TVアニメ「とんがり帽子のアトリエ」渡辺歩監督インタビュー|スタッフが常識を覆して挑み、描き続けた白浜鴎の世界

魔法使いたちの“絶対の秘密”を知ってしまった少女・ココが、魔法使いの弟子となり未知の世界へと足を踏み入れていく白浜鴎のハイファンタジー「とんがり帽子のアトリエ」。2016年よりモーニング・ツーにて連載中の同作は、2026年4月にアニメ化され、現在TOKYO MXほかにて放送されている。

コミックナタリーではアニメ「とんがり帽子のアトリエ」の監督を務める渡辺歩にインタビューを実施。物語を振り返りながら、作画や世界観再現へのこだわりや思い、白浜とのやりとりなど制作の裏側や、アニメの世界観に寄り添って書き下ろされたEveとNakamura Hakの楽曲について語ってもらった。

取材・文 / 伊藤舞衣

「とんがり帽子のアトリエ」

「とんがり帽子のアトリエ」

“魔法をかけることが出来るのは魔法使いだけ”。それが常識の世界で、少女・ココは魔法への憧れを抱き続けていた。そんな中、ココは特別な道具で魔法陣を描けば誰にでも魔法が使えるという、魔法使いたちの“絶対の秘密”を知る。そして何も知らないココが意図せず使った禁止魔法で、母親は石化してしまい……。ココは母親をもとに戻すため、魔法使いの青年・キーフリーの弟子として魔法を学ぶことになるのだった。

アニメ化の話を聞いた感想は「なんと無謀な」

──渡辺監督は「とんがり帽子のアトリエ」のアニメに携わる前から、原作をお読みになっていたそうですね。

単行本を本屋でよく見かけていました。絵が非常に美麗で異彩を放っていて、ビジュアルに惹かれて手に取りましたね。ストーリーも丁寧に紡がれているし、それが描写やコマ割りによって独特なテンポ感を持っていて、素敵なマンガだなと思っていました。……でも、映像化においては「これをアニメにするのはきっと大変だろうな」と思っていたので、アニメ化の話が自分に来たときには「なんと無謀な」と思いましたね(笑)。

──私もアニメ化のニュースを聞いたとき、まず大変そうだなと思ってしまいました(笑)。やはり絵の緻密さがアニメ化のハードルを上げているのでしょうか?

そうなんですよ。しかもそれが作品の大きな魅力の1つなので、アニメ化によってそれが簡略化されるのはファンとしても嫌だなと。「最低限これくらいの描き込みは必要だ」と誰かに言うのは簡単ですけど、よもや自分がそれをやらなければならないとは(笑)。驚きましたが、うれしさもありましたね。ファンとしては、チャンスがあるなら誰かに手がけられるより、自分でやるべきなんだろうと。

──実際アニメの作画は、かなり線が多いように感じます。当然、描くのは大変ですよね……。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第1話「はじまりの魔法」より。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第1話「はじまりの魔法」より。

アニメ化にあたって、動かす代わりに落とすべき情報は確かにあるんですよ。でもこの作品の場合は、そうはいかないかなと。何よりも自分が、原作の雰囲気を再現したアニメが観たかった。なので、どこまでできるかわからないけど、走り切りたいという思いは非常に強かったです。

──そういった思いがあるとはいえ、描き込む方向に踏み切るのは大きな決断だったと思います。

相当な覚悟がいりましたね。やっぱり原画だけは愚直にがんばるしかない。担当した人たちそのものの力と、スピリットが問われるんですよ。制作にあたっては動きに対する動機と結果をちゃんと示すべきだと考えて、体重移動や、動き出す前の意識の流れというような細かい芝居も描いています。アニメ制作では「だいたいこれくらい描けばOK」という最大公約数を求めたがるんですけど、一旦その常識を忘れましょうと。そうするとたくさん絵を描かなきゃいけないし、描く絵にも情報量が乗ってきて、高い質と量を強いることになる。それはかなりの挑戦でしたね。

──今回のアニメ化について、トークイベントやインタビューでよく「挑戦」とお話されていますが、やはりそれは描き込みの部分が大きいのでしょうか?

スタートラインでは、そう考えていました。でも突き詰めていくと、挑戦は増えていきましたね。例えば世界観で言うと、通常はだいたい原作を参考に構築すれば再現はできます。でも白浜先生は、世界観の理念や約束ごとをかなり細かく共有してくれるんです。物の素材や、動物の動きなどかなり考え込まれている。表層だけで想像して描くこともできますが、布ひとつとっても素材によってシワのでき方や動きが全然変わる。だから「この素材は革」「木は茶色」というように自分たちの世界に当てはめている常識から疑ってみることが重要なんじゃないかと、各方面に話しました。

──白浜先生の見ている世界を突き止めていくような。でもそれって、スタッフがそれぞれ蓄積してきたスキルや経験を引っくり返すことにもなりますよね。

そうですね。だからそれを伝えたときはザワっとしましたけど(笑)。でもみんな食らいついてくれて、映像ができあがっています。仮に見た目に大きな差がなかったとしても、作った側にはその経験が残る。観てくれる人にこだわりが伝わるのはもちろんですけど、スタッフにも「やってよかった」と言ってもらえるようなものにはしなきゃいけないとは思っていました。いい挑戦になっていたらいいんですけど。

──アニメ発表前は、水面下でそんな挑戦を続けていたと。参加するスタッフのモチベーションを保つのが難しそうですね。

やっぱり苦しいんですよ、みんな。そういう作業を強いるので、先を想像してもらうしかないっていうのかな。「絶対にファンに届くから、がんばろうよ」って。もうそれしかないんですよ、本当に。PVが出るたびに士気が上がって、またちょっと疲れてきたら、次の発表で士気が上がって。それの繰り返しです。だから放送が始まってすごく喜んでるじゃないですかね。みんなで集まって放送を観ることもあると思うんですけど、幸せを共有できるっていうのが我々としては1つのゴールなので。

──視聴者のポジティブな反応もよく目にしますし、私もいち視聴者、いち原作ファンとして、まさに見たかった映像を見せてもらえたという感覚です。

ありがとうございます。それはうれしいですね。我々が提示する問いかけに、視聴者の方々が共感してくださるのが至福です。それが作った意味というか。アニメを作ったことの価値って、多分そこにしかないものですから。

白浜鴎は物語の中に住んでいる

──原作は、回想シーンや説明が本のような演出で描かれたり、コマ割りも巧みに設計されていたりとレイアウトが特徴的です。アニメ制作時、原作から影響を受けたシーンはありますか?

原作では物語の始まりを、長らく忘れ去られていた本が偶然開かれたような描き方で表現しているんですよ。ですから、最初数話はページをめくるような演出を繰り返し入れています。物語に導かれる感じは意識しましたね。コマ割りで言うと、コマは時間や動きを合わせて表現しているので、カメラワークなどでそれを再現できたらいいなと考えながらコンテに向き合ってます。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第1話「はじまりの魔法」より。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第1話「はじまりの魔法」より。

──第1話でココが実家の屋根から階段で降りてくるシーンは、原作ではコマを越えて階段がつながるように描かれていました。アニメの同シーンでも、階段を降りてくるココをシームレスに追いかけています。

あれもカメラの置きどころがすごく難しいんですよ。シームレスという部分にフォーカスしてココの主観をカメラにして動かす案や、壁を抜けるように動きだけを捉えるアイデアなんてものもありました。結果的には、目線でココが追えるのでコマの再現に近くなりましたね。

──原作の演出を取り入れる部分もありつつ、アニメで追加された表現もたくさんありますよね。

そうなんです。例えばココが子供の頃につばあり帽と出会うシーンでは、どうしてそこに行ったのかを考えるんですよね。きっと魔法のようなもので導かれて来たんだろうと思って、原作には描かれていない不思議な蝶々を登場させました。結果だけ映せばお話は進んでいきますけど、結果に至る少し前を想像して足すのが一番楽しい作業でして。それをしつこくやるわけですよ(笑)。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第1話「はじまりの魔法」より。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第1話「はじまりの魔法」より。

──先ほども「動きに対する動機と結果」のお話をされていましたが、重要視する理由はなんでしょう。

あまり機械的にしたくないっていうか。何か出来事があって、動機が生まれ、行動を起こし、結果につながる。そこを丁寧に拾っていかないと、キャラクターを好きになってもらう機会が生まれにくいんですよ。キャラクターの言動の理由を補完できるのであれば、それはぜひやりたいというか、やるべきだろうと。

──アニメでは時間の制約がある中で、シーンを削ることもときには必要です。映像化するシーンの精査に基準や方針はあるのでしょうか。

最初はあまり方針を決めずに、キャラクターに向き合いますね。キャラクターに触れるための儀式みたいなものが僕なりにあって、その人の性格や生活、1つひとつの行動の動機なんかを妄想して、描くうえで重要なポイントを見極めていきます。カットするシーンはありますが、その作業をすることでキャラクターの考えがわかってくるので、決して無駄にはならないのかなと。

──キャラクターを重視しているから、心の動きが垣間見える描写が増えているんですね。例えば第3話「ダダ山脈の試験」では、空飛ぶマントの魔法を描くココに母親の思い出が寄り添うシーンや、“王の許し”を掴むために苦戦しながら、必死に何度もトライするという、原作にはない場面もありました。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第3話「ダダ山脈の試験」より。

アニメ「とんがり帽子のアトリエ」第3話「ダダ山脈の試験」より。

アニメはマンガと違って戻って観ることはしにくいので、ココが淡白に動いているように捉えられてしまうのではという心配がありました。だから本人だけが持っている思いを視覚化しないといけないと考えています。ココの行動は、彼女が生きてきたなりの経験が裏打ちとしてある。そしてそれは、最愛の母親によってもたらされている。だからこそ、この子はがんばれる。そこを厚く描くことで補完されるんです。

──確かにサラっと描いてしまうと、ココが常に抱えている母親への思いを、視聴者が忘れてしまう可能性はありますね。ココは魔法を学ぶ喜びも感じているので、「お母さんのことを忘れて魔法を楽しんでない?」と思われてしまうというか。一方で、原作にないシーンを追加するというのは、勇気のいることでは?

外すと本当に戻って来られないくらいのリスクはあります。でも、そもそもアニメを作るということは、原作を膨らませるということを請け負っているので。ファンと作り手、同じ作品を愛するもの同士、なるべく共感をし合える作りがベストなのかなと思っています。

──シーンを追加するにあたり、白浜先生とはどのようなやりとりをされましたか?

白浜先生も「チャンスがあればこういった描写もアリかも」とアイデアを出したりと、一緒にワクワクしてくれるわけですよ。すごく優しい方でね。「そんな考え方もあるなら、こういうふうに映像化するのはどうか」とおおらかに受け止めてくださって。作品の可能性を広げてチャンスを与えてくださるのは、作家としての懐の深さを感じますね。本当に感謝しかないです。

──白浜先生とのやりとりで印象に残っていることはありますか。

アニメの制作を始めた頃、ココのつむじの話をされているのが印象的でした。実際にいる人として構造まで考えているので、描く側としても、角度が変わったときの髪の分け目の描き方など、気づきがあります。それに設定を尋ねると「描き起こすのは初めてなんですけど」と言いながらサッと描いてくださることもあって。恐ろしい……というと言い方が悪いかもしれませんが(笑)、作家としてのすごさを感じます。そんな白浜先生だけが持っている秘密みたいなものを共有してもらえるのはうれしいですね。我々が完全にいち読者に戻る瞬間です。

──渡辺監督から見た白浜先生は、どんな方でしょうか。

物語の中に住まれていて、人や物を実際にあるものとして考える人だなと思いますね。物語はご本人の意思で決められるんだけど、キャラクターを丁寧に扱っていて尊重されている。想像力がケタ違いで、違う作品を描かれるときは全然違う空間がおそらく頭の中にあると思うので、計り知れないというか。全然底を見ていませんよ。