小林武史はなぜ「Unknown わからないいこと」を開設したのか、“わからないを持ち寄る広場”に託した思い

「わからないことを恥ずかしがるのではなく、わからなさを持ち寄って一緒に考える。そのための広場を、デジタル上に開きます」

2026年4月、一般社団法人ap bankの代表理事を務めている小林武史はこう宣言し、デジタルプラットフォーム「Unknown わからないいこと」をローンチした。この“広場”には小林をはじめ、櫻井和寿、河村“カースケ”智康、ヒコロヒー、西加奈子、トラウデン直美などが参加し、社会、暮らし、音楽を軸にした多彩なコンテンツを無料で提供。さまざまな物事について考えるきっかけを創出している。

小林はなぜ「Unknown わからないいこと」を立ち上げたのか。このプロジェクトの設立に至った経緯や今後のビジョンについて話を聞いた。

取材・文 / 森朋之

「Unknown わからないいこと」とは?

「Unknown わからないいこと」ロゴ

2026年4月、一般社団法人ap bankが「“わからない”を共有する広場」としてオープンさせたデジタルプラットフォーム。“わからない”を自分事として考えるきっかけとなるよう、音楽イベント「ap bank fes」のテーマ「社会と暮らしと音楽と」に基づき、社会、暮らし、音楽を軸にしたさまざまなコンテンツを無料で提供中。“広場”に集まる人々がともに話し、考えることでよりよい未来を想像していく。

公式サイト

Unknown わからないいこと | YouTube

わかったフリをしていないと、変化のスピードについていけない

──ap bankによるデジタルプラットフォーム「Unknown わからないいこと」がスタートしました。「“わからない”を持ち寄る広場」をコンセプトに掲げ、社会・暮らし・音楽をテーマにしたコンテンツが配信されていますが、まずはこの企画を立ち上げた経緯を教えていただけますか?

はい。ap bankはサステナブルを指標に据えて2003年に設立し、環境保全活動をしている方々への融資から始まって、その後「ap bank fes」の開催、震災の復興支援活動などを行ってきました。「よくここまで続いてきた」という思いもありますが、ここ数年は僕と櫻井和寿くんの間でも「どうやって次の世代にバトンを渡していくか」という話題になることが多かったんですよね。スタッフともコミュニケーションを取りながら、ap bankの拡張や変化、新しい進化を模索する中で実現したのが、昨年2月、東京で初開催した「ap bank fes '25 at TOKYO DOME ~社会と暮らしと音楽と~」でした。今までは“つま恋”や石巻など自然あふれる環境で実施してきましたが、初めて都市で行ったんです。社会と人々の生活がどうつながっているのかを感じ、日常の尊さを音楽を通して共有したいという目的があって。東京ドームで行うことが決まったときから、ap bankのその先についてもずっと考えていたんです。僕よりも一世代も二世代も若いスタッフたちといろいろな話をする中で出てきたのが、場を作るということでした。多くの人がアクセスしやすい“広場”があるとしたら、それはやはりデジタルの中だろうと。

「ap bank fes '25 at TOKYO DOME ~社会と暮らしと音楽と~」の様子。

「ap bank fes '25 at TOKYO DOME ~社会と暮らしと音楽と~」の様子。

──なるほど。

昨年の「ap bank fes」でも、ただコンサートをやるだけではなくて、ap bankならではの試みを行いました。幕間にスクリーンに映した映像もそうです。AIがストーリーテラーになって、「人間の社会にどんな可能性があるのか」を考えるという内容で、そういう足場を作っていろいろなテーマについて想像することは大切だし、それも“広場”の大きなテーマとしてあったんです。思考を停止するのではなく、みんなで考えて、想像する。「広場にふさわしい在り方ってなんだろうね?」という話し合いの中で浮かんできたのが“わからない”だった。これも僕と櫻井くんでよく話すんですが、おそらく答えにたどり着くことはないんですよ。「これが答えだろうな」と思ったとしても、しばらく経つと「いや、そうじゃなかった」と考えが変わる。結局は考え続けるしかないし、悩むこともあるでしょうけど、「そのプロセスがいいんだよね」と。

──考え続けること、“わからない”ということを肯定的に捉える。

そうです。一方、今の時代は「そんなことはわかっている」という顔をしていないと、変化のスピードについていけないところもある。AIの普及もあって、正解とされるものがどんどん押し寄せてくるわけですが、「まだ納得できてない」と思ったり、息苦しさみたいなものを感じたりする人も多いでしょう。だからこそ“わからない”を大事にする感覚も必要だと感じるんです。

──社会の複雑性を脇に置いて、「これはこうです」とシンプルに言い切る言説が多い中、もっとじっくり考える場所が必要だという問題意識もあるんでしょうか?

その通りですね。「Unknown わからないいこと」を発表したときのコメントにも書いたのですが、今の時代を生きていると、自信満々な声が聞こえてくることが多いし、対立や断定があふれている感覚もあって。その中で流されてしまう不安もあると思うんですよ。そういう状況の中で「わからない」と言えることが、いろんな気付きにつながることもあるんじゃないかなと。例えば楽曲を制作するときもそうで、依頼を受けて作るときやプロデュースをするときも、その過程の中でどんなことに気付けたかを大事にしています。それは社会の営みにおいても同じだと思うし、1人ひとりの気付きが、未来にバトンを渡すことにつながるような気がする。

櫻井和寿の提案をきっかけに

──「Unknown わからないいこと」のコンテンツは、社会・暮らし・音楽をテーマに配信されています。

2023年の「ap bank fes」のときに、櫻井くんが「『社会と暮らしと音楽と』というサブタイトルを付けませんか?」と提案してくれて。社会や暮らしのことをテーマにするのがap bankや「ap bank fes」の存在理由だし、サブタイトルはそれをわかりやすく提示している。「Unknown わからないいこと」では、社会と暮らしにアンダーラインを引いているんです。

──「暮らし」のテーマでは、さまざまなジャンルの方が小さな仮説を持ち寄って話をする「仮説の仮説」、書き下ろしのエッセイを朗読する「Unknown RADIO ESSAY」などの音声コンテンツが中心になっています。

僕と櫻井くんが“わからん”(羊をモチーフにしたキャラクター)からの手紙をもとに話す「わからんからの手紙」も基本的に音声なんです。動画で姿形を見せるよりも、声だけのほうが伝わるものがあるんじゃないかなと。「仮説の仮説」の第1回はヒコロヒーさんと西加奈子さんに出演していただきましたが、音声だからこそリラックスして話してくれたところもあるだろうし、皆さんにも没入してもらえると思うんですよね。移動中などにいろんな人たちの思考に入っていけるし、僕と櫻井くんが“音楽人”だというのも少し関係しているかもしれないですね。

左から櫻井和寿、小林武史。(撮影:柳詰有香)

左から櫻井和寿、小林武史。(撮影:柳詰有香)

──音を中心にした媒体でメッセージを届けたい、と。「社会」のカテゴリーには、世界や身の回りで起きている課題の根源を解説する「わからないい教室」、社会のさまざまな問いに高校生たちが向き合う「Unknown FIELDS」などの動画コンテンツがあります。

「Unknown FIELDS」で自分たちより若い世代の人たちの可能性を見出すことは、自分たちにとっても大事なことだと思っています。「わからないい教室」の第1回ではアメリカの分断をテーマに識者の方々に解説してもらっていて、今後もさまざまな課題を取り上げていく予定です。僕もニュース番組をよく観ていますが、時事問題を取り上げるケースでは、どうしてもここ数日の現象に終始してしまう。それもメディアとして必要なことです。しかし、僕らがやろうとしているのは「そもそもの問題の根幹はどこにあるのか?」を探ること。即時的なニュースではなく、今起きていることの根源を考えると言いますか。ここでも羊の“わからん”が登場して、“わからん”に「これって、そもそもどういうこと?」と本質的な問いかけをしてもらうので、専門家の皆さんの解説とともに想像力を働かせてもらえたらなと。回を重ねたり、情報や知識を加筆したりすることによって、インデックスを増やし、図鑑のようにまとめることも考えています。