マンガ編集者の原点 Vol.12 秋田書店・山本侑里

マンガ編集者の原点 Vol.12 [バックナンバー]

「薔薇王の葬列」「海が走るエンドロール」の山本侑里(秋田書店 プリンセス・ボニータ編集部)

“おもしれー女”がマンガ編集者になったら

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話題作「海が走るエンドロール」「いつか死ぬなら絵を売ってから」

最近では、「海が走るエンドロール」(たらちねジョン)、「いつか死ぬなら絵を売ってから」(ぱらり)など、アートと人生をテーマにした話題作も担当している。「海が走るエンドロール」は、「このマンガがすごい!2022」のオンナ編第1位を獲得し、話題をさらった。夫を亡くして一人暮らしを送る65歳のうみ子が、ある青年との出会いをきっかけに、映画作りを志すようになるというストーリーだ。たらちねとの出会ったのは、山本が悩んでいる最中の出来事だった。

「海が走るエンドロール」1巻

「海が走るエンドロール」1巻

「上司から『売れるマンガを作れ』と言われて、もやもや考えていた時期のこと。“売れるマンガと面白いマンガは違う”とか、“異世界ものが『売れるマンガ』なんだろうか?”とかいろいろ考えてわからなくなっているときに、たらちね先生の前作である『アザミの城の魔女』をたまたま読んで、『この先生の描く作品って、視点が優しいなあ』と感じました。完璧ではない人同士が手を取り合って、寄り添って生きていく──そうしたまなざしを感じる作品だなと。なんだか、『面白いマンガってこういうマンガだ』と思い出させてくれたみたいで、ちょっと救われたんです。

そうしたことをお伝えしつつご連絡したところ、会っていただけることになりました。ちょうど先生も前作が終わるタイミングで、次の作品をどうしようと思っていらっしゃるときで、『薔薇王』のときもですがタイミングがよかったと思います」

たらちねの姿勢や振る舞いには、「天才」を感じることがあるという。

「先日、ブリュッセルでブックフェアイベントがあってご一緒した際に、読者の『キャラの全身を描いてほしい』というリクエストに応えていたのですが、下絵なしに鮮やかにスッと描き上げられていて、天才だなと思いました。あと、モノローグのワードセンスにはいつも驚かされています。心に響きすぎてネームを読んでいて泣いてしまうこともありました。勉強熱心な方で、よく『今月の常識は来月変わっているかもしれないから、常に勉強し続けないといけない』とおっしゃっていて。描いているのは今だけど、実はずっと未来を見ながら描いているような視点の持ち方は編集者としても見習わなければと思っています。常にアンテナを張りつづけられるというのは、ある種の才能だと感じますね」

一方で、「いつか死ぬなら絵を売ってから」のぱらりとの出会いも、運に恵まれていたという。

「弊社のWeb持ち込みにネームを持ち込んでくださっていたんです。ある朝、たまたま投稿作をチェックをしていたら、現在の作品の原型になるそのネームを見つけて、すごく面白いなと思って。ぱらり先生は前作『ムギとペス~モンスターズダイアリー~』をXで見たり、単行本も買っていて面白かったので、すぐに編集長に話を通して連載企画として進めはじめました」

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻

「いつか死ぬなら絵を売ってから」1巻

「いつか死ぬなら絵を売ってから」は、ネカフェ暮らしで清掃員として身を立てている主人公・一希が、趣味の絵を描いていたところ、妙な青年に「絵を買わせてほしい」と頼まれるところから始まる、現代アートをテーマにしたある種のシンデレラストーリー。あまり世に知られていない現代アートとお金の関係、その界隈で生きるかなり変わった人々をめぐるお仕事マンガでもある。たとえば、マンガ内で「一億二千万円」の架空の現代アートが登場した際に、その作品のビジュアルを説得力をもった魅力的な絵で見せてくれるのも、醍醐味の1つだ。

「芸術をめぐるお話って、作者としての葛藤に重きを置いた作品が多い中で、『いつ絵を』はお金の話をテーマにしていて、ほかにはない新しい視点だなと感じています。『海が走るエンドロール』も『いつ絵を』も、確かに芸術系の作品ですが、自分の中では全然違う題材としてありますね」

BLマガジン・カチCOMIは6周年

現在、月刊プリンセスや月刊ミステリーボニータ、プチプリンセスなど複数媒体で連載を手がける山本氏は、電子BLマガジン、カチCOMIの作品も担当している。カチCOMIは、ヤンキーマンガの老舗である秋田書店が、満を持してスタートした“アウトロー特化型電子BLマガジン”だ。2017年6月に配信開始し、創刊当時のキャッチコピーは「お前と夜のタイマン勝負!!」。ヤンキーはもちろん、ヤクザや半グレ、裏社会や夜の世界の住人など、こんなにいたのかというくらい多彩なアウトローキャラクターたちが活躍している。6周年を迎えた今は、アウトローにとどまらずさまざまなジャンルに挑戦する雑誌となった。

山本氏が同誌で担当するのは「兄弟制度のあるヤンキー学園で、今日も契りを迫られてます」(赤いシラフ)、「まちのヤクザとパン屋さん」(あめのジジ)など。山本氏にBLを作るうえでの心構えを聞いたところ、意外にも、一般作品との違いはそこまで意識していないという。

「キャラクターとして受けと攻めがいて、その2人の恋愛をメインにしているのがBL。そこから離れすぎてるとラブが見たい読者さんの需要には沿えないと思うので、そこだけは気をつけています。とにかく、カップリングにいかに萌えるかが大事かなと」

ただし、BLというジャンルの特質上、気をつけていることがあるという。

「作者さんとカップリングの趣味が違うときは、お互いのため、作品のためにも“一緒にお仕事をしないほうがいい”と思うことはあります。例えば、キャラデザを出していただいた時点で、作家さんが思っている受け攻めと私が思ったそれとは逆だったとき。基本的には、作家さん自身が『こういう受けが萌える』『こういう攻めがいい』というイメージをお持ちのはずで、それに沿ったほうが絶対にマンガが面白くなる。なので、それを編集者の趣味で変えることはしないほうがいいと思っています。

これが一般誌の場合、例えばかわいい感じのヒーローをもっとカッコよく寄せる、とかそうした調整はできると思うのですが、BLで受け攻めが逆だった場合、ご相談をしたうえで、素直に“他社さんのほうが向いていると思います”と伝えていますね」

友人関係でも言えることだが、カップリングの問題だけは、話し合っても平行線。どちらも「エビデンス」なんてものはないに等しいので、そうした戦いは不毛なうえ、両者の関係性を破壊する大規模戦にまで発展する可能性がある。

「『最近こういう受けがウケてます』とかいう話でもなくて。やっぱり、描くうえで作者がキャラクターに萌えていないと、人物が“ただの器”になってしまう。BLの場合は特に、無理やり改造しないほうが、キャラクターにとっても読者にとっても、すべての人にとっていいと思っています」

このように、ジャンルを問わず多くのマンガを手がける中で、山本氏が「貴重な経験だった」と語るのが、アンソロジーの仕事だ。これまで「弱虫ペダル」公式アンソロジー「放課後ペダル」シリーズや、「刀剣乱舞」アンソロジーなどを手がけてきた。中でも、「ブラック・ジャック」(手塚治虫)40周年を記念して2013年に発売されたアンソロジー「ピノコトリビュート アッチョンブリケ!」は、忘れられない1冊になったという。

「種村有菜先生やヤマザキマリさんをはじめとして、錚々たる先生方に参加いただいて。他社の編集さんに連絡をして取り次いでいただいたり、編集者として、作りたい本を“編む”という経験がこの1冊でしっかり果たせたように思いました」

少女マンガをもっと「すごいって言って!」

そんな山本氏にとっての運命の作家、菅野文の新作がチャンピオンクロスで読めるという。新作は、なんと「少年マンガ」!

「ダークファンタジーで、菅野先生の集大成です。すごく面白いので、ぜひご期待ください。読者の『調べたい欲』をそそるような作品で、『薔薇王』が好きな方もきっと興味を持っていただけるので、楽しんでいただけるとうれしいです。先生は『新しいことに挑戦したい』とよくおっしゃっているのですが、今回もまさに。『ぜひ付き合います!』という感じで、ワクワクしています」

菅野文の新作「冥王の柘榴」のサムネイル。

菅野文の新作「冥王の柘榴」のサムネイル。

今度はどんな作品で私たちの細胞を活性化させてくれるのだろう──楽しみでならない!そんな山本氏は今後、編集者として叶えたい夢が2つあるという。「担当作品がめちゃくちゃ売れてほしい!」と、「少女マンガの地位の向上」。

「『少女マンガなのに面白い』っていう言い方をなくしたいと思っています。話題作が『男でも読める少女マンガだ』と評価されたり、青年誌で連載されているマンガを『男が読める少女マンガ』みたいに言われると……『少女マンガとは一体?」と思うことがよくあります。シンプルに『この少女マンガは面白い』でいいはずなのに……モヤっとしますね。

将来的には少年とか少女とか青年とか、レーベルやカテゴリー分けがなくなってもいいのかなと思いつつ、まだそのレベルに人間が達せていないと思うんです。──現時点で、カテゴリーをとっぱらったとしたら売れ線の同じような内容の作品ばかりになってしまう気がするんです。なので、対等になったうえで、カテゴリー分けがなくなるのが理想です。とにかく、みんなもっと『少女マンガってすごい!』って言ってくれていいんだよ、って思っています。実際、面白い作品がたくさんあるので!」

では、“おもしれー女”だった少女時代から、少女マンガをこよなく愛する山本氏にとって、少女マンガとは? ズバリ、「愛」。

「恋愛だけじゃなくて、人間愛、慈しむ心、優しい視点──そうしたものすべて。愛のふとした機微に気づかせてくれるもの、寄り添ってくれるものが少女マンガだと思っています。自分はそういうところを少女マンガに教わってきました」

愛は、日常生活だと見えづらい。確実に存在しているが、実際に言葉にすれば照れるし、生活の中ではついつい空気のように存在を忘れてしまう。それを見えるようにしてくれるもの、気づかせてくれるものの代表選手が少女マンガなのかもしれない。少女マンガでいろんな愛を教わり、育み、伝えていく山本氏の今後を、私は応援したいと思う。そんな山本氏が考える「編集者の心得」とは。

「常に好奇心を持って楽しめる才能、でしょうか。上司から『こういう作品を作れ』とか『売れるマンガを出せ』って言われても、本当に自分が面白いって思った部分は絶対になくさないほうがいいと思う。それがなくなると、何が面白かったのか評価基準がわからなくなってしまうので、自分がこれまでに読んできて感じた面白いなと思った気持ちを大事にして、常に“おもしろ”を探して勉強する旅。『面白いぞ』と思うものがあったときに食らいついていける行動力があると、なおいいと思います。

お話ししてきたのでおわかりかと思うんですけど、これまでの私の仕事って、タイミングに恵まれていました。だけど、それってまず行動しないと出会えないものなので、“行動力が運を引き寄せる”のだと思っています。菅野先生とお会いできるとなったときも、何も役に立ててはいないですがアイデアを持っていかなかったら一緒にお仕事はできなかったかもしれないし、たらちね先生もそう。ぱらり先生もWeb持ち込みをチェックしてお声がけしていなければ、流れちゃっていたかもしれない。一歩踏み出したかどうかで未来は大きく変わる。そう信じています」

山本侑里(ヤマモトユリ)

1985年生まれ。2008年に秋田書店に入社し月刊プリンセス編集部に配属。担当作品にくろだ美里「キウイケツキドラキウイラ」、菅野文「薔薇王の葬列」シリーズ、みもり「恋して☆トゥインクル」、たらちねジョン「海が走るエンドロール」、ぱらり「いつか死ぬなら絵を売ってから」、赤いシラフ「兄弟制度のあるヤンキー学園で、今日も契りを迫られてます」 SHOOWA原作、奥嶋ひろまさ漫画「同棲ヤンキー赤松セブン」など多数。

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読者の反応

赤いシラフ㊗️兄契4巻&ドラマCD10/16発売 @akaishirafu

担当さんだ!これ兄契の担当さんですよ
出張編集部で私を拾ってくださって兄契を連載にさせてくれて今も日々お世話になってる山本さん~🙏 https://t.co/SWGMQHIIaC

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