HYDEインタビュー|「ROENTGEN」から「JEKYLL」へ──四半世紀を経て円環する内省の美学

HYDEの口から1stアルバム「ROENTGEN」の続編の話題が出始めたのは2021年、ソロデビュー20周年というタイミングだった。さまざまな制約が課せられるコロナ禍の影響を受けて、その“続編”の制作はHYDEが想定していたより前倒しで始まったが、完成に至るまでに約5年の歳月を要した。そして当初「ROENTGEN 2」と呼ばれていた本作は「JEKYLL」へと名を変え、2026年春に満を持して世に放たれた。

なお、「JEKYLL」がリリースされる前の今年1月より、HYDEはこれまた5年ぶりとなるオーケストラツアー「HYDE Orchestra Tour 2026 JEKYLL」を開催。4月1日に終幕した国内編を経て、5月25日に観光大使を務めるオーストリアの首都ウィーンで最終公演を行う。ウィーン公演では「JEKYLL」の集大成を見せることを明言しているHYDE。半年ぶりとなるインタビューでは、オーケストラとの協演、そして「JEKYLL」に宿した思いを聞いた。

取材・文 / 中野明子撮影 / 森好弘

お酒を控え、ストイックに

──ウィーン公演と和歌山公演が残されていますが(※取材は4月中旬に実施)、オーケストラツアーの国内編が4月1日に神奈川・ぴあアリーナMMで完結しました(参照:HYDE×オーケストラ協演「JEKYLL」ツアー国内編終幕、音楽の街・横浜に響いた豊潤な歌とアンサンブル)。5年ぶりのオーケストラツアーはいかがでしたか?

オーケストラ公演自体はたまに開催していましたが、新作を携えてのツアーというのはなかったですし、今の自分のスタイルを構築できるので始まる前から楽しみにしていたんです。充実したツアーではありましたが、体調面を気にしながら回ったのはひさしぶりかもしれないですね。お酒の量も減りましたし。

HYDE

──大のお酒好きで知られるHYDEさんが?

そう。飲んで理想的な声が出ないと困るので。

──一方で結果的にコンディションとしてはよかった?

はい。以前に比べて次の日のことを考えるようになって、ちょっと大人になりました(笑)。

──多くのアーティストの方々が、ツアーの楽しみと言えば、打ち上げで飲むお酒やおいしい食事ということはおっしゃっていることですが……。

だから「僕はなんのためにツアーをしてるんだろう?」とはちょっと思いましたね(笑)。次の日が休みだったり、移動日だったりすると食事もゆっくり楽しめるし、少しお酒を飲めるので、そこでちょっと気を緩めて。

──ライブハウスツアーやフェスに比べると、気を使うポイントが多そうですね。

ホントにそうなんですよね。

──音楽ナタリーでは、初日の郡山公演、お誕生日に行われた東京公演、そして先日の横浜公演をレポートしました。ツアーで「JEKYLL」の全曲を披露することがあらかじめ発表されていましたが、初日はこれまでのライブにはなかった空気感がありました。緞帳が上がって、曲が始まった瞬間にちょっと会場がザワッとするというか、お客さんの間に驚きが広がっていて。

SEなしで始まるという演出も、驚きの要因だったかもしれないですね。初日のことは細かくは覚えてないですが、やっぱり緊張感はありました。お客さんもそうだし、僕らもそうだし……その空気は覚えてます。そこから徐々に慣れてくるんだけど、最後まで緊張感がお互いにあるのがいいですね。ツアーは毎回映像チェックして照明から演出からブラッシュアップしていく中で、自分の歌もチェックするじゃない? そうすると「あ、ここちゃんと歌えてないな」「ここはもっとうまく表現できないかな」と気付くんですよ。手探りではありますが日々更新してました。

あのコロッケもびっくり

──公演を重ねるごとに、オーケストラとの融合が深まっていくのを肌で感じました。HYDEさんの中で、何かが明確に切り替わったターニングポイントはありましたか?

山口(3月14日の山口KDDI維新ホール公演)とか福岡(3月24日の福岡サンパレス公演)あたりかな。そのへんで自分の考え方が変わったんです。「自分が楽しまないと、いい歌は歌えないんだな」って。それまではミスをしないことだったり、マイナスを埋めることに目を向けるほうが多かったんだけど、プラスの方向に意識を向けるようにしてから、だいぶ変わりましたね。

──それは、1公演ずつ積み重ねる中で自然とつかんでいった感覚なのでしょうか。

(少し考えながら)そうですね。ただ、コンサートって単に数をこなせばいいわけじゃないんですよ。以前「ツアーを多くやらないと成長しない」と考えている人と話したことがあるんだけど、僕は「いや、案外そうじゃないよな」と心の中で思っていて。

──「場数を踏めば成長する」という一般的な定説とは異なる考え方ですね。

ええ。ツアーを回れば回るほど売れるわけでもないし、ただ回数を重ねるのが正解だとは限らない。成長って、ふとした瞬間の気付きが降りてきたときに、一気に一段階上がるようなものだと思うんです。大事なのは数ではなく、自分の中で何かを得ようとする気持ちや、常にブラッシュアップしていく意識。もちろん気兼ねなくお酒を飲んで回るツアーは最高に楽しいけれど、それは遊びであって、表現を研ぎ澄ませていくこととは別の話なんですよね。

HYDE
HYDE

──歌の精度を上げることが、今ツアーにおける最大の課題だったと。

そうですね。特に今回のオーケストラツアーは、プロフェッショナルな演奏家の方々と一緒に回るわけですから、彼らに対して失礼があっちゃいけないという責任感もありました。バックで弾いている人たちに「こんなダサいボーカルとやってられないな」と思われたくないし、自分に甘えてもカッコ悪い。注力すべきポイントは本番前までに研ぎ澄ませておいて、本番中は逆にその演奏の波に乗って楽しむ。それがベストなんだと、ツアーの中で再確認できました。まあ、疲れない程度にですけど(笑)。

──HYDEさんは2時間のステージの中で、まるで別人が歌っているかのように声が変わっていきますよね。

自分でもおかしくなるくらい、声色が変わるんですよ。それが僕の歌の特徴なんだと自覚はしてるんですが、2時間の中で休みなく声色を変えて歌うのは、けっこうテクニカルな行為なんですよね。

──すさまじい集中力が求められるなと拝見していて感じました。

今回のツアーにコロッケさんが観に来てくださったんですけど……。

──え、あのモノマネ芸人の?

はい。で、コロッケさんが、僕の歌を聴いてびっくりしてました。「あんなに声色が変わるコンサートは観たことがない」って。

──「コロッケもびっくり、HYDEの声色」的な。

(笑)。

“輪廻”を意識した選曲と演出

──ツアーを通して、ご自身の歌や声に対しての向き合い方で変わったところはありますか?

いろいろありますね。わかりやすく言うと、今まで避けてきた苦手なことほど練習しないとダメという当たり前のことなんですが。

──その「苦手なこと」というのは?

歌声の切り替えですね。声色を変えられることは自分の武器だと自覚はしてきたけど、長年練習せずに「ライブでうまく歌えればラッキー」くらいに考えていた。でも、練習したらうまくいくことも増える。オーケストラとの共演では誤魔化しが効かないから、本番の映像を観返して毎日ブラッシュアップする中で「ここ変だな」と感じたところは、どうすれば解消できるか考える。それを繰り返すことで、だんだんコンサート全体の精度が上がっていきますね。コンサート後にSNSを見ると、「今日の歌はここが違った」と指摘しているお客さんもいたりしてね。僕としては「95点くらいかな?」という日でも、その-5点の部分を言ってくる人がいる。「やっぱりごまかせないか……」となって、チューニングしていくわけです。だからオーケストラコンサートの音響は怖いです。「いい音にしてください」って僕はPAさんに伝えていたんですが、いい音=自分のミスもバレやすい、みたいな。

HYDE

──常にシビアな状況に置かれていたわけですね。ステージの全員が神経を使って奏でているのは、実際にコンサートを拝見しながら感じたことで、演奏中はいい意味での緊張感が終始ありました。コンサートは最新アルバム「JEKYLL」を軸とした内容でしたが、ラストナンバーである「LAST SONG」の終盤で「SECRET LETTERS」(1stアルバム「ROENTGEN」の最後を飾る1曲)をハミングされていましたよね。それがすごく印象的で。25年を経てつながっていく流れが作られているというか。

よく気がつきましたね! 大したことではないんですが、僕は常に輪廻といったものを意識していて。「ROENTGEN」をリリースしたときも、「ROENTGEN STORIES」という、物語がループする映像作品を制作したんですね。その流れがあったので、オーケストラ公演でも「ROENTGEN」につながっていくメロディを歌ったら面白いかなと。本当にちょっとした遊び心ではありましたね。

──演出という点で気になったのは、開演前のBGMでしょうか。ビョーク主演のミュージカル映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(2000年公開)のサントラが使用されていました。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は以前お好きな映画として挙げられていましたよね。

実はBGMを好きなジャズの曲でまとめようとしていたんですけど、「なんか違うな」となっちゃって。僕、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の「セルマソングス」が好きで。「ROENTGEN」を作っていたときによく聴いていたんですね。それを思い出して、BGM全部「セルマソングス」でいいかもと。コンサートが始まる前の雰囲気にハマるなと思ったんです。映画自体はすごく重くて本当に気持ちが持っていかれてしまうので、1回しか観れていないんですが。

──BGMにも25年前からのつながりが隠されていたわけですね。でも「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の物語は、さまざまな感情を内包する「JEKYLL」の世界観とどこか通じるものがあるなと感じました。

ああ、わかる気がします。

「JEKYLL」は夢を実現させるための1枚

──その「JEKYLL」ですが、1stアルバム「ROENTGEN」の続編という位置付けで制作が進められたと以前から伺っています。とはいえ、25年経っていますし、異なる部分も多かったと思うのですが……。

「ROENTGEN」はリスニング用として作ったアルバムで、ライブのことはまったく想定していなかったんですね。そういう点でいくと「JEKYLL」はコンサートで歌うことを考慮して、音域などは決めていきましたね。とはいえ、ステージでの再現性よりは、作品として作り込むことに重きを置きましたが。

HYDE

──音源作品としての完成度を高めることを意識していたと。完成したアルバムは、25年という歳月の中で磨かれた歌の表現、リスナーとして触れてきた音楽が反映されているように感じました。特にジャズやシャンソンといったジャンルの曲を、ソロで歌われているのは新鮮でした。

将来的にジャジーな曲を歌いたい、という夢はずいぶん前からあったんです。ピアノを交えたバンド編成で、コットンクラブのような場所で演奏したいなって。ゆくゆくはそういった場所で歌えるだけで十分かなと思っているくらい。「JEKYLL」はその夢を実現させるための1枚でもありますね。

──リスナーとしても近年はジャズを聴かれることが多い?

そうですね。どこかノスタルジックだったり、ジャジーな雰囲気だったりする曲が最近妙に染みるんです。例えば自分が経験したこともないのに歌詞に共感するというか。中でも僕は過去を思い返すようなタイプの曲が好きで。自分がリスナーとして感動した曲のような歌を将来的に歌いたい、というのが「JEKYLL」を作るうえでの着想点でしたね。