ウルトラスーパーピクチャーズ傘下にいることの安心感
作品制作以外のターニングポイントは? この質問に、里見氏は「社員や外から見たらあまり変わってないように見えるかもしれないけど」と断りつつ自身の社長就任を挙げる。ライデンフィルムは創業以来、松浦氏が社長を務めていたが、2014年に里見氏へと交代した。
「社長になった頃はライデンフィルムが大きくなる一方でサンジゲンも元請けを始めたりしていて、松浦さんはそちらに専念したほうがよいだろうということになって。それで僕がライデンフィルムの社長に就任することになりました。
それまでは取締役ではあっても主にタイトルのプロデュースをやっていたので、バーナムスタジオの延長のような感覚でやれていました。でも社長になってからはタイトル単位ではなくスタジオ全体を見るようになった。これは僕にとって大きなターニングポイントでした。
と言っても社長になって、いろいろと変えたいと考えていたけど何もできていない。本当は納期や予算、社員の生活環境を含めて安定して物を作れるようにしたかったんですけど……社長だからって偉そうなことは何も言えません(笑)」
そう謙遜しながらも、引き続き多くの作品を世に出しながら大阪・京都や埼玉にスタジオを設立するなど辣腕を振るう里見氏。そんな彼にウルトラスーパーピクチャーズという会社の傘下にいることの意義を聞いてみた。
「僕のような傘下のスタジオの社長はウルトラスーパーピクチャーズの役員も兼ねているので、役員会や定例の会議なんかでお互いに顔を合わせる機会が多いんです。そこでいろいろな情報を共有し合っているし、技術面でも協力し合っています。例えばうちもCGセクションは持っているけどサンジゲンに手伝ってもらうこともあるし、共同で新しいソフトを購入したり、データベースの一部を共有したりもしている。同じビルの中にいるおかげで人の交流は途絶えてないので、ずっと変わらず仲良くやっています。
あと法務や財務、人事などの部署をウルトラスーパーピクチャーズ内で傘下の会社が共有化しているのも助かっています。もちろんライデンフィルム内にもそういったバックオフィス的な部署はありますけど、だいぶウルトラスーパーピクチャーズに任せられていて、僕たちはアニメ制作に専念できています。仲間がいるのもそうだし、制作に集中しやすい環境だし安心感はすごくあります」
普通の人が一生アニメを作れるような会社に
2020年代に入り、ライデンフィルムは原作ものだけでなくオリジナル作品も手がけている。「リーマンズクラブ」や「永久少年 Eternal Boys」といった作品だ。
「その前にも『LOST SONG』なんかも制作しましたが、あの企画は持ち込まれたものでした。でも企画を作る段階から参加したそれらはライデンフィルムのオリジナルアニメと言ってもいいと思います。
『リーマンズクラブ』は、バドミントンの試合をずっと放送しているテレビ朝日さんから『何か1本作りませんか?』とお声がけいただきました。過去にバドミントンアニメの『はねバド!』を制作していたのを知っていてくださったんです。『永久少年 Eternal Boys』はポリゴン・ピクチュアズさんの“おっさんアイドルもの”というコンセプトが先にあってフジテレビさんからうちに声がかかりました」
里見氏はこうしたオリジナル作品の制作について「やっぱり原作ものとは違う楽しさがある。余力があるうちは今後も一定のペースで作っていきたい」という。ライデンフィルム設立当初のコンセプトに、変化が生まれているようだ。
「今は1年で10クール分を目標に制作していますが、当面はこれ以上増やそうとは考えていません。これまでは作ることだけで手一杯で、数を増やすことはできたけど徐々にいろんなほころびや歪みが出てきています。そもそもアニメ制作現場の人材なんてそんなにすぐ育つものではなく、畑を5年や10年耕してようやく収穫……くらいのものなのに、とにかく作品を作ろうと慌て過ぎていた。だからしばらくは今までと同様に作り続けながらも、不具合が起きているところに補正をかけつつ、制作体制を充実させていく時期だと思っています」
ライデンフィルムの今後の課題として、生産性の向上を挙げる里見氏。彼がそれを解決するにあたって注目するものがAIだ。
「AIって情報量が少ないもののほうがコントロールしやすそうじゃないですか。だからまず小説が書けるようになり、マンガが描けるようになり、最後に映像が作れるようになるのかなって。もしかしたら逆に情報量が多い媒体のほうが分析しやすくて作りやすいのかもしれませんが、それでも当面はアニメ制作では部分的にしか使えないんじゃないかなと思っています。
ただアニメ制作に直接的に関わらない分野では、まさにAIを利用しようとしています。例えば稟議や領収書など社内のルールをまとめた分厚いマニュアルはすでにありますが、そこから欲しい情報を探すのは手間だし時間がかかるんですよね。だからChatGPTに質問して必要な情報を回答してもらうようにできないかという話を最近もしていました。いろんな情報をAIに教えなきゃいけないからすぐに使えるわけではないけど、そういったふうに生産性を上げるためにどんなうまい使い方があるかは今後も研究していきたいです」
やや形は変わりながらも継承されている、ライデンフィルムのコンセプトである安定した作品作り。里見氏はそれがアニメ業界に抱かれる悪いイメージの刷新にもつながると考えている。
「世間には『アニメ業界はブラック』というイメージがありますが、どうすればそのイメージを変えていけるか。それにはどんどん人が辞めていくような環境を変えないことにはしょうがない。それを実現できると、安定して一生アニメ作りをやっていける人も出てくる。宮崎駿さんや鈴木敏夫さん、丸山正雄さんなんかはいまだに現役ですけど、ああいった化け物みたいな人たちは置いておいて(笑)。普通の人が、アニメを作りながら普通のライフサイクルを過ごしていけるような会社にしていきたいんです」
里見哲朗(サトミテツロウ)
1974年10月7日生まれ、東京出身。ライデンフィルム代表取締役、バーナムスタジオ代表取締役社長、ウルトラスーパーピクチャーズ取締役。2003年にバーナムスタジオ設立したのち、2012年にサンジゲン社長の松浦裕暁氏、岩城忠雄プロデューサーとともに、ウルトラスーパーピクチャーズ傘下ライデンフィルムを設立する。「アルスラーン戦記」「テラフォーマーズ」「うしおととら」「はねバド!」などを手がける。2014年にライデンフィルムの社長に就任した。
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里見 哲朗 @satomit
コミックナタリーさんにインタビューしていただきました。 https://t.co/bc9Zj0wsPK