泰然たる風格の白鸚、高潔さで魅せる仁左衛門…熟練した芸が光る「十月大歌舞伎」

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「十月大歌舞伎」が10月2日に東京・歌舞伎座で開幕した。ステージナタリーでは、昨日5日に行われた2部と3部の様子をレポートする。

「十月大歌舞伎」チラシ

「十月大歌舞伎」チラシ

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第2部では、松本白鸚が約6年ぶりに濡髪長五郎役を勤める世話狂言「双蝶々曲輪日記 角力場」が上演される。舞台上には、上手側に角力小屋の外観、下手側にこぢんまりとした茶屋が並び、角力小屋の中は、人気力士・濡髪と、素人力士・放駒長吉(中村勘九郎)の取り組みでにぎわっている。そこに遊女・吾妻(市川高麗蔵)が恋人の山崎屋与五郎(勘九郎)に会うためやってくるが、濡髪贔屓の与五郎は取り組みに夢中なようで、角力小屋から出てこない。吾妻は、田舎侍の平岡郷左衛門(松本高麗五郎)との身請け話が進んでおり、どこか焦った表情。そんな中、角力小屋から大喝采が。なんと放駒が濡髪に勝利したようで……。

ぴしゃりと開いた角力小屋の木戸口から、身をかがませた白鸚演じる濡髪がぬっと現れると、その迫力ある存在感に客席は静まり返る。大きな体に黒い着物を身にまとい、低く轟くような声色を劇場に響かせる白鸚は、泰然たる身のこなしで濡髪の強者としての貫禄を見せつけた。その正反対の役柄が、勘九郎演じる放駒だ。勘九郎は、腰は低いが、やんちゃでお調子者の放駒を、若者らしい愛嬌を芝居ににじませながら演じ上げる。

後半、濡髪が放駒を呼び出す場面で、2人の対比はより一層鮮やかなものとなる。勘九郎は勝利に酔いしれる放駒を、落ち着きなくしきりに身体を動かしながら、軽快なセリフ回しで表し、白鸚は敗北を喫したにも関わらず落ち着いた様子の濡髪を、どしりと構えた態度と重厚な語り口で立ち上げ、それぞれの役が持つ風格の違いを表現。やがて真相が明らかになり、互いの正義をぶつけ合う場面では、白鸚が静的、勘九郎が動的な体勢で見得を切り、客席を拍手で包んだ。

今作の見どころの1つは、勘九郎による放駒と山崎屋与五郎の演じ分けだ。与五郎は勇ましい放駒と違い、どこまでも頼りない優男。木戸口から現れた濡髪に対し「会いたかったわいのー!」と声をかける姿や、茶屋の亭主(松本錦吾)が濡髪を褒めたことに気を良くし、自分の所持品を次々あげてしまう与五郎の姿を、勘九郎は愛らしさをたたえて演じ、観客の笑いを誘った。

第3部「梶原平三誉石切 鶴ヶ岡八幡社頭の場」は、親子愛が胸を打つ義太夫狂言。片岡仁左衛門が梶原平三景時役を勤め、青貝師の六郎太夫役を中村歌六、その娘・梢役を片岡孝太郎、そして大庭三郎景親役を坂東彌十郎、その弟・俣野五郎景久役を市川男女蔵が演じる。

舞台は、鶴岡八幡宮の社頭。景時をはじめ、大名が集い盃を交わす中、六郎太夫が娘の梢を連れて現れる。六郎太夫が、大庭に買い上げてほしい刀があると申し出ると、目利きである景時がその刀の鑑定を行うことに。鑑定後、景時が六郎太夫の持参した刀はまさしく名刀であると告げると、大庭は喜び買おうとする。しかし「怪しい」と兄を止めた俣野は、2人の囚人を重ねて斬る「二つ胴」で試し斬りしてみないことには、その刀は名刀とは言えないとうそぶき……。

敵役として描かれることの多い景時が、本作では聡明さと人情にあふれた人物として描かれる。仁左衛門は、美しく気品漂う佇まいで、景時の一貫した高潔さを体現。刀を鑑定する際には、1つひとつの所作に優美さをたたえ、景時の気位の高さを表した。また刀のあまりの素晴らしさに「見事!」と興奮で声を震わせる様や、俣野の無作法に耐えかね「無礼」と叱責する様を、仁左衛門は凄みのある演技で魅せ、場の空気を圧倒。客席からは惜しみない拍手が送られた。

歌六は、娘婿の軍資金のため、自分の身を試し斬りに使ってくれと頼む六郎太夫の慈愛を丁寧に表現。身を差し出す覚悟を決めた六郎太夫が、嘘をついて梢を家に帰す場面では、花道を小走りで行く梢の姿をじっと見守りながら、「けがすなよ、けがすなよ……」と心配そうに繰り返し、その演技ににじむ痛ましいほどの愛情深さで観客の涙を誘う。

孝太郎は、しっかり者の梢をはつらつと演じつつ、六郎太夫が斬られようとしている光景を目にする場面では、脇目も振らず「父様をお助けください」と周囲の大名に頭を下げるいたいけさで、展開の悲壮さに拍車をかけた。また男女蔵は赤っ面の俣野を、子供じみた憎たらしさを全面に出し演じ、一方の彌十郎は大庭を、優男風の善人に見せかけた底意地の悪いキャラクターとして立ち上げる。両者敵役でありながら対象的な存在感で、役柄のユニークさを強調した。

「十月大歌舞伎」では、第2部「双蝶々曲輪日記 角力場」、第3部「梶原平三誉石切 鶴ヶ岡八幡社頭の場」に加え、第1部では「銘作左小刀 京人形」、第4部では坂東玉三郎による「映像×舞踊 特別公演」が上演される。「銘作左小刀 京人形」は彫物師・左甚五郎と、彼が見初めた花魁に似せて彫った京人形をめぐる舞踊劇で、甚五郎役を中村芝翫、京人形の精役を中村七之助が勤める。第4部では、玉三郎が「口上」で挨拶と本公演の解説、そして劇場の案内をしたあと、夢枕獏が玉三郎のために書き下ろした「楊貴妃」を、過去の映像を織り交ぜて舞い踊る。公演は10月27日まで。

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「十月大歌舞伎」

2020年10月2日(金)~27日(火)
東京都 歌舞伎座

第1部「銘作左小刀 京人形」

出演

左甚五郎:中村芝翫
女房おとく:市川門之助
娘おみつ実は義照妹井筒姫:坂東新悟
奴照平:中村福之助
栗山大蔵:中村松江
京人形の精:中村七之助

第2部「双蝶々曲輪日記 角力場」

出演

濡髪長五郎:松本白鸚
藤屋吾妻:市川高麗蔵
平岡郷左衛門:松本高麗五郎
三原有右衛門:松本幸右衛門
角力弟子 團子山:中村山左衛門
同 閂:澤村宇十郎
仲居 おせき:中村仲之助
同 おたけ:澤村伊助
堀江の若い者:中村小三郎
堂島の若い者:中村いてう
雑魚場の若い者:中村仲助
町の男:市川澤五郎
町の男:土橋慶一
町の女:澤村由蔵
茶亭金平:松本錦吾
山崎屋与五郎 / 放駒長吉:中村勘九郎

第3部「梶原平三誉石切 鶴ヶ岡八幡社頭の場」

出演

梶原平三景時:片岡仁左衛門
六郎太夫娘梢:片岡孝太郎
俣野五郎景久:市川男女蔵
奴菊平:中村隼人
大名山口十郎:市川男寅
大名川島八平:中村玉太郎
大名岡崎将監:中村歌之助
囚人剣菱呑助:片岡松之助
大庭三郎景親:坂東彌十郎
青貝師六郎太夫:中村歌六

※囚人剣菱呑助の「呑」は異体字が正式表記。

第4部 映像×舞踊 特別公演「口上」「楊貴妃」

「口上」

口上:坂東玉三郎

「楊貴妃」

楊貴妃:坂東玉三郎

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ryugo hayano @hayano

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