アニメスタジオクロニクル No.3 [バックナンバー]
スタジオジブリ 西岡純一(広報・学芸担当スーパーバイザー)
日本のアニメがビジネスとして認識された「千と千尋の神隠し」
2023年6月26日 14:00 10
アニメ制作会社の社長やスタッフに、自社の歴史やこれまで手がけてきた作品について語ってもらう同連載。多くの制作会社がひしめく現在のアニメ業界で、どんな意図のもとで誕生し、いかにして独自性を磨いてきたのか。会社を代表する人物に、自身の経験とともに社の歴史を振り返ってもらうことで、各社の個性や強み、特色などに迫る。第3回に登場してもらったのは、スタジオジブリで2年前まで広報部部長を務め、今はスーパーバイザーとして後進の指導に当たっている西岡純一氏。広報という立場で会社の成長を見守ってきた西岡氏にスタジオジブリの話を聞くと、“日本が世界に誇るジブリ”というパブリックイメージとはひと味違った新しいジブリ像が見えてきた。
取材・
広報担当が振り返るスタジオジブリ
「
その話に入る前に、今回のインタビューに答えてくれたスタジオジブリ元広報部部長の西岡純一氏の経歴に触れておく。それまで石油関連の会社で働いていた西岡氏は、1999年に友人のつてでスタジオジブリに入社し、2011年まで広報を担当。その後、三鷹の森ジブリ美術館で事務局長を、2019年からはスタジオジブリに戻って広報部部長を務めている。聞けば、公式サイトにある「スタジオジブリの歴史」も、鈴木氏がアヌシー国際アニメーション映画祭で行った演説の原稿をもとに彼が加筆しているという。そこには「ジブリがここまで続くとは誰も考えていませんでした」という気になる一節があった。
「宮﨑もよく言っていますが、『1つのスタジオの寿命は3作品だ』と。その後はルーティンになったり設立当初にあった熱い思いなどがなくなったりする。だからスタジオジブリも3作品くらいで閉めようと考えていたそうです。でも、ジブリの場合は宮﨑と鈴木のどちらかが『そろそろやめようか』と言うともう一方が『次はこれを作りたい』と言い始める(笑)。その繰り返しでこれまで続いてきました。
もちろん1985年の設立当初から変わったこともたくさんあります。もともとはアニメ制作者を社員として雇わず、作品ごとにスタッフを集めて完成したら解散するというスタイルでした。でも1989年に『
その2013年には宮﨑が長編映画制作からの引退を宣言。そして翌2014年の
「宮﨑が監督を引退するにあたり、社内では『あと1作品若手で作ろう』という話になって、それが米林監督の『思い出のマーニー』です。以降はアニメを定期的に作らないから制作部門は解散することになりました。その時点では版権を管理しながら細々と続く会社になるんじゃないかと思っていたし、鈴木も『ようやく引退して好きなことができる』と言っていたんですけど、そうはならなかった(笑)。
三鷹の森ジブリ美術館で上映する短編をCGで作ったり、
転換点となった「千と千尋の神隠し」と三鷹の森ジブリ美術館
そんなスタジオジブリの変遷を見てきた西岡氏が考える、同社のターニングポイントになった作品を聞いてみた。そこで返ってきた答えは、2001年に公開され、当時の日本新記録となる興行収入308億円を得た代表作だった。
「1つ選ぶとするなら『千と千尋の神隠し』でしょうね。『もののけ姫』もすごくヒットしたけど、どれだけ多くの人が観てくれてもあくまで映画業界内での話題でした。しかし『千と千尋の神隠し』で経済誌の記者が取材に来るようになったり、日経新聞に載ったりするようになったんです。つまり『千と千尋の神隠し』以降は、日本のアニメがビジネスになると世間に認識されたんでしょう。その流れは日本のアニメーション界で今でも続いていますよね。
確かに国内の興行収入は308億円に達し、アメリカやヨーロッパなどで公開され、グッズやビデオが飛ぶように売れました。公開と同時にオープンした三鷹の森ジブリ美術館も人気が出て、日本、そして世界から『ジブリ美術館の2号館を作ってほしい』という話が舞い込みます。『本物の油屋を作りたい』とか言って(笑)。『もののけ姫』ではそういうことがなかったので、やっぱり『千と千尋の神隠し』、それと三鷹の森ジブリ美術館とで生まれた相乗効果は大きなターニングポイントでしょう」
スタジオジブリが迎えた大きな転換点。そこで西岡氏は広報として嵐のような日々を送る。
「スタジオジブリに入って最初に広報を担当したのが『
ただ大きな会社では広報部と宣伝部が別にあることが多いですが、スタジオジブリには宣伝部がなく、鈴木さんと広報部がその役割を担っていました。だからお客さんの窓口も、マスコミの窓口も、製作委員会各社の窓口も我々が全部やらなきゃいけなかった。宣伝自体は配給会社である東宝の宣伝部と宣伝会社のメイジャーとスタジオジブリで協力してやっていましたが、それでもさばききるのが大変で。しかも国内の対応にバタバタしているうちにベルリン国際映画祭やアカデミー賞の連絡も来て……あっという間の、怒涛の1年半でした」
制作部門解散後のジブリを支えた3つの柱
広報として立て続けに大作に携わったのち、2011年に西岡氏は三鷹の森ジブリ美術館の事務局長となる。
「美術館では事務局長として働き、三鷹の森ジブリ美術ライブラリーという企画展示にも関わったんです。これは宮﨑や高畑が昔ミニシアター系の映画館で観て影響を受けたけど今では忘れられてるような作品、スタジオジブリが仲良くしている会社による海外作品なんかを展示するコーナーでした。そこで2013年に認知症の老人の話が展開する『
そんな美術館について話を伺う中で、事前にお送りしていた質問状を読んでいた西岡氏は、「三鷹の森ジブリ美術館をスタジオジブリが運営している」というこちらの認識を訂正してくれた。
「補足しておくと、三鷹の森ジブリ美術館はスタジオジブリとは独立した組織が運営しています。正式な施設名は三鷹市立アニメーション美術館で、その指定管理者が徳間記念アニメーション文化財団なんですよ。だから三鷹の森ジブリ美術館にどれだけお客さんが入っても、スタジオジブリの収益には全然関係ありません(笑)。美術館に入っているミュージアムショップのマンマ・ユートはスタジオジブリの直営ですけど。こちらも、買わなくても展示として楽しめるように商品数やラインナップを考えています」
血眼になって人気IPの創出を目指す人々にとっては耳を疑うような話だろう。しかし有名作を多く抱えるにもかかわらず、スタジオジブリはある時期までグッズ展開に積極的ではなかったという。
「僕の入社前の話だから細かくは知らないんですけど、『となりのトトロ』が上映された後にサン・アローというぬいぐるみメーカーの方が『トトロはぬいぐるみになったら絶対に人気が出る。ぜひ作らせてほしい』と直談判に来たらしく、そこでOKを出したらヒットしたそうです。それ以来、キャラクターの魅力を伝えたり、アニメとは別の形で表現したりするものに関しては作るようになりました。
もう1つの方針が、必要以上の売上が見込める商品は作らないこと。スタジオジブリはアニメ映画を作るための会社であって、商品制作はあくまでその補助なんです。だから必要以上に儲けることはないという考えです。あとは飽きられないように、というのもグッズ展開に積極的ではなかった理由です。例えば『となりのトトロ』は86分しかありません。それと比較して例えば『ドラえもん』や『ガンダム』などはTVシリーズだけで本編23分の作品が数えきれないほどあり、さらに劇場版もたくさんある。だからトトロを露出させ過ぎると飽きられて、人気がなくなってしまう日が来るかもしれない。それで商品はずっと限られた数しか作っていませんでした。これらの方針は、2014年まで変わらなかったですね。ちなみにカレーやチョコレートのパッケージにキャラクターをプリントしたようなものは今でも一切やらない方針です。そうしたものは、使い終わったらゴミとして捨てられるのが悲しいですから」
西岡氏が語った2014年とはスタジオジブリの制作部門が解散する年のこと。そこで新作映画の制作を一度は止めた同社は、どうやって収益をあげ、会社を維持していたのだろうか。
「一番大きかったのは海外展開です。グッズを売り始めたし、過去には上映しなかった国も含めて映画館で再上映してもらったり、今は全作品が配信で観られたりもします。あと最近はパッケージが世界中で売れなくなってきたという話もありますが、ウォルト・ディズニーから出ているスタジオジブリ作品のBlu-ray / DVDは意外と売れているんですよ。おじいちゃんやおばあちゃんが孫にプレゼントするのにちょうどいいようで、世代を超えて観られているのはうれしいですね。
国内では日本テレビの『金曜ロードショー』に対する放映権の販売が実は大きな利益になっています。この3つの柱でやっていく中で、それまで抑えていたグッズの種類も量が少しずつ増え始め、海外でもたくさん売るようになりました。さらにコロナ禍の影響でジブリ美術館も一時的に閉めざるをえなくなり、ECサイトを立上げ、この3年間は急速に力を入れはじめました」
ここで本筋とは異なるが、一連の話の中で多くのアニメファンが気になっているであろうことを聞いてみた。国内におけるジブリ作品の配信の予定だ。
「ジブリとしては、今はまだその時期ではないと考えています。今後絶対にないという話ではなく、日本におけるテレビ放映の影響力の経緯や今後の世界的な情勢も関わってくるでしょうけど、少なくとも今ではない。社内でもそういう話は出ていません」
“世界に誇るジブリ”は意外と小さな会社
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