マンガ編集者の原点 Vol.1 小学館マンガワン編集部・千代田修平

マンガ編集者の原点 Vol.1 [バックナンバー]

「おやすみシェヘラザード」「チ。」の千代田修平(小学館マンガワン編集部)

フッ軽であれ、何でも面白がれ

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“面白い”とは……「うおっ!」であり、新しさであり

そんな今の千代田氏にとって、“面白い”を定義するなら、どんな答えが返ってくるだろうか。

「これも2つ話したいと思います。1つはまず『うおっ!』と思うかどうかですね。つまり身体的な反応があるかどうかということ。これには元ネタがあって、『「感情」から書く脚本術』(カール・イグレシアス / フィルムアート社)という本の序章に書いてある言葉です。脚本術の本で、映画の脚本の下読みの方々がどうやって脚本を読んでいるかについて書かれているんですが、『うおっ!』があるかどうかを気にするのが重要だと言っています。海外の本なので『うおっ!』は『Oh!』だと思うんですけど(笑)。

つまり本を読んだりライブを観たりして、思わず『やべえ!』『すげえ!』と反応してしまうかどうか。僕の好きなMOROHAってラッパーの歌詞で『ため息後のヤバイをよこせよ』というのがありますが、まさにこれです(笑)。『これって面白かったのかな?』と考え出すとわけがわからなくなるときがありますが、身体的な反応があるかどうかというのはかなり客観的に信頼できる指標。毎回作品を評価するときはこれを1つの尺度にしています」

思い当たる。実はこの質問を投げかける前、誰にとっても難しい問いだと思ったので、自分なりに「面白いってなんだろう?」と考えていたことと重なった。個人的な経験だが、妊娠中つわりがひどいとき、映像作品も酔ってしまい観られないので、マンガを読み漁っていた。その中には、つわりの気持ち悪さを忘れるほどのめり込む作品がいくつかあり、それが“面白い”だと思ったことがある。

「まさにそういうことですね。もう1つはもっと客観的で、これはスピリッツ前編集長の談なんですが、『面白いとは新しいこととわかりやすいことだ』と明快に言っていて、僕もその通りだなと思っています。ザックリ言うと、古さはダサさに直結しますよね、そしてダサさの問題は『ナメられる』ことにあると思ってます。もちろん『あえて古い』『あえてダサい』というのもありますが、それはもはや『新しさ』だなと。そして『わからない』というのは『私はこの作品の読者じゃないんだな』と思わせてしまうということ。これも『わからないけど面白い』ということがありますが、それはそういうものとして『わかられた』ということです。その判定をするのに編集者は大事な役割を果たしていると思います。身体的で定性的な指標と、言語化された明快な指標。この両輪で考えています」

明確な「2つの指標」。加えて、さらなる “面白い”論がここから展開される。

「そうだ、もうひとつ“面白い”についてお話ししたいことがありました。これは『ジャガーン』や『ブルーロック』の原作者、金城宗幸さんと話している中で出てきた表現なんですが、『マンガには、“面白いマンガ”と“気持ちいいマンガ”の2種類がある』という話で。今年の3月に宝塚を退団された演出家・上田久美子さんが『生理的な楽しさ』と呼んでいたものと非常に近いと思うんですが、“気持ちいいマンガ”というのは生理的に気持ちいいマンガ──例えばわかりやすいところで言うと、なろう系の異世界転生ものとかハーレムものとか、もしくはエロ、グロ。あと『スカッとジャパン』みたいな物語もそうですね。上田さんの語彙を借りると『リビドー刺激剤』をコラージュした作品で、もう1つは、“ストレスもかかるけど面白い”作品。このふたつを分け隔てるものは何かと考えたら、僕は“外部が存在するかどうか”かなって思っています。これは先ほどの『新しいこと』とも絡んでくるものです」

「ジャガーン」1巻

「ジャガーン」1巻

“千代田節”が冴えわたる。

「外部というのは、読み手にとっての外部のこと。それが存在しなければ、自分が否定されないんですよね。『そのままでいいんだよ』と、常に自分が肯定される。でも“面白いマンガ”には外部、つまり他者が存在する。そうした作品を読んだときに読者に何が起きるかというと、『読む前と読んだ後で、自分が変化する』。世界の見え方が変わったり、新しい考え方を思いついたり、人生に変化が与えられる。“気持ちいいマンガ”は、ある種の癒やしなので、特に読み手に変化は起こらないんですよね。むしろ自分を再評価されたり、承認されたりする。

当然どちらのマンガにも存在価値があって、あらゆるマンガはそのグラデーションの中に存在します。とはいえ僕の好みとしては、できるだけ“面白いマンガ”を作りたい。『チ。』はまさに“面白いマンガ”。読者にとっての外部をできるだけ突き詰めたいなという意識で、魚豊さんと一緒に作っていました」

作品のことを日々考え抜いている編集者ならではの、強靭な理論だ。その説でいくと、“面白いマンガ”は、“面白い”の先に、自己と他者の衝突を乗り越えた先の“気持ちいい”が待っているだろう。だから、“面白いマンガ”はやはり最強ではないだろうか。

「もちろん自分が弱っているとき、『チ。』を読んで『ちょっとしんどいんだけど……』となっちゃうこともあるとは思うんですが(笑)、そういうときには “気持ちいいマンガ”を読んで癒やされればいい。そういった豊かさがあるのはマンガのすごいところだと思う。なので、読者の方にはその時々で読みたいものを読んでほしいです」

壮大な物語「チ。」が完結。これからの野望は

千代田氏が魚豊と作り上げてきた「チ。―地球の運動について―」は、2020年9月に連載が始まり、4月18日のビッグコミックスピリッツ20号をもって完結、単行本最終集である8集は6月30日に発売された。「地動説を命がけで証明する人々」を描いた壮大なフィクション大河であり、各所で話題になったが、理想的な形で最終集を迎えられたのだろうか。

「最後のほうの展開は、魚豊さんが最初から考えられていた展開だったので、思った通りの出力が100%できました。これこそ“作家の作品”。魚豊さんの代表作になったと同時に、後世に残る作品になったと思います」

理想通りの最終巻。作中、地動説の“美しさ”に魅入られた人々が登場するが、これこそ“美しい”完結の仕方だった。そんな千代田氏は、2年前(2020年10月)にスピリッツ編集部からマンガワン編集部に異動。今、力を注いでいる仕事について聞いた。

「チ。―地球の運動について―」1巻

「チ。―地球の運動について―」1巻

「マンガワンでは『日本三國』をはじめ、1年ちょっとで4本の連載を立ち上げたので、まずはそれらを売っていくぞ、育てていくぞというのと、これからもどんどん連載を立ち上げていくつもりです。そうして面白いヒット作を作っていくことが基本ですが、同時に僕が今マンガワンに来た意味をずっと考えていて。『マンガワンをカッコいい場にしたい』という思いが個人的には強いです。ライバルになるのはやはり少年ジャンプ+ですが、超えたいという意識ではないんです。なぜならジャンプ+に載っているマンガのような作品を作りたいわけじゃないから。ただ、ジャンプ+のオルタナではありたいと思っています」

オルタナ──どういうことだろう?

「ジャンプ+が王道だとしたら、マンガワンは覇道。魚豊さんもそうだと思いますが、覇道を行く作家さんが、『自分はマンガワンだな』と思うような場所にならないといけない。どうやら僕は覇道とかカウンターとか、オルタナが好きなんだなと。音楽の趣味もそっちですし(笑)。そうしたマインドで編集者をやっている節があるので、 『王道のジャンプ+、覇道のマンガワン』と言われるようなカッコいい場所になったらいいなと思っています」

フッ軽であれ、何でも面白がれ──編集者の心得

そんな千代田氏が、編集者を目指す人に「編集者の心得」を1つ伝えるとしたら?

「なんでも面白がる心を持て、ということですかね。とにかく編集って、面白いと思う自分の感受性だけを根拠にすべての仕事をしていると思うので。作家さんにお声がけするのも、まずは作品を読んで『おもしれー!』と思って、『この作家さんがこんな作品を描いたらめっちゃ面白くなるんじゃね?』という動機からですよね。『地動説なんて何が面白いんだ?』と思ってたら、当然『チ。』をやろうと思わないわけですから。なんにでもとにかく面白がること。面白がれれば面白がれるほどいろんな仕事ができるのが、編集者という職業なのかなと思う。とにかくそこを広く深く磨いていってくれ、と伝えますね」

面白がるための感受性を磨くには、何が必要だろうか。

「とにかくフッ軽であること。ちょっとキモい語彙を使うと、『誤配を恐れない』こと。誤配は、よく東浩紀が使ってるタームで、『間違った宛先に、間違って伝わってしまうこと。逆に、間違って受け取ってしまうこと』を意味するものです。誤配って、基本的には生みたくないものじゃないですか。計画を立てて、それをきちっと実行して生きていきたい。だけどそれだけでは自分の世界が広がらない。計画が崩れたときに起きる思いもよらないことに対して拒否反応を示したり、もとの軸に戻そうとがんばるんじゃなくて、『それはそれでOK!』と受け入れる。行ったことがないこと、経験したことないこと、思いもよらないことを体験できる絶好の機会なわけですから、それを楽しめるところから新しい感性が磨かれていくのかなと思います」

見城徹氏の名言「顰蹙は金を出してでも買え」も思い出す言葉だ。確かに個人的な実感として、面白い作品を作る編集者には、トラブルが起こってもまるごと面白がる人が多いようにも感じる。

「編集者はどんなに大変なことが起こったとしても、『作品に生かせるし!』と思うことができる、けっこうおトクな職業だと思います。僕も失恋する度にそう思ってます(笑)。せっかくだからいろんなチャレンジをして、失敗もして、これもマンガに活かそうみたいに構えていければいいんじゃないでしょうか」

千代田修平(チヨダシュウヘイ)

2017年に小学館入社後、ビッグコミックスピリッツ編集部を経て現在は小学館マンガワン編集部所属。これまでの担当作に「おやすみシェヘラザード」「映像研には手を出すな!」「チ。―地球の運動について―」「日本三國」などがある。

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洋介犬(ヨウスケン) @yohsuken

これは神インタビュー記事!

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