多次元制御機構よだかの1stフルアルバム「LAPLACEL」が、7月1日にリリースされる。
ロックバンド・フィッシュライフのフロントマンとして活動していた林直大が2018年のバンド解散後に立ち上げたソロプロジェクト、多次元制御機構よだか。昨年12月にはEP「ODYSSEY」でメジャーデビューを果たした。待望の1stアルバムには初の楽曲である「夜間飛行」をはじめとした人気曲の再録音源、EP「ODYSSEY」の収録曲、初のアニメタイアップ曲となった「スターダスト・エウレカ」、さらにアルバムのために制作された新曲など全12曲を収録。活動開始からの6年間のすべてを網羅した充実の1枚に仕上がっている。
本作のリリースを前に、音楽ナタリーでは林へのインタビューを実施。これまでのよだかの歩みを振り返っての思い、アルバムの制作を経て見えてきたという「自分らしさ」と「よだからしさ」の正体、収録曲各曲にまつわるエピソードを明かしてもらった。
取材・文 / 天野史彬
1周回って、自分やなあ
──前回「ODYSSEY」の取材で林さんは「14歳の自分が聴いたらどう感じるか?」という観点を大事にしたとおっしゃっていましたが(参照:多次元制御機構よだかインタビュー|“希望と空虚”を抱え、田淵智也サウンドプロデュースでメジャーへ発進)、1stフルアルバム「LAPLACEL」にもその初期衝動的なエネルギーは充満していると思います。それと同時に、林さんにとって“2度目の1stフルアルバム”であるという、その年輪や重みも感じさせるアルバムだと感じました。
ありがとうございます。
──「夜間飛行」も収録されているし、よだかが始まってからの6年間のまとめのようなアルバムでもあると思いますが、この6年を振り返ると、どんなことを感じますか?
なんだかんだで、多次元制御機構よだかが自分自身の集大成なんだなと感じます。よだかの活動と並行して楽曲提供もやってきましたけど、その楽曲提供からの影響も、結局はよだかの活動に収束している感じがして。あと「1周している」という感覚もあるかな。アルバムについて「初期衝動も年輪も感じる」と言ってくださいましたけど、まさにこのアルバムには1周したものが詰まっているんだろうなと思うんです。よだかを始めた頃から「それまでの自分とやり方を変えてみよう」と、意図的に考えて変化させてきた部分もありますが、こうやってフルアルバムにたどり着いてみて思うのは「1周回って、自分やなあ」という感覚なんです。
──このアルバムを作ることで見えた「林さん自身」とは、どんなものですか?
例えば「スターダスト・エウレカ」なんて、バイブスが「昔の自分っぽいなあ」と思うんですよね。「結局、こうなるんかーい!」みたいな(笑)。
──(笑)。
この曲は「また殺されてしまったのですね、探偵様」というアニメのオープニングテーマとして作ったんですけど、もう1つ候補の曲があって。それはよだかのド真ん中の、メジャーキーで疾走感がある曲。でも吟味したうえで、短調の「スターダスト・エウレカ」になりました。よだかって、ミュージックビデオにする曲もずっと“メジャーキー&疾走感”をピックアップしてきたんです。なので初めてのアニメタイアップでマイナーキーの曲を選ぶって、けっこう勇気のいることで。でも、アニメのテーマも探偵ものだし「いっちょやったるか」ってマイナーキー側に舵を切ったら、自ずと「この熱量、昔やってた感じだ」という形になった。昔の感じって、あまり出したくなかったんです。進化した部分を見せたかったし、だからこそ成り立ってきた「よだかっぽさ」があったから。でも舵を切ったら、昔の自分を感じる曲にもなったうえで、今の自分としてもちゃんと「いいな」と思える曲ができた。それが、なんというか……すごく不思議な感じでしたね。「1周したなあ」というか、「結局、俺なんだな」という感覚。
──過去の自分を無理に切り離さなくてもよくなったんですね。
期せずして、受け入れさせられた感じがします。「よっしゃ、いい曲できた!」と思った瞬間に、気付いたら受け入れていた(笑)。
──僕はアルバムの中の新曲で「サイダー・アンドロメダ」も大好きなんです。この曲の後半の間奏部分はとても不思議な展開をしていくし、これもすごく「林さんだなあ」という感じがします。これはどちらかと言うと、林さんの中にある「よだからしさ」なんですかね。
そうですね。自分らしさであり、「よだかだなあ」という感じもします。「多次元制御機構よだかとは、こういうことだぜ」という、そのプロットのよさが出ているのが「サイダー・アンドロメダ」だと思う。アルバムのどの曲にも「こんな曲、昔聴いていた気がする」みたいな感覚があるんですが、特に「サイダー・アンドロメダ」は、小学校の運動会でスピーカーから流れていた気がする曲ですね(笑)。恋愛の歌でもあるけど、曲としては、運動会でガビガビのスピーカーからこんな曲流れてたよなあ、みたいな。
──記憶の奥にあるものが曲にあるというか、作っている曲とつながっていくというか。そういうこともあるんですね。
ありますね。特に「サイダー・アンドロメダ」はそうです。
「LAPLACEL」は一生追い続ける概念
──「サイダー・アンドロメダ」にしても、「スターダスト・エウレカ」にしても、それにアルバムタイトルの「LAPLACEL」にしても、林さんは曲名や歌詞に造語を多用されますよね。こうした会話で使う言葉ではなく、造語で世界観を生み出すことが林さんはしっくりくるんですか?
そうですね、しっくりきます。「いい造語を生みたい」というのは常々思っていることです。造語って“魂の不動産”みたいな感じがするんですよ(笑)。作れば作るほど豊かになれる、そんな体感がある。それが人に伝わるものだと、なお平米が広い。いつも「言葉で精神の土地を転がすぞお~」と思いながら言葉を作っていますね。
──例えば、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの曲タイトルも造語が多かったりするじゃないですか。よだかもそうですけど、ロックをやっている人たちが作る造語はとてもロマンチックで好きですね、僕は。
確かに、ミッシェルもそうですね。僕は、ミッシェルから受けている影響もめちゃくちゃ大きいと思います。「ミッシェルをやるぞ」と思ってやってはいないですけど、もはや血肉になっていて、イズムが出ちゃっている感じだと思う。
──アルバムタイトルの「LAPLACEL(ラプラセル)」は、資料では「物理学の用語『ラプラスの悪魔(Laplace's demon)』と『天使の名前の接尾辞(~el)』を掛け合わせ、“すべて”や“万能感”を意味する言葉として林が生み出した造語」と説明されていますが、どのように決めたタイトルだったんですか?
1stアルバムのタイトルは、現時点でしっくりくるものでありつつ、よだかを続けていくにあたってもずっと追い続けられる何かがいいなと思っていて。「ラプラスの悪魔」というのは、「すべての物体がどう動いているかがわかれば、未来予知ができるんじゃないか?」という物理学上の全知全能の仮説として出てくる言葉ですけど、僕自身、今まで音楽をやってきて「いい曲ができた」とか「いいライブをしたな」という体感があるとき、「全部が見える」みたいな感覚になることがあるんです。自分はその感覚に突き動かされて、そこに近付きたくて、ずっと音楽をやっている気がする。「夜間飛行」ができた瞬間もまさにその感覚だったし。だから、「LAPLACEL」というのは自分が音楽をやっているプロセスが信仰だったとして、その対象に付けた名前です。
──焦がれるものだからこそ、天使の名前でもあるという。
そうですね。悪魔じゃいくらなんでもだし、パーンと輝くような、光のような感覚が欲しくて。
──その「LAPLACEL」という全能感に、林さんはよだかを始める前から出会ってきているんですか?
要所要所で出会うもの、という感じがします。「LAPLACEL」に向かうために、自分の中に潜ることも正解だし、逆に、自分の外に走っていくのも正解だし。これは理屈で説明しようとすればできるのかもしれないけど、でも「理屈で結論付けちゃあ、芸がないよな」と思うもので。やろうと思ってできないからこそ、価値があるものなんですよね。そういう意味でも、一生追い続ける概念だなと思います。
田淵さんと浩之さんの肩の強さ
──今回もサウンドプロデュースは田淵智也さん(UNISON SQUARE GARDEN、THE KEBABS、Q-MHz)が務めています。田淵さんとのレコーディングはいかがでしたか?
田淵さんとは、制作が始まってからずっと綿密にやりとりをした日々でした。基本、何をやっても田淵さんは褒めてくれるんですけどね。「曲がいいんだよなあ」って(笑)。それに対して、僕は「あざす!」って感じで。
──(笑)。
(スタッフ) あと、田淵さんは「1stアルバムは大変だと思うけど、ここを乗り越えればペースをつかめると思うよ」とも言っていましたよね。
そうそう。すごく励ましてくれました。
──サポートドラムの鈴木浩之(THE KEBABS)さんとは、どんなコミュニケーションを取られましたか?
浩之さんは、こっちが急遽フレーズを変えて、恐る恐る「大丈夫ですか……?」と聞いても「全然大丈夫!」という感じで。心強すぎる存在でした。田淵さんも浩之さんも、よだかのライブやレコーディングにおいて、もはやレギュラーと言っていい2人ですけど、改めて彼らの先輩としての地肩の強さを思い知りましたね。
──確かに、バンドマンとしての地力が圧倒的に強そうなお二人ですね。丸腰ですごいものが出てきそう、というか。
僕は肩が弱いわけではないけど、どこかで「消える魔球じゃないと意味ない」と思っているタイプで。曲作りにおいてですけど、どれだけ「いいよ! 155キロ出てるよ!」と言われても、「いや、消えないと意味ない」と思いながら、ずっと投げ直し続けるタイプなんですよ(笑)。でも、2人を見ていると「俺も肩、強くなりてえなあ」と思います。あと自分でアルバムに向けて曲を作っていると、改めて田淵さんはコンポーザーとしてとんでもないなと思いましたね。曲を作るペースも、意思決定の早さもすごい。僕も今回「1stアルバムだし、ここは自分に厳しくしていいタイミングだ」と思って気合いを入れていたけど、それゆえやりすぎて過酷になってしまって。結局、形にならなかったデモもゴロゴロと転がっているような状態なんです。
──ご自分の中で厳しいジャッジをしながらの制作だったんですね。でも、そうせざるを得ないくらい、1stフルアルバムとしての理想像が頭の中にあった、ということですよね、きっと。
それこそ「LAPLACELとは何か?」という話にも近いかもしれないですけど、理想像を持ったうえで作り続けて、最後の最後のちょびっとのところで、希少なというか、奇跡的なことが起こる気がしていて。それが起こるまでは、理想はギンギンに高めまくるべきだと思いながら曲作りをしていましたね。



