「売れる音楽」とはなんなのか? VIDA Hollywoodが“0を1にしてきた3年間”で得たものを振り返る

VIDA Hollywoodはボーカル・Maaaki、プロデューサー・Candy、トラックメイカー・奥村俊太、トップライナー・斉藤修平の4人によるプロデュースチームだ。代表曲「Feel The Love」は、TikTok関連動画が2億回も再生され、ストリーミング数も500万回を超える驚異的なバイラルヒットとなった。さらに2025年リリースの「Receipt」「アイスコーヒー」も150万回以上のストリーミング再生を記録している。

そんな4人が5月27日に1st EP「Episode 0」をリリースした。このEPは前述の代表曲に新録曲を加えた7曲入り。音楽ナタリーでは、時代の潜在的な要請をキャッチしてハイクオリティな楽曲として届けてきた4人に、本作に込めた思いを聞いた。

取材・文 / 宮崎敬太撮影 / 斎藤大嗣

やっと音楽を聴いてもらえるところまでこられた

──VIDA Hollywoodの大きな特徴の1つが、ボーカル、プロデューサー、トラックメイカー、トップライナーという編成だと思うのですが、なぜこのスタイルになったのか教えてください。

Candy 僕と斉藤、奥村が同い年で、ロサンゼルスにあるMI(Musicians Institute)という音楽大学で出会っているんですね。で、斉藤と奥村は愛知が地元で、高校から友達なんです。

Candy

Candy

──なるほど。その頃から今のように一緒に音楽制作をしていたんですか?

Candy 一緒に曲を作ったりもしていたけど、基本的には普通の友達です。もう10年くらいの付き合いになります。大学を卒業したあと、日本に戻ってきて、2人は作曲家として活動し始めて、僕は普通の会社に就職しました。でもずっと仲はよくて、確か3人でリモート会議みたいなことをして、「僕らで何かやってみたい」という話になったんですよ。

──斉藤さんと奥村さんは愛知在住なんですよね。東京にいるMaaakiさん、Candyさんとのやりとりは大変ではないですか?

奥村俊太 でも、東京に住むと真夜中に爆音を出せないじゃないですか(笑)。

Candy そういうこともあって、リモートで連絡を取り合っていて、「ボーカルをどうしようか」という話になったんです。最初から女の子がいいというビジョンはあって、いろいろ探していく中で、大学時代の友達の妹であるMaaakiと出会いました。

Maaaki 姉の友達としてCandyを紹介されて、1回3人で飲みに行ったんですよ。私はただ音楽や歌うことが好きなだけだったんですけど、その飲み会でCandyが「音楽が好きならYouTubeやInstagramをやってみたら?」とかいろいろ提案してくれたんです。当時はコロナ禍で閉塞感があったから、私自身も何か新しい挑戦をしてみたい時期で、そこから自分でいろいろやってみるようになったんですよ。

Candy そしたら「めっちゃいいじゃん」となって(笑)。僕らは洋楽っぽい音楽をやりたいと思っていて、英語を話せるボーカリストを探していたんですよ。Maaakiは英語がペラペラだし、歌唱力もあるし、完璧じゃん、と。

奥村 僕ら、最初はYouTuberみたいなこともしていたんですよ。

奥村俊太

奥村俊太

Maaaki そうそう。通りすがりの人に街頭インタビューをして、そこで聞いたストーリーをもとに曲を作る、みたいな。

──けっこうストロングスタイルな企画ですね。

Maaaki 最初の頃は4人で集まったものの、まだアーティストとして音楽で食べていくということにみんな確信が持てなくて。だから知ってもらうためのとっかかりが欲しかったんです。

Candy あと僕の中では最初から音楽一本で勝負するというより、まずコンテンツがあって、それと一緒に音楽を売っていこうと考えていました。だからその頃は僕とMaaakiで原宿の竹下通りに行って、ひたすら女子高生に声をかけて、恋愛エピソードを聞きまくっていましたね。そしたらけっこう愚痴みたいな話を聞けたので、それをもとに作ったのが最初の「それでも I LOVE YOU」なんです。「ハラジュク・イン・ザ・レイン」も竹下通りでインタビューしていた当時の体験からできた曲です。

──そのインタビュー動画はまだYouTubeで観られるんですか?

Candy さすがにもう非公開にしました(笑)。当時はものすごく試行錯誤してたんですよ。例えば、「好きな人はいますか?」と質問したら、アイドルの名前が挙がることも多かったので、そのアイドルの名前のハッシュタグをつけて、動画のBGMに自分たちの音楽を流したり。そうすると、そのアイドルのファンが耳にしてくれるきっかけになるかも、と思って。

──いわゆる「バンド」というより、「プロデュースチーム」という活動スタンスですね。

Maaaki 当時はYOASOBIさんが小説を音楽にするというコンセプトでバズっていたんですよね。何かのコンテンツとセットにして音楽を売るという手法を踏まえて私たちは、みんながSNSを観ているこの時代に、ビジュアルコンテンツからどうやって音楽を聴いてもらうかを、当時からずっと考えています。そして、ここに来てやっと音楽をメインに聴いてもらえるところまでこられたなって感覚ですね。

Maaaki

Maaaki

4人が共有する「いい曲」の基準

──自分なんかは世代的にもアーティストに対して、まず自分がいいと信じる曲を作って、コツコツとライブをやって広めていく、みたいな活動をイメージしていたんですが、お話を伺っていると新世代の感性を感じます。

Candy 斉藤と奥村は作家としてのキャリアもあるから、正直なところ「いい曲を作る」ことに関しては自信がありました。僕ら3人はアメリカ滞在時に「いい曲の定義」を共有しているんです。Maaakiも向こうで暮らしていたからその感覚がわかる。けど、それを日本でも多くの人に共有できるか、と言ったらそれは難しいだろうと思っていました。だからこそまずは音楽以外のタッチポイントを作ることに注力していたんです。

──VIDA Hollywoodが共有している「いい曲」とは具体的にどんな曲ですか?

奥村 USのチャートでトップ10に入るような曲ですね。僕はジャスティン・ビーバーの「Sorry」「What Do You Mean?」あたりのバランス感ですね。スクリレックスみたいなプロデューサーのすごさを痛感させられました。

斉藤修平 ちょうど僕らがアメリカにいたときに流行っていた曲なんです。

Candy 特にUSが顕著なんですけど、トレンドのサウンドがどんどん移り変わっていくじゃないですか。例えばMaroon 5やColdplayってもう何年もトップバンドだけど、時代ごとにサウンドが更新されているから「これは何年代の曲だよね」っていうのがわかる。日本だとそれがあまりないなと感じていて。最初はそんな問題意識があったんですよ。

斉藤 特に最初の3曲はトレンドを強く意識して作ったけど、なかなか難しかった。というのも、日本とアメリカではトレンドのタイミングが違うから。アメリカで流行っている音をリアルタイムで日本でやっても早すぎるんですよね。

斉藤修平

斉藤修平

Candy そういう意味では、僕らはVIDA Hollywoodとして時代を作れたら熱いなと思っています。90年代後半には“エイベックスサウンド”という概念があったじゃないですか。ああいう音の潮流を自分たちで作り出せたら、と思っています。今は雑多な時代だけど、売れることで周りがVIDA Hollywoodの後追いするような状況になったら、それはこのチームとしてのゴールと言えるかなって。

──確かにVIDA Hollywoodの音楽はキャッチーだけど、ジャンル分けしづらいですよね。

Maaaki 大枠で言ったらJ-POPだと思ってます。私以外のこの3人はもともと音楽業界にいる人たちなので、だからこそ「売れること」に対する思想がしっかりある。そういう意味でVIDA Hollywoodは最初から「ポップスをやる」ことを重視していました。売れる音楽がいい音楽。逆に私は素人だったので、ミュージシャンズミュージックというか、こだわりにこだわったほうが偉い、それが勝ちだと思ってたんですよ。

──自分にも「こだわりにこだわったほうが偉い」という感覚がどこかにあるんですが、Maaakiさんは「売れる音楽がいい音楽」という思想をすぐに受け入れられましたか?

Maaaki VIDA Hollywoodとしては今年4年目になりましたが、最初の2年はだいぶ葛藤していました。制作中に「私はこう歌いたい」と主張することもあったし、自分なりにこだわった歌い方がミックスで全然違うテイストになっていたら、内心すごくショックでした。でも同時に、誰にも聴かれないより、たくさんの人に聴かれたいという気持ちもあって。この2つの気持ちは相反しているように見えるけど、どっちが偉いというわけでもないんですよね。こだわっている音楽も素晴らしいし、売れている音楽も素晴らしい。今の私は完全に別の耳で聴けるようになりました。私は最近ソロ活動を始めたので、好きなことはそっちでやればいいと思えるようになって。VIDA HollywoodではVIDA Hollywoodでやりたいことがある。そういう切り分けができるようになってからポップスをポジティブに捉えることができるようになりましたね。