2025年開催の「R-1グランプリ」において大会史上最年少で優勝を果たした友田オレ。彼が決勝ステージで披露したネタが演歌歌手・風間和彦に扮して歌い上げる「辛い食べ物節」だ。
歌詞の面白さもさることながら、友田の歌声に惹きつけられた人も少なくないだろう。このネタを観たMONO NO AWAREの玉置周啓はXに「島唄を歌うほど島っぽい人間でもなければ、島を捨てて来たというほど嫌だったわけでもない。背負うべきコミュニティも、掻き立てる嫉妬やコンプレックスも、ぶっ倒したい敵があるわけでもない。だから友田オレの歌はよかった。俺は辛いものが苦手で嫌いなだけだった」と感想を投稿していた。
風間和彦としてはメジャーデビューもしている友田が、このたび自身の音楽プロジェクトを本格始動。「辛い食べ物節」をはじめとする曲作りも二人三脚で行ってきた旧友の清水遊(brooks)をコンポーザーに迎え、友田オレ名義で1stアルバム「陽動」をリリースした。友田が作った歌に共鳴していた玉置は、このアルバムをどのように聴くのか。興味を持った音楽ナタリーは2人の対談をセッティングし、初対面で交わされた対話を記録した。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / kokoro
説明したがる人が多すぎるのかもしれない
玉置周啓(Vo, G / MONO NO AWARE) 僕は八丈島出身なんですけど、その出自をアイデンティティとする音楽をやってはいなくて。「自分がどこから来たどういう人間で、それでこういう音楽を作っている」という、大いなる流れみたいなものを自分に感じていない状態でずっとやってきたんですよ。だから曲を作るときには毎回その悩みにぶち当たるんですけど、ちょうどそんな思いを抱えながら新曲作りにかかっていたタイミングで「R-1グランプリ」を観ていたら、友田さんが出てきて、めっちゃいい曲を歌っていて。
友田オレ ありがとうございます(笑)。
玉置 曲がまずめっちゃよくて、しかもその歌詞が……もちろん面白いんですけど、笑かすために作られた歌詞というよりは、“そうせざるを得ないもの”に感じられたんです。
友田 えええー、うれしい。
玉置 友田さん扮する風間和彦という人物が、「ああ歌うしかなかった人なんだな」というところまで伝わってきて。風間さんの出自とかやってきたこととかは一切関係なく、ただただ辛いものが苦手で嫌いな人が「辛いものが苦手で嫌い」と歌っている。それ自体がもう面白いし、同時に救われる気持ちにもなって。とにかく感動したんです。
友田 うれしいなあ……実際、あのネタは何か深い考えがあって作ったものではなくて。よく「ネタに中身がないよね」とネガティブな意味ではなく言ってもらうことがあるんです。バックグラウンドも文脈も何もなく、ただシンプルに「辛いものが嫌い」と歌ってるだけ、というのは意外とこれまであまりなかったピンネタのあり方なのかなと。以前、写真家で随筆家の藤原新也さんとお話ししたときにも、「努力してなさそうなのがいいよね」と言われて。
玉置 皆さんがおっしゃる通り、なんにも考えてなさそうな感じがいいんですよ。人間なので絶対考えてはいるんですけど、僕があのネタに惹かれた理由はそこだと思ってます。思想がなさそうで、伝えたいこともなさそうで、ただそういう人間がいるという事実だけが伝わってくる。だから心おきなく笑えるみたいな。
友田 なるほど。僕はメッセージとかを込め始めたらお笑いとしての機能が失われるとまで思っているので、メッセージは込めずにやっています。音楽の場合はそういうの難しいんだろうなと思いますけど……常に分析の目にさらされて、常に“意味”を求められるというか。
玉置 そうすね。特にこういう、メディアでインタビューをしていただくような場においてはそこがサビになるので。「何を考えてこの曲を作ったのか」という話が一番インプレッションを上げるから、ミュージシャン側も半ば自覚的にそこを言語化しながら音楽を作る時代になっていると思うんですよ。その点、あの「辛い食べ物節」に関しては「いや、風間和彦は辛いものが苦手で嫌いなんですよ」と言ったら終わる話じゃないですか。そこが僕としては心地いいし、むしろ自分もそうありたいと思う部分で。
友田 僕、ずっと疑問に思ってたんですけど、ミュージシャンの方って何かリリースしたら毎回インタビューを受けるじゃないですか。でも正直「いや、曲をそのまま聴いてくれよ」という思いがあるんじゃないかなと思っていて。
玉置 まあ、曲を作る背景に必ず意思は介在するので、説明できる何かを毎回一応用意してはあります。「なんかわかんないけどできちゃった」みたいなことは、少なくともMONO NO AWAREの場合はない。けど、インタビューやSNSなどで意図を言語化して伝えることが普通になりすぎると、もう音楽を作る意味がなくなってくるし、口で説明したほうが早いってことになってしまう。それでも音楽にしたほうが伝わることがあるからみんな曲を作ると思うんですけど、ちょっと僕の感覚としては、メッセージ過多の時代になっちゃってるかなあという気はしますね。
友田 そうですよね。お笑いの場合だと、ネタを作ったときに「このネタはどこが面白いんでしょうか」と改めて聞かれることはまずないので、ミュージシャンの方がそこをどう考えてらっしゃるのか気になってたんです。
玉置 説明したがる人が多すぎるのかもしれない。それで音楽もそういうものが多いのかなと。これは統計ではなく印象論に過ぎませんけど。それよりは、つまんない映画を観て「この時間なんだったんだ、2時間返してほしい」みたいな体験のほうを俺は欲しているというか。そうじゃないと頭がパンクしちゃう、みたいな感覚があるんですよ。
あれ、なんでオモロいんすかね?
玉置 「R-1」のあと、友田さんのネタをいろいろ観させてもらったんです。「私の彼は左きき」とか「好きな人が言っていたら少し嫌かもしれない音頭」とか。
友田 わあ、ありがとうございます!
玉置 ……あれ、なんでオモロいんすかね?
友田 わはははは!
玉置 あるあるネタともちょっと違うじゃないですか。「事実を言ってるだけなんだよなあ」みたいなことに俺は毎回笑っちゃう。
友田 いや、うれしいですね。要は、自分の主観でものを言う勇気がないんですよ。フリップネタだったらフリップに文字を書くことですごく客観的になるし、「辛い食べ物節」にしても風間和彦というキャラを通しているわけで。ただ、それが悩みでもあるんです。例えばMONO NO AWAREさんの曲にはちゃんと主観があって、曲を聴いていると玉置さんの顔が見える感じがするんですよ。自分のネタにはそれがない。その説得力が自分にないからだと思うんですけど、そのもどかしさは常に感じていますね。
玉置 でもネタを観てると、友田さんってずっと真顔ですよね。「動物と話す感じで人に話しかける男」とかもその真顔っぷりがめっちゃオモロかったんですけど、それが友田さんっぽさになっている……俺、藤岡拓太郎っていうマンガ家が好きなんですけど、彼のマンガに出てくるキャラクターに通ずるものを感じます。藤岡作品に出てくるキャラクターみたいな顔してるなあと。
友田 本当ですか! ちょっと存じ上げないので、帰ったら調べてみます。
玉置 嫁にパワハラした次のコマで、急に「愛してるから」って言い出す親父とか……。
友田 それに似てるってことですか? それ大丈夫ですか?(笑)
玉置 確かにちょっと不適切か(笑)。このニュアンスを言葉で伝えるのは難しいんですが、奇行に走ってるんだけど「この奇行、面白いでしょ?」とお客さんのほうを向いている感じがしないっていうか。その真顔の感じですね。
友田 ああ、なるほど。なんかわかる気がしてきました。
玉置 それが友田さんのキャラだなあと思うし、やろうと思ってもなかなかできない芸風だと思うんです。そこは意識されてるんですか?
友田 意識してますね。
玉置 してるんだ(笑)。
友田 はい(笑)。その根底には「ナメられたくない」という思いがあって。芸人って若いとなかなか説得力が出ないものなので、極力「これ面白いでしょ?」って顔はしないように、超然とした無自覚性みたいなものはめっちゃ意識してます。
玉置 いいっすね。その漂白されてる感というか、何を思っているのかあまり読み取れない感じが。
次のページ »
デヴィッド・バーンに似てる


