マンガ編集者の原点 Vol.11 武田直子(白泉社 メロディ編集部 編集長)

マンガ編集者の原点 Vol.11 [バックナンバー]

「悩殺ジャンキー」「大奥」の武田直子(白泉社 メロディ編集部 編集長)

少女マンガって、ボーダーレスでジャンルレス

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「秘密」「大奥」 社会的インパクトの強い作品における編集の役割

2016年にメロディに戻った武田氏は、よしながふみの「大奥」、麻生みこと「そこをなんとか」、ひかわきょうこ作品などを引き継ぎ、2018年から編集長を務めている。同誌のキャッチコピーは「進化する少女漫画誌」だが、これは創刊当時から変わっていないという。

「創刊当時のメロディの立ち位置は、“LaLaや花とゆめより一歩大人向けの少女マンガ”だったので、そうした意味合いで“進化”と付けていました。メロディでは、高校生が主人公の学園ラブ……とかではなくて、大人が主人公で、白泉社のマンガが若いときに大好きだった読者が大人になって読んでも満足できるものを、と思っています」

ここで、どうしても聞いてみたかったことをぶつけてみた。メロディから生まれた大ヒット作「大奥」や「秘密」(清水玲子)は、言わばSF少女マンガであり、現実の社会や歴史に対する強烈なアンチテーゼやメッセージ性を感じることもある、骨太な作品だ。例えば、「秘密」のメインとなる舞台は、2060年以後の世界。MRIスキャナーが高度に発達し、犯罪捜査の目的で「死者の脳」を映像として見ることが可能となった“近未来”で、物語が展開する。最近のエピソードでは、「殺人犯の指向が親から子へ遺伝するとしたら、子の殺人の責任は誰にあるのか?」というテーマが据えられていたり、正面から取り扱うのに勇気がいるような、タブーに近い主題をはらんだエピソードもある。社会的インパクトの強い作品を世に出すにあたって、編集長として気をつけていることは?と聞くと、「誰かを傷つけないかどうか」という答えが返ってきた。

「秘密」1巻

「秘密」1巻

「『秘密』に関しては、私はいつも校了誌で一読者として初めてワクワクしながら読むので、担当編集には純粋な好奇心で『これ、次どうなるの?』って聞いています(笑)。清水さんはどこにどう結末を持っていくのかな?と。

清水さんをはじめ、作家さんを信頼しているので、絶対的にちゃんとした落としどころにしていただけると思っています。でも表現や言葉選びによって、ときに傷つくのも作家さんなので、編集としては言葉にはすごく気は遣っています。『本当にこれを出して大丈夫かな?』とか、『特定の人を悪く言っていないかな?』とか。気になったら、表現に関して相談できる編集総務部という社内の部署に相談したりもします」

作家の、リミッターのないラディカルな想像力を阻害せず、特定の誰かを傷つけず、世間とも軋轢を生まないバランス──担当編集および編集長には、絶妙な平衡感覚が必要であろう。

「よしながさんの『大奥』は、連載中はそこまで気にしていなかったことが、結果的にさまざまな受け取り方をされるようになった作品だという印象があります。よくジェンダーに関しても聞かれるのですが、それをテーマとして描きたいと思って描いたわけではないと思う。読んだ人がいろいろな思いを受け取って、結果として社会的な意味合いが生まれた作品になったのかなと思います」

2004年に連載開始した「大奥」を、武田氏は10巻が出たあたりで前任から引き継いだ。実際の江戸時代の歴史を踏襲しながら、疫病によって男子の人口が極端に減り、権力の中枢を女性が担う江戸城の大奥が舞台、というダイナミックでアクロバティックな設定が醍醐味である同作。編集作業には歴史の勉強が必須であった。

「大奥」1巻

「大奥」1巻

「自分で作った年表を参照しながら打ち合わせをしたり、歴史的な出来事を表にして持っていったり。“2時間でわかる歴史書”みたいな本も持っていましたが、それだけだと足らないので、打ち合わせ前に歴史上の人物の人となりを、疑問に思ったことがあれば調べていったりしていました。

さらに、ネームの前後でよしながさんが疑問に思ったことがあれば、監修に入っていただいた大石学先生(時代考証学会会長)にお聞きしたり、よしながさんと大石さんが顔を合わせて直接話していただく機会を設けたりもしていました。そこまでやったので、よしながさんとはよく、『今だったら江戸時代の歴史が完璧に頭に入ってるから、受験も楽なのにね』と話していました(笑)。江戸時代だけですけどね」

また、新米弁護士をヒロインに据えた麻生みことの「そこをなんとか」でも、実際の弁護士に話を聞いたり、間違いがないかネームをチェックしてもらったりなど、細心の注意を払っていたという。メロディが取り扱うのは恋愛だけではなく、社会問題や歴史、法律などさまざまなテーマを扱った作品で、社会の構成員である私たちが抱えるさまざまな困難や多様な立場を「なかったこと」にしない “少女マンガ”。私が考えるメロディらしさは、こうしたところにある。

「少女マンガってボーダーレスでジャンルレスですよね。白泉社のマンガだからこそできることってたくさんあると思います。メロディに関しても、これからもどんなジャンルのマンガが載ってもいいと思いますし、そもそも女の子がまったく出てこないマンガも、女の子が主人公じゃない作品もたくさんあります」

「ひかわさんのマンガのおかげで今も生きていられます」

現在、編集長業の傍ら、直接担当しているメロディ作品は「吸血鬼と愉快な仲間たち」(羅川真里茂)、「曙橋三叉路白鳳喫茶室にて」(高尾滋)、「髪を切りに来ました。」(高橋しん)、「秘すれば、花」(南マキ)。いずれもベテラン作家の作品だ。武田氏が担当する作家以外にも、「ぼくは地球と歌う」の日渡早紀や、「八雲立つ 灼」の樹なつみなど、花とゆめやLalaで大人気作を描いていた作家たちが、メロディに活躍の場を移して連載している例も多い。

「ベテラン作家さんたちは、さすが長く描いてこられているだけあって皆さんものすごくパワフルです! ビッグタイトルの続編を描いていただいている作家さんも多いですが、初期の頃から変わらずどころかパワーアップして面白い作品を描いてくださって……人気作だからこその読者からの期待や要望がありプレッシャーも大きいと思います。本当に頭が下がります」

「吸血鬼と愉快な仲間たち」1巻

「吸血鬼と愉快な仲間たち」1巻

中学生のときに大好きだった作品の続編を、大人になってまた楽しめる。作家やキャラクターと一緒に、年月を重ねる。これは、マンガを大切にしている人の人生における、1つの幸福の形であると言えよう。長年愛される作品を多く輩出しているマンガ誌だけに、読者から届く声にも、切実なものがあるという。

「例えば『学生のとき、高尾滋さんの作品に救われました』とか。ひかわきょうこさんもファンレターが多く届く方なんですけど、『ひかわさんのマンガのおかげで今も生きてられます』みたいな方って多いんですよね。

編集としても、自分が担当している単行本や雑誌を書店で買ってくれている人を見たときはすっごくうれしいですね。超まれで、なかなか遭遇できないですけど。それから、わざわざ読者の方が電話をくれて、担当している単行本が出るのを『すごく待ってるんで』って言われたときはうれしかったです(笑)」

入社から30年弱、編集一筋の武田氏にとって、物語やヒロイン像についてはどのような変化が見えているのだろうか。

「昔は主人公に特殊な力があったり、かわいくてキラキラしている子が多かった気がしますが、今はどちらかというと等身大になってきた気がします。マンガのジャンルがすごく多岐にわたっているので、主人公もザ・ヒーロー、ザ・ヒロインみたいな感じの子だけではなく、幅広くなってきているのかも。あと、主人公を取り巻く環境について、昔は両親に捨てられたりして陰がある主人公も多かったけど、今は天真爛漫に自分肯定!みたいな感じの子も多い。

それって多分、今の若い子がそうなんだと思うんですよね。親子関係もよくて、まっすぐ育ってきていて、陰がない。反抗期もない子も多いと聞きますし。推し活していたりとか、自分の好きなことをやっているまっすぐな主人公が多くて、そういうキャラクターのほうが共感を得られるように感じています」

メロディの目指す愛され方

1997年の創刊から、四半世紀以上。空き時間に何をしよう?と考えたときに、マンガ以外にもたくさんの選択肢ができた。そんな時代だからこそ、メロディの作品は「じっくり自分の世界に入って楽しんでほしい」。

「メロディのマンガって、通勤・通学の合間にちょこっと暇つぶしで読んだり、読み捨てするようなタイプの作品ではないので、今よく言われるようなタイパとかコスパみたいな考えには合わないのかもしれない。だからこそ、せめてメロディのマンガを読むときくらいは自分の中にこもって、じっくり、どっぷり浸って芯から楽しんでほしいと思います」

そんな武田氏に、「編集者としての醍醐味を味わった経験」を聞くと、やはり忘れられないのは若手時代の作品。そして、評判を呼んだあのドラマ化だった。

「原点は、やっぱり福山さんの作品が初めて連載になったときです。それから、昨年の『大奥』ドラマ化。原作を大切にしていただきながら、ドラマとしてもすごくよくできていて。役者さんたちも素晴らしくて、ドラマを観た原作ファンの方たちも『すごくよかった』と言ってくださって、本当に大成功だったと思っています。第1話が放映されて反響がよかったときにすごくホッとしました。ドラマを観た人が原作に興味を持ってくれて、『よしながふみの大奥』をさらに多くの人に読んでもらえたので、メディア化してよかったと思えました」

マンガ家も編集者も、作品ファンも、原作を知らない人も、みんなが幸せになる実写化。そんなメディアミックスしかない世の中にするために、一石を投じた作品だったかもしれない。ことほどさように編集の仕事は多岐にわたるが、経験豊富な武田氏が思う”編集者の心得”で肝要なのは、「インプット」と「人の話をちゃんと聞くこと」。

「いろんなものに興味を持って、フットワーク軽く、どういう形であれいろんなものをインプットするのはすごく大切だと思います。あと、作家さんの話はもちろん、人の話をちゃんと聞ける人がいいのかな。その2つがあればだいたい大丈夫なんじゃないかな(笑)。

私はゼロからイチを作れるタイプではないので、作家さんの『これ面白そう』という話を聞いて、相談に乗りながら、打ち合わせをしていくんですが、そこで自分から出てくるものは自分が読んできたものや見てきたもの。なので、その2つがあれば、編集は誰でもできるんじゃないかなと思っています」

最後に、メロディにかける思いを吐露してくれた。

「とにかくメロディがずっと紙の雑誌で続いてほしい。ずっと『面白い!』って読み続けてもらえるような作品を作っていくための種まきをしないとと思っていますね。2018年から編集長を続けてきて、もう次の世代に渡すべきだなと思っているので(笑)、種まきしつつ次にバトンタッチして、その人たちがずっとちゃんとメロディを続けていってくれるといいなと思います。

別に高尚なものを目指しているわけじゃないんですけど、例えば『秘密』を読むと、本当にいろんなことを考えさせられる。もちろん、面白いマンガの条件ってそれだけではなくて、ほかにも、読んで『ほっこりする』とか『ときめく』とか、いろんな感情を想起させる作品がいっぱいあっていいと思うんです。だけど、読んだときにみんながいろんなこと考えてくれるような作品も大事。そうした新しい作品を、またメロディで出していけるといいなと考えています」

武田直子(タケダナオコ)

1973年生まれ。1996年に白泉社に入社し、花とゆめ編集部、kodomoe編集部を経て、現在はメロディ編集部編集長。担当作品に福山リョウコ「悩殺ジャンキー」、音久無「花と悪魔」、椿いづみ「俺様ティーチャー」、よしながふみ「大奥」、麻生みこと「そこをなんとか」など多数。

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