柏木由紀「シアワセ記念日」特集|歌を愛し、歌に愛される──その“歌心”の真髄とは

柏木由紀から約5年ぶりのCDシングル「シアワセ記念日」が届いた。

柏木は2024年4月にAKB48を卒業してからバラエティ番組への出演やコスメブランド「upink」のプロデュースと幅広く活躍しているが、2024年11月に配信シングル「I'm not alone」をリリースし、昨年12月にはディナーショーを行うなど、今もずっと変わらずに“歌うこと”を大切にしている。今年5月には初のオーケストラコンサートを東京芸術劇場 コンサートホールで開催し、ソロアーティストとしての新たな可能性をオーディエンスに示した。

新曲「シアワセ記念日」は、柏木自身が主演を務めた東海テレビ・フジテレビ系 土ドラ特別企画「元カレの猫を、預かりまして。」の主題歌。柏木演じる34歳のバリキャリ女子・柴田まさきと、人間の言葉を話せる“オヤジ猫”のヨミチの温かなストーリーに寄り添ったバラード曲だ。シングルには柏木が自ら作詞したカップリング曲「君は僕のShining Star」を収録。アイドルを応援するファンの視点にフォーカスしたアップテンポのナンバーに仕上がっている。

AKB48卒業後、柏木にとって音楽活動とはどのような位置付けのものなのか。彼女の胸の内には、歌を愛してやまない思いと、次なる目標があった。

取材・文 / 中川麻梨花撮影 / 梁瀬玉実

“音楽”が一番好きなのはずっと変わらない

──パッケージとしては5年ぶりのシングルになります。前作「CAN YOU WALK WITH ME??」が7年ぶりのシングルだったということもあり、前にライブのMCでご自身のソロアーティスト活動について「時空の歪んだソロ活動」とおっしゃっていましたよね(参照:柏木由紀、AKB48卒業後もずっとずっとアイドル!「ステージに立ってる瞬間が本当に一番楽しい!」)。

あははは。何年も空いちゃうから。

──でも、リリースは空いても定期的にソロライブを行っていたり、“歌い続ける”ということを大切にしているように見えて。今、ご自身の中で音楽活動というのはどういった位置付けのものですか?

もともと中学校3年生でAKB48に入ったときは「歌を歌いたい。踊りたい。ステージに立ちたい」という、それだけが夢で。まさかAKB48に入ってから音楽以外にもこんなに幅広く活動するとは思ってなかったんです。今年芸能活動20年目を迎えても、音楽が一番好きで、自分がやりたいことの軸にあるというのはずっと変わらないし、音楽を続けたいからこそ、ほかのいろんなことをがんばっている。でも、AKB48時代の後半から、どこかでソロアーティスト活動をちょっとあきらめてた自分もいたというか。

柏木由紀

──そうなんですか?

もちろん、いつかまたソロでもCDを出せたらいいなという気持ちはずっとありました。でも、AKB48でも十分満足にライブとかで歌えていましたし、ありがたいことに卒業後は音楽活動以外にもいろんなお仕事をやらせてもらっていたから、なんとなく「CDを出したい」というのは言葉に出さなくなって。

──AKB48に在籍していたとき、柏木さんはグループ活動にかなり集中されていましたもんね。

それもありますし、シンプルに「CDを出して赤字になったらどうしよう」って考えちゃう(笑)。

──そんなそんな。

20代のときは、自分が新曲を出すとなったら、どれだけの人ががんばってくれて、どれだけの人が動いてくれるのか、気付いてなかったんですよ。でも自分がAKB48のコンサートをプロデュースしたり、運営側のスタッフさんたちと密接に関わるようになってから、いろんな人の思いを考えるようになっちゃって。もちろん出せるものならいっぱい出したいけど、CDって私の気持ちだけでそんな簡単に出せるものじゃないよなと。例えば私が「出したい」と言ったら、マネージャーさんが1回動かなきゃいけないなとか……。

──まず人のことを考えてしまうんですね。

申し訳ないなって思っちゃうんですよね。でも、今回はドラマ「元カレの猫を、預かりまして。」の主題歌のお話をいただいたことをきっかけにCDを出すことになって。それなら「リリースしてよかったね。またCDを作ろう」となるように、できることはやり尽くすのが私の務めだなと感じています。

何かにチャレンジしてみると、思いもよらぬうれしいことにつながる

──柏木さんの5年ぶりの主演ドラマ「元カレの猫を、預かりまして。」があって本当によかったです。その話がなかったら、まだしばらく柏木さんからCDを受け取れていなかったかもしれない。

ドラマがなかったら、本当にもっと時間が空いていたと思います。今回は主題歌を歌うことが決まって、曲を作ってもらったあとで「せっかくなのでCDにもなりませんか?」と私からスタッフさんにお願いした、という流れなので。私は俳優に向いていないなと思っていたから、演技は唯一、積極的にはやっていなかったお仕事なんですけど……でも、思い切って飛び込んでみたらこうして新曲を出せることになったので、何かにチャレンジしてみると思いもよらぬうれしいことにつながったりするんだなと実感しました。「向いていないからムリかも」というのは、今後なるべくやめようと思います。

柏木由紀

──今回のシングルは表題曲、カップリング曲ともに作編曲を井上ヨシマサさんが担当しています。井上さんといえばAKB48に欠かせない存在で、柏木さんの卒業シングル曲「カラコンウインク」も手がけています。

AKB48を卒業したあとも、ヨシマサさんのアルバムにソロで参加させていただく機会があって(参照:井上ヨシマサ|職業作家40周年アルバム「Y-POP」に見られるヒットメイカーの真髄)、「いつか私の曲もお願いします」とお話ししていたんです。そういった中で今回ドラマ主題歌のお話があったので、自然な流れでヨシマサさんにお願いさせていただきました。

──表題曲の「シアワセ記念日」は日常の幸せを感じられるような温かなバラードナンバーです。ドラマで繰り広げられる柏木さん演じる主人公と、人間の言葉を話せる“オヤジ猫”のヨミチの心温まる物語にぴったりの曲ですが、柏木さんから「こういう曲がいい」と井上さんに直接お話しされたんですか?

表題曲に関してはドラマの内容に合った曲になったらいいなと思っていたので、ドラマチームとヨシマサさんとで直接話していただきました。ドラマの内容的に温かいバラード系の曲かなと予想はしていましたけど、まさに「こんな感じだったらいいな」という私のイメージにドンピシャで。Aメロはさわやかで、サビにフックがあってちょっとだけ切ない雰囲気も感じる。自分の好みや今の年齢感にぴったりで、等身大で歌える楽曲だなと思いました。

今でも自分の支えになってる秋元康の言葉

──「シアワセ記念日」は柏木さんのたおやかで伸びやかな歌声のよさをリスナーが気持ちよく感じられる曲になっていて、やっぱり柏木さんの声のことをよく知っている井上さんだからこその楽曲だなと。

確かにすごくしっくりきて、自分でも気持ちよく歌えるメロディだなと感じます。

──柏木さんと言えば、いわゆる表情管理や振付のアレンジでの視覚的な見せ方も素晴らしいですが、なんと言っても歌心がすごいと思うんですよ。「歌で言葉を届ける」ということに特化していて、歌にも“表情”があると感じます。

えっ! 本当ですか?

──普段歌うにあたって、特別に意識していることは?

もちろん歌がうまくなりたいという気持ちはあるんですけど、歌が上手な人や音楽の才能がある人は数えきれないぐらいいっぱいいるから、私はうまく歌うことよりは「聴いた人がこの曲を自分の気持ちに重ねられるように」ということを意識しています。だから、逆にあまり曲に感情移入しないように歌っていますね。いつも「私はこの曲を伝える役割の人」だという意識でいます。

──“語り手”ということですか?

はい。私は自分のことを憑依型の歌手ではないと思っているんです。曲に入り込んで主人公になりきるのは苦手。なので、「こういう出来事もあるよね」「こういう考えもあるよね」って、1つひとつのフレーズをメッセージとして伝えられるように丁寧に歌っています。自分の歌がうまいとは絶対に思わないようにしていますね(笑)。

──でも、柏木さんはAKB48に入ってわりとすぐに、秋元康さんから「歌を続けていったほうがいいよ」と言われたそうで。秋元さんも早い段階から柏木さんの歌に魅力を感じて、歌手としての可能性を見出していたのでは?

AKB48に入って3年ほど経った頃に、劇場で歌う初めてのソロ曲としてバラードナンバー「夜風の仕業」をいただいたときのことですね。「うれしいです」というお礼のメールを秋元さんにお送りしたら、「柏木はこういう曲をずっと歌っていける歌手になれると思います。歌を続けていってください」というようなお返事をいただいて。「そんなことを思ってくださってるんだ」と驚いたし、秋元さんのその言葉が今でも自分の支えになっています。それまで「歌を長く続ける」という選択肢が自分の中になかったんですよね。AKB48で活動できればいいと思っていたので。

──「いつかソロデビューしたい」というようなビジョンはなかったんですね。

ソロでやりたいなんて考えてもいなかったです。秋元さんからメールをいただいて、初めて「1人で歌う」という選択肢もあるんだと気付きました。

バラードはありのままの自分で歌える

──そして2012年に秋元さんから「柏木のバラードに惚れました」という言葉とともに1stシングル曲「ショートケーキ」がリリースされました。やっぱり柏木さんの中でもバラードは歌っていてしっくりくる感覚がありますか?

そうですね。アップテンポの曲も歌っていて楽しいけど、歌いやすいのはバラードかもしれない。ありのままの自分で歌えているような感覚がありますし、テンポがゆっくりなので丁寧に歌詞と音を合わせられる。

──バラードに声質が合っているのも大きいですよね。透き通っていて高音の抜けがよく、凛とした響きがある。

そうですか? 自分ではあまり特徴のない歌声だなと思っていたりして……(笑)。音楽は大好きだけど、自分の歌に自信があるわけじゃないんだろうな。もっと自信があったら「ソロで新曲を出したいです!」っていっぱい言ってたかもしれない。得意ジャンルと苦手ジャンルが分かれる声だと思っていて、歌姫と呼ばれる人たちに似合うような熱唱系のソウルフルな曲には苦手意識があるんです。

──でもWACK所属7グループとのコラボのタイミングで、柏木さんの歌声の振り幅はすごく感じましたよ(参照:「柏木由紀なりのWACK」メンバー座談会)。さらに昨年末の井上さんのコラボアルバムにボーカルで参加した「Unlimited」はエキゾチックかつクールなナンバーで、柏木さんの歌の新たな可能性が見えました。

ヨシマサさんはいろんな曲を歌わせてくださって、そのたびに「そんな歌い方もできるんだね」「こういう曲も似合うよ。もっと歌を続けてチャレンジしていったらいい」と言ってくれるんですよ。それに応えたいという気持ちはすごくあります。