坂本真綾|“今日だけの音楽”を集める旅

坂本真綾の通算10枚目のオリジナルアルバムは、“今日聴くのと、明日聴くのとでは意味が変わってしまう、今日だけの音楽”をテーマに掲げたコンセプチュアルな作品となった。その名も「今日だけの音楽」。坂本はこの作品のために一編の物語を執筆し、その物語に沿った楽曲を作るべく作家陣へと楽曲提供を依頼した。そのオーダーに応えたのは、川谷絵音(ゲスの極み乙女。、indigo la End、ichikoro、ジェニーハイ)、大沢伸一(MONDO GROSSO)、堀込泰行、荒井岳史(the band apart)、渡邊忍(ASPARAGUS)、伊澤一葉(the HIATUS)、北川勝利(ROUND TABLE)、SIRA、古川麦、一倉宏、岩里祐穂といった多彩な顔ぶれ。坂本自身も表題曲で作詞のみならず作曲を手がけている。

果たして「今日だけの音楽」とはなんなのか? 坂本へのインタビューでその真意に迫る。

取材・文 / 臼杵成晃

「私、まだやることがある!」

──前作の「FOLLOW ME UP」がデビュー20周年記念プロジェクトの中で制作されたアルバムで(参照:坂本真綾「FOLLOW ME UP」インタビュー)、4年ぶりの新作アルバムということは、もう25周年が目の前に迫っているんですよね。

そうですね。シングルもいっぱい出したので、そんなに空いたという感覚もないし、間を空けようと思って空けたわけじゃないんですよ。気付いたら4年経っていて。15周年から20周年までがすごく慌ただしくて濃密で、アウトプットの連続だったんです。20周年が終わったらちょっとペースを落としてゆっくりしたいな、という気持ちはあったんです。そのつもりが、意外とシングル出しちゃったなみたいな(笑)。別に休養期間に入ったわけではないですし、なんだかんだと音楽的な活動はずっとしていて。

──20周年以降は「Million Clouds」「CLEAR」「ハロー、ハロー」「逆光」、そして今夏リリースの「宇宙の記憶」と4枚のシングルが出ていて、シングル収録のオリジナル曲だけでも12曲、アルバム1枚分ぐらいあるんですよ。でも今作は書き下ろしのみでシングル曲は1つもないという。ずいぶんすっ飛ばしましたね。シングルをいくつか出している中で「このシングルを軸にアルバムを」とはならなかった?

1枚1枚の個性がバラバラなので、そこからカラフルなアルバムにするという方法もあったと思うんですけど、ディレクターとは「次にアルバムを作るときは、シングルについては考えずに独立した作品として作ってもいいかもね」って話をけっこう早い段階でしていました。私はもともとアルバムはトータルで聴いてもらえる作品にするのが好きなので、ベスト盤みたいな内容になっちゃうともったいないなって。

──シングルはそれぞれバラエティに富んだ内容でしたけど、中でも「宇宙の記憶」で椎名林檎さんと組んだのは驚きでした。シングルが出る少し前に坂本さんのスタッフの方とたまたま話す機会があったんですけど、椎名さんとのレコーディングを終えた坂本さんが「私、まだやることがある!」とおっしゃっていたという話が印象的で。

あはは(笑)。椎名さんは年齢的には同世代で、デビューは私のほうが少し早いんですけど……デビューのときからインパクトがすごかったし、同年代の彼女が大人っぽい色気で独自の世界観を作られている姿にずっと驚かされていたんです。自分にはないものを持った同世代の人、真似してもできない個性の塊というイメージで。自分は無個性だとずっと思っていたので、真逆の存在としてうらやましく思っていました。実際にお会いしてもその印象は変わることなかったですけど、表に見えるソリッドな部分だけじゃない、場を作る人としての魅力、母としての生活との両立などすべてひっくるめて……私も今まで24年間でいろんなことをやってきてそれなりの達成感を感じてきたけれど、同世代でこんな人がいたら、こんなところで「まあまあやったな」なんて満足してちゃいけないなって。いい刺激をもらえました。

坂本真綾

“今日だけの音楽”を集める旅

──アルバムの制作はいつぐらいに始めたんですか?

「宇宙の記憶」を制作している頃にはもう平行して進めていました。レコーディング自体はこの夏に凝縮してやりましたけど、今回は初めて楽曲をお願いする方も多いし、コンセプト自体はけっこう早めに決めていたので、早い段階から楽曲制作のオファーは進めていたんです。

──そのコンセプトというのが“今日聴くのと、明日聴くのとでは意味が変わってしまう、今日だけの音楽”という哲学的なテーマで。かつそのコンセプトを表したショートストーリーまで用意されています。

コンセプトアルバムという立ち位置の作品はこれまでにも作ってきましたし、先にストーリーを散文的に用意するやり方も過去に試したことはあったんですけど、今回は今までにやっていないことの1つとして、短編というには少し長めの小説を先に書いて、そこからアルバムを作るのはどう?というアイデアをスタッフからもらったんです。私、文章を書くのは好きですけど、小説を書こうと思ったことはまったくなくて、一向に筆が進まなくて(笑)。長編じゃなくてもいい、例えばこんなテーマとか……とスタッフが挙げてくれた中の1つに“今日だけの音楽”というキーワードがあったんです。そこから急にパッとひらめいて、一気に書き上げたのがショートストーリーとしてアルバムに掲載される文章です。これを打ち合わせの席に持って行き、各アーティストさんにその場で読んでいただいて「こういった前置きがあって、トータルで映画のように聴いてもらえる作品にしたいんです」とお伝えして。

──なるほど。1つの物語を用意したうえで、それに沿った曲を書いてほしいというサントラ的なオーダーを。

はい。皆さんアーティストなので、1つの文章からインスパイアされて音楽につなげていくというのはたぶんやりやすいんじゃないかなという気持ちもありましたし、「『今日だけの音楽』って、ちなみにどんなものだと思います?」というディスカッションもして、その人の中にある「今日しか賞味期限のない音楽ってどういうことかな?」という想像を膨らませてもらうのが楽しかったです。1人ひとり出てくるものが違いますし、自分のオーダーとは違う切り口であっても「なるほど」と思うものが多くて。実際ストーリーの中でも、“私”という主人公がたくさんの人々がそれぞれ持っている“今日だけの音楽”を集めていって、最後は自分のポケットの中に本当に探していた音楽が入っていたという流れを書いているので、最後の曲だけは自分で書こうと決めて、作詞もいつもよりは多く人にお任せしようと決めていました。

──面白いですね。「“今日だけの音楽”とはなんぞや」という禅問答に対する楽曲提供者の回答が並び、音を集めて旅した坂本さん自身の“今日だけの音楽”が最後に出てくるという。全11曲で3分台の曲も多く、トータル44分という意外とコンパクトな形にまとまっていますよね。

最初から10曲前後であまり大きく広げないようには考えていたんですけど……そのわりに聴き心地としては濃い印象になりましたね。1曲1曲を作っているときは濃厚だなと思っていたので、こんなにコンパクトに収まるとはできあがるまで思っていませんでした。