閉ざされた田舎町、押し殺していた心の闇、生きることの意味──心中をテーマに赤裸々に描く「少年のアビス」峰浪りょうインタビュー

町や家族に縛られながら“ただ”生きていた地方の男子高校生・黒瀬令児(くろせれいじ)が、アイドルグループ・アクリルのメンバーである青江(あおえ)ナギと出会ったことから物語が展開される「少年のアビス」。ナギの「心中しようか」という言葉をきっかけに、令児は自分が心の奥に押し殺していた闇と直面することになる。

そんな「少年のアビス」の8巻が発売に。発売に先立ち、小説投稿サイト・魔法のiらんどとコラボした小説コンテストが行われ、作中のキャラクターのセリフになぞらえ、「言いわすれた『好き』」をテーマに短編小説を募集した。作者である峰浪りょうも同テーマで新作マンガを描き下ろす。コミックナタリーではこれに合わせ、峰浪のインタビューを敢行。「少年のアビス」を描くことになった経緯や、マンガ家になった理由、小説コンテストへの思いなど語ってもらった。

取材・文 / 増田桃子

とことん突き詰めていくもののほうが、私にとっては心地いい

──まずは「少年のアビス」を描くに至った経緯を教えてください。

もともと怪談とかホラーが好きで、心中ものを描きたいなって思っていたんです。といっても漠然としていたので、そこからいろいろな心中物語について調べているうちに、情死ヶ淵のことを知って。話のイメージが膨らんでいった感じですね。

──情死ヶ淵は、大分県日田市に実在する場所ですね。

私自身は日田市の出身ではないんですけど、近いところに住んでいたので、なんとなく地方独特の環境みたいなものは想像ができた。そこで心中と地方、家族の閉塞感を合体していったら面白いんじゃないかなと思ったんです。

「少年のアビス」3巻より。

──怪談やホラーがお好きということですが、何か影響を受けた作品はありますか?

特定のこの作品の影響ですというよりはさまざまな作品に影響されています。人間の狂気とか暗い部分が好きで、人間と化物のスレスレみたいなものが描きたいっていう思いがあって。「アビス」も悲恋ものや美しいものを描こうっていう気持ちもあったんですけど……いや、今も一応あるんですけど(笑)、でも人間の暗い部分が好きっていうのがあるからですかね。だんだんそっちの方向にいっちゃいますね。

──心の闇という意味では、不倫や淫行みたいな倫理に反するようなエピソードも多く登場しますね。そういったことを考えるのに罪悪感だったり、かわいそうだなと思うことはないのでしょうか。

それはないですね。自分の感情で描く物語がブレてしまったら、何もできないと思うので。それこそもっとひどいテーマの作品は世の中にはいっぱいありますし。殺人鬼だったりとか。それがかわいそうだからって描かないわけにはいかないですから(笑)。

──そうですよね(笑)。人間のマイナスな感情を赤裸々に描かれていて、すごいなと思いまして。

自分がすごくつらい時期に救ってくれた作品って、明るい世界の物語ではなかったんですよね。幸せな話とかリセットされる話とかにはあまり共感できなくて。だから作品が暗くなったとしても、自分の感情をとことん突き詰めていくもののほうが、私にとっては心地いいんだと思います。

キャラクターを描いてる瞬間はそのキャラクターになりきってる

──登場人物はそれぞれ心の闇や悩みを抱えていますが、そういったキャラクターの悩みはどういうところから思いつくのでしょうか。

けっこう自分の経験が入ってます。昔の暗い思い出とか家庭環境とか、鬱々とした状況とか……。10代の頃は思春期だから普通に「死にたい」とか思ってましたし。そういう感情を「心中」とうまく絡めたら物語が描けるんじゃないかなと思って、過去の思い出とか出来事を引きずり出して描いてますね。

──主人公の令児は、ハッキリと「死にたい」という思いがあったというよりは、ナギと出会ったことでそういう感情が引き出されていきますね。

令児はそういう思いを押し殺してきたキャラクターだったので、じゃあ感情がドバっと出てくるのはどういうときだろうって考えて、ナギという存在を出したんです。

「少年のアビス」1巻より。

──なるほど。特に感情移入してしまうキャラクターはいるのでしょうか。

それは各キャラクターにそれぞれあります。令児は自分の思い出とかが反映されていたりするので、同一視してしまうところもありますし、柴ちゃんも真面目過ぎてうまく弾けられない青春を送っていたせいでああなってしまった、っていうのがなんとなくわかるし。私自身、東京に来てマンガを描いてるので、地元を捨てて東京に出てきた似非森の気持ちもわかります。チャコはまさに小説家になりたかった自分の若い頃みたいな感じでイメージしやすいです。

──逆に共感できないキャラクターはいますか?

うーん、そのキャラクターを描いてる瞬間はそのキャラクターになりきっちゃってるところがあるので、もう全員共感しながら描いてますね。それはチャコのお父さんやお母さんでさえも共感しているので、できないキャラはいないです。ただナギだけはわからないところがあります。まだ本心が出てないキャラクターですし、私自身あえて距離を置いているというか、あまり共感しないようにしてます。

──人間の嫌な部分、人に見られたくない部分がたくさん描かれてるので、共感しづらいキャラクターもいるのではと思ったのですが、そんなことはないんですね。

柴ちゃんはさすがにもう共感できない領域に行っちゃったかなと思いますけど……(笑)。もともとは共感できるキャラではあったんですが、今は遠くから見守ってるような感じです。まあそれはそれで、キャラクターができてるってことなのかなと思っています。週刊連載の宿命で、人気がなければ連載は終わってしまうので、最初のうちはもしそうなったとしてもスッと終われるように、と思いながら描いていたんですけど、だんだん「もっと続けていいよ」ってなってきて、じゃああいつをもっと掘り下げようとか、こいつのこういう面をもっと見せようってなってくるんですよ。そうなってくると、私もキャラクターの新しい面が見せられてよかったって思います。

柴ちゃんは「君ってそういう人だったんだ」みたいな感じ

──深く描けば描くほど人間味というか、リアリティが出てきますよね。個人的には玄がまさにそういう印象で、最初は何がしたいのかわからなかったんですが、最近やっと本心が伝わるようになってきたなと。

玄の本心は、担当さんとも「本誌では描けないまま終わるかもね」って話してたんです。でもちゃんと長く描けることになって、どうやら玄が本心を語るときが来ましたな、みたいな感じになって(笑)。

(担当) そうですね、最初の段階から決まっていたと思います。初めから決まっているものもあれば、だんだんキャラクターが変わっていくこともありますよね。

あります、あります。特に柴ちゃんなんかは「君ってそういう人だったんだ」みたいな感じ(笑)。溺れていくキャラクターなのは決まってたけど、どうやって溺れていくかまでは当初考えてなかったので。あと令児の母親の夕子も、うっすらこういう過去があるだろなっていうのは考えつつも、確定しないように描き進めた結果、不気味な人になったなって思いますし。そういう種を蒔きながらも、摘むものもあれば摘まないものもあって、みたいなのが週刊誌的というか、けっこうライブ感があって面白いですね。

──そういったキャラクターの変化は、物語の展開やほかのキャラクターとの絡みなどで生まれるのでしょうか。

そうですね。令児ってけっこう地雷踏むタイプじゃないですか。お前がそういうこと言わなければこの人たちこういう感情出なかったのに、みたいな(笑)。だけど私も令児が次のページでなんて言うんだろうって、ネーム切るまでわかってないところがあるので。令児の言動次第みたいな感じはあります。

「少年のアビス」1巻より。

──ちなみに読者さんから人気のあるキャラクターは誰でしょうか。

うーん、人気があるというか話題にしやすいのが柴ちゃんなんだろうなとは思ってます。動きがアクティブなので、柴ちゃんが動くと面白いって思ってる人が多いんだろうなと。でも10代組に共感してくれる方もいると思うし、シンプルに「俺もナギと死にたい」と思ってくれてる人もいるだろうし……。どのキャラクターが圧倒的に人気、っていう印象はないですね。