装丁とは、本を開くよりも前に読者が目にする作品の顔。そのマンガをまだ読んだことがない人にも本を手にとってもらうべく、作品の魅力を凝縮したデザインになっている。装丁を見ることは、その作品を知ること。装丁を見る楽しさを知れば、マンガを読む楽しさがもっと広がるはずだ。本コラム「あのマンガの装丁の話」では毎回1つのマンガを取り上げ、装丁を手がけたデザイナーを取材。作品のエッセンスをどのようにデザインに落とし込んだのか、そのこだわりを語ってもらう。
第1回では、2022年1月放送開始でTVアニメ化も決定している
取材・
イメージしたのは「ちょっとオシャレなアウトドアのムック」
──単行本の奥付を見ると「スローループ」の装丁は、内古閑さんと中島泉紀さんのお名前が連名でクレジットされていますね。どのような役割分担になっているのでしょうか。
まず前提として、うちはCHProduction(チャンネルプロダクション)というデザイン事務所で、僕がその代表を務めています。基本的に、クライアントとの打ち合わせに出席してイラストの方向性を決めるところまでは自分が。その後は、僕が1人でデザインすることもあれば適任のスタッフと一緒に進めることもあります。「スローループ」の装丁に関しては、僕はディレクションの立ち位置。実際のレイアウトなどは中島が担当しています。
──「装丁を見る楽しさを知れば、マンガを読む楽しさがもっと広がる」というのがこのコラムの趣旨なのですが、今回の取材に向けてあらためて「スローループ」のカバーをじっくり見てみるといろいろな発見がありました。英語とカタカナで2種類のロゴが並んでいたり、枠線が釣り糸になっていたり、スッキリとした見た目の中にもこだわった仕事が詰まっていると感じます。このカバーデザインは、どのように作られたものなのでしょうか?
中島と一緒にデザインをする中で共有していたイメージは“ちょっとオシャレなアウトドアのムック”。キャンプをはじめとした、一連のアウトドアブームを意識したデザインになっています。ロゴを英語にしたのは、雑誌やムックっぽく見えるように何かできないだろうかと考えた結果ですね。ただ正式表記はカタカナの「スローループ」なので、それはもちろん入れなくちゃいけない。英語のほうをバシッとさせたぶん、カタカナのほうは作品自体のイメージに近づけようと、主人公2人のかわいらしさ、作品の優しさ、ゆるさみたいなものを出そうとしました。硬くない文字がいいねと話し合い、釣り糸(ライン)で書いたような形になっています。
──たしかに「プ」の半濁点をよく見ると、糸の結び目のような形をしていますね。ただの手書きのゆるい文字に見えて、ちゃんと作品と関係するモチーフがデザインの中に入っている。
釣りのマンガというイメージの補強をデザインが担っています。文字の装飾だったり、英語ロゴを2色で波打たせて水や海を想起させるデザインにしてみたり。僕も中島も実際に釣りをやっているわけではないので、うちの先生が描いた絵を見ながら何を気にされているのかとか、先生が釣りの中でキレイと思っているものってなんなのかを読み取って、それをデザインに取り入れていきました。
──装丁を手がけるうえで一番こだわったポイントはどこですか?
本当にこだわったのは、今言ったような飾り付けの部分よりも「まずキャラクター2人をちゃんと可愛く、立てること」ですかね。デザイン自体の話で言えば割とオーソドックスな造りになっているので、「この曲線の美しさが」みたいな話はしづらいんですよね……。もちろんデザインに手をかけていないということではないし、気に入っている部分もたくさんあります。それこそ最初に挙げてくださった、釣り糸の枠線とか。カチッとトリミングするのじゃない、ゆるい囲み具合は気に入っていますね。
イラストのディレクションは、カメラマンに撮影指示をする気持ちで
──装丁の中で重視したのは「キャラクター2人をちゃんと可愛く立てること」というお話でしたが、カバーデザインの完成形は最初から見えていたんでしょうか?
最初に描いたラフは全然違うものでした。先生を交えて打ち合わせをする前に、まず僕のほうでどんな装丁がよいと思うか考えてみてほしいと担当編集者さんからお願いされていたので、マンガを読みながらアイデアを練って。クライアントの意見が入っていない状態で、僕から出した最初の案がこれでした。
女の子2人に釣り竿としゃもじを持たせることで役割を明確にしている。いかにも釣りマンガというデザインにするよりも、「CATCH&COOK」つまり“釣りとごはん”のハイブリッドな売り方をしたほうがいいんじゃないかと提案をしようしていたんですね。このラフを描いているときは、ちょうどマンガ界にもアウトドアブームがきていた時期ということもあり、「道具」とか、釣った魚をその場で食べる「料理」みたいな要素を打ち出し、明確にアウトドア方向に舵を切ってしまったほうが手に取ってもらえるのでは?という思惑がありました。
──ジャンルをわかりやすくすることで、そこに興味がある人に響くデザインにしようと。
シビアな話ですが、1巻が売れないことにはその後が続かないので。とにかく1巻をどうしたら強く訴求できるかが、連載マンガの単行本デザインには求められます。もちろん僕が提案しようとした“アウトドアっぽさ”だけで語れるほど「スローループ」の物語は単純じゃない。とくに1話冒頭は、家族が亡くなったところからのスタートということもあり、とてもしっとりとした雰囲気じゃないですか。編集さんとうちの先生が、すごく丁寧に家族ドラマを描こうとしているのが読みながら伝わってきました。でもデザイナーとしては、ちょっとドライに作品の売りどころを捉えなきゃいけない場面もある。
──なるほど。それでまずは打ち合わせをせず、内古閑さんから出てきた案を見てみたかったのかもしれませんね。
このラフは「一方向に振り切った場合ここまでやれる」という極端な例なので、僕も一発OKになると思って出してはいません(笑)。一方でうちの先生が打ち合わせに持ってきてくださったイラストラフも、家族ものという面にフォーカスしすぎて釣り要素が薄かったり、逆にフライフィッシングをしている姿をしっかりと捉えようとするあまり、絵の構図を引きすぎてキャラクターが小さくなっていたり、そのまま使うには課題の残るものでした。そうしてデザイナー、作家さん、編集さんがそれぞれに意見や案を出し合う中で、絵に必要な要素が見えてきました。
──カバーデザインというのは、すでに完成した絵に装飾を施すお仕事のようなものを想像していました。使用するイラスト自体が、デザインとセットで考えられたワンオフのものになっているんですね。
書店でほかのマンガと並んだときのことまでを計算して絵を描くということが、新人作家さんだと難しい場合もある。そうしたときに、作家本人でも編集者でもないポジションから意見するのも、デザイナーの役目かなと。マンガ家さんに「こういうイラストを描いてください」と提案をするのは、1歩間違えると失礼な話にもなるので注意は必要ですが……うちの先生も「スローループ」を開始した時点では、その経験値がほとんどなかったとは思うので。「スローループ」の場合は、打ち合わせを経てそろそろ清書に入れるという段階に来たところで、最後にさらにブラッシュアップしてほしいことをまとめた修整指示書を僕らのほうで作って渡しました。
最終的なイラストが全部この通りになっているというわけではもちろんないですが。目線がちゃんと前を向くとか、向くんだけど隣のキャラのことをちゃんと意識しているとわかるように視線をどうしてほしいとか。2人のキャラクター性がパッと区別がつくようひよりに帽子を被らせてほしいとか。こうしたほうがカバーイラストとしてよくなると思う部分は提案しています。今見ると「なんでこんな細かいこと言ってんだよ」って思わなくもないですが……。
──かなり細かくお願いが書かれていて、内古閑さんの頭の中に絵の完成形がイメージされていると伝わってきます。
僕はもともと音楽のCDジャケットからデザインの仕事をスタートさせていて、アートディレクターはカメラマンへの撮影指示を出さなければいけないんですよね。写真のコンセプトはなんなのか、モデルのヘアメイクを誰に頼むか、ロケなのかスタジオで撮るのか、画に関することを全部コントロールするのが自分の仕事だった。写真ではなくイラストを使うマンガ装丁やアニメでの仕事も、その延長にあると考えているところがあります。ほかのデザイナーさんのやり方を知らないので、自分に限った話になりますが……。
大事にしているのは「その作品のためのデザイン」
──そもそも「スローループ」の装丁は、どのような経緯で内古閑さんに依頼が来たのでしょうか?
「スローループ」の担当編集さんとは、以前にも別の作品でお仕事をしたことがあり。そのご縁と、あと僕がキャンプ好きということを編集さんは知っていたので、アウトドア作品との親和性を感じてくれていたのだと思います。最初に電話がかかってきたとき「釣りは好きですか?」って聞かれたのを覚えています。まあ結論から言うと釣りはしていないので、あまり期待にそえる答えではなかったのかもしれませんが(笑)。
──その方の担当作品はよく内古閑さんがデザインをされているんですか?
そんなでもないです。以前、どう売ったらいいか悩んでいる作品のときに声をかけている、とは仰っていましたね。過去のお仕事も、どのジャンルにカテゴライズしたらいいか難しい作品の押し出し方を一緒に考えて、イラストの段階からアイデアを出していくようなものが多かったです。一般的に考えて、僕みたいにイラストに対して細かく修正を求めてくるデザイナーと仕事をするのって面倒くさいと思います。けれど「スローループ」の担当さんは、作品を売るためのそういう努力を惜しまない。汗をかくことを全然嫌がらないタイプだと思っています。
──作品のよさを引き出すにはどうすればいいかを一緒に考えられる。チームのような関係になっているわけですね。
うちの先生に絵の修正指示書を渡したみたいに、その編集さんに帯のキャッチコピーを書き直してもらったこともありますからね(笑)。
──それはコピーもデザインの一部だからですか?
それもあるけど、単純に「もっとわかりやすいほうがよくないですか?」みたいなことを思ったらその担当さんには言えるし、作品のためになる意見なら耳を貸してくれることも知っているので。別に編集さんの領域に踏み込みたいわけではないけれど、少しでも作品が売れる確率が上がるなら、提案はしようと。
──作品のためになることは、やれるだけやりたいと。
僕が仕事をするうえで一番大切にしているのは、その作品のためのデザインになっているかなんです。今日の話を聞いて、すごく意見してくるデザイナーみたいに見えたかもしれないけれど、自分の個性を出したいとかでは全然なくて。自分がどうしたいかではなく、その作品ならではの良さを伝えられるデザインを考えたいと思ってます。僕に限らず、世のデザイナー全員が思ってそうなことなので「何当たり前のこと言ってんだよ」って言われそうだけど(笑)。仕事のポリシーやデザイナーとしてのこだわりを聞かれたら、そこだと思いますね。
内古閑智之(とCHProductionスタッフ)が選ぶ「装丁が好きなマンガ本」
伊藤敦志「大人になれば」(装丁:伊藤敦志)
グラフィックデザイナー伊藤敦志さんがお子さんへ贈るために、仕事の合間に5年をかけて描いた自費出版によるマンガ。もちろん、ご自身による装丁で「デザイナーならやってみたい」と思う加工や仕掛けが隅々まで詰まった、楽しさとこだわりの洒落た仕様とデザイン。表紙の主人公のシールを剥がすと姿を変えた主人公になるギミックも、重版(現在4刷!)のたびに違う絵になったり、見返しの紙色も変わったり、コレクター心をくすぐる造りなのも伊藤さんらしい素敵な仕事。(選:内古閑智之)
マキヒロチ「スケッチー」(装丁:大島依提亜)
「カルチャーとしてのスケートボード」にしっかりアプローチしたデザイン。作家、編集者、デザイナーの三者からの「わかるよね?」というメッセージを感じて唸りました。また、自戒の念を込めてですが、この10年くらいの情報過多の傾向にあったコミックデザインの流れへの気持ちのいいカウンターでもありました。素晴らしい仕事。(選:内古閑智之)
鳶田ハジメ「ぼっち旅~人見知りマンガ家のときめき絶景スケッチ~」(装丁:名和田耕平デザイン事務所)
こぢんまりとした大きさのタイトルや人物により、壮大な景色が際立ち、人物のみに鮮やかな色が入ることで目が行き、まさしくぼっちで旅に出ているのがよくわかります。それでいてすっとタイトルが目に入りわかりやすくぼっち感も出ているので、イラスト、色、レイアウトすべてでストレスなく内容が伝わってきます。
カバー表4もイラストの配置から旅の楽しさが伝わり、また、ちょっとレトロで楽しそうなフォントのくれたけ銘石がより読んでみたいという気持ちにさせてくれます。
帯表4も楽しそうでありつつ、実は表3が好きです。ちょっとした情報を細部まで読みやすくかつ楽しくなるよう気を配ってくれているところが好きです。(選:中島泉紀)
CHProduction Inc.(株式会社チャンネル・プロダクション)
代表・内古閑智之が学生時代から「Channel Production」名義でデザイン活動を開始。アニメ、コミックス、ゲーム、音楽など、さまざまなメディアのアートディレクション、グラフィックデザインを手がける。代表的な仕事に「天元突破グレンラガン」「海月姫」「Angel Beats!」「凪のあすから」「バンドリ!」「アイカツ!」「ぼっち・ざ・ろっく!」など。
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