奇妙礼太郎インタビュー|新作「1976」は“たぶん50年かけて作った”アルバム

「特になんも考えてへんからなあ……」。奇妙礼太郎は、インタビューのたび自嘲気味な笑みを浮かべてそう語る。本人いわく「アルバムの曲順もマネージャーの案をそのまま採用することがある」という自我のなさは、まもなく50歳を迎え、ベテランの域に差しかかろうとしているシンガーソングライターとしては確かに稀有だ。しかし、エゴや執着から切り離されたノンシャランなその態度にこそ、奇妙礼太郎という特異なアーティストの本質が宿っているのかもしれない。「何も考えていない」と語るその言葉が、照れ隠しだとしても本心だとしても──。

このインタビューでは、4月にリリースされたばかりのアルバム「1976」や7月に行われる東京・日本武道館でのワンマンをトピックに、そんないかんともつかみがたい奇妙礼太郎というアーティストの実像を改めて見つめていく。

取材・文 / 張江浩司撮影 / 細谷謙介

意味があるっぽく言ってみたい

──今回のアルバム「1976」は自作の新曲、セルフカバー、ほかのアーティストのカバーが混在していて、ちょっと変わった構成になっていますよね。タイトルにも奇妙さんの生まれ年が冠されていて。

そうですね。アルバムを作り始めるときに、「50歳になるから、そこを押し出したほうがいい」とスタッフから言われて。わざわざ自分で手を挙げて「50歳になりました」って言う人はおらんよなとも思ったんですけど。

奇妙礼太郎

──自ら誕生パーティを開く気恥ずかしさのような。

そこまでではないですけど(笑)。まあ、そんな感じですよね。

──リリース決定時のコメントの中で「たぶん50年かけて作りました」とおっしゃってましたが、この「たぶん」に気恥ずかしさが表れている気がします。

ピカソが30秒くらいで描いた絵に100万ドルの値段をつけて、「パッと描いただけなのに高すぎる」と言われたら「これを描くのに30年かかってる」と答えた、みたいな話があるんですよ。それをXか何かで見たんでしょうね(笑)。より多くの人に聴いてもらいたいとは思ってるんで、スタッフから提案されたらやってみようかなと。ライブでよくやっているカバーを入れたり、今のバンドのメンバーで以前の曲を再録したりというのも提案してもらったんです。そこに、自分の部屋で録った音源をもとに中込(陽大)さんとやりとりして完成させた曲を加えて、こういうアルバムになりました。意味とかコンセプトはないんですよ。もっと時代性とか、そういうものに絡めた感じで何か言えればいいんですけど……意味があるっぽく言ってみたい(笑)。

──「たまらない予感」のインタビュー(参照:奇妙礼太郎が語る4年ぶりフルアルバム「たまらない予感」)でも、提供された楽曲に対して何もリクエストしなかったとおっしゃっていましたし、この自我の弱さは奇妙さんの大きな特徴だと思います。

あまり何も考えてないですからね。ライブのリハーサルでも、メンバーはみんな「何ヘルツの音域をカットしてほしい」みたいな話をしてるんですけど、僕はなんのことを言ってるのかわからないんで(笑)。いまだに1小節がどこからどこまでのことなのかよくわからない。そういうことがわかってればこだわれると思うけど、わかってるふりしてスタジオにいるんで。

奇妙礼太郎

どんな音楽も絵も、聴く人・観る人次第ですもんね

(マネージャー) 一応、最初の打ち合わせでは「教科書みたいな音源を作りたい」「みんながやっているコード、進行、構成でいい」「ライブでやってみんながわかるもの」「誰が歌っているかではなく、普遍的な曲」というキーワードが出てました。

そんなこと言ってた? 全然違うことになってるな(笑)。でも、最初の3曲はそういう感じもあるかもれないですね。

──特に「元気でやってるか」は明るくて前向きです。

これはもともとカバヤ食品「塩分チャージ」のタイアップが決まってて、そのCMのテーマが元気の出るような感じだったんですよ。

(マネージャー) 応援歌みたいなリクエストがあって作ってましたよね。

「俺、人を応援したことあったかな」と思って。親戚の子供を応援したこととかはあるけど。録ったあとに聴き返したら「元気でやってるか」と何回も歌ってて、すごくうるさいと思いました。

──そんな(笑)。

「SYNCHRONICITY'26」で初めて人前で歌ったんですけど、「元気でやってるかどうか、お前に関係あらへんやろ」って自分で思いながら歌ってました(笑)。

奇妙礼太郎

──今のご時世、「元気でやってるか」と聞かれて「はい、元気です!」と答えられる人も少ないですしね。

そうなんですよね。

──だからこそ、これくらい何度も言わないといけないのかもしれない。

そうですかね? 「何もわかってないやつ」って思われませんか? ……全然いいこと言えない(笑)。

──「愛がすべてのこと」では「明日すべてのもの」という歌詞があり、未来への希望を感じます。

この曲は中込さんが作ったトラックにメロディを当てはめて作っていきました。なんとなく仮で歌詞を付けて、あとからちゃんとした言葉に変えようと思ったんですけど、なんだかぎこちなくて。締め切りも来たから、これでいいかと。締め切りがなかったらアルバムなんて一生できないんで(笑)。だから、これも意味はないんです。

──そういった意味のなさからできる空洞に、聴く側の思いが入る余地があるんでしょうね。

そう思ってもらえたらありがたいですね。それはつまり、皆さんに聴く力があるということなので。どんな音楽も絵も、聴く人・観る人次第ですもんね。

「参ったな」みたいな気持ち

──1曲目の「オー・シャンゼリゼ」、4曲目の「愛の讃歌」はライブでもかなり前から歌ってらっしゃいますが、歌い方は変わりましたか?

去年か一昨年くらいに、たぶんフランスの人だと思うんですけど、40代くらいの女の人が飲み屋で酔っ払って「オー・シャンゼリゼ」を歌う動画を観たんですよね。この曲は明るいし、シンガロングするところもあって、子供たちと一緒に歌うようなムードもあるじゃないですか。でも、歌詞は夜の街の風景だったりするし、けっこうやさぐれてるんですよ。その女の人の動画を観て「本来そういうやさぐれた曲やもんな」と思ったというか。

──日本では越路吹雪さんが歌っているバージョンが有名ですけど、あの時代のシャンソンは流行の先端であり、とがったものだったんですよね。越路吹雪さん自身にも不良的な魅力があったそうですし。

越路吹雪さんって、たまに「仕事だからしょうがなく歌ってる」みたいな感じが出てて(笑)、そこがいいなと思います。この「愛の讃歌」の歌詞は、原曲のフランス語の歌詞とは内容が全然違うんですよね。越路吹雪さんが歌ってるのもこの歌詞で。美輪(明宏)さんとかが歌ってるのは原曲に忠実な日本語歌詞で、それも素晴らしいんですけど、こっちのよさもあるなと思います。

奇妙礼太郎

──続く「silvers」からは内省的なムードに一変します。

家で1人で録ったから、寂しい感じになったんでしょうね(笑)。

──「Budda Beat Clubへようこそ」では「明後日見ているだけでもうたくさんだろう」と歌っています。

そんなこと書いてましたっけ? まだ歌詞覚えてないからなあ(笑)。

──アルバム前半の希望がある雰囲気とは正反対の厭世観ですよね。

まあ、これも語呂合わせみたいな感じで出てきた言葉なんで、意味はないんですけどね。「Budda Beat Club」というのもデタラメな英語を並べただけというか。

──元ネタがあるのかと思って検索しました。

何なんでしょうね、これは。Budda Beat……木魚なんじゃないですか。法事のことですね。その次の「Blue so much」は、ライブのリハでスタジオに入ってるときに時間が余ったから「このコード進行のループで、このテンポでちょっと演奏してください」とお願いして、iPhoneで録ったんです。その音をそのまま使ってる。歌は録り直しましたけど。メンバーは誰もこのままアルバムに入るとは思ってなかったですね(笑)。

──この中盤のムードは、実社会を覆う気分と図らずもマッチしているように感じます。

社会に対するメッセージみたいなものが書いてあるかと言ったら、そんなことはないんですけどね。でも、追いつけないくらいめちゃくちゃな世の中になってるなとは思ってるんで。「参ったな」みたいな気持ちが出てるのかもしれないですね。