でも匡乃下先生を応援されているんですね。素敵なエピソードをありがとうございます! 「プロのためのセカンドオピニオン」は現在募集中なのですが、応募しようか迷っているマンガ家の方に、経験者である匡乃下先生からメッセージをいただけますでしょうか。

出すのはタダですから!(笑) 今描いている作品でもいいですし、ネームでも応募可能です。少し前にボツになったものでも、1週間もあればブラッシュアップできると思うので、出してみてほしいです。

あまり詳細に描きすぎないように

ヤマメを釣るためのミャク釣りを説明するミサゴ。

──続いて、「カワセミさんの釣りごはん」についてお話を伺います。釣りのシーンは物語の重要な要素ですし、とても詳細に描かれていますよね。もともと釣りがご趣味だったんですか?

いえ、釣りは小学生の頃以来しばらくやっていなくて。「カワセミさんの釣りごはん」を描くにあたってもう一度始めました。これぐらい描かないとダメだろうと思って、参考にするために釣りをしています。

──釣りの教科書にできるんじゃないかと思うぐらい詳細で、とても勉強になります。

釣りと料理のマンガなんですが、逆にあまり詳細に描きすぎないようにしているんです。詳しく描くのであれば、参考書を読めばいい話ですし、妹に聞いたら釣りの説明ページは読んでないと言われてしまって(笑)。だから、バランスを大事にしています。

──そうなんですね。各話に登場する魚や料理はどうやって決めていらっしゃるんでしょう? もし実際に食べたものがあれば、どれが一番美味しかったかも気になります。

ミサゴが釣りあげたヤマメを塩焼きにして味わい、“料理力”が加速するカワセミ。

「この間これを食べて美味しかったな」とか「この調理法を描いてみたい」ということで、料理から決めて、それに合う魚を登場させることが多いです。印象的だったのは、第1話にも登場させているヤマメの塩焼きですね。川魚の中では一番美味しいと思っています。

──先ほど担当編集の方からキャラが立っているところが魅力というお話もありましたが、大人しいカワセミと活発なミサゴ、2人の友人として天真爛漫な羽白、ミステリアスな黒子と、バランスよくいろんなキャラクターが登場しますよね。匡乃下先生のお気に入りキャラクターは誰ですか?

基本的にはみんな好きなんですけど、ある意味では(ミサゴの兄の)匠真ですね。男キャラを出しにくい雰囲気があったのでかなり気を使って登場させたんですが、匠真のおかげで世界観がかなり広がったので、今ではだいぶ読者の方に許してもらった感があります。あとは黒子ですね。

──黒子と言えば、口癖の「元陸上部なので」が特徴ですよね。

あの口癖がとても便利なんです。連載が始まってから生まれたキャラクターなんですが、最初はもう少し外見に特徴がなくて。キャラが弱いということで工夫しましたが、やりすぎたかな?と思っています。あのよくわからない目も描きにくいですし(笑)。あとカワセミの顔のバランスもたまにおかしくなるので、気を付けています。

カワセミとミサゴの同級生・羽白(上段右)と黒子(上段左)。2人は羽白の父が営む釣り具屋でアルバイトをしている。

──主人公なのに(笑)。

はい(笑)。カワセミに関して言えば、読み切りを描くときの初期設定ではゴスロリでした。でも描くのが大変そうだなという理由でやめてしまったんですけど。東京から転校して来たけど、クラスではあまり目立てていないという設定なので、野暮ったいほうがいいよねと友達にアドバイスをもらって、確かにそうだと思って取り入れました。

──ミサゴに羽白、ミサゴの姉・音々子などグラマーなキャラクターも多く登場しますよね。

これは、先ほどもお話した“人が死なない不安”から、これぐらい盛らないといけないと思ってしまって。もっとサービスをしたほうがいいんじゃないかと。初期のほうがお色気描写が多いんですけど、あれは完全に僕が心配でやったことです(笑)。

──人が死なないマンガを描く不安感というものは、今は払拭されたんでしょうか。

おかげさまで。そのぶん魚はたくさん捌かれますけども。

世の中の解像度が上がった

「カワセミさんの釣りごはん」第2話より。ヤマメ釣りをきっかけに話しかけてくるようになったミサゴと、まだ警戒心の解けないカワセミ。

──これまで描いてきた中で、気に入っているエピソードはありますか?

うーん……そもそも少し恥ずかしくて自分のマンガをきちんと読めていないんですが、第2話は覚えています。連載が始まるまで、カワセミとミサゴが出会うところから始まる第1話をずーっと繰り返し描いていたので、第2話で2人が知り合いの状態で話が始まったことが、とても新鮮で。自分でも気付かないうちに「カワセミとミサゴが知り合いだ!」と笑っちゃっていました。

──7月12日には最新4巻が発売されますが、差し支えなければ今後の展開なども伺いたいです。

カワセミやミサゴは学生なんですが、あんまり学校が出てこないので、さすがにそろそろ学生生活や行事を描いたほうがいいなという話を担当さんとしています。高校2年生という設定なので、進路のことを考えたりする時期でもあり、そのあたりのお話も出てくると思います。

──カワセミは進学しそうですが、ミサゴの進路は謎ですね……。

わからないですよね。もしかしたら進学せずにあちこちを放浪しながら釣りをしているかもしれません。あと、以前カワセミとミサゴが車の免許を取りたいと話すシーンを描いたんですが、そのあたりもどうしようかなと考えています。

「カワセミさんの釣りごはん」4巻より。母親の地元を訪れたカワセミは、父と一緒に釣りに行った先で、釣りと出会って変わり始めている自分に気付く。

──免許を取ると行動範囲が広がりますから、今後の展開が大きく変わってくるかもしれないですよね。楽しみです。

4巻収録の話に、カワセミの母親の実家に行く回があるんです。そこで出てくる、「新しい事を始めたから、その分 世界の解像度が上がったのかも…?」という言葉がとても記憶に残っていて。カワセミはもともと引っ込み思案な性格なんですが、カワセミのようなタイプの人って、知らないものに対する恐怖心から一歩踏み出せない部分もあると思っているんです。何か新しいことを始めたら世の中の見え方が変わってくるということは、誰にでも起こることだと思うので、カワセミにもどんどん新しいことを経験させていきたいなと考えています。