「ドカベン」語りたくなる熱闘の数々と予測不能なドラマで魅せる野球マンガの金字塔!三栄から新たに発売

不朽の名作「ドカベン」。水島新司の代表作にして、野球マンガの金字塔だ。そんな同作が初出時に限りなく近い形で単行本化され、1月より三栄から発売されている。これを記念して、コミックナタリーではSAN-EI comics「ドカベン」の特集を実施。SAN-EI comics版ならでは特徴と作品の魅力を紹介する。

文 / 小林聖

王貞治、高橋陽一、井上雄彦らがコメントを寄せる

SAN-EI comics「ドカベン」は全24巻を予定。1月より毎月2巻ずつ発売されており、7月10日に13巻と14巻が発売されたばかりだ。最終24巻は12月に発売となる。一部の巻には各界の著名人がコメントを寄せており、9巻と10巻は王貞治が帯コメントを、11巻と12巻は高橋陽一が、13巻と14巻は井上雄彦が帯コメントとあとがきを寄せた。今後も各界のビッグネームが帯コメントやあとがきを担当する。

そんなSAN-EI comics「ドカベン」の最大の特徴は、雑誌掲載時のページ構成を忠実に再現したところだ。週刊少年チャンピオン(秋田書店)にて連載されていた当時の原稿を丁寧にスキャンし、初出時のページ割りをそのまま再現している。詳細は次項に譲るが、これまでの単行本はページ数の都合などにより、本来のページ割り・コマ割りではない構成になっている箇所が珍しくない。一方、SAN-EI comics「ドカベン」では、水島プロダクション監修のもと、水島新司が思い描いた形で各話を収録している。また巻末には単行本では初となる予告マンガのほか、扉絵、グラビアなどを収録。上質な紙に高精度の印刷を施すことで、黒くつぶれていた箇所もはっきりと線が見えるようになっているのもほかの単行本との違いだ。

高精細化&雑誌掲載時の再現で見えてくる水島マンガのセンス

さて、ここまでつらつらと書いてきてなんだが、今さら「ドカベン」にハマっている。2026年、令和の今に、だ。

当たり前だが読んだことはある。名捕手にして大バッターの主人公・山田太郎や、悪球打ちの岩鬼、さまざまな秘打を繰り出す殿馬、小さな巨人と呼ばれるピッチャー里中ら明訓高校野球部を描いたドラマであること、その後「大甲子園」や「プロ野球編」など実に46年にわたってシリーズが続いたこと、連載スタート時は中学時代で最初は柔道をやっていたことなども知っている。だが、45歳の自分にとってもひと世代上の作品で、リアルタイムでしっかり追う機会がなかったのだ。

そんなところに、今年1月からSAN-EI comics版の「ドカベン」が刊行され始めて読んでいるのだけど、まあ面白い。

単純な新装刊行ではない。原稿を再スキャンして高精細化しているのに加え、ページ割りを初出時のままにするなど、従来の単行本から変更を加えている。

画質に関して特に違いがはっきりわかるのはカラーページだ。原画がカラーのページは、単行本でモノクロになったとき、黒つぶれが多くなっていた。SAN-EI comics版はこのあたりを再スキャンして調整しており、今までは見えづらかったキャラクターの顔や細部なども鮮明になっている。

「ドカベン」1巻収録のカラーページ。©︎水島プロダクション

「ドカベン」1巻収録のカラーページ。©︎水島プロダクション

また、雑誌準拠のページ構成になっているのも大きな変更点だ。従来の単行本は、ページ数の関係などで雑誌掲載時とは構成が変更されていた。カットされたページがあったり、それによって右ページだったものが左ページになっていたりという具合だ。

三栄の公式サイトで紹介されている岩鬼のパンチシーンなどは一番わかりやすい。これまでの単行本では右から左へ岩鬼のパンチが描かれる見開きで掲載されていたが、SAN-EI comics版では雑誌掲載時と同じ1ページに変更されている。下から上にパンチが描かれる本来のページ割りになったことで、殴られて吹き飛んだキャラクターの動きによる視線誘導がきれいに決まっていることがわかるようになった。

1ページに変更された岩鬼のパンチのシーン。©︎水島プロダクション

1ページに変更された岩鬼のパンチのシーン。©︎水島プロダクション

この手のページ構成変更は非常に多く、手元の文庫版と見比べると印象の変わるページがたくさんある。SAN-EI comics版3巻で岩鬼が川に流された山田を助けに行くシーンなどはその1つ。岩鬼が棒高跳びの要領で川に飛び込んでいくのだが、走って竹竿を地面に突き、大ゴマでジャンプする一連の流れが、SAN-EI comics版では見開きになっている(文庫版では大ゴマはめくった先の右ページ)。テンポが変わり、勢いやスピード感がきれいに出ている。

ちなみにこのエピソードの前後は文庫版ではかなりトリッキーな構成になっている。ページ数と構成の都合だろうが、山田が川に落ちたページが先に掲載され、そのあと見開きで落ちる場面が載せられている。

昔読んだときは独特なテンポだと感じる場面があっても、そういうものかと勝手に思っていたが、こうした構成変更の結果だったのかもしれない。今回改めて読んでみると、むしろテンポのよさに驚いてしまう。コマ割りにしても、3段組の1ページに4コマや6コマと今っぽい構成が多い。スクリーントーンが少なく、太く力強い線で描かれる画面は重くなりがちなイメージだが、ゴチャつきを感じさせない。野球の試合中など、ページ中に「ワー」というおなじみの歓声がちりばめられているのに、だ。このあたりは印刷精度向上の恩恵もあるだろうが、やはり水島の画面構成センスによるものが大きい。

画面のバランスで言えば、トリミングの変更も今回のポイントだ。マンガ原稿の描画サイズは一般的にB4、掲載雑誌はB5だが、少年誌の単行本はいわゆる新書判。縦横比がずいぶん違う。そういったこともあって、これまでの単行本はトリミング位置やバランスが雑誌とは変わっていたりする。今回はB6サイズの単行本になったうえで、水島プロダクション監修で作者の意図を最大限に再現するトリミングに変更している。扉ページなどはこの変更の恩恵を感じやすい。例えばSAN-EI comics版4巻の、山田が野球部員集めに奔走する回の扉だ。文庫版だと妙に余白が大きい印象だが、SAN-EI comics版で見ると画面が締まっている。あらゆる面で水島のイメージや意図が伝わりやすいバージョンになっているのを実感する。

「ドカベン」は「名作マンガ」でなく、「名試合」の記録

さて、何しろニワカなのでこういう技術面について深掘りして原稿をまとめようと思っていたのだが、読んでいて困ってしまった。とにかく面白いのである。

「ドカベン」には多くの熱狂的なファンがいる。研究家の域に入っている人もいれば、帯コメントを寄せている王貞治をはじめ、プロ野球選手や野球ファンの読者も数え切れないほどだ。それほどまでに「ドカベン」には人を惹き付ける魅力がある。王貞治の帯コメントではないが、「いま読んでもドカベンは面白」く、まるでリアルタイムで追っているように熱くなり、「あの試合がどうだった」と話したくなるのだ。

それに「ドカベン」の野球は古くささを感じない。むしろ新鮮ですらある。

例えば山田の鷹丘中学時代、強豪・東郷学園との試合。最終回、1点を追う鷹丘中学は2死1・2塁の場面で山田の打順を迎える。まさにクライマックス、最も盛り上がる対決だ。だが、ここで東郷学園のピッチャー・小林は敬遠を選ぶ。これには応援席からも批判が飛ぶ。「勝ち負けの前に堂々たる勝負があるべきじゃないのか!!」。ここまで来たら、普通は最後に勝負を選ぶというドラマになるものだ。しかし、小林はそれでも敬遠を選んだ。

山田が打席を敬遠されるシーン。©︎水島プロダクション

山田が打席を敬遠されるシーン。©︎水島プロダクション

マンガ脳を鍛えてきた人間からしたら衝撃である。みんな山田が打つところを見たいのだ。勝つにせよ負けるにせよ、ドラマはそこに向かってお膳立てされてきた。「ドカベン」は、そんな場面をあっさり敬遠で流してしまう。そして、批判の嵐の中、小林の妹・稔子や山田の応援に来ていた賀間に「まぎれもなくルールに定められた敬遠という堂々たる作戦なんです」「山田にはかなわないという小林のいさぎよさはやはり男だ」と語らせる。そして、水島はそのうえで思いもよらない最後のドラマを描くのだ。

このエピソードを読んだとき、これは「野球マンガ」ではないと思った。水島は「野球の試合」を描いているのだ。

「ドカベン」の有名な逸話に、岩鬼が三振する予定だったのに、ペンを入れたらあまりに見事なスイングだったためにホームランになってしまったというものがある。水島新司自身も驚いたと言っているから、いつもそんな感じだったわけではないだろうし、「ドカベン」もきちんとドラマが組み立てられている。だが、それでも「ドカベン」はドラマのためのドラマになっていないと感じる。

山田たちが明訓高校1年のときの夏の甲子園決勝、いわき東との対決で初回岩鬼がホームランを放つところもそうだ。1点を争う試合が予想される中での豪快なホームランは、いきなり試合の決定打になりそうだった。だが、岩鬼が3塁ベースを踏み忘れ、あえなくアウト、幻のホームランとなる。物語の理屈で言えば、「あの1点があれば」という展開になりそうなものだが、そうもならない。点差はともかく、この幻のホームランを特に引っ張るでもなく、単に開幕の珍事として描いている。

岩鬼の幻のホームランのシーン。©︎水島プロダクション

岩鬼の幻のホームランのシーン。©︎水島プロダクション

水島新司はインタビューで「『ドカベン』を描くとき、相手の監督になって、明訓をどう倒すか、山田をどう攻めるかをいつも考えた」と話している。つまりそれはマンガの盛り上がりというより、「試合」を考えていたということだ。

そこでは大きなドラマとほとんど無関係なようなことも起こる。敬遠のような、ドラマとしてはありえないようなことも当たり前に行われる。それは読者に「何が起こるかわからない」と思わせ、マンガであることを忘れさせる。

「ドカベン」を読んでいるとき、マンガを読んでいるというより、過去の名試合の映像を見ている気持ちになった。だから、古びないし、ニワカですらその熱闘を語りたくなるのだ。

48巻の従来のコミックスを24巻にして刊行するSAN-EI comics版は、7月10日に13巻・14巻が刊行された。山田たちが初めての春のセンバツに挑むエピソードだ。おそらく8月に出る15巻と16巻に、「ドカベン」ファンの間で語り継がれる伝説の土佐丸高校戦が収録されるだろう。ファンはもちろんだが、なんとなく通らずに来てしまったという僕と同じニワカの人も、今年一緒にドカベンで盛り上がってみてはどうだろうか。今さらでも楽しいぞ、「ドカベン」!

プロフィール

水島新司(ミズシマシンジ)

1939年4月10日新潟県生まれ。1958年、貸本誌・影(日の丸文庫)にて「深夜の客」でデビュー。1970年に週刊少年サンデー(小学館)にて原作に佐々木守を迎え、「男どアホウ甲子園」を連載。剛速球を武器にのし上がる主人公を描き、1973年には第19回小学館漫画賞を受賞した。1972年に「野球狂の詩」、翌年には「あぶさん」を連載開始。両作品も人気作となり多メディア展開がなされた。「野球狂の詩」は第4回講談社出版文化賞児童まんが部門、「あぶさん」は第22回小学館漫画賞を受賞。1972年に週刊少年チャンピオン(秋田書店)にて「ドカベン」をスタート。シリーズ最終章「ドカベン ドリームトーナメント編」が2018年に完結した。2020年12月1日にマンガ家からの引退を発表。2022年1月に82歳で死去。最終作は、2018年8月4日発売のビッグコミックオリジナル16号(小学館)で発表した「あぶさん」の読み切り「あぶさん~球けがれなく道けわし~」。