短編マンガと独立系書店は相性がいい
このトークイベントは、東京の梅屋敷に店を構える独立系書店・葉々社で開催されている短編マンガフェアに合わせて実施されたもの。フェアでは「2023年に刊行された短編集」という縛りで山脇がセレクトした26作品が、山脇の直筆コメントと一緒に面陳されている。店に並ぶ本は手に取って試し読みすることができ、もちろん気に入ればそのまま購入できる。
トークイベントの会場は、その葉々社からほど近い仙六屋カフェ。天気にも恵まれ、大きな窓から穏やかな光が差し込む中、衿沢と山脇が10年来の友人ということもあり、まったり和やかなムードでイベントは幕を開けた。冒頭、まずは山脇が、短編マンガにフォーカスしたフェアの開催に至った経緯を説明。「紙のマンガが少しずつ売れなくなってきている。とくに短編集は、売る機会がなかなかないという話を聞く。でも葉々社のお客さんには、マンガが好きだという人はたくさんいる。なんとかそこをつなげられないか」「長編マンガは場所を取ってしまうから難しいけれど、短編集だったら店に置きやすく、かつお客さんも手に取りやすいのではないか」と考えを語り、実際に昨年フェアを実施したところ、「しばらくマンガから離れていたけれど、短編だったら手に取りやすい」「今まで気づかなかったけど、こういう絵柄が自分は好きなんだなという発見があった」などうれしい反応があったことを明かした。
謎が謎のままでいい、その自由さが短編マンガの魅力
イベント第1部では衿沢が、2018年10月に上梓した2冊の短編集「ベランダは難攻不落のラ・フランス」「制服ぬすまれた」の裏話を披露。この2冊は同時期に別の出版社から短編集刊行のオファーがきて、衿沢が悩んで山脇に相談したところ、「どっちからも出せばいいんじゃないですか」とアドバイスがあり、同時刊行に至ったという。「ベランダは難攻不落のラ・フランス」というタイトルは、収録作のタイトルを5・7・5で引用したもの。決まるまでには紆余曲折あったそうで、編集者から何度もNGが出た末に、追い詰められた中で絞り出したアイデアだったそう。衿沢は「短編集においてタイトルはすごく大事」「読み切りって、よっぽどインパクトがないと売れないという体感があった」と語りつつ、「この書名は『タイトル買いした』とおっしゃってくれる方もいた」と振り返った。
山脇が「衿沢さんは子供を描くのがうまい」「子供を描くときに意識していることはあるか」と話を振ると、「子供だった頃は記憶があるので、自分より年上よりは描きやすい」と衿沢。短編集「おかえりピアニカ」の収録作「鳥瞰少女」にも触れながら、「要所要所で『この感じを覚えておこう』という気持ちで過ごしていた」「その頃集めていたものをたまに出している」と語る。また山脇は、「ベランダは難攻不落のラ・フランス」収録の「市場にて」を例に出しながら、日常と非日常をブレンドしたマジックリアリズム的な要素が衿沢作品の好きなところだと言及。それを受けて衿沢は、「短編マンガは無責任でいいというか……このキャラクターは何者なのか?といったことを全部説明せず、謎を謎のままにしても楽しんでもらえる。その自由な感じは短編ならでは」「俳句とかに近い、ただ情景を切り取ったみたいなものなのかもしれない。巻数を重ねてキャラクターの成長や謎解きを表現するのとは、違う軸で描ける自由度がある」などと、短編マンガの魅力についてトークを繰り広げた。
衿沢があまりに感動したため“封印”していた作品
休憩を挟んでの第2部では、「近年気になった短編」「心に残る名作短編」をテーマに、2人が語りたいと思った作品を紹介。「近年気になった短編」として、山脇は今回フェアでもセレクトした太田基之「オオタ式」、すぎむらしんいち「SSSS すぎむらしんいち短編集」などを挙げ、心を掴まれたシーンを観客に伝える。
衿沢は2016年に刊行された売野機子の「クリスマスプレゼントなんていらない」を取り上げ、一読したときにあまりにも感動してしまったため、「何年か読むのをやめよう」と“封印”していたことを明かす。感動した映画やマンガは、繰り返し観たり読んだりするのではなく、寝かせておく習慣があるそうで、その理由を「自分がマンガを描くというのもあるかもしれないんですが、『マンガからマンガを描いちゃいけない』みたいな意識が少しある」と自己分析。本棚のいいところに大事に並べてあったという同書を、今回紹介するために読み返したそうだが、「久しぶりに読んでも泣きそうになるくらいよかった」と推薦した。
また室木おすしの「たまに取り出せる褒め」、河野別荘地の「渚」と、オモコロで作品を発表している作家の短編集を2人が挙げ、マンガ界におけるオモコロの功績について盛り上がる一幕もあった。
「ぎえーっ」から始まる、あまりにインパクトのある短編
「心に残る名作短編」のパートでは、山脇が「あまりにインパクトのある短編」と、「ぎえーっ」という奇声から始まる山岸凉子「天人唐草」を紹介。厳格な父親と、そんな父親に従順な母親に育てられた少女の悲哀を、“毒親”という概念がない頃に描いた同作の魅力を熱弁しつつ、「この話を皆さんに聞いてもらいながらできてうれしい」と微笑む。
衿沢が「高校生のとき常に部屋に転がっていた」と紹介するのは、岡崎京子の「エンド・オブ・ザ・ワールド」。「箱に入れて絶対開けないようにしていた」「トーンワークにしても、マンガの作り方にしても、“封印”しないともっと影響を受けてしまうのではないかという畏れがあった」と存在の大きさを語りながら、「改めて読むと、構図もコマ割りも計算されつくしている」「高校生のときに読んでた以上に、バイオレンスとかドラッグとかのドギツさにびっくりした。だけど、あの時代にはそれがちょうどよかった」と、再読しての思いを述べた。
また、衿沢が「自分がマンガ家になるにあたって外せなかった作品の1つ」と切り出したのは、よしもとよしとも「青い車」。これも本棚に“封印”していた1冊だそうだが、改めて読んでも感動したと言い、「高校生のときには読み取れていなかった部分があった」「もし10代の頃に読んで、最近読み返していないなという人がいたら、ぜひまた手に取ってほしい」と呼びかけた。
この日紹介したマンガのリストはXで公開中
最後には質疑応答やサイン会の時間も設けられ、会場に集ったマンガファンが、衿沢作品やこの日話題に上がった作品について語らった。なおこの日のイベントで紹介された作品のリストは、山脇がX(旧Twitter)で公開している。
衿沢世衣子と山脇麻生のトークイベントで紹介された作品のリスト。
葉々社で開催中の短編マンガフェアは3月29日まで。新たな出会いを探しに、ふらっと足を運んでみては。
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衿沢世衣子が語る短編の魅力、感動のあまり“封印”した本 短編マンガフェアに合わせ
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