「Seiko Summer Jazz Camp」特集|クリヤ・マコトが考える「ジャズ」、それは“スペシャルなフィーリングを持てる音楽”

若手ジャズミュージシャン育成を目的としたプログラム「Seiko Summer Jazz Camp」が今年で開催10周年を迎える。

スウィング、ビバップ、ラテン、フュージョン……ひと口に「ジャズ」と言っても、そのスタイルは実にさまざま。さらに時代や演奏家によっても表現は大きく異なり、その多様さはジャズのハードルの高さの一因にもなっていると言えるだろう。しかし、作編曲家 / ジャズピアニストとして国内外で活躍するクリヤ・マコトに「ジャズとは何か」と尋ねると、返ってきた答えは「自由なもの」という、とてもシンプルなものだった。

この記事では、クリヤの視点を通してジャズという音楽の本質や魅力を紐解くとともに、「Seiko Summer Jazz Camp」がジャズ界、ひいては音楽業界全体にもたらす価値と可能性に迫っていく。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 笹原清明

Seiko Summer Jazz Camp

夏休みに本格的なジャズ指導を行うミュージック・キャンプ(音楽合宿)として、2016年よりセイコーグループの特別協賛によって開催されているプログラム。ジャズの本場であるアメリカ・ニューヨークで活躍するミュージシャンを講師に迎え、レッスンやコンサートが5日間にわたって行われる。16歳から25歳までのジャズミュージシャンを目指す若者が参加対象となっており、受講料は無料。演奏技術や理論だけでなく、一流のプレイヤーが感じるジャズの楽しみ方や向き合い方を直接教わることができる機会となっている。

公式サイト

そもそもジャズとはなんなのか

──今日はジャズの魅力について伺っていきたいんですけども、そもそも“ジャズ”が何を指す言葉なのかが僕はよくわかっていなくて。クリヤさんだったら、「ジャズとは」をどのように説明されますか?

ジャズとは何か……なるほどね。ひと言では断定できないですけど、自分のパーソナルな体験をもとに答えるなら、自由なものだと思っています。

──確かに、とても自由な音楽というイメージはありますね。

僕は18歳のときにアメリカに行って、大学時代やそれ以降を貧困層の多い、今で言うラストベルトのあたりで過ごしていました。そこで、結果的にですけど、いろんな黒人ミュージシャンたちと苦楽をともにすることになったんですね。ジャズを学ぶ人はバークリー音楽大学やジュリアード音楽院、ニュースクール大学などへ進む人が多いけど、僕の場合はアメリカの田舎で、リアルなアメリカを知りながら音楽活動をしていた……音楽活動というよりは、コミュニティの中で自然発生的に音楽になっていったものに触れていたんです。そこで親友になったのは生活保護を受けている黒人だったし、周りにもそういう人がいっぱいいて。極端な話、プロのミュージシャンなんてほとんどいなかったわけです。

──なるほど。

だからもう、あれですよ。ジャズはもともと、アフリカから奴隷として連れて来られて過酷な生活を送っていた人たちが、ストレス解消の意味も含めて始めた音楽が起源じゃないですか。それと少し似た状況だったんです。たまたまですけどね。学費の安い大学を選んだら、たまたま周りがそういう環境だっただけなんですけど。とにかく、生きていくことに困難を抱える人たちが、自分たちの中から湧き出るものを自由に表現する音楽がジャズなんです。だから僕の場合は「自由」というのが一番のキーワード。人によると思いますけどね。

クリヤ・マコト

──ジャズの発祥と似た環境に身を置いていたからこそ、本質がそこにあると肌で感じているわけですね。

あとは、その自由さを分かち合うことで人と人、国と国が結び付くことができるというのもジャズの特徴じゃないかなと。僕はアメリカから帰国後、国際交流基金から派遣されるプロジェクトで世界のいろんな国へ行きましたが、アメリカだけでなくヨーロッパや南米、アフリカなど、どこへ行ってもジャズを通じて現地の人たちと仲よくなれたんですよ。それはやはり、言葉が通じなくても、楽譜がなくてもすぐにセッションができる、自分の思ったことを自由に表現できるジャズという音楽ならではの特性だと思いますね。なので僕にとってジャズとは、まず自由なものということと、人が仲よくなるためのツールになりうるものというか、そういう感じはしますね。

──つまり、聴き手のためのものというよりはプレイヤーのための音楽に近い?

どうでしょうね? 確かにそういう面もあります。それがすべてではないですけどね。演奏せずに楽しんでいるリスナーもたくさんいらっしゃるし、そういう人が大勢いることでジャズ、ひいては音楽文化というものは成り立っているわけですから。ただ、おっしゃることはわかります。ジャズは確かに、そういった要素が強い音楽ではあると思います。

カッコよければジャズ

──僕が個人的に一番わからないのが、「これがジャズですよ」と渡されたものでも、全部楽しみ方が違う音楽に思えるというところでして。

ほうほう。

──例えば、若い頃にジョン・コルトレーンやビリー・ホリデイ、グレン・ミラーをジャズとして聴かされましたが、それぞれまったく種類の違うものに感じられました。それらが全部ジャズなのだとすると、「いったい何がジャズをジャズたらしめているんだろう?」と。

それは、僕がいつもやっている活動に近い話かもしれない。例えばアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のサウンドトラックには僕を含めピアニストが3、4人関わっていましたけど、クラシック畑の方やポップス畑の方などがいた中で、ジャンルに分けられないようなトラックがあると「即興的な要素があって譜面にも起こせないから、クリヤくんよろしくね」みたいな感じになるんですよ(笑)。そんなふうに、“その他いろいろ”が全部ジャズの守備範囲とみなされることがけっこうあって。

──なるほど(笑)。名前のつかない音楽すべてを内包しうるというか。

もう1つは……カッコよければジャズ。

──カッコよければジャズ!

そのカッコよさも、時代とともに変化します。価値観の問題なので、人々の価値観が変われば形も変わりますよね。でも、どの時代でもみんなジャズを「カッコいい」と思ってやっていると思うんですよ。だから僕はやっぱり、自由でカッコよければそれがジャズなんじゃないかなと思っています。

クリヤ・マコト

──逆に言えば、「それがジャズであるかどうか」なんてことは気にしなくていいんですかね?

全然気にしなくていいと思いますね。「スウィングしなければジャズじゃない」なんて僕はもちろん言いませんし、アメリカ人じゃなきゃ、黒人じゃなきゃジャズをやっちゃダメってこともないですから。魂が喜ぶような音楽、要はスピリチュアルだったりソウルフルだったりするものは、ジャズと呼んでいいんじゃないですかね。これは別に、ジャズ以外の音楽に魂がないという意味ではないですけど(笑)。

──それはそうです(笑)。

僕がアメリカのピッツバーグ大学でジャズ史を教えていたときは、「ジャズとはスペシャルなフィーリングを持つことができる音楽だ」と言い切っていました。抽象的な言い方ですけど、いろいろ包括できるでしょう。それに加えて、もう少し形式的なことで言うならば、ジャズはインプロビゼーション、つまりアドリブの要素が多い音楽でもあります。もちろんアドリブのある音楽はほかにもありますけど、ジャズの場合はフォーマットやリズム、ハーモニーに関係なくアドリブの要素が多い。なので「ジャズをジャズたらしめているもの」を挙げるとしたら、その2つになりますかね。

──ありがとうございます。非常に勉強になります。もちろんジャンルというのは明確に線引きできるものではないので、ジャズに限らずすべての境界線は曖昧で当然だとは思うんですけど。

うんうん、そうですよね。

ジャズには特別感がある

──今のお話と重複するかもしれませんが、そもそもクリヤさんはなぜジャズがお好きなんですか?

やはり、アドリブの部分は大きいかもしれません。毎回同じことをやっていると飽きてしまうので……。ただ、それができるようになるためには訓練が必要になります。大変ではあるけれど、できるようになると楽しいんですよね。もちろん、決まったフレーズを正確に弾けるようになることにも訓練は必要ですし、それを達成する楽しさもあると思います。でも、ジャズには特別感があるんですよ。幸せになるというか、自由になれるというか。これは「自分の歩む人生をいかに興味深いものにするか」という姿勢と一緒で、「今日はこっちの道から遠回りしてみよう」とかね、そういう感じのことがやりやすい。自由にルートを決めることができるのがジャズなんです。だからフォーマットとしてはすごく緩い。「緩い」という言い方はアレですけど、フレキシブルではありますね。

クリヤ・マコト

──だからこそという気もするんですが、パッとジャズを聴いたときに「何を聴けばいいのかわからない」と感じることも多くて。「聴き手はどう楽しめばいいんですか?」と問われた場合、どのように答えますか?

どうしたら楽しめるか……それは楽曲を理解できるかどうかの問題ですか?

──そうですね。それこそクリヤさんが「新世紀エヴァンゲリオン」で弾かれていた「FLY ME TO THE MOON」のようなメロディのハッキリしたものはわかりやすいんですけど、例えばロバート・グラスパーの音楽を聴いたときに、いったい何が行われているのかすらよくわからなかったりするんですよ。好き嫌い以前に、そもそも聴き方がわからないというか。

はあはあ、なるほど。これは一案ですけど、映像を思い浮かべてみたらいいんじゃないですか? 「今聴いているよくわからない音楽に合う映像はなんだろうな?」というふうに考えてみると面白いかもしれません。

──ああ、なるほど。音から連想されるイメージ映像を想像して、脳内で当てはめてみる?

例えば僕の場合は、マイルス・デイヴィスの古い音源にしても、現代のグラスパーの音楽にしても、聴くとアメリカの風景が浮かびます。もちろん僕はアメリカのいろんなところを見てきたからインスピレーションが湧くのであって、行ったこともない人の場合は何も浮かばないかもしれませんが……。そうなると、どう楽しめばいいかってのはなかなか難しいですね。

──ただ、「その音楽の生まれたバックグラウンドを知る」というのはひとつの有効な方法かもしれないですね。クラシック畑の方なんかも、「作曲家の人生を知れば聞こえ方が違ってくる」というようなことをよくおっしゃっていますし。

音楽を発信する側として、聴く側に労力をかけちゃダメだと思うんです。だから、こうすればいいんじゃないですか? クラシックでもロバート・グラスパーでもなんでもいいんですが、聴きながら風景を思い浮かべてみる。あくまで自然に、無理なくですよ。で、何も浮かばないんだったら、その曲は2度と聴かなければいいんです。

──身も蓋もない(笑)。でも実際、音楽ってそういうものですよね。強制されるものではないし、好きに楽しめよと。

はい、そう思いますね。お役に立てなくてすみません(笑)。