1990年代に人気を博した伝説のバンド・KUSU KUSUが、4曲入りシングル「JUNGLE ROCK」を7月29日にリリースした。
1988年に次郎(Vo / 現:川上次郎 )、MU(G)、SAY(B / 現:ROBIN)、まこと(Dr / 現:宮田まこと)の4人によって結成されたKUSU KUSU。翌89年にTBSのバンドオーディション番組「三宅裕司のいかすバンド天国」に出演するとアフリカ音楽やラテン、カリビアンなどワールドミュージックを取り入れた斬新なサウンドと、10代とは思えない高い演奏力で一躍話題の存在となった。彼らは翌90年7月にメジャーデビューを果たし、同年9月には日本武道館ワンマンを実施。その後、コンスタントにリリースを重ねるも94年に“冬眠”と称して活動を休止した。
そんなKUSU KUSUがメジャーデビュー35周年を記念して2026年に復活。川上の1人体制となるものの、新作にはオリジナルメンバーも演奏で参加し、バンドの持ち味であるポップでカラフルなサウンドを展開している。音楽ナタリーはKUSU KUSUの復活に際して川上にインタビューを実施。独自のサウンドのルーツや復活に至るまでの経緯、さらには結成当初からかわいがってもらっていたというJAGATARA・江戸アケミとの貴重なエピソードなど、さまざまなトピックについて話を聞いた。
取材・文 / 土佐有明撮影 / はぎひさこ
KUSU KUSUサウンドのルーツは?
──実は去年、KUSU KUSUの1stアルバム「光の国の子供達」(1989年)のレビューを書く機会があって、“早すぎたVampire Weekend”と形容したんです。そしたら、今回のKUSU KUSU復活のタイミングで同じことを言っている人がけっこういて。
そうなんですね。Vampire Weekendは聴いたことがないんですけど、どんなバンドですか?
──アメリカのインディーバンドで、おおまかに言うとギターロックなんですけど、アフリカ音楽のエッセンスがまぶしてあるんです。KUSU KUSUは当時から非西洋圏のワールドミュージックの要素をサウンドに取り入れていましたが、川上さんのルーツとして重要なバンドはどのあたりなんでしょう?
Bow Wow Wowですね。1980年代前半に活躍したイギリスのニューウェイブバンド。パンクから入ってニューウェイブに行き、そこからCulture ClubとかDuran Duranみたいなニューロマンティックに興味を持つようになって。それで、Bow Wow Wowのルーツってなんだろう?と掘っていったら、アフリカ音楽とかラテン音楽に行き着いたんです。
──今作の1曲目「JUNGLE ROCK」もリズムパターンがBow Wow Wowっぽいジャングルビートですね。そういう趣味はKUSU KUSUのほかのメンバーも共有されていたんですか?
していましたね。当時みんな17歳くらいだから、一致団結するのも吸収するのも早かった。Bow Wow Wowやそのルーツに関しても、「うわ、これ面白い」って飛びついて。そこが若いバンドの素晴らしいところですよね。僕は16歳で北海道から上京したあと、JAGATARAのドラマー中村ていゆうさんのローディーをやっていたんです。だから、トマトスとかMUTE BEATとか、JAGATARA界隈のライブをステージの下から見ていたんですよ。ただ、JAGATARAは大人数でホーンセクションがいたし、MUTE BEATも大人数のバンドだった。そういうサウンドをボーカル、ギター、べース、ドラムの4人編成でやったらどうなるかというのを実践したら、KUSU KUSUのサウンドになったんです。
──デビュー当時のロックシーンはビートパンク全盛ですよね? シーンで浮いていたのでは?
そうですね。BOØWYが解散した頃ですから。ライブハウスのブッキングの人も誰と対バンさせるか相当悩んだみたいですし、自分たちでも実際浮いてるなと思っていました(笑)。例えばロックンロールだったらロックンロール、ビートパンクならビートパンクと似たような音楽性のバンドたちは横のつながりがあって、みんな仲良しだったんですけど、僕らにはそういう友達がいなかった。しかもちょっとアイドル的な要素があったから、ロックバンド同士でつるむ中には入れてもらえませんでしたね。
精神の解放のための歌でもあるアフリカ音楽に魅力を感じた
──80年代にはワールドミュージックのブームが巻き起こりました。「WOMAD」というワールドミュージックのフェスが82年に始まり、サリフ・ケイタ、ユッスー・ンドゥール、キング・サニー・アデなど、アフリカのアーティストが注目を浴びました。
そのあたりのミュージシャンはよく聴いていましたし、ライブにも行きましたね。雑誌からサリフ・ケイタのライブレポートを書く仕事をもらったりもしました。Bow Wow Wowのルーツを調べていくうちに、アフリカの音楽が面白いと徐々にわかってきて、さっき名前が出たような人たちのCDを、六本木にあったレコード店WAVEのワールドミュージックコーナーで買い漁りました。中でも一番衝撃を受けたのはKassavでした。
──セネガルやコンゴなど、フランス語圏のアフリカの国で人気だったバンドですね。
そうです。ルーツ志向のズークというジャンルをやっていたバンド。Kassavのライブを観たとき「これだ!」と思ったんです。KUSU KUSUはBow Wow Wowから入ったけど、将来的にはKassavとかJAGATARAみたいなバンドになりたいと思っていました。僕らは4人組だったけれど、やがてキーボードやホーンセクションにサポートで入っていただくようになって。
──パンクから音楽に入って、ずいぶん遠いところまで行きましたね。
パンクが好きでバンドを始めたんですけど、僕はパンクの根っこにある反骨精神に対する憧れはまったくなかったんですよ。だって逆らうものが何もないんですもん。世の中に対して不満のない自分がパンクパンク言うのはちょっとおかしいなと思うようになってきて。そんなときに、精神の解放ための歌でもあるアフリカ音楽を聴いて、「この人たちのパワーってすごいな」と思ったんです。そうするうちに、アフリカ音楽に興味が湧いてきて、だんだんパンクから離れていった。例えば「雨が降ってくれてありがたい」とか感謝の気持ちを歌っているような、アフリカの音楽のリアリズムへの憧れがどんどん強くなっていきました。
──アフリカでは日常の中に音楽が普通にある、という感じなんでしょうか?
そうです。昔はですが、例えば、アフリカ発祥の楽器でトーキングドラムってありますよね? あれって、もともと通信機の代わりだったんですよ。男性が山に狩りに行くときに持っていって、山の上から麓にいる奥さんに音を伝える。“トーキング”っていうくらいだから、話をするための楽器なんです。「狩りが終わったから今から帰る」とか、「そっちは大丈夫か?」とか、そういうことを伝えるためにある。日本でも和太鼓の音ってすごく遠くでも聞こえるじゃないですか。ああいう感じで、皮が張ってあるものは空気中に音が伝導しやすいんです。
──あとアフリカ音楽はリズムも独特ですよね。
KUSU KUSUで演奏するときも、8ビートや16ビートじゃなくて、ほかのバンドと違うリズムの曲をやりたかった。さっきお話ししたように、BOØWY解散直後で、彼らのフォロワーがたくさんいた頃だったので、自分たちは誰もやっていないような音楽をやりたいとなおさら思って。JAGATARAがそうであるように、KUSU KUSUの音楽は自分でも発明だと思っています。




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