韓国Webtoonの抱える“作家性”という課題…日本のWebtoonはこれからどうなる?
制作スタジオ代表・専門ニュースサイト代表・ヒットメーカーに聞く(後編)
2022年7月21日 12:00 16
縦スクロールのフルカラーマンガ、いわゆるWebtoonが何かと話題だ。エンタメ業界のみならず、エネルギー事業、求人事業など異分野の企業までWebtoon業界に参入し、ヒット作を生み出そうと切磋琢磨している。本コラムの前編では、そんなWebtoonが盛り上がっている理由について、Webtoon制作スタジオ代表の芝辻幹也氏、Webtoon専門のニュースサイトを運営する福井美行氏、「サレタガワのブルー」などヒット作を持つ編集者・北室美由紀氏に語ってもらった。
後編でも、前編と同じく芝辻氏、福井氏、北室氏が登場。日本のWebtoonの“これから”を有識者3人がどう見ているのかを議題に、Webtoonの売り方への期待、先行する韓国Webtoon業界が抱える課題など話し合ってもらった。最後には3人がオススメするWebtoon作品も紹介。ぜひチェックしてほしい。
取材・
座談会メンバー
芝辻幹也(シバツジミキヤ)
株式会社フーモア代表取締役社長。「クリエイティブで世界中に感動を」という理念のもと、Webtoonの普及に尽力。2021年にはWebtoonに特化した制作スタジオ「フーモア コミック スタジオ」を設立し、精力的にWebtoon作品を送り出している。
福井美行(フクイヨシユキ)
株式会社フーム代表。Webtoon専門のニュースサイト「Webtoon Insight Japan」を2015年より運営しており、2022年には制作プロジェクトチーム「ARC STUDIO JAPAN」を発足。芝辻いわく「日本で最もWebtoonに詳しい人」。
北室美由紀(キタムロミユキ)
株式会社ミキサー所属のWebtoon編集者。元comico編集者で、2013年には日本版comico立ち上げに従事した。担当作は「サレタガワのブルー」「ReLIFE」など。芝辻いわく「日本で唯一、国産Webtoonをヒットさせている人」。
日本のWebtoonはこれからどうなる? 有識者座談会
日本のWebtoonは“勝てる”と思います(福井)
──ここからは、今後の展望を聞かせてください。「日本のWebtoonはこうなっていくだろう」でも「こうなっていってほしい」でも構いませんので。
福井美行 それを話し始めるとキリがなくなるんだけど(笑)、「業界のために何ができるか」という視点で言うなら、“Webtoon協会”のようなものがいずれどこかから出てくるだろうなと思っているんです。業界が発展するうえではいろんな問題が起きてくるものなので、必要に応じてそういう活動もしていきたい。韓国にはすでにWebtoon作家協会があるので、そこと連携しながらやっていこうかなと思っていますね。
芝辻幹也 現状、日本のWebtoon業界ってピッコマさんの存在感がとても強くて。もちろん各社に売れているタイトルはあるんですけども、数字的に現在はピッコマさんが売り上げトップ。ほかのストアでももっと数字が取れるようになり始めれば、スタジオさんもクリエイターさんも出版社さんもやりやすくなるだろうなと。
北室美由紀 私はメディアミックスの拡大がWebtoonの今後にとってカギになってくると思います。これまでの出版社は「マンガを作り、その作品がアニメ化・実写化されることで単行本が売れる」というモデルでメディアミックス戦略を行っていたと思うのですが、Webtoonの場合は単行本化されない場合も多いんです。なので、出版社の利益はサイトでの“話売り”が軸になりますよね。「“話数”単位でどんどん配信して、メディアミックス化されたらより“話数”単位で売っていく」というやり方が定着していくのではないかと。
芝辻 電子ストアの“話売り”への対応も重要だと思います。今だと横読みマンガのUI(ユーザーインターフェイス)の中に、工夫してWebtoonを掲載しているケースが多い印象です。横のマンガは巻ごとに表紙が違いますし、巻ごとの説明文などももちろん異なるので、それに適したUIが作られてきました。ですがそれだとWebtoonのUI的にはあまりよくない。Webtoonは“巻”で売るのではなく“話(わ)”で売るビジネスモデルです。その横読みマンガのUIに当てはめると、Webtoon作品は表紙(サムネイル)が全部同じになったり、説明文も全部同じだったりするんですよね。ほかにもいろいろと仕組み上Webtoonには合っていない部分がありますが、そのあたりが改善されてくると既存の横読みマンガがメインのストアでもWebtoonが売れ始めるのではないかなと思います。
北室 これからどんどんWebtoon作品がアニメ化・ドラマ化されていくと思いますが、それが一般的になっていけば喜ばしいですし、なっていくだろうなと思っています。それによって自然とWebtoonの地位も上がっていくんじゃないかなと。
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福井 Webtoonがビジネスとして成長していく一方で、懸念もあって。例えば韓国では、巨額の制作費をかけてスタジオ方式で作る形が一般化していて、そこに映像会社がどんどん介入してくるという状況なので、個人の資質に根ざした作家性の高いWebtoonが生まれにくくなっている現状があるんです。日本のマンガって、まったく無名の作家が1人で作ったすごく面白い作品が突然世に出てきたりするものじゃないですか。そういうことが今後Webtoonでも起こり得るのかというと、ちょっと疑問がありますね。実際、韓国ではWebtoonビジネスのシステムができあがってしまっていて、売れるものだけにお金が投入され、そこに利益が集中している。その結果、作家性がどんどん削がれていくという問題が起きてしまっているんですね。
芝辻 「原作の小説がすでにある程度売れていたり人気があったりすると、その小説のWebtoon化の際に制作予算をかけやすい」というのは、正直ありますよね。制作費を出す会社やプラットフォームが「売れる」と思うからコストをかけやすくなり、ファンタジー系ジャンルなら絵のクオリティを上げていくことで差別化にも話の面白さにも繋がるし、広告や露出を増やすからその結果売れるみたいな。
北室 韓国でも、まだ半分くらいは個人の作家さんが執筆をしていると耳にしたんですが……。
福井 僕の知る限り、8割方はスタジオ形式じゃなくて個人の作家が各自のWebtoon作品を描いているんですけど、個人作家の作品は各ストアのランキング上位にはあんまり入ってこない。
北室 そうなんですか。
福井 スタジオで制作している大型作品が多いです。日本でも「Webtoonは大規模な体制で作るのが当たり前」みたいな意識が定着してしまうと、同じように「作家性が薄くなる」という問題が生まれてくると思います。
芝辻 韓国では、制作体制がスタジオ制のみに偏重しないよう公的機関が援助したりプロジェクトを立ち上げたりもしているようです。作画のクオリティや作業の物量で勝負するような作品は当然スタジオ制作のものが多いんですけど、スピード感で言うと個人の作家さんがやったほうが速いこともありますしね。
北室 あまり大人数で分業すると、いろんな意見が出ますし。
芝辻 同じネームでも、そこから汲み取る意図が人によって違ったりしますからね。まあ、最終的には面白い作品さえあれば読まれると思うので、そこからWebtoonの裾野が広がっていけばいいなと。日本はマンガのマーケットが大きいんで、国内だけでもビジネスとしてある程度いけるとは思いますし、その中で世界に行けるようなタイトルが出てくると、よりいいなとは思いますね。
福井 やはり、これまで日本のマンガ界を担ってきた人たちがWebtoonの未来を左右するんじゃないかと。例えば先日、手塚治虫さんの「どろろ」をWebtoon化するというニュースがナタリーさんでも取り上げられましたが、これは韓国のコピンコミュニケーションズというものすごくクオリティの高いWebtoonスタジオが制作を手がけています。そのように、日本にはビッグなIP(知的財産)がたくさんあって、韓国にはWebtoonのすごい技術がある。両者の強みを生かせる「どろろ」のようなコンテンツが成功事例になれば、1つの突破口にはなり得るかなと。
芝辻 なるほど。
福井 あとは、大手のマンガ編集者の人たちが本気でWebtoonをやるようになれば、それによってマンガの読者がWebtoonに付いてくるようになる。現状、版面マンガの読者はあまりWebtoonを読まない傾向にあるので、そこの垣根を取り払うにはそういう編集者たちの能力や人脈が不可欠なんじゃないかなと思っていますね。そうした条件をすべてクリアできれば、日本のWebtoonは“勝てる”と思いますよ。
Webtoon? 縦スクロール? 呼称はさほど大きな問題ではない(芝辻)
福井 ところで、このコラムでは縦スクロールのWebマンガを「Webtoon」という呼び方で統一するんですか? 日本ではWebtoonという言葉がNAVERの商標だから、それを知ってる人はなんとなく「LINEマンガ作品以外はWebtoonって言いづらい」みたいな風潮もあるじゃないですか。
コミックナタリー編集部 Webtoonという言葉が伝わりやすいので、このコラムでは、リードで「縦スクロールのフルカラーマンガ、いわゆるWebtoon」というような表現を使っています。
北室 SMARTOON(スマトゥーン)とかGIGATOON(ギガトゥーン)とかタテスクとか、日本ではいろんな名称が乱立して、定まっていないんですよね。逆に、韓国では全部「Webtoon」なんですか?
福井 そうですね。韓国では、「Webtoon」という名称はNAVERの商標ではないですから。
北室 あ、そうなんですね!
福井 韓国では一般用語なんです。「Webtoon」が商標扱いされているのは、韓国以外ですね。
──個人的には、名称が定まらないというのが日本でWebtoonが定着していない要因の1つなんじゃないかという気もしています。
福井 Webtoonは韓国文化の印象が強いので、芝辻さんや北室さんの作られる日本オリジナルの作品がたくさん出そろった段階で、何か新しい名称を決めてもいいですよね。アニメで言う「ジャパニメーション」みたいな。
芝辻 まあ、でもどこかで「Webtoonでいいよね」ということになりそうな気もしますけど。言葉としてはすごくきれいですもんね。
──意味もわかりやすいですし、簡潔でキャッチーですしね。
芝辻 ただ、作る側としてはそんなに気にはしていないです。ニュースサイトであるナタリーさんは気にされるでしょうけど(笑)、僕らは外部の人に説明するときだけ「なんて言おうかな?」とちょっと考えるくらい。どう呼ぼうが、指しているものは同じなんで。
──なるほど。名称問題は、皆さんからするとさほど問題点として大きくはない?
芝辻 あえて議題に挙げるほどでもないかな。
福井 「この記事ではどう表記するのかな?」とちょっと気になっただけです。
韓国作品は家族愛の要素が強いところがいい(北室)
──では最後に、ライトな話題を(笑)。皆さんそれぞれ、今イチオシのWebtoon作品を教えてください。
芝辻 僕は、ピッコマの「シャーク」とLINEマンガの「ザ・ボクサー」。両方ともボクシングマンガなんですけど、最近はこういう、異世界ファンタジーでも悪役令嬢系でもない作品がけっこう数字を出し始めているんですよ。幅広いジャンルが売れるのはいいことだと思うので、そういう意味も含めてイチオシですね。ボクシングって、世界共通で通用するジャンルなんです。日本でもそこそこルールも知られているし、ヒットしたボクシングマンガも過去けっこうありましたし。
──確かに「あしたのジョー」「がんばれ元気」「はじめの一歩」といった定番を筆頭に、ボクシングものはヒット作が多いですね。
芝辻 福井さんが以前携わっていたWebtoon作品「少女・ザ・ワイルズ」もボクシングが題材でしたよね。あれも当たる可能性は十分あったと思うし、ちょっと時代が早すぎたんでしょうね。
──そんな福井さんの最近のおすすめは?
福井 僕の場合は“最近”がないんです。もう年寄りなんで、古いものしか知らなくて(笑)。なので「ファミリーマン」という2009年頃に描かれた作品を推したいんですけども、「10年前で、もうこんなに素敵な作品があったのか!」と感じられると思います。Webtoonの歴史の話をちょっとだけしますと、韓国では2003年くらいにカン・プルさんという人が「純情漫画」という作品を描いて、それがWebtoonで最初のストーリーマンガと言われています。韓国中の若者が読んだというくらいのヒット作。時代が時代なので今見ると画は素朴な感じなんですけども、ストーリー的にはすごくよくできていて、泣けるんです。同時代にユン・テホさんとカン・ドハさんというすごい作家も出てきて、主にこの3人がWebtoonの黎明期を支えました。「ファミリーマン」はそのちょっと下の世代として出てきた作家さんの作品で、これまた泣けるんですよ。そういった歴史を踏まえて、今の作品だけじゃなく昔の作品も読んでみてもらえるとうれしいです。
──ルーツをさかのぼるのって、そのジャンルを知るうえではとても有意義なことですしね。多くの音楽ファンがザ・ビートルズを聴いたりするのと同じように。
福井 そうそう。あるでしょ、そういうの。
──ではラスト、北室さんお願いします。
北室 はい。自分の編集作品を宣伝になっちゃいますが(笑)、マンガMeeの「サレタガワのブルー」とLINEマンガの「板の上で君と死ねたら」。他作品を挙げるなら、私がWebtoonにハマったきっかけが、ピッコマの「捨てられた皇妃」なんです。いわゆる悪女ものの代表的な作品ですが、それはもうドハマリしまして(笑)。そして今一番好きなのが、同じくピッコマの「飯だけ食ってレベルアップ」と「公爵夫人の50のお茶レシピ」、LINEマンガの「再婚承認を要求します」ですね。今挙げた作品以外でも魅力的なものがたくさんあって。韓国の作品の多くの傾向として、家族愛みたいなものが恋愛要素よりも強めに出ていたりして、日本の作品と大きく違うポイントの1つだと思いますし、そこがすごくいいんですよね。どれも本当にすごくおすすめなので、ぜひ読んでみてください。
- ナカニシキュウ
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ライター、カメラマン、ギタリスト、作曲家。2007年よりポップカルチャーのニュースサイト・ナタリーでデザイナー兼カメラマンとして約10年間勤務したのち、フリーランスに。座右の銘は「そのうちなんとかなるだろう」。
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