コミックナタリー PowerPush - 映画「1/11 じゅういちぶんのいち」

1人のサッカー少年を巡る連作短編が実写映画化 原作者×監督×担当編集が座談会でパス交換

「人の思いは繋がっていく」というテーマが映像になっていた

──身も蓋もないことを伺って申し訳ないのですが、そのテーマというのは。

「1/11 じゅういちぶんのいち」より、安藤ソラ。(c)中村尚儁/集英社

中村 まあオムニバスなので各話ごとにテーマを設けているんですが、全体としては「人の思いの強さ」と「思いの連鎖」が根幹にあるんですね。あと最後は常に明るく終わるように心がけています。

小菅 一時期「光と影だったら光のほうを描きたい」って話してましたよね。

中村 カッコつけて言ってました。スイマセン(笑)。でもやっぱ暗いことを描くのが好きじゃないっていうのがあるんです。やっぱり誰しも生きていてつらいことはあるし、それをマンガでまた突きつけるというのは、少年マンガの役割じゃないな、と。原作にはない描写なんですが、映画の中で登場人物たちの笑顔が順々に映しだされていくシーンがありましたよね、あそこは見ていてグッときました。

小菅 僕たちがこの作品のテーマとして常々話し合っていた、「人の思いは繋がっていく」ということが、映像として表現されていたので。

片岡 ありがとうございます。僕は中村先生の思いを引き継ぐ気持ちで脚本を書いて、映画を撮ったつもりなんです。四季という少女と出会うことでソラが変わり、今度はソラが凛哉たちを変えていった。それを映画で描くことで、今度は見てくれた人が映画から何かしらの思いを受け取って、それが伝播していってくれたらと思っています。

「1/11 じゅういちぶんのいち」より、演劇部部長の小田麻綾。(c)中村尚儁/集英社

中村 いや、自分のマンガにないシーンでそれを描いてくださったので、うれしいです。あとは演劇部の小田麻綾のセリフに原作にはないフレーズが加わっていて、それが印象的でした。「演劇はスポーツと違ってしょせん作り物だから、自分に嘘をついたら人は感動させられない」という。原作にも付け足したいくらいですよ!

片岡 もともと麻綾の話は僕が好きだったというのもあって、絶対に入れたいと思っていたんです。その台詞は僕の思いをそのまましたためた部分だから、そう言ってもらえて光栄です。

中村 マンガもやっぱり作り物なので、そこで本当のサッカーの試合にも劣らない感動を表現するとしたら、テクニックももちろんありますけど何より熱量が大事だと思っていたんです。その創作者の気持ちを汲んでいただけた気がして、あの台詞は心にくるものがありました。

作画に対する苦手意識が強くて「単行本の表紙は写真がいい」

デビュー作「ストライカーは走れない」より。(c)中村尚儁/集英社

片岡 中村さんはサッカーをやられていたわけではないんですよね。連作形式となるとネタに詰まったりはしないんですか。

中村 自分も小菅さんも経験者じゃないので、山のようにサッカーの資料を読んだり、あと取材はたくさんしました。

──デビュー作もサッカーものでしたよね。

中村 単純に好きなんですが、観る専門ですね。片岡監督はサッカーやられてたんですよね。

片岡 はい。一応辞めずに続けていたし、自分なりに「頑張ったかな」とは思えるんですが……、必死とまでは言えなかったかな。

「1/11 じゅういちぶんのいち」2巻の裏表紙。(c)中村尚儁/集英社

中村 自分は陸上部だったんですが、あまり真剣に取り組んでいなくて後悔しています。いま考えると、人生で初めて本気で真剣になったのがマンガなのかな……。ただ取り組みはじめたのが遅くて、大学を卒業してからなんですよ。そこから専門学校に通ってなんとか描けるようになったので、いまだに自分は絵が下手だという、苦手意識が強くて……。それで単行本の表紙は写真がいいって言い出したり。

小菅 表紙が写真だけだとマンガの本だってわかってもらえないですよ、やっぱり表紙は絵ですよって説得したんです(笑)。でも先生の意見は取り入れて、2巻からは裏表紙に写真を使っています。これはご自身で撮られたものなんですよ。

中村 アシスタントさんに撮ってもらったものもありますが、とりあえず変わったことをやってみたかったし、マンガの世界観をより身近に感じてもらえるんじゃないかと思ったんです。

1作目でこれだけ恵まれてしまうと、次が不安です……

「1/11 じゅういちぶんのいち」より、安藤ソラ。(c)中村尚儁/集英社

──その単行本も8巻が出ましたけど、あとがきで作品はもう終盤、クライマックスだとおっしゃっていますよね。

片岡 連作形式でそれぞれがきちんと完結する物語でありながら、こんなに長く続いているのはすごいことですよね。

中村 どうなんでしょう、プロット自体は沢山あるし、続けようと思えば続けられるんですが。とにかく初連載にしては本当に恵まれた作品でしたね。周囲の人に支えられて映画になったという感じだから。

片岡 僕もこれが商業映画としてはデビュー作で、はじめから自分が素直に「好きだ」と思えるマンガの映画化に関わらせてもらえるとは思っていなかったんですよ。そういう意味では僕も非常に幸運でした。

映画「1/11 じゅういちぶんのいち」より、サッカー部が円陣を組む場面。(c)2014 中村尚儁/集英社・「1/11 じゅういちぶんのいち」サポーターズ

中村 ひとつ目でこれだけ恵まれてしまうとね、2作目が不安です……。

小菅 映画が公開されて惜しまれつつ辞めるというのはどうですか。マイケル・ジョーダンみたいな(笑)。

中村 それじゃマンガ家を引退することになっちゃうじゃないですか(笑)。

映画「1/11 じゅういちぶんのいち」 / 2014年4月5日(土)シネ・リーブル池袋、TOHOシネマズ川崎ほか全国公開
映画「1/11 じゅういちぶんのいち」
自分の才能に限界を感じ、中学卒業とともにサッカーを辞めることを決意した安藤ソラ(池岡亮介)。だが、若宮四季(竹富聖花)との出会いを機に、高校でも再びピッチに立つことを決意する。そんなソラの姿を暑苦しそうに眺める学校一のイケメン凛哉(工藤阿須加)。サッカー部への勧誘を受ける演劇部の瞬(阿久津愼太郎)。まっすぐな気持ちでサッカーに取り組む、ソラに惹かれる、サッカー部マネージャーの仁菜(上野優華)。それぞれが抱える過去や想いとは──。

出演:池岡亮介、竹富聖花、上野優華、工藤阿須加、阿久津愼太郎、東亜優、古畑星夏、田辺桃子、楡木直也、河井青葉、久遠さやか、鈴木一真、奥貫薫

原作:中村尚儁(集英社「ジャンプスクエア」連載)

脚本・監督:片岡翔

予告編映像
中村尚儁「1/11 じゅういちぶんのいち」8巻 / 2014年3月4日発売 / 540円 / 集英社
中村尚儁「1/11 じゅういちぶんのいち」8巻

サッカーの世界は実力勝負、それはどこでも変わらない──。たとえ弱小高校の先輩と後輩であっても、プロチームのベテランと新人であっても。だが、実力で勝る若手といえども容易に習得できないのが“経験”──。ピッチ上でそれぞれの魂がぶつかり合い、先輩から後輩へ信念が受け継がれてゆく──。中村尚儁が清新な筆致で描く、サッカーをテーマにした連作シリーズ第8巻。

中村尚儁(なかむらたかとし)

中村尚儁

10月5日福岡県生まれ。2006年に月刊少年ジャンプにて、読み切り「ストライカーは走れない」でデビュー。ジャンプSQ.19創刊号より「1/11 じゅういちぶんのいち」をスタートさせ、2012年からはジャンプスクエア(すべて集英社)へと発表の場を移し連載している。

片岡翔(かたおかしょう)

片岡翔

1982年生まれ、北海道出身。ショートショートフィルムフェスティバルにて三年連続で観客賞を受賞し、2011年には「SiRoKuMa」がSTOP!温暖化部門で3冠を獲得。また、「くらげくん」が第32回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞したほか、全国各地の映画祭で7つのグランプリを含む13冠を達成し、大きな評価を得る。佐藤佐吉監督「Miss Boys!」前編・後編、西加奈子原作による廣木隆一監督「きいろいゾウ」で脚本を担当。