「面白いと思ったマンガを、その時、誰かに薦めたい!」そんな気持ちから書店員をはじめとする有志が集まり、2008年に誕生した「マンガ大賞」が、今年で15回目を迎える。賞の選考員は、実行委員が直接声をかけたマンガ好きばかりで、書店員をはじめとするさまざまな職業の人たちが手弁当でこの賞を支えているという。この15年でマンガ大賞はマンガ業界にとっては欠かせないアワードとなり、毎年1月にノミネート作が発表されてから3月の大賞発表までの間、マンガ好きは皆今年の大賞受賞作を予想し合うようになった。コミックナタリーではこのお祭りの15周年を祝し、選考員を務める書店員の座談会を実施。この15年の大賞作を振り返るほか、マンガ大賞がどのように成長し、書店にどのような影響を与えてきたかを語ってもらった。
取材・
マンガ大賞とは?
- 選考対象は前年の1月1日から12月31日に出版された単行本のうち、最大巻数が8巻までの作品。選考対象には電子書籍も含まれる。
- 1次選考では各選考委員が「人にぜひ薦めたいと思う作品を5作品」を選出。
- 2次選考では1次選考の結果から得票数10位までの作品がノミネートされ、選考委員はそのすべてを読み、トップ3を選ぶ。
- その結果を集計し、「マンガ大賞」が決定する。
書店員の「推したい」という気持ちが詰まった賞
──15周年を迎えたマンガ大賞ですが、設立当初はどんな印象でしたか?
近西良昌(三省堂書店海老名店) もうずいぶん昔なので記憶も曖昧なんですが……(笑)。
池本美和(リブロプラス商品部) わかるー(笑)。どんなだったかな。私は2回目から選考員(投票者)として参加したんですが、第1回のときから話は聞いていました。マンガ大賞は書店員が中心になって立ち上げたアワードなので、最初の印象は「本屋大賞(主に小説を対象とした書店員によるアワード。2004年に誕生)のマンガ版ができるんだ」という感じでしたね。
土屋修一(あゆみBOOKS杉並店) 私は第1回から参加していますが、最初はやっぱり実行委員の書店員さんから話を聞いてですね。当時私は仙台のお店にいたんですが、たまたまマンガ大賞を立ち上げた書店員の1人が遊びに来たときに「こんなの始めるよ」って聞いて「面白そうだな」って思いました。
近西 私も話を聞いて興奮した覚えがあります。当時出版社主導でなく書店主導のマンガ賞というのはなかったので、新しい風が吹くんじゃないかって。
土屋 当時もマンガの賞、アワードはいくつかありましたけど、すでに売れている作品が選ばれていることが多い印象で、私としては物足りなさを感じていたんですよね。マンガ大賞は「これを推したい!」「紹介したい!」というコンセプトがハッキリしていた。だから面白そうだなと思って参加しました。
池本 対象が「単行本8巻以内の作品」ってルールも印象的でしたよね。長すぎると初めて読む人にはハードルになるけど、8巻くらいだったら手に取りやすい。それくらいの巻数だと、自然とその年の旬の作品を選ぶことにもなりますしね。
近西 例えば「このマンガがすごい!」でも、人気のある長期連載作品が何年も続けて上位にランクインすることがあるじゃないですか。マンガ大賞は8巻という縛りがあるから、自然とラインナップが入れ替わって多種多様な作品がノミネートされるようになっていた。
──長い間支持されている作品が可視化されるのもひとつの意義ですが、マンガ大賞の場合は「まだ火のついていない作品を送り出す」という意図がより明確でしたよね。
近西 ノミネート作品がどれも甲乙付けがたい作品揃いなので、大賞を獲った作品以外にも手を伸ばしてもらえる賞だと思います。
土屋 8巻縛りは面白いルールですよね。選ぶ側も「この作品は来年にはもう8巻を超えるだろうから今年推したい」とかって気持ちが湧いてきたりもする(笑)。
「ブランチ」放送日の午後にはすぐ売れる
──書店員が中心になって生まれたマンガ大賞ですが、店頭にはどんな影響がありましたか?
近西 私が選考に参加したのは第2回からなんですが、第1回からいろいろ店頭展開しましたね。手づくりでマンガ大賞の看板みたいなものも作って。
──マンガ大賞は今ロゴデータなど店頭展開用の素材も提供していますが、当時からそういうものはあったんですか?
近西 どうだったかなあ? ロゴなんかはあったかもしれないですけど、当時のうちのお店にあったPCではデータをダウンロードして加工することができなかったので(笑)。
池本 ああ、そうそう。当時は書店だとあまりいいスペックのPCがなかったから(笑)。第1回で大賞を受賞した「岳」はこれから人気が出るだろうというタイトルでもあったし、うちでも大きく展開しました。実際しっかり反応がありましたね。
近西 特にうちでは、マンガ大賞は長い期間店頭展開するようになったという印象があります。マンガ大賞は発表されるといろんなお店を巡回する形で原画の展示が行われるんですが、うちのお店は最後のほう、11月とか12月にまわってくることが多いんですね。だから、少なくともそれまでは店頭展開しようと思って、1年近く店頭に出しているんですが、お客さんも1年を通して「お、マンガ大賞か」という感じで手に取ってくれる。長期間にわたって目を引いてくれる賞になっていると感じています。
──書店での存在感がある賞ですよね。
池本 文芸だと直木賞とか芥川賞みたいに決まるとメディアで大きく取り上げられるものがあったんですけど、当時はマンガの賞がテレビでバーンと紹介されるようなことがあまりなかったと思うんです。講談社漫画賞や小学館漫画賞のような出版社さんのマンガ賞はずっとあったけど、あまりお客さん向けに大きく出されるようなものではないですし。マンガ大賞は明確に「書店員やマンガ好きが面白いと思っている作品を選ぶ」という賞で、朝のテレビ番組とかで「これが選ばれました!」と紹介されるようになった。それで、普段マンガを読まない層にもアプローチできたというのが大きかったなと思います。
近西 「王様のブランチ」でマンガ大賞が紹介されるとやっぱり反響は大きかったですね。放送があった日、午後1時とか2時になると急に受賞作が売れ始めたりしましたから。
土屋 ただ、設立当初、それこそ第1回のときはさすがにそれほど浸透していたわけじゃなくて。うちでは店頭展開しましたが、マンガ大賞を扱っていない書店もけっこうありました。あと私は仙台にいたので地方ならではの事情もありましたね。例えば「王様のブランチ」って仙台だと全部放送していなくて、本の紹介コーナーの時間は地元の映像が流れてたりしたんです(笑)。だから、マンガ大賞の話題も放送されない。
池本 そうなんだ!(笑)
土屋 浸透していったきっかけとして大きかったのは映画ですね。今でこそマンガの映画化はすごく多いですけど、当時はまだ珍しかった。そんな中でマンガ大賞受賞作が次々に映画化されるようになって影響が大きくなっていったという印象があります。
──「岳」が2011年、「テルマエ・ロマエ」が2012年、「銀の匙」が2014年、「ちはやふる」が2016年、「3月のライオン」が2017年とマンガ大賞受賞作は映画化が本当に多いですよね。
近西 そうですね。発表されると「次はこれが映像化されるのか」という感じで見るお客さんも増えていった印象があります。
2010年、「テルマエ・ロマエ」の衝撃
──思い出深い受賞作はありますか?
土屋 「テルマエ・ロマエ」はインパクトがありましたね。「なんだこのマンガ!」ってなりましたもん。うちでもとてもたくさん売れました。
──「テルマエ・ロマエ」は前年12月に1巻が出たばかりでしたが、一気に火がついたという感じでしたね。
池本 「テルマエ・ロマエ」は衝撃でしたよね。マンガ好きは早いうちから知っていて「すごいぞ!」と言っていたけど、マンガ大賞みたいなものを獲らなかったらここまで幅広く知られなかったんじゃないかと思います。掲載誌のコミックビームもマンガ好きはよく知っているけど、普段マンガをあまり読まない人はまず知らない雑誌じゃないですか。何かきっかけがないと広く知られるのが難しかっただろうな、と。書店の店頭に立っている人間が「これは!」と思う作品がちゃんと選ばれて、マンガ大賞をきっかけに大きくなっていったのを一番実感できたタイトルでしたね。
土屋 実は「テルマエ・ロマエ」が大賞を獲った2010年は、「宇宙兄弟」がノミネートできる最後の年で。個人的に「宇宙兄弟」を激推ししてたんですが、残念ながら取れませんでした(笑)。やっぱり「テルマエ」旋風はすごかったです。
近西 思い入れでいうと私は「彼方のアストラ」が印象深いです。めちゃくちゃ推していたので大賞を獲ったときは本当にうれしかったです。自分が投票で1位にした作品が大賞になったのも初めてでしたし。
池本 あ、やっぱり自分が選んだ作品が大賞を獲るとうれしい?
近西 私はすごくうれしいです(笑)。
──「彼方のアストラ」は5巻で完結したタイミングで受賞というのも印象深かったです。
近西 篠原健太先生は「SKET DANCE」というヒット作もある作家さんですが、「彼方のアストラ」はジャンプ+の連載で、当初「SKET DANCE」の作家さんの新作だと気付いていない人も多い印象だったんです。もっと売れていい作品なのになかなか店頭で動かないというもどかしさがあった。それが、マンガ大賞を獲って、さらにアニメ化も決まって大きく動きはじめてすごくうれしかったです。
土屋 印象深い作品で言えば「ちはやふる」もそうです。マンガ大賞はノミネート作品を全部読むので、選考の中で知る作品もあるんですよね。私は少女マンガはあまり得意なジャンルではなくて、選考の段階で初めて読んだんですが、「こんな面白い作品があるのか!」と思いました。これは大賞を獲るだろう、と。
──選考を通して知る作品もやっぱりあるんですね。
土屋 あります。panpanya先生とかマンガ大賞で知って「なんだこれは!」と思いました。
──panpanya先生は2014年に「足摺り水族館」がノミネートされました。あれは“1月と7月”っていうちょっと珍しい出版社さんから出たんですよね。
土屋 そうなんです。うちも版元から直接仕入れて置いたんですが、お店でもすごく売れました。
近西 私も「サザンと彗星の少女」とかはマンガ大賞で知りました。
池本 「知っているけど読んだことはなかった」っていう作品もありますしね。
土屋 寡作な作家さんの作品もノミネートに入ってくることがあるじゃないですか。それもまた面白いんですよね。「百万畳ラビリンス」とか「我らコンタクティ」とか印象に残っています。
池本 ああー! いいですよね。
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