海外ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」が、6月26日にディズニープラスで配信されたシーズン5をもって完結を迎えた。「SHOGUN 将軍」で知られるFXが製作し、全5シーズンを通してエミー賞で21冠、ゴールデングローブ賞で5冠に輝くなど賞レースを席巻した同シリーズ。この特集では映画評論家の森直人、米ロサンゼルス在住のジャーナリスト・平井伊都子、作家 / イラストレーターのぬまがさワタリに、映画・ドラマファンを唸らせてきた「一流シェフのファミリーレストラン」の魅力を語り合ってもらった。
取材・文 / 小澤康平
海外ドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」シーズン5 日本語吹替版 予告編
「SHOGUN 将軍」で知られるFXが製作したヒューマンドラマ。主人公は、ニューヨークの一流レストランで働いていたが亡き兄の店を継ぐために地元シカゴへ戻り、借金まみれのサンドイッチ店を立て直していくことになった若きシェフ・カーミーだ。彼とひと筋縄ではいかないスタッフたちの葛藤と成長が、厨房の過酷さ、精神的プレッシャー、家族との複雑な関係を交えながら描かれる。
2022年にシーズン1が配信され、全5シーズンを通してエミー賞では21冠、ゴールデングローブでは5冠に輝くなど賞レースを席巻。カーミー役のジェレミー・アレン・ホワイトはこのドラマで世界的なブレイクを果たし、映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」などに出演した。またゲストとしてジョン・バーンサル、ウィル・ポールター、ジェイミー・リー・カーティス、ボブ・オデンカーク、オリヴィア・コールマン、ジョシュ・ハートネット、ブリー・ラーソンら豪華俳優が出演しているのも見どころ。
鼎談参加者 プロフィール
森直人(モリナオト)
映画評論家、ライター。著書に「シネマ・ガレージ 廃墟のなかの子供たち」、編著に「21世紀/シネマX 映画最前線の歩き方」「日本発映画ゼロ世代 新しいJムーヴィーの読み方」など。YouTubeの映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」にも出演している。
平井伊都子(ヒライイツコ)
アメリカ・ロサンゼルス在住。映画雑誌の編集や任期付外交官(文化担当)を経て、現在は映画ライター、ジャーナリストとして活動する。2021年からゴールデングローブ賞およびハリウッドのクリエイティブコミュニティが選ぶAstra賞に投票。
itsuko hirai (@itsukohirai) | X
ぬまがさワタリ
“ゆかいないきもの”と“素敵なカルチャー”を愛する作家、イラストレーター。著作に「図解 なんかへんな生きもの」「ぬまがさワタリのいきものニュース図解」「ぬまがさワタリのゆかいないきもの㊙図鑑DX」などがある。
情熱と才能は呪いでもある
森直人 お二方とも全5シーズンを観られてますか?
ぬまがさワタリ はい。初めてシーズン1を観たのは2023年1月頃で、そのときから大好きです。ブログに「世間の絶賛にも納得するしかない傑作ドラマ」と書いたこともあります。
平井伊都子 私も配信開始から完結までずっと追いかけていました。2023年のゴールデングローブ賞でジェレミー・アレン・ホワイトがミュージカル / コメディシリーズの主演男優賞を受賞したんですが、そのときに本人にたまたまお会いして「このドラマ大好きです」と伝えました。
森 おおー。そんな貴重な体験を。
平井 当時はまだそこまで作品が話題になっていなかったので、「え、観てくれてるの?」と驚かれましたが(笑)。その後、ドラマの賞レースには必ずと言っていいほどノミネートされるようになり、人気も上がっていきました。
森 ガチ勢のお二人に対して、僕は入門したての立場で本当申し訳ないんですが、ちょうど賞レースで話題になっていた頃にハマった妻から薦められて、シーズン1は観ていたんですね。そしてこの鼎談のお話をいただいてからシーズン2まで観ました。普段は映画が中心で、ドラマシリーズはそこまで数を観られてないんですが、早く観なかったことを後悔するくらいシーズン2の完成後が高くて。料理ドラマは人気ジャンルだと思うんですが、イギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーによる1959年初演の戯曲「調理場」が偉大な原点の1つとして挙げられると思います。レストランの厨房を舞台に人種も境遇も異なるコック、ホールスタッフが織りなす人間模様を描いた作品で、日本では蜷川幸雄さんが2005年に「KITCHEN キッチン」として舞台化していて、2025年には「調理場」を原作とする映画「ラ・コシーナ/厨房」が公開されました。同じキッチンもので言うと、2022年に90分全編ワンショットで制作された「ボイリング・ポイント/沸騰」も公開されましたね。これはのちに「アドレセンス」を監督したフィリップ・バランティーニの作品。
ぬまがさ “地獄レストランもの”と言うんですかね。
森 まさに。「一流シェフのファミリーレストラン」もその文脈で捉えているんですが、「ラ・コシーナ」はニューヨーク、「ボイリング・ポイント」はロンドンのレストランが舞台となっている一方、このドラマは大都会ニューヨークの超一流店から地元シカゴに戻って来たカーミーの物語。カーミーがボロボロのサンドイッチ店から再起を図るというのは、そこに「ロッキー」にも通じるハングリーな匂いを感じたんですね。つまり“ルーザーの物語”であり、「調理場」型の場からこぼれ落ちた者の“次”を描く敗者復活戦的な物語とも言える。料理ドラマとしてすごく面白い作り方をしていると思いました。
平井 シカゴのレストランで奮闘する話なので、私は最初「シカゴクラス」と言っていたんです。梨泰院(イテウォン)の居酒屋から再起を目指す「梨泰院クラス」という韓国ドラマがありますが、あの作品が好きな人はハマるんじゃないかなと思ってます。
ぬまがさ 私がこのドラマで一番グッときたのは、情熱と才能が呪いになりうる、ということの描き方です。情熱を抱き、才能を燃やして、得意なものに夢中になることは、多くの創作物の中で、いわば無条件に素晴らしいこととして語られてきたと思います。クリエイター自身も、情熱に突き動かされ、才能を生かしてキャリアを築いてきた面があるので、ある意味で当たり前かもしれません。でも「一流シェフのファミリーレストラン」では、その当たり前に一石が投じられていると思います。料理に注ぐ情熱と才能はカーミー自身を追い詰めてきた呪いでもあった。しかしレストランでの経験や出会いを通じて、彼はその呪いを見つめ、本当の意味で自分の人生を選び取る。その過程を完璧に表現してみせたドラマだったと思います。ジェレミー・アレン・ホワイトの素晴らしい演技があってこそですね。
森 なるほど。「ロッキー」を感じたと言いましたが、ぬまがささんのお話を聞いていると、わかりやすいアメリカンドリームとは批評的に距離を取っているドラマなのかもしれないですね。早く続きを観なければ。
原題の「The Bear」=クマが表すものとは
ぬまがさ 原題は「The Bear」ですが、実際クマがいろいろなもののメタファーとして出てくるのも面白いと思いました。例えば近年のドラマ「アドレセンス」でも注目された“有害な男らしさ”という概念がありますが、厳しい競争の中で勝たなければ意味がないという価値観や、作中で特にリッチーやマイケルがとらわれていた男らしさ的な規範の比喩とも捉えられる気がしていて。これはあくまで1つの読み方ですが、The Bear(クマ)とは何か、をどう見るかが重要だと感じます。
平井 クマってシカゴを象徴する動物でもあるんです。NFL(ナショナルフットボールリーグ)のチームがシカゴ・ベアーズで、MLB(メジャーリーグベースボール)のシカゴ・カブスの「カブス」は「子グマ」を意味している。さらに「bear」は「耐える」という動詞でもあって、ドラマでは登場人物がいろいろなことに耐えている様子が描かれます。
森 なるほど、何重にも意味が込められたいいタイトルですね。シーズン1の1話「システム」は、カーミーが檻から出てくるクマと対峙する夢を見ているシーンから始まって、クマがドラマ全体を貫くモチーフであることが示されていました。
ぬまがさ 夢に出てくる橋はカーミーの兄であるマイケルが自殺してしまった場所であって、そこにある檻に閉じ込められたクマは、カーミーが心の底で恐れているものを示していますね。シーズン2の6話「フィッシズ」には、カーミーの実家に集った一同の会話の中で、クマに焦点が当たる場面があります。そこで、クマは攻撃的で恐ろしいときもあるけど、同時に優しい動物でもあること、つまり両義的で、矛盾を抱えた存在であることが語られます。ここも大事なポイントですよね。
森 ニューヨークからシカゴに戻って来たカーミーにとって、クマはシカゴであり、男らしさが求められる環境であり、避けてきた地元の象徴なのかもしれないですね。「フィッシズ」の回を観ながら、カーミーがオブセッションであったクマともう一度向き合い、呪縛だと感じていた家族を再定義する物語だと感じていました。あともう1つ、「bear」はカーミーのあだ名でもありファミリーネームのベルツァット(berzatto)に由来していることを踏まえると、「The Bear」は「ベア一家」と考えることもできますね。
平井 邦題の「一流シェフのファミリーレストラン」には批判的な意見もあるようですが、実は最後のほうにこのタイトルがしっくり来る展開が待っているんです。日本の一般的なファミレスではなく、一流シェフのカーミーが疑似家族の店を作るという意味でのファミリーレストラン。
ぬまがさ まさかの「日本版タイトル回収!?」と驚きましたね。ファミリーレストランって聞くと日本ではいわゆるファミレスが想像されるし、個人的には「The Bear」という原題のほうがかっこいいのに……と思っていましたが、もしかして製作陣が日本のファンを気遣ってくれたのか?って。そんなわけはないですけど(笑)。
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2026年7月31日更新













