2009年にデビューし、研ぎ澄まされた音楽性と繊細な詞世界で支持を集めたオルタナティブロックバンドplenty。2017年に東京・日比谷野外大音楽堂で開催したラストライブをもって惜しまれつつ解散した彼らが、約9年の時を経て再始動(re:birth)を発表した。
plentyはオリジナルメンバーである江沼郁弥、新田紀彰に加え、江沼とロックバンドDOGADOGAやユニット“エヌマストライプス”としても活動をともにする古市健太を迎え、7月7日にLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で再始動後初となるライブ「plenty re:birth」を開催。盤石な3ピースサウンドと、色褪せない名曲の存在をアピールした。
音楽ナタリーでは新たな一歩を踏み出した彼らにインタビュー。再始動までの物語と、ライブの手応え、そしてサプライズ披露された新曲「ってかさあ」に込めた思いまで、じっくり語ってもらった。
取材・文 / 後藤寛子撮影 / 笹原清明
plentyのやり方は間違ってなかった
──再始動の経緯について、江沼さんのコメントにはCDデビュー15周年を記念したベストアルバム(「outside」「inside」)の制作がきっかけだったとありました。解散からの約9年間、自主的にplentyをもう1回やろうという気持ちになったことはなかったんですか?
江沼郁弥(Vo, G) 自主的にはなかったです。むしろ、ソロ活動の中でもplentyの曲は一切やっていなかったくらいでした。でも、コロナ禍でライブ活動が止まってしまったとき、少人数のアコースティックライブならできるかもしれないという状況になって。アコースティック編成はあまり経験がなかったので、ソロの曲も用意しつつ、そのときに初めてplentyの曲に手を伸ばしたんです。ソロの曲は基本的に打ち込みで作っていたから、弾き語りだとちょっと骨格が違うんですよね。その点、plentyの曲はやっぱり足腰がしっかりしていて。何を言いたくてこういうコードにしたのかが見えるし、3ピースで音数が少ない分、メロディとギターのコード感、ストロークの仕方まで1つひとつに意味がある。当時無意識でやっていたけど、そこでplentyのよさを再発見して、間違っていなかったんだなと感じられたんです。そうやって徐々にplentyの曲をやり出していたところに15周年の話が来て、流れというものがあるんだなと思いました。僕の場合、わりとそういう流れに乗り損ねてきた人生だったので、今度は深く考えないで飛び込んでみようと思って、「やるか」と決めました。
──plentyの楽曲にポジティブな気持ちで向き合えたのが素敵ですね。よく昔の曲を聴くのは恥ずかしいと言う方もいるじゃないですか。
江沼 そうですね。まあ、plentyの曲は深刻だなあとは思いましたよ(笑)。
──そして、江沼さんから新田さんにお電話したと。
新田紀彰(B) そもそも僕は解散したあと、別のバンドをしようとか、音楽活動を続けていこうという気持ちはまったくなく、普通に生活していたので。「郁弥がやるんだったらやる」と言ったら「ズルい」と言われましたけど(笑)、本当にそれ以上でもそれ以下でもないんですよ。自分の中でも年齢の問題とかいろいろ考えたうえで、それよりもやりたい気持ちのほうが勝ちました。
──聞くところによると、解散したあとに機材も全部手放していたそうですね。
新田 そうなんです。でも、再始動ライブでも使ったメインのベースだけは残してありました。お金がない時代に事務所の社長にお金を借りて買ったベースで、当時も基本的にその1本しか使っていなかったので、思い入れが強かったんです。定期的に弾くとかはなかったけど、なんとなく持っていたほうがいいかなって。
バンドは人と人がつながってる
──ひさしぶりにベースに触ってみていかがでした?
新田 全然弾けなかったですよ。「指痛いな」とか、楽器を始めたばかりの高校生みたいな状態。フレーズは覚えてるかな?と思ったら、そんなこともなかった(笑)。それくらい、もう音楽はやらないという気持ちで解散したから、「もう1回弾くんだなあ」と思うと不思議な感覚でした。やるからには本気でやろうと思って臨んだので、不安だったけど楽しみもある準備期間でした。
──再始動ライブを拝見しましたけど、まったくブランクは感じませんでしたよ。
新田 そう言ってもらえるとありがたいです。
江沼 むしろベースうまくなったよね?
新田 そう?(笑)
江沼 無駄な力みがなくなったというか、考えすぎていなくていいと思った。俺はベースをやってきたんだ、という自負が一旦崩れてるからか、柔らかくなった気がします。
新田 健太くんがいることで中和してもらえたところも大きいです。郁弥と健太くんが一緒にやっていることは知っていて、2人の活動はいちファンとして追っていたんですよ。トニセン(20th Century)のバックバンドとしてテレビに出てるなあとか。再始動を発表したときの郁弥のコメントにもありましたけど、2人でやっているエヌマストライプスのライブを福岡まで観に行ったんです。すごくいいなと思ったけど、2人のグルーヴができあがっているから、この中に自分が入れるかな……という不安はありました。
古市健太(Dr) そう言ってくれるのは新田さんの優しさだと思います。僕としては、新メンバーというプレッシャーもありますからね(笑)。
──3人でリハに入ったときの感触はどうだったんですか?
江沼 僕は、再始動はこのメンバーしかないと思っていたから、なんの迷いもなかったです。
新田 僕もしっくりきています。郁弥がいて健太くんが隣にいるという光景は自分しか見れないので、特権だなあと思いながら。3人で動き出せてよかったなと素直に思いました。
古市 演奏していると、「バンドをやっている」という感覚が一番に来るんですよね。うまく言語化はできないけど、“生き物”のような感じがあって、それが楽しさにつながっていると思います。ライブ本番でも感じたけど、空気感なのか、人間同士がやっている感じというか。サポートで参加するときは、個人と個人が楽器でつながっている感覚があるので。バンドはそうじゃなくて、人がちゃんとつながっている気がする。
江沼 いいこと言うねえ。見出しになりそう(笑)。
再始動後初ライブで決めていたこと
──7月7日、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)での再始動後初のライブを終えた感想を聞かせてください(参照:「ただいま!」plenty、再始動後初ワンマンで新曲サプライズ披露)。
江沼 ひとまず無事に終わってホッとしています。さすがにライブが始まった直後は一丁前に緊張して(笑)、前半はちょっと硬かったんですけど。だんだんなじんで、自分でも楽しめるようになっていきました。個人的なミッションはクリアしつつ、次への課題も見つかり、という感じですね。
新田 まずは自分なりに楽しんでライブをするというのが目標だったので、そこはちゃんとできたんじゃないかなと思います。でも、ライブが終わったあとは、まったく頭が動かないくらい疲れていましたね。無事に終わって本当にホッとしました。
古市 大きい舞台に立たせていただくときもあまり緊張しないタイプなのに、さすがにちょっと緊張しました。だんだんそれが緩んで、途中からはこっちもリラックスしていたし、お客さんもリラックスできていたように感じました。
──初めてplentyのドラムとしてライブをすることに対しての緊張もありました?
古市 責任感みたいなものはあまり抱かないようにしてたので、特別緊張はしなかったです。ただ、3ピースバンドのメンバーとして2000人を前にライブをする経験はなかったから、3人だけでステージに立っているという状況への緊張が大きかったです。
江沼 3ピース独特の空気だよね。これ以上音が減りようのない極限状態。僕はそういうバンド出身だから当たり前になっているけど、普通に考えたら最少人数でやるんだっていうプレッシャーはあると思う。
──1曲目の「蒼き日々」(2012年リリースの1stフルアルバム「plenty」収録曲)は、2017年9月に日比谷野外大音楽堂で行われたラストライブでの最後の曲でもありました(参照:plentyが雨の日比谷野音で26曲熱演、13年の活動に幕)。再始動はこの曲から始めようということで決めたんですか。
江沼 それだけは決まっていました。野音では、「蒼き日々」をやって「じゃあね」と言って終わったから、再始動は「蒼き日々」をやって「ただいま」と言おう、って。客席の照明が全部ついていたのも、野音の演出と同じなんです。解散前の自分だったら、セットリストもアレンジも演出も、もっとひねってたと思う。
新田 セットリストは郁弥と健太くんがメインで考えてくれたけど、1曲目が「蒼き日々」なのはすごくいいなと思いました。「蒼き日々」を1曲目にやるのは初めてだったので、お客さんの反応が気になっていたんですけど、泣いている人もいれば、笑顔の人もいて。ありがたいなあと思っていました。
plentyの核を残しつつも軽やかに
──江沼さんがMCで「泣かないでください」とおっしゃっていましたけど、やっぱり泣いている方は目に入りましたか。
江沼 泣くだろうなとは思ってたけど、あまりにも泣くもんだから、ねえ。
古市 最前列の人はほぼ全員泣いてたんじゃないですか?
──そこから、「深刻にはならずに楽しくやりたい」ということもおっしゃっていて。感動よりも楽しいライブにしたいというイメージがあったんでしょうか。
江沼 言語化しようとすると難しいけど……明るいというか、もっと開かれたライブにしたくて。以前のplentyは、閉ざされた、わかる人だけわかればいいというライブだったと思うんです。ひたすら深める、高める方向でやっていて、自分たちが率先してお客さんを導いていく努力をあまりしてこなかった。だから、そこは工夫していきたいと思っていましたね。でも、ライブ終演後の関係者挨拶で、いろんな人に「明るくというのが正しいかどうかわからない、これで合ってるのかな?」と聞いて回りましたよ。皆さん「いいと思うよ」と言ってくれましたけど、正直まだわかっていないです。
──plentyとしての正解はどこにあるのかと。
江沼 そうそう。ほかのアーティストに比べたら暗くておとなしいのかもしれないけど、plenty流のエンタメがあるんじゃないかなと思っているんですよ。例えばplentyのライブは1人で来る人が多くて……それもいいんだけど、もう少し友達や家族を連れてきたくなるような感じで、なるべく軽くしていきたいんです。軽くというより「軽やかに」かな。今、生きているだけで重たくなってくるじゃないですか。時代もそうだし、考えることも悩みも増えて。もちろん、どうでもいいことを明るく歌おうとか、plentyの核を根底から覆す話ではなく、意識的に軽やかにしていきたいという気持ちがあるんですよね。
──再始動したからには、ただ当時を再現するだけではないというところもある?
江沼 ただ再現するんだったら、ライブ1本で終わりだったと思う。そうじゃないなら、お客さんに次を提示していく、一緒に連れていけるビジョンがないとやれないよねと思っていました。最後の野音よりいいライブをするのもミッションの1つでしたね。
──新田さんは、江沼さんの変化を感じる部分はあります?
新田 変わらないところは変わらないですよ。まあ、なんだか丸くなったなとは思いますけど(笑)。
江沼 ははは。
次のページ »
ってかさあ……なんなんだ!



