TOMOOのニューシングル「大人になったら」がリリースされた。
表題曲「大人になったら」は「映画クレヨンしんちゃん 奇々怪々!オラの妖怪バケ~ション」の主題歌として書き下ろされた楽曲。そのタイトル通り、大人へと移り変わっていくうえでの変化や、それにまつわる心境が歌われている。子供の頃に欠かさず「クレヨンしんちゃん」を観ていたという彼女は、どのような思いでタイアップの話を受け、楽曲を制作したのか。本人にその裏側を語ってもらった。
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取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 山口真由子
「しんちゃん」の時間だけは平和に笑ってた
──「大人になったら」、素敵な曲ですね。冒頭のピアノにノスタルジーを刺激されて、自分の幼少期のことなど、いろいろ思い出しました。
ありがとうございます。このイントロでは、サビのメロディをゆったりと弾いていて。最初は歌詞も付けていたんですよ。でも完成間際のところで「ピアノだけで気持ちを語らせていただきたいかも」と思い直して。あの中低音って、私にとっては一番素の音域なので、ピアノだけのほうがかえって表情が出る気がしたんです。
──イントロの静かな雰囲気から一転、Aメロに入ると、ポップなサウンドが広がって。「クレヨンしんちゃん」の楽しげな世界観ともマッチしそうだなと思いました。今回のタイアップのお話を受けて、まずどんな感想を持ちましたか?
いやー、かなりびっくりしましたね。レコーディングでヘトヘトになってるタイミングで、スタジオの廊下でスタッフから言われたので「えーっ、本当に!?」って。ここ2、3年は、まだ歌手になりたいと思う前の小中学生の頃から、自分がリスナーとして好きで聴いていた方々と、ライブで共演させていただいたり、お話できたりする機会があったりして。「こんなことがあるんだ」と思っていたんですよ。だけど、「しんちゃん」はそれよりもっと前……5歳とか6歳のときに、家族と一緒に観ながらゲラゲラ笑っていた。当時はまだ夜8時台とか9時台のテレビは観られない年齢だったので、「しんちゃん」は、自分が触れられる中で一番笑えるものという印象でした。
──弟さんとよく一緒に観ていたそうですね。
弟は賢い子で、4歳も下なのにケンカになることが多かったんですよ。私もいい姉ではなかったので(笑)。でも、「しんちゃん」の時間だけは並んで平和に笑っていた記憶があります。そんな感じで完全に視聴者だったので、今回、自分が携わらせていただく側になれたのが、すごく夢みたいです。「うれしいな」「家族も喜ぶだろうな」と思いました。同時に、「大人になったんだな」とも思いましたね。ただ観る側だったのに、ご覧になる方々のことを思う側になったんだなと。当時の自分みたいな人……今5、6歳で「しんちゃん」を観ている子たちのことも意識にのぼりましたし。
──子供たちに対する意識は、楽曲を制作するうえで何か影響しましたか?
いつもより柔らかくてシンプルな言葉を選んだ気がします。例えば「見えなくなっちゃうの?」とか。「はらりらひらく」とかも普段だったらたぶん書かないんですけど、今回は照れずに自由に書けた感覚がありましたね。
この人の中にも子供がいるんだ!
──楽曲について、「わたし自身どこかでずっと抱いていた『わくわくする気持ちや懐かしさ、目には見えなくてもそばにある大切な存在や思い出を信じたい』と願う気持ちが動き出して、歌になったように思います」とコメントされていましたよね。映画のどのような部分が、そのきっかけになったのでしょうか?
まず、妖怪という存在ですね。妖怪はいろんな歌や物語で描かれてきたと思うんです。例えば「平成狸合戦ぽんぽこ」とか。はっぴいえんどの「暗闇坂むささび変化」とか。「ぽんぽこ」は正確に言うと妖怪じゃなくて狸だけど、開発とともに今まで住んでいた場所に住めなくなって、人との共存も難しいから、奥のほうにこもっていく……そういう存在が、ずっと気になっていて。ちょっと遠くにいて、会いたいと思っても簡単には会えない存在というか。
──子供の頃から、そういう存在が気になっていたんですか?
そうですね。昔はただ好きなだけだったけど、思春期になるにつれて「この作品には“隔たり”が描かれているのかもしれない」と感じるようになったり、人間世界との共存が難しくなってしまった側の境遇や立場を意識したりするようになりました。
──大人になった今も、その感覚が続いているんでしょうか?
続いていますね。そもそも自分の精神性が、どこか妖怪的というか。整理されていて見晴らしのいいところじゃなくて、とにかく奥のほうへ行きたがるし、「なんか面白いものがあるかも」と覗きたくなっちゃうんです。そういう感覚は「DEAR MYSTERIES」にも表れていたけど、最近、より顕在化してきている気がします。そのうえで、近頃特にこだわっているテーマがあって。それは、「“自分の中の子供”がいなくなったと思いたくない」ということ。過去の自分を、今の自分から切り離された、もう戻れないものとして捉えたくなくて。今はどこかに隠れていて見えなくても、ふとした拍子で扉が開けば、「あっ、意外と近くにいたんだ」みたいな。時間が経過した分、どんどん遠ざかっていくばかりと思ってしまいそうだけど、そうじゃなくて、ずっといる。そういうふうに私は思っていたいし、実際に「近くにいたんだ」と感じる瞬間があるんですよね。
──そのテーマが、今回の映画と重なったんですね。
そうなんです。妖怪が出てくる映画はこれまでもたくさんあったと思うんですけど、今このタイミングで「また届けよう」と作られたこの映画に、私の心も反応して。例えば、自分の中にある子供心のようなものとか。あるいは、おじいちゃん、おばあちゃんの記憶とか。そういうものも本当はずっとそばにあるんだと思いたくて、この曲を書きました。
──最初にタイアップに対する感想を伺ったとき、「大人になったんだなと思った」とおっしゃっていましたよね。その実感があるからこそ、今、TOMOOさんからこの曲が生まれたんだろうなと感じました。
確かに、自分の人生の段階が“大人ステージ”っぽくなってきたからこそ、子供に戻れる瞬間をどこかで意識しているのかもしれない。大人と言われる年齢の人たちを見ていると、仕事をするうえで必要な「こうあらなくちゃ」「こうしたほうが便利」というものが、だんだん染み付いていくものなんだなと思うんですよ。それが大人としての美しい表情や所作、仕草になっていく。以前の私はそれを見て、「うらやましいな」「私もそういうものをちゃんと身につけなきゃ」と思ってました。だけど20代半ば頃から、大人と言われる人の中に“5歳児みたいな面影”を見る瞬間がたまにあって。
──それは、どういう瞬間に?
普通にしゃべっているときとかですね。ちょっとふざけながら歩いていて、相手が振り向いたときの笑顔に「子供みたいだな」と思う瞬間がある。そういうときの笑顔って、柔らかく見えるんですよ。輪郭がふにゃふにゃに見えて、「あれっ? 同じ人かな?」と思うんです。そういう「この人の中にもまだ子供がいるんだ!」みたいな瞬間が、20代半ばの、「モラトリアムもそろそろ終わりだ」という年齢になってから増えて。それ以来、「子供の心を持ったまま、大人になっていけたらいいな」と思うようになっていったんですよね。
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「忘れる」=風化ではない





