アニメスタジオクロニクル Vol.17 TROYCA 長野敏之

アニメスタジオクロニクル No.17 [バックナンバー]

TROYCA 長野敏之(代表取締役社長 / プロデューサー)

「順調過ぎた」10年間と、“TROYCAらしさ”の正体

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アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第17回に登場してもらったのは、TROYCA の長野敏之氏。プロデューサーの長野氏、撮影監督の加藤友宜氏、演出家のあおきえい氏という3人体制で、独自の歩みを続けるアニメスタジオだ。そんなTROYCAの「順調過ぎた」という10年間を振り返ってもらうとともに、“TROYCAらしいフィルム”の正体に迫った。

取材・/ はるのおと 撮影 / 武田真和

「アルドノア・ゼロ」だけで終わらず……想定外の「順調過ぎた」10年

TROYCAが設立されたのは2013年5月のこと。アニメインターナショナルカンパニー(AIC)で制作プロデューサーとして働いていた長野氏が独立する形で設立された。

「AICが親会社に買われたタイミングで、動いている企画をすべて一旦ストップしようという話になったんです。でも当時の僕はロボットもの……のちの『アルドノア・ゼロ』になる企画を動かしていて、止められると困るし、若かったのもあって『なんで会社の言いなりにならなきゃいけないんだ』という気持ちもありました。そこで相談したのが監督を務める予定だったあおきえいさんと、同年代で撮影監督だった加藤友宜の2人。どうやったらこの企画を成立させられるか、いろいろ選択肢があって悩んだ結果、どうせ無謀なチャレンジをするなら会社を立ち上げようということで3人でTROYCAを設立しました」

社名の由来となるトロイカはロシア民謡でも歌われる三頭立ての馬車のこと。制作と演出、撮影というアニメ制作において異なる部門の3人のエキスパートが集って作られた会社にふさわしいネーミングだ。

長野敏之氏

長野敏之氏

「設立前に誰が代表取締役社長になるか話していて、僕はあおきさんがなるのは反対したんですよ。あおきさんの名前は対外的にも強すぎるし、頭になると誰も逆らえなくなりそうだったので。そう正直に話したところあおきさんも『そうだよね』と。そもそも本人も社長はやりたくないって(笑)。それであおきさんには経営に関しては最低限の情報だけお渡しして、大きなターニングポイントになるようなタイミングで相談はするけど、基本的には作品に向き合ってもらうことにしました。すごく真面目な方なのでよく気にしてはくれるんですけどね。

そして残る僕と加藤で経営の細かな部分を見ることにしました。一応、制作の頭を張っていたから僕が代表取締役社長になったものの、実は加藤の存在がすごく重要なんですよ。僕はちゃらんぽらんというか外交気質の人間ですが、彼は几帳面で社内の本当に細かいところまで気を配ってくれています。加藤がいなかったらTROYCAはとっくの昔に潰れていたはず(笑)。僕なんて会社の金庫の開け方も知らないくらいですから。あおきさんがクリエイティブを、加藤が財務などの部分をしっかりやってくれているおかげで、僕は安心して神輿の上で踊れています」

この“トロイカ体制”は、現在に至るまで絶妙なバランスで成り立っている。しかしもともとTROYCAを長く続ける気はなかったという。

「当初は、本当に『アルドノア・ゼロ』を作るためだけに設立した会社でした。それが終ったらどこかの会社に巻き取られるなり、解散するなりしようという話もしていましたし。ただ、とある方に『どうせ会社を作るなら10年先は見通さないと駄目だ。すぐに解散するなんて、会社に付いてくる従業員や一緒に作ってくれる仲間に対して失礼だよ』と言われて思い直し、改めて長期事業計画を作りました。

「アルドノア・ゼロ」キービジュアル (c)Olympus Knights/Aniplex・Project AZ

「アルドノア・ゼロ」キービジュアル (c)Olympus Knights/Aniplex・Project AZ

僕らが『ロングロード』と呼んでいるその計画は、『この年にはこれくらい稼ごう』『この年にはこれくらいの従業員数にしよう』みたいなことだけ考えた、今振り返ると大雑把で拙いものでした。ただその計画を達成するにはあおきさんの作品だけでは難しいから、ほかの人も監督とする作品も作らなければいけないこともわかり、そちらに舵を切ることができた。もちろんなかなかうまくいかないこともありましたが、集まってきた仲間が作品ごとにいいパフォーマンスを出してくれたおかげで、ロングロードで掲げていた以上に順調過ぎる10年になった気がします」

視聴者にとっては「面白いアニメが面白い」

長野氏が「順調過ぎる」と振り返る10年。その間、TROYCAは決して多作というわけではないが、コンスタントに話題作を送り出してきた。中でもターニングポイントとなった作品として、長野はスマートフォン向けアプリを原作とする人気シリーズの名前を挙げる。

「ターニングポイントは、『アイドリッシュセブン』でしょうね。もともとその時期は別の大きなオリジナル作品を予定していたけど、そちらが遅れたところでバンダイビジュアル(現:バンダイナムコフィルムワークス)さんが『こういうの興味ありますか?』と企画を持ち込んでくれて、つなぎとして受けた作品です。それがファンの応援のおかげでTVシリーズは3期まで続いて会社に大きく利益を生んでくれたし、今の社員には『アイナナ』が大好きで入ってきた女性も多いです。

「アイドリッシュセブン」 (c)BNOI/アイナナ製作委員会

「アイドリッシュセブン」 (c)BNOI/アイナナ製作委員会

そんな恩恵がある一方で、制作に対する姿勢についてすごく考えさせられる作品でもありました。いつの間にか見えない敵と戦っているというか……フィルムのクオリティに対してプレッシャーや恐怖心が芽生えたんです。2期の後半を制作している頃にコロナ禍に突入したおかげで、変な話ですが時間が無尽蔵に使えたんですよ。そうすると時間をかけたぶんクオリティは跳ね上がるわけですが、3期を作るときも当然それを維持しなきゃいけない。どこが合格点なのか見失っている中で、見えないお客さんの期待に向き合って延々と制作する……そんな大変な思い出もあって『アイナナ』は特別な作品です」

ターニングポイントとして挙がった「アイドリッシュセブン」シリーズをはじめ「やがて君になる」「ロード・エルメロイII世の事件簿 -魔眼蒐集列車 Grace note-」といった原作がある作品を手がける一方、「アルドノア・ゼロ」や「Re:CREATORS」「オーバーテイク!」などのあおきえい監督作を中心とするオリジナル作も世に送り出す。そのバランスのよさがTROYCAのラインナップの特徴だ。

「設立当初から、3人で『オリジナルを作れる会社でありたい』という話はよくしていました。それは僕らが、オリジナル作品を世に打ち出す楽しさが脈々と受け継がれていたAICで育ったというのが大きいかもしれません。

オリジナル作品を作るのは大変なことばかりです。『オーバーテイク!』なんて本当に血が滲むような細かい作業を積み重ねた結果、ようやくあのフィルムになりましたし。でもオリジナル作品は作る側のモチベーションは高いし、それを生み出していくからこそTROYCAというアニメスタジオの存在価値があるとも感じています。だから今後も、どんなに苦労しようが、たとえ赤字になろうがチャンスがあればオリジナルにチャレンジしていきたいです」

「オーバーテイク!」 (c)KADOKAWA・TROYCA/オーバーテイク!製作委員会

「オーバーテイク!」 (c)KADOKAWA・TROYCA/オーバーテイク!製作委員会

オリジナル作品への強い情熱を語る長野氏。ただし原作のある作品の良質なアニメ化に対する思いは強く、むしろ制作時に意識の違いはあまりないという。

「オリジナルだから気張らないといけないとか、逆に原作付きは手を抜こうといった思いは一切ないです。だからTROYCAの作品はクオリティが平たい……悪く言うと強いポリシーがないのかもしれません。作るアニメのジャンルに関してもそうで、面白くできそうな企画ならなんでもやります。僕が飽きっぽいというのもあるかもしれませんが(笑)。それは僕らにとって大きな刺激になるし、成長につながるでしょうから。

『アイナナ』も男性アイドルものというそれまでやったことないジャンルでしたが、バンダイナムコオンラインのエグゼクティブプロデューサーから『情熱や友情といった少年マンガのような要素を重視して作ってほしい』という話があったので、それなら自分たちにもできそうだと感じて作り始めました。別所誠人監督も当初は『男性アイドルなんて俺できないよ』みたいなことを言っていたけど、今では誰よりも詳しい監督になりましたし。

長野敏之氏

長野敏之氏

やっぱり視聴者にとっては、ジャンルや原作の有無ではなく面白いアニメが面白いんですよ。だから僕らは作品ごとに変に区別することなく、素直に面白いフィルムを追求するだけです。その結果として、原作があるものはそれにも手を出してもらえればいいですし」

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TROYCAらしさを支える撮影や仕上げの重要性

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ボーンデジタル出版事業部 @bd_publishing

記事内で制作に3年半くらいかかった超大作『 10年分のカットから読み解く TROYCA式アニメ撮影テクニック』に触れていただきました!
(書籍:https://t.co/pFkVZXU7Ao)

アニメスタジオクロニクル
TROYCA長野敏之(代表取締役社長 / プロデューサー)
「順調過ぎた」10年間と、“TROYCAらしさ”の正体 https://t.co/6QtZ2KLoE5

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