シネマ歌舞伎「鰯賣戀曳網」宇垣美里インタビュー|「幸せになって!」という気持ちでいっぱいに

三島由紀夫が遺した6つの歌舞伎作品のうち、最もハッピーで最も和やかな作品が「鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)」だ。昭和29年に十七世中村勘三郎と六世中村歌右衛門により初演され、平成元年には十八世中村勘三郎(当時は勘九郎)と坂東玉三郎が上演。その後も、度々上演が重ねられてきた。6月4日に公開されるシネマ歌舞伎では、第四期歌舞伎座閉場前の2009年に上演された「歌舞伎座さよなら公演」での「鰯賣戀曳網」を披露する。声が自慢の一途な鰯賣と、秘密を抱えた美しき遊女の、ほほ笑ましく温かな恋物語がスクリーンに蘇る。

その公開を記念し、ステージナタリーでは小説から戯曲まで、三島作品は「大概読んでいる」と話す、宇垣美里にインタビュー。「デートムービーにも良いのでは」と語る、その理由とは?

取材・文 / 川添史子 撮影 / 祭貴義道
スタイリスト / 滝沢真奈 ヘアメイク / 石岡悠希
ワンピース(furuta)、イヤリング(アビステ)

「こんなお話も書いていたのか!」と意表をつかれました

──宇垣さんは十代の頃から三島由紀夫作品を愛読されていたそうですね。作品数も多く、スタイルも多彩な作家ですが、どんな小説がお好みですか。

宇垣美里

中学生のとき、「とにかく図書館の本を全部読もう!」と決めていた時期がありまして、そのときに初めて三島作品を手に取りました。侯爵家の御曹司と伯爵令嬢の恋愛を描いた「豊饒の海 春の雪」、青年僧の心理を告白体で描く「金閣寺」、手紙のやりとりだけで構成された「三島由紀夫レター教室」、ウィットに富んだエッセイ「不道徳教室講座」……。好きな作品はたくさんありますし、王道の純文学から異色のものまでジャンルを問わず、手に入るものは大概読んでいると思います。

──三島歌舞伎「鰯賣戀曳網」(昭和29年初演)は、鰯賣猿源氏と、美しい傾城、実は丹鶴城の姫である蛍火のおとぎ話のような恋物語。ファン目線からご覧になった三島歌舞伎はいかがでしたか?

三島は恋愛ものにおいても、“どうしてもわかり合えない人間の哀しさ”みたいなものを、言葉を幾重にも繰り返して書いた作家……という印象があったんです。でもこの作品は、気持ちが良いぐらい幸せな物語、完全なるハッピーエンドで、「こんなお話も書いていたのか!」と意表をつかれました。4人の男女の運命を描いた「鹿鳴館」や、緊迫感ある会話劇「サド侯爵夫人」など戯曲もいくつか読んでいますが、いずれも悲劇的でしたし。

──確かに戯曲を含め、ここまで明るく朗らかな気持ちにしてくれる作品は、三島作品では珍しいかもしれません。

かなり新鮮な印象を受けました。歌舞伎は何度か拝見したことがありますが、こんなにクスクス笑いながら観たのも初めてですし。ピシッとした気持ちで観る歌舞伎作品も特別感があって楽しいものですが、こういったほのぼのとした作品を、映画館で、気軽な気持ちで観られるのはとっても良いですよね。気兼ねなく声を出して笑えて、カジュアルに楽しめて。デートムービーにも良いなと思いました。

──確かに、このとことんハッピーな展開は、デートに最適かもしれません!

「鰯賣戀曳網」より。©松竹株式会社
「鰯賣戀曳網」より。©松竹株式会社

とにかく主役のカップルがかわいらしいですよね。映像なので細やかな表情の変化も見られますし、「こんなにも、お互いが“大好き!”って目で見つめ合っているのかー」と、ニヤニヤしちゃいました。あと劇場の客席だと、どちらか片一方を見ていたら、もう一方がどんな表情をしているか見られないじゃないですか。シネマ歌舞伎だと両方の表情をしっかり捉えて見せてくれるので、そこもまた映像の良さだと感じます。

──(十八世)中村勘三郎さんの猿源氏がおちゃめでユーモラスで、坂東玉三郎さんの蛍火をウットリ見つめる表情がまた良いんですよね。

最後は花道で見つめ合って……「もう大好きなんじゃん!」となります(笑)。蛍火は城下を行く鰯賣の売り声を聞いて「あの美しい呼び声の鰯賣こそわが良夫」と城を飛び出したところを男たちにだまされて廓に売られ、遊女となり、猿源氏は五條橋で蛍火に一目ぼれしていて、そんな遠くでお互いを思い合っていた2人がやっと出会えたわけじゃないですか。気持ちが通じ合って喜び合う2人を、「たまらんなー」と眺めました(笑)。「幸せになって!」という気持ちでいっぱいになります。

自分で未来を切り開く、パワフルなヒロイン・蛍火

──宇垣さんのお話を聞いていると、あの最高なハッピーエンディングが脳内に蘇ります(笑)。ほかに、印象に残った場面はありますか。

「鰯賣戀曳網」より。©松竹株式会社

なあみだぶつ(坂東彌十郎)と博労の六郎左衛門(松本幸四郎)が、心配で「あちゃー」という顔になる場面がありますよね。

──猿源氏の父親であるなあみだぶつが息子の恋を成就させようと猿源氏を大名に仕立て上げてお座敷に乗り込むも、遊女たちから軍(いくさ)物語をせがまれ、あわや正体がバレそうに……の場面ですね。困り果てた猿源氏が魚を大名の名前に織り込んで軽妙に語り、どうにか危機をすり抜ける大きな見どころです。

あそこは思わず笑ってしまいました(笑)。この物語って、すべての登場人物がチャーミングで、イヤな人が1人も出てこないんです。あと私、最後に猿源氏と蛍火がチョイスした未来もすごく好きでしたね。2人は、鰯賣とその女房として暮らしていくことを選ぶじゃないですか。

──「幸せにお城で暮らしました」ではなく、2人で手に手を取って鰯賣になる道を選びますね。

「鰯賣戀曳網」より。©松竹株式会社

蛍火はお姫様だったのに「お父さんとお母さんに元気で過ごしていると伝えてね。はい、では私は好きな人と一緒になって、鰯賣になります!」って、すごい潔さ(笑)。「こんな古風な女性、もういないよ」という、ストレスをまったく感じさせない、今観ても斬新な設定です。自分で未来を切り開くパワフルでアグレッシブな女性であり、高貴で憧れるようなお姫様要素もある。とても魅力的なヒロインだと感じました。

──近年、映画やドラマや広告、ディズニープリンセスまでも、いかに自立した女性で描くか……といったトピックが話題になりますが、三島は歌舞伎の大胆なお姫様を核にしながら、いち早く現代的な女性像を構築していたんですね。女性から見ても、とても小気味良いです。

そうですよね。それに加えて、猿源氏もマッチョな精神の男性ではないですし。恋の病にかかってヘロヘロになっていたり、蛍火に一目会いたくて必死な思いをしたり。どの場面でも人間らしくてチャーミングで、応援したくなっちゃいます。結婚したあとも、すごく蛍火を大事にしそうですし(笑)。

歌舞伎らしいセリフ回しにワクワク!

──歌舞伎が大好きな少年だったという三島由紀夫らしい、様式的な技法も詰まった作品です。何か気になる趣向などありましたか?

宇垣美里

寝言で売り声をあげてしまった猿源氏が、蛍火に素性を尋ねられるところで、「さあ、さあ、さあ」と掛け合う場面は、歌舞伎らしいセリフ回しでワクワクしました。ドラマ「半沢直樹」でも使われていましたよね。

──堺雅人さん演じる半沢と市川中車(香川照之)さん演じる大和田が、審査部次長・曾根崎(佃典彦)を挟み合って「さあ、さあ」とやって話題になったセリフ術です(笑)。

ドラマをご覧になった方は、ぜひこの歌舞伎でご確認いただきたいです(笑)。あと私は布がたっぷりした服が好きなので、玉三郎さんのお衣装がとにかく美しくて……心惹かれました。

──今回、冒頭に挿入された、玉三郎さんが思い出を語る特別映像にお衣装のお話も入っていますし、注目していただきたいポイントです。

「鰯賣戀曳網」より。©松竹株式会社

玉三郎さんの美しい所作、身のこなしで着られるからこそさらに美しく見えるのでしょうね。さまざまな色合いの衣装を着けた遊女たちが、ずらっと並んで貝合わせをしている場面も、とてもきれいでした。

──では最後に、宇垣さんがこのあと観たい歌舞伎作品などあれば教えてください。

この「鰯賣戀曳網」は、勘三郎さんの息子さんたち(勘九郎・七之助)も演じていらっしゃると伺いました。これはいつか拝見したいです! お二人は赤坂歌舞伎「夢幻恋双紙 赤目の転生(ゆめまぼろしかこいぞうし あかめのてんせい)」で観たことがありますが、あのお話はなかなか幸せになれない男女の物語で、胸につき刺さるようなお話でした。なので次はとことんハッピーなお二人をこの作品で確認したいです。シネマ歌舞伎にも気になる作品がたくさんありますし……歌舞伎を観るたびに思うのは、本当に自由で、深くて、豊か。そこに気付いてしまったら、あとは沼にズブズブと落ちていくだけのような気がしています(笑)。

宇垣美里