アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう連載「アニメスタジオクロニクル」。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、各社がどんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第15回に登場してもらったのは、株式会社ゴンゾ(以下GONZO)の代表取締役社長・石川真一郎氏。経営コンサルティング会社の出身で、外の世界からアニメ業界に入ってきた特殊な経歴の持ち主だ。「日本のアニメを世界に広げる」という考えのもとGONZOに合流し、独自の方法でアニメ業界に携わっていく石川氏が考える“GONZOらしさ”とは。さらに石川氏が見据えるGONZOの未来も語ってもらった。
取材・
デジタル技術を活かし、世界に打って出る日本製アニメを作る
GONZOは複雑な変遷を経て現在に至っている。今回のインタビュイーである石川氏は、1992年の設立時はアニメ業界外で活躍しており、紆余曲折あって1999年にディジメーションから合流した人物だ。
「創業者の村濱章司さんが、ガイナックスで活動していた5人のクリエイターと一緒に作ったグループがGONZOの始まりと聞いています。当初は会社という形ではなかったものの、仕事が増えてきたので有限会社としたのが1992年だったそうです」
この頃、石川氏は経営コンサルティングの会社で働いており、その中でアニメ制作に興味を持ち1996年にディジメーションを設立する。
「IT系企業をコンサルティングする中で、新規事業の立ち上げをお手伝いすることが多かったのですが、その際にこれからインターネットが普及していくとコンテンツが重要になると感じていました。当時フランスのビジネススクールに留学したんですが、外国人と話すと日本のコンテンツとして話題になっていたのがカラオケかゲームかアニメ。その3つのうち僕が注目したのがアニメでした。まだ多くの会社がセル画で制作していたけど、デジタルにいち早く移行し、それだけに集中したら国内はおろか世界のアニメ界をリードできるだろうなと。当時アニメーションにおけるデジタル技術は日本のゲーム業界が最先端だったから、それを取り入れれば海外にも勝てる。そういった目論見で、アニメ制作をしていた幼なじみの梶田浩司さんと1996年にディジメーションを設立しました。
その後、1999年に村濱さんと知り合っていろいろと話をするうちに、お互いに『デジタル技術を活かしたアニメで世界に打って出る』という同じ思いを持っていることがわかりました。当時は2人でよく『ディズニーを買収するところまでいこうぜ』なんて言ってて。結局ピクサーが現れてやられるんですけど(笑)。
ただ、それまでのGONZOはハイクオリティなものを作ってはいたけど、クリエイターだけで経営していたのもあって相当赤字があったんです。だから『青の6号』を作ってはいたものの、バンダイビジュアル(現・バンダイナムコフィルムワークス)さんと東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック)さんに提示した予算額の3倍くらいの制作費がかかっていて完成すら難しそうでした。そんな状況が続いていたので増収するのも難しい。だから2000年にゴンゾ・ディジメーション・ホールディング(GDH)というホールディング会社を設立し、GONZOとディジメーションを子会社として買収したうえで、僕が資金調達、村濱さんが企画、梶田さんが制作現場という役割分担でやっていくことになりました」
石川氏らは「デジタル技術を活かし日本のアニメを世界に売り出していく」という目標を達成するため、多くの作品を作っていく。その中でGONZO特有のやり方、そして作風ができあがっていった。
「そもそもコンサル時代から、アニメスタジオで作品の権利を持っているのが東映アニメーションをはじめとするいくつかしかなくて、それ以外の会社は長続きしないだろうと思っていました。それでGONZOは当時としては珍しく作品の権利……特に海外への窓口権をほぼ押さえました。それはやっぱり日本のアニメを世界に広げたいから。製作委員会に入るほかのパートナー会社はみんな日本の会社だから日本での権利を取りたがるけど、それだと同じように考えている会社と確実にぶつかるんです。だから当時は簡単に海外向けの権利をいただけて超ラッキーでした(笑)。
あとGONZOらしい点として、プロダクションI.Gの石川(光久)代表取締役会長によく言われるんですけど、『GONZOはケレン味がある作品を作る』というのがあります。I.Gは『攻殻機動隊』とかが顕著ですけど、職人としてとにかく練りに練って素晴らしいクオリティのものを作る。一方で世間の誰も見たことがないものを、デジタル技術を使って打ち出すGONZOのことを、そう評してくれたんです。ときに世を騒がすようなクオリティの低いものも作っちゃうこともありますけど(笑)。『巌窟王』や『SAMURAI7』のような魂を震わせるものを作っているのがうちなんです。
合併前に作ったので僕は関わっていませんが、『青の6号』がわかりやすいですよね。当初は『村田蓮爾さんがデザインした魅力的なキャラクターとCGを組み合わせちゃっていいの?』なんて思われていたけど、完成したらすごく評価された。そう考えると『青の6号』でも『巌窟王』でも監督を務めた前田真宏さんが、デジタル技術を使って世をあっと驚かせるというGONZOを一番体現しているクリエイターと言えるかもしれません」
方針転換のすえ、念願の世界的ヒットを果たした「アフロサムライ」
そんなGONZOにとって転換点となった作品を聞いたところ、石川氏は「アフロサムライ」の名を挙げた。同作は1998年に自費出版されたマンガを原作にしたTVアニメで、アフロヘアーの剣客の復讐譚だ。2007年の作品だが、アメリカで先に放送されたのち、日本ではディレクターズカット版が展開された。
「『青の6号』は間違いなくGONZOの歴史を作った作品ですが、それと並んでGONZOを語るうえで欠かせないのが『アフロサムライ』です。日本ではあまり有名でないけど、アメリカの若いアニメファンで知らない人はいないくらいのヒット作です。
それに制作当時はデジタル技術も飽和してきて、多くの会社が使うようになっていました。だからGONZOとしては、デジタル技術にこだわらず、『デジタル技術“も”使って世の中に最先端のアニメーションを提案していこう』と方針転換し、その第1弾となったのが『アフロサムライ』なんです。マッドハウス系のスタッフを集めて全編作画で作りましたが、あの作品でGONZOは次のステップにいけたと思います」
少し話は脱線するが、「アフロサムライ」をはじめここまで石川氏が挙げた作品は硬派な作品ばかりだ。しかしアニメファンであればGONZOはそうしたものばかりではなく、バラエティに富んだ作品を作ってきたことをご存知だろう。
「硬派なものに限らず、クリエイターが面白いと感じたものやとことんやりたいものを作るのがGONZOです。一番わかりやすいのが2003年に放送された『カレイドスター』で、女の子が主人公のスポコンアニメなんて、どう考えてもGONZOが作りそうもないものじゃないですか。だけど、当時、当社社員だった池田東陽さんが佐藤順一監督と仲良くなって、彼から『カレイドスター』の企画を預かってきたんです。聞くところによると、佐藤監督が東映から独立する際に考えていた企画の1つで『東映でも作れない』と言われたそうなので、『じゃあGONZOが実現させるしかないだろ』となって(笑)。それでホリプロさんにお声がけしたらノリよく付き合ってくれて、結局4クール放送しました。
そういったクリエイターが持ってくる、ほかの会社ではやらなさそうな企画を実現するのもGONZOらしさなんでしょうね。だから『砂ぼうず』や『宇宙戦艦ティラミス』みたいなコメディなんかも、クリエイターがやりたいなら作るんです」
こうして制作された「カレイドスター」は幅広い年齢層から支持され、根強いファンを生み出す。そして2023年から2024年にかけて放送20周年記念の企画をいくつも実施。その目玉として4月13日に開催されたオーケストラコンサートは、クラウドファンディングの大成功もあって豪華な内容となり、多くのファンを喜ばせた。
「ちょうど先日コンサートのアンケート結果があがってきたんですが、『ぜひもう1回やってください』という声がすごくって。まあ次があるかはホリプロさん次第ですけど(笑)。本当に好評ばかりでしたけど、唯一大ブーイングだったのがグッズや展示のコーナー。20年前の作品にあれほど皆さんが熱狂してくれると思わず、あまり人員を配置してなくてアンケートでも『グッズのところは最低でした』と怒りの声がありました。その節は、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでしたとこの場でお伝えさせてください」
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アニメスタジオクロニクル No.15
GONZO 石川真一郎(代表取締役社長) 30年先を見据えたアニメ制作
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