Broken my toyboxの新作ミニアルバムがリリースされた。2016年に結成し、“ブロークン”という独自のジャンルを掲げて活動してきた彼らが「life」と名付けたアルバムには、ジャズとロックのテイストを織り交ぜた「TABOO」やエネルギッシュなアッパーチューン「シンギュラリティ」、叙情的なメロディが特徴的な「Diary」など、バンドの音楽性の幅広さを示す楽曲の数々が収められている。
その多彩な音楽性を「最初からそうしようと思っていたわけではなく、『そうなった』が正解」と振り返り、表題曲「LIFE」について「我々の人生そのものみたいな曲になった」と語るBroken my toybox。このインタビューでは、彼らがどんな軌跡を経て「life」にたどり着いたのか、その歩みを掘り下げていく。
取材・文 / 森朋之撮影 / 堅田ひとみ
クリエイティブとしてしっかりしたことをやりたくて
──まずはBroken my toyboxの成り立ちについて聞かせてください。もともと高田さんと郷間さんが別のバンドをやっていたんですよね。
高田健太郎(G) はい。郷間さんと僕は同じ高校の先輩後輩で、卒業してすぐに3ピースバンドを組んだんです。2人で歌おうと思ってたんですけど、すぐに「これじゃ売れないな」と。
郷間直人(B) 2人ともメインボーカルを張れる声じゃなかった(笑)。
高田 好きなように音楽をやりたいというより、クリエイティブとしてしっかりしたことをやりたくて。そのためにはいいボーカルを入れなきゃと思って、知り合いづてに紹介してもらったのが藤井でした。たまたまですけど、以前から彼の歌を聴いていたんですよ。ネットに音源が上がっていて「いい声だな」と思っていたので、紹介してもらったときは「知ってる人だ!」と。
藤井樹(Vo, G) 高校のときにやってたコピーバンドの音源とか、趣味で作った曲をYouTubeやSoundCloudにアップしてたんです。高校時代は軽音楽部に所属してたんですけど、卒業したあとは「何やろうかな」みたいな感じになってしまって。音楽を続けたい気持ちはあったけど、バンドをやる仲間がいなかったんです。ただ歌いたい気持ちだけが漠然とあって、なんとなく曲作りを始めた頃に、2人に声をかけてもらいました。お互いに欲していたものが合致したというか、巡り合わせだなと思います。
高田 初めてスタジオに入ったときに、藤井が「こういう曲があるんです」って何曲か弾き語りで歌ってくれたんですけど、そのクオリティが素晴らしくて、「誰かの曲のカバー?」って聞いちゃったんですよ。そしたら「自分で作りました」って。びっくりしました。
郷間 とにかくメロディがめっちゃよかった。
藤井 そのときのことは全然覚えてないです(笑)。RADWIMPSの「会心の一撃」やUNISON SQUARE GARDENの「オリオンをなぞる」をカバーしたのは印象に残ってるんですけど。
──皆さんの好きな音楽は近いんですか?
郷間 バラバラですね。
藤井 僕は高校生になるまでバンドの音楽をあまり知らなくて。両親の影響で松任谷由実さんや井上陽水さんなどの曲をよく聴いてました。ユーミンさんのトリビュートアルバムで椎名林檎さんのことを知ってからは、林檎さんや東京事変の曲も聴くようになって。高校に入ってからはsyrup16gやamazarashi、CIVILIANなどを好きになってバンドにも興味を持つようになりました。
高田 僕はBUMP OF CHICKENやRADWIMPS、ハヌマーンなどに憧れてギターを始めました。一番好きなのはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTですね。アベフトシさんにもかなり影響を受けていて、ブロークンの楽曲にはギターのカッティングをけっこう入れてます。
藤井 健太郎は一番バンドに詳しいし、いろいろ教わることも多いんですよ。郷間さんはまた全然違っていて。
郷間 音楽に興味を持ったきっかけはアニソンですね。そのあと好きになったのが海外のポップパンク。そこから英語詞でメロディがカッコいいバンドに惹かれるようになって、ELLEGARDENやthe band apart、[Alexandros]とかを聴くようになりました。
音楽のド真ん中にいたい
──Broken my toyboxの音楽性はすごく幅広いですが、「こんなバンドにしたい」というビジョンはあったんですか?
藤井 最初はなかったですね。結成してからこのバンドでやるための曲を作り始めたんですけど、そのときから「音楽のド真ん中にいたい」と思ってはいて。最初の頃はダウナーな感じの曲が多かったけど、やれることはなんでもやりたかったし、曲を作っていく中でどんどん幅が広がっていきました。
郷間 最初からそうしようと思っていたわけではなく、「そうなった」が正解ですね。
高田 藤井が持ってくる曲に対して、「これはファンクが合いそうだね」「この曲はポップスにしよう」みたいな感じで、必要不可欠なパーツを増やしていったんですよ。新しい曲を作るたびにインプットしていたので、その結果やれることも広がったというか。
郷間 必死ですね、毎回(笑)。「うわっ! 今回も難しい!」って言いながら演奏してますし。
藤井 ごめんね(笑)。
郷間 (笑)。僕はもともとはルート弾きで押し通すようなベースが好きだったんですけど、ブロークンの曲はジャンルが幅広いし、ずっとベースラインが動いている曲もあって。毎回発見があるし、楽しいです。
──曲によっては、メンバー以外の音も大胆に取り入れてますよね。
藤井 最初から「メンバー以外の音は入れたくない」みたいなこだわりはなかったので。みんなで曲を作って、1つひとつ勉強していく中で、ピアノやストリングス、管楽器を入れることも増えていきました。デモの段階からいろんな音を入れるようになったから、音源データの容量がどんどん大きくなってます(笑)。
高田 デモを共有して、全員でアイデアを出し合うのでさらに容量が増える(笑)。
──制作の時点では「ライブでどう再現するか」はあまり考えてない?
藤井 作ってるときは考えてないかもしれないです。とにかくいい曲を作ることに集中して、ライブのことはあとでどうにかしようと。
郷間 「このメロディ、息続くの?」ということもありますね。
藤井 そうだね(笑)。
高田 ギターやベースも「どうやってライブでやるの?」みたいなことがあるし、いつも綱渡りです。新曲を披露するときは必死なので、あとでライブ映像を観てから「めっちゃカッコいいね」って。
藤井 確かに(笑)。こんな曲だったのか!ってあとから喜んでます。
郷間 それくらいライブを想定してないってことですね。
まっさらな状態に戻って気付いた、バンドの楽しさ
──歌詞についてはどうでしょう。結成当初と現在で変化はありますか?
藤井 歌詞も最初の頃はダウナーというか、ちょっと暗かったかもしれないですね。高校を卒業したばかりで思春期を通り過ぎた直後だったのもあって、あの頃感じていたことと地続きな歌詞になっていたのかなと。今もそこまで変わってないんですけどね。表現の仕方が変わってきただけというか。
郷間 確かにコアの部分は変わってない気がしますね。今は自分をさらけ出しつつも、歌詞の中でちゃんと救いを感じさせてくれるようになっていて。幅広い人たちに届けるという気持ちが強くなってると思います。
藤井 しっかり伝えようという意識が出てきてから、さらに多くの人に聴いていただけるようになったんですよ。その違いは明らかだし、大事な転換期だったんだなって感じます。3年くらい前かな?
高田 そうだね。ちょうどその時期にドラマーが抜けて、3人になったんです。活動の環境が大きく変わったタイミングでもあったし、言ってみればまっさらな状態になって。一度ゼロに戻ったというか……。周りの人からは「ブロークン、終わったんじゃない?」とも言われたけど、僕らとしては「よっしゃ、ここからだ!」という思いが強くて。
藤井 怖いものはない!みたいな。
高田 実際、すごく楽しくなったんですよ。アレンジから完成まで全部自分たちでやって、本当にやりたいことを形にできるようになってきた。藤井のソングライティングも目に見えて変わったし、確実にいい方向に進み始めたと思います。
郷間 うん。
藤井 ダウナーな曲が多かった頃は、バンドの雰囲気もそっちに引っ張られていた気がして。「イメージに合わないことはやっちゃいけない」みたいな暗黙の了解があったというのかな。この3人になって、やりたいことをやろうという意識になってから「バンドって楽しいよね」ということに改めて気付けました。がんじがらめの状態から抜けて、今は「次はどんな曲を作ろうか」とワクワクしながらやってます。
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こういう曲を歌えるバンドになったんだ


