マンガを愛する人々に、とりわけ思い入れのある1作を選んで紹介してもらっているコラム「私の名作」。コミックナタリー15周年に合わせた特別企画として、音楽ナタリーのマンガ好き記者・橋本尚平氏に“音楽を題材にした名作マンガ”を尋ねたところ、
文
紛れもなくバンドマンガなんです
今回「音楽を題材にしたマンガ」というお題をいただいたものの、「自分にとっての人生の1本」を選べるほど今までたくさんの音楽マンガを読んできたわけではないのが正直なところなので、「自分が初めて読んだ音楽マンガはなんだったろうか?」「少年時代の自分に音楽の知識を植え付けたマンガはなんだったろうか?」というのを振り返ってみることにしました。一択で「ぶっ拓」でしたね。
目が合えば殴り合いが始まる血の気の多い暴走族たちによる、全貌がつかめないほど複雑に入り組んだ人間関係、バイクに関するマニアックな描写、ネットミーム化した「不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまった」「“待”ってたぜェ!! この“瞬間(とき)”をよォ!!」に代表される独特な言葉遣い──多くの方々は「特攻の拓」に対してそんな感じのイメージを持っているだろうと思います。しかしこの作品は全体を通して音楽へのこだわりが強く、特に前半のクライマックスと言える横浜中から数百人の暴走族が集まった野外ライブ「増天寺LIVE」と、そこでの天羽“セロニアス”時貞をはじめとしたギタリストたちの演奏シーンが描かれる14巻の前後は、紛れもなくバンドマンガなんです。
セットリストに詰め込まれた、ロックへの深い愛
連載時はまだインターネットの普及していない時代。地方都市では小・中学生が新しいカルチャーに触れるチャンスがそう多くなく、子供たちにとって週刊マンガ雑誌はそのような情報にリーチする数少ない入り口という役割も担っていたように思います。自分の地元の中学校は当時「ヤンキー的な価値観やセンス」が「おしゃれでイケているもの」だったため、「特攻の拓」は完全にトレンドを発信するメディアとなっていて、やんちゃなクラスメイトたちは劇中に登場するバイクや音楽に憧れ、マンガの中で初めて聞いたような言葉遣いを真似していました。自分は不良とは対極みたいなタイプの子供でしたが、所属していたバスケ部はわりとヤンキーの多い部活だったこともあり、例に漏れずそんな環境の中で「特攻の拓」からカルチャーを素直にぐんぐん吸収していました。
紅玉緋色のサドウスキー、グレッチ6120、3段積みのマーシャル・プレキシ100W──音楽に興味はあるもののまだ本物のバンド楽器に触ったことがない自分にとって、これらは「なんかすごいっぽい物」として記憶に刻まれました。「ダックウォーク」「フリーハンドのタッピング」という奏法もそのコマに描かれた絵とともに頭にインプットされましたし、登場人物たちの「ファズを踏んだらもう音をコントロールできなくなるので目立つことだけ考える」「ベーシストは本気を出したときにだけチョッパーを弾く」のような主旨の発言も、よくわからないまま「なるほど、そういうものなのか」と納得していました。
「増天寺LIVE」で演奏されたのはすべて実在する曲のカバー。人気バンドのリーダーで超絶技巧のギタリスト桜宮郁、ある意味オールドスクールな不良である姫小路良、そしてカリスマ的な存在である天羽“セロニアス”時貞という、タイプの異なる3人のギタリストが曲によってメインを務めていることもあり、選曲には各キャラクターの嗜好が反映されています。そのため、桜宮がイングヴェイ・マルムスティーンやExtremeのような技巧的なアーティスト、連載当時にヒットしていたNirvana、ミクスチャーロックの先駆者であるLiving Colourなどを選曲する中、ヤンキーの姫小路良は矢沢永吉やクールス、「ジョニー・B.グッド」を演奏したりと、1本のライブのセットリストと考えると方向性がかなりバラバラ。セロニアスに至っては、ジョー・サトリアーニ「Friends」からThe Rolling Stones「悪魔を憐れむ歌」、ジミ・ヘンドリックス「Voodoo Chile」、The Sex Pistols「My Way」、外道「完了」へとあらゆるジャンルの歴史的な名曲を繰り出した末に、ラストにドヴォルザーク作曲「新世界」(パガニーニ無伴奏ヴァイオリン曲カプリース2番3番を織り交ぜて)のロックバージョンを弾き、会場上空に静電気でできた巨大な龍を飛ばします。実際のライブではここまで統一感のないセットリストはあまりない気もしますが、この1回きりのライブに自分が好きな音楽をすべて詰め込もうとした原作者・佐木飛朗斗先生の、ロックへの深い愛が当時の子供に与えた影響は決して小さくないはずです。
外道の加納秀人さんに会って、「やはりこの人が『特攻の拓』のルーツなのだ」
ちょうど10年前、音楽ナタリーで外道の加納秀人さんにインタビューする機会に恵まれました。外道といえば70年代に暴走族からカリスマ的な人気を得たロックバンド。「町田警察署の横にやぐらを組んで爆音でライブを行い、数百台のバイクが集まった」など破天荒なエピソードを多く持っています。その名前からわかるように、主人公・浅川拓が最初にマブダチになる不良「外道の鳴神秀人」は加納さんがモデル。そもそも「増天寺LIVE」は外道が1975年と1981年に芝公園の増上寺で行ったコンサートが元ネタになっています。また加納さんは1995年に「加納秀人 with 外道」名義で、佐木先生が全曲の作詞を担当したイメージアルバム「疾風伝説 特攻の拓 ~野生の天使達~」を発表しています。
世代的に後追いであり、リアルタイムで外道の音楽を体験していない自分にとって、加納さんはロックレジェンドであるのと同時に「あのマンガの元ネタの人」。どんだけ怖い方なのかと戦々恐々としながら現場に行ったのですが、そこにいた加納さんは明るく優しいおじさんでした。しかし話を聞き始めると、加納さんの口から飛び出したのは
「マラソン選手とギタリストを両方目指してたから、夜中にギターを弾きながら走っていた」
「ミック・ジャガーはステージで3mしか動いてなかったけど、俺は50mのシールドで走り回ってた」
「暴走族がいつも周りを囲んでるから、町田から横浜まで赤信号でも一度も止まらずに行けた」
などなど、完全に常軌を逸した型破りなエピソードの数々。「台風が消滅するぐらいの演奏をするには、あと100年ぐらいかかる。死んでる暇ないんだよね」などビッグマウスでは済まない人間離れした発言も飛び出し、「やはりこの人が『特攻の拓』のルーツなのだ」ということを改めて納得させられる貴重な体験になりました。このインタビュー記事は今読んでもめちゃくちゃ面白いものになっていると自負しているので、「特攻の拓」が好きな人にもぜひ読んでみてほしいです。
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