坂東巳之助×尾上右近、“同じ距離感やテンポ感が身体に入っている”2人だからできる「怪談 牡丹燈籠」を

目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「八月納涼歌舞伎」第一部で上演されるのは、夏にぴったりの演目、通し狂言「怪談 牡丹燈籠」。三遊亭円朝の落語を原作にした本作は、歌舞伎座の「八月納涼歌舞伎」では2003年に十世坂東三津五郎が伴蔵を勤めて以来の上演となり、今回の上演では三津五郎の息子である坂東巳之助が伴蔵、尾上右近がお峰を演じる。子供の頃に知り合い、共に切磋琢磨してきた巳之助と右近は、心地よい距離感で絆を深めてきた。ステージナタリーはそんな2人に、役への思いやお互いに対する思いを聞く。

さらに「八月納涼歌舞伎」第二部では、昨年逝去した四世片岡亀蔵が得意とした「らくだ」が上演される。上演を前に、改めて「らくだ」という作品の魅力や亀蔵の名演を写真と共に振り返ろう。

取材・文 / 川添史子撮影 / 平岩享

坂東巳之助×尾上右近 対談

1人の人間の多面性が見えてくる「怪談 牡丹燈籠」

──カラン、コロン……闇夜に響く駒下駄の音でおなじみ、「怪談 牡丹燈籠」が夏の歌舞伎座で上演されます。3組の男女の姿を通し、幽霊や人間の欲望の怖ろしさ、滑稽さも浮かび上がらせる物語。お二人が初役で演じる伴蔵(巳之助)とお峰(右近)夫婦は、大金を得たことでガラリと心が変化してしまいます。

坂東巳之助 伴蔵とお峰は、とても人間くさい夫婦です。物語が始まったとき、2人の間には愛はあるけど金はない。それが幽霊から大金を手に入れたことによって、環境とともに関係性も変わっていってしまう。お客様は伴蔵に対して、はじめはいい人だったのに金を得たことで悪い人になってしまったんだと感じるかもしれません。

でも伴蔵はもとから、人様の台所にある大根を勝手に持ってきてしまうような面や妻に横柄な態度を取る面も持っていて、決して善人というわけではない。状況や環境によっていろいろな性格が表出してくるだけなんです。1人の人間の多面性が見えてくるというのが、こうした作品の魅力ですし、演じるうえでも大切にしたい部分だと考えています。

尾上右近 僕にとってお峰がこぼす「何が幸せかわからなくなっちまった」というセリフは、最も切ない言葉として響きます。でもそもそも最初に悪事を思いつくのはお峰なんですよね。そうした意味でも巳之助さんがおっしゃるように、人間くさい夫婦なのだと思います。僕がまず大切にしたいのは、世話物らしいリアルな人物像とリズム感。徐々に夫婦の心はすれ違ってしまうわけですが、このときお峰の中に生まれる「好きな人に捨てられたら悲しい」という気持ち、だからこそ駆け引きしてしまう気持ち……こうした心理は、現代のお客様もスッと理解できるものだと考えています。

左から尾上右近、坂東巳之助。

左から尾上右近、坂東巳之助。

──伴蔵は巳之助さんのお父様である、(十世坂東)三津五郎さんも繰り返し演じた役です。

巳之助 そうですね。父が伴蔵を演じたのは2003年の「八月納涼歌舞伎」が最後でした。このとき僕も丁稚定吉で出演していたのですが、幕切れが強烈に脳裏に焼き付いていて、いわゆる歌舞伎らしい絵面で決まってチョン!というお決まりの幕切れからは大きく外れた演出にものすごい衝撃を受けたんです。今回は父がやっていた通りの形でやらせていただこうと考えています。

坂東巳之助

坂東巳之助

右近 クライマックス、本水を使った場面ではお峰の狂気も含め、歌舞伎のエネルギーも感じていただけると思います。「ルーツに触れる」という意味では、僕にとっても先祖である五世尾上菊五郎が初演した作品でもありますから、バトンを受け取る感覚もあります。歌舞伎をやるうえではいつも感じることですが、こうした作品に縁あって関われることは幸せですね。

──ご共演の多いお二人ではありますが、夫婦役は新鮮です。

右近 世話女房役は初めてで自分としても新境地ですし、巳之助さんの相手役で第一歩を踏み出せることは本当にうれしくて楽しみです。

巳之助 このお芝居は、掛け合いの面白さですからね。右近くんとは同じ菊五郎劇団で育ってきた仲ですから、同じ距離感やテンポ感が身体に入っています。そこをしっかりお互いに感じ取れれば、自然と面白いものになっていくのではないでしょうか。

右近 僕、前半の「お金がなくて、物質的に満たされなくても楽しめる」時代の、ポンポンとものを言い合う仲のいい夫婦の空気感が好きなんですが……無理やりこじつけますと、まさに僕らの十代のときは、そんな感じだったなってことも思い出します(笑)。小学生のときに初めて出会ってからよく一緒に遊んだし、一緒に旅行もしましたし。

巳之助さんは“精神的な旦那さん”(右近)

──ちなみに、旅行先はどちらだったんですか?

右近 京都です。南座で芝居を観て、ちょっと観光して。あと、大阪松竹座で「團菊祭」があったときは、巳之助さんが泊っているウィークリーマンションによくご飯を食べに行ったりしていました。

尾上右近

尾上右近

巳之助 そんなことありましたね。僕と右近くんが3歳差なんです。一定の距離感があるからこそ変わらず、ずっと仲良くしてこられた気がするというか、おそらく同級生だったら逆に、こんなに仲良くなれなかった気もします。

右近 確かにそうかもしれない。僕が末っ子気質で、巳之助さんにすべてを許されて生きてきたから(笑)。

──お互い、初対面の思い出はありますか?

右近 舞台で初めて「坂東巳之助」を意識したのは、「蘭平物狂」の(子役)繁蔵をなさっていたときですね。繁蔵は全子役憧れの役ですから、「この人に会ってみたいなあ」と思ったきっかけの舞台でした。

巳之助 僕が9歳のときですね。

右近 その後すぐ、仲良くさせていただくようになりました。ただ、僕が中学に上がった頃、お互いにあまり会っていない時期が続いたことがあって……すごく覚えているのは、その当時2人で映画を観に行ったことがあったんです。覚えてる? 「仮面ライダー」。

巳之助 ああ、観に行ったね。

右近 僕から誘ったと記憶しています。巳之助さんに会いたくなって。その時期に会っていた数少ない歌舞伎俳優の1人です(笑)。

──思春期にそばにいてくれるお仲間は大切ですね。現在はお互い、どんな存在ですか?

巳之助 いろいろな作品で共演していますが、右近くんは芝居をするうえで自分1人では行けないところに連れて行ってくれる相手だと感じます。右近くんは「尾上右近の熱量」みたいなものが役の邪魔をしないで舞台上に出てくるタイプ。逆に僕は自分自身の中から出てくる熱みたいなものが、役を演じるうえでは邪魔になるタイプ。なので、いつもはなるべく出ないように自分の中でコントロールしているんです。でも「尾上右近の熱量に当てられて出てくる熱」は、僕にとって邪魔にならないんです。

右近 (うれしそうに)すごい……! 巳之助さんとは近年、大事なポジションで共演させていただくことが増えていますが、もう大いに甘えています。“精神的な旦那さん”みたいな存在です。

巳之助 “精神的な旦那さん”!? 知らない言葉が出てきた(笑)。

左から尾上右近、坂東巳之助。

左から尾上右近、坂東巳之助。

右近 冷静な巳之助さんのおかげで僕も突っ走らないようにブレーキをかけられるし、考える時間を作ってくれる。とてもありがたい存在という意味です。きちんと考えて整理して、「これだったらいけるね」と確認してくれる巳之助さんがいるからこそ、思い切り衝動のままに動ける瞬間もありますし。自分1人では見られない景色に連れて行ってくれるというのは、まさに僕も同じ。あの……ここから本質に迫っちゃってもいいですか?

──お願いします(笑)。

右近 3年前、自主公演「研の會」にゲスト出演いただいたことは、僕にとってすごく大きな出来事でした。個人的に観てみたかった巳之助さんの一寸徳兵衛と三河屋義平次、2役を演じていただいたのですが、巳之助さんって、作品を的確に捉えて分析する読解力が、とてつもなく高い方なんです。共演するたびに「そんなふうに捉えるんだ」という驚きと学びがありますし、同じ舞台に立っていると「一緒に作っている」感覚が強い。そうしたクリエイティブな共同作業が「研の會」の「夏祭浪花鑑」で……炸裂しちゃいました!

一同 (笑)。