井上淳哉×神崎裕也、バンチ25周年記念対談 “謎の雑誌”から始まった四半世紀を振り返り

新潮社のマンガレーベル・コミックバンチが、2026年5月に25周年を迎えた。2001年5月に週刊コミックバンチが創刊、2011年1月に月刊コミック@バンチとして月刊化され、2018年4月に月刊コミックバンチへリニューアル。2024年4月にWebへ移行し、現在のコミックバンチKaiがスタートした。

また、2013年10月にはWebマンガサイト・くらげバンチが始動。2025年11月には、くらげバンチとコミックバンチKaiの作品が読めるマンガアプリ・くじらバンチがリリースされた。

そんなバンチの25年を振り返るため、井上淳哉と神崎裕也の対談をセッティング。週刊コミックバンチおよび月刊コミック@バンチで「BTOOOM!」「ウロボロス―警察ヲ裁クハ我ニアリ―」をそれぞれ連載し、人気を博した両者に、バンチのこれまでと、これからのバンチや編集部に期待することを聞いた。

取材・文 / 小林聖

創刊当時よくわからなかった謎の雑誌「コミックバンチ」

──創刊25周年を迎えたバンチですが、おふたりは週刊コミックバンチが創刊されたときのことは覚えてますか?

井上淳哉 僕は当時まだマンガ家になっていなかったんですが、読者としてびっくりしましたね。「北斗の拳」や「シティーハンター」の続編的なシリーズが雑誌で読めるんだって。今ではそれほど珍しくないかもしれないですが、あの当時に名作の続編が揃っている雑誌ってすごいパッケージでしたから。僕は世代的にもどストライクだったので、度肝を抜かれました。

神崎裕也 僕は当時すでにデビューしていて、他誌で一応連載を経験していたので、なんとなくマンガ業界の雰囲気みたいなものは肌で感じられるようになっていたんですが、それでもバンチってよくわからない謎の雑誌という印象でしたね。

──よくわからないと言うと?

神崎 もともと集英社で描かれていた原哲夫先生や北条司先生が、新しい雑誌で描かれるというのはいろんな背景があったんだろうと思うんですが、そのへんの話が入ってこなくて。アシスタントも自分が知っているような人は全然バンチでやっていなくて、独自ルートという感じだったので、どういう雑誌なのかわからないのが正直なところでした。もちろん僕も原先生や北条先生の大ファンなのですごく注目はしていましたが。

──その後、おふたりとも2009年に「BTOOOM!」「ウロボロス―警察ヲ裁クハ我ニアリ―」でそれぞれ週刊コミックバンチでの連載を始められました。これはどういう経緯で?

神崎 僕は持ち込みでした。週刊ヤングジャンプで「ウロボロス」のプロトタイプ的な読み切りを2作くらい描いていたんですが、いざそれを連載にしようとするとなかなか通らなくて。

井上 大手雑誌のほうが連載の企画が通りにくい感じはありますよね。慎重だったり、いろんな編集部の事情があるんでしょうが。

「BTOOOM!」1巻

「BTOOOM!」1巻

神崎 そうですね。どうしても連載にたどり着くまでのステップが多くて時間がかかってしまうことがある。担当編集さんと詰めて企画を作るんですけど、編集会議に出すと真逆の意見が出てきたりして、それを受けて修正すると、さらに先の会議で別の意見が出てきたりと、二転三転していくことがよくあるんですね。それでらちがあかない状態になってしまう人もいると思うんですが、当時の僕もそうで。それで、思い切って違う雑誌に行ってみようと思ったんです。準備していた「ウロボロス」をそのままやろうとは思っていなかったんですが、当時持っていけるようなものがほかになかったので、自己紹介代わりにこういうネームを描いてます、と持っていったら、トントンと話が進んで連載になった感じです。

──バンチに行ってみようと思ったのはなぜだったんでしょう?

神崎 どういう雑誌なんだろうって興味があったところはあります。あとは僕が週刊少年ジャンプで育った人間なので、連載されている作家さんを見ると知っている方が多くて勝手に親近感を覚えていたのも理由ですね。

「ウロボロス―警察ヲ裁クハ我ニアリ―」1巻

「ウロボロス―警察ヲ裁クハ我ニアリ―」1巻

井上 僕は他誌で描いているときに声をかけていただいて、という形です。結局5年くらいお待たせしちゃったんですが。

創刊直後はカオス、まったく違う雑誌になった月刊@バンチ時代

──連載するようになってからの印象はどうでした?

井上 大手のほうが連載企画が通りにくいという話をしましたけど、バンチは話が通りやすいと感じました。

神崎 それは僕もそう思います。当時で言うとバンチには原先生や北条先生というどっしりとした柱があるから、新しく連載を始める作家は割と自由にやれる部分があったのかなと。

井上 もちろん大手には大手のいいところってあると思うんです。企画に対するジャッジが厳しくて通りにくい分、通ったときに大ヒット作品にする力が、営業力とか含めてあるでしょうし。ただ、バンチの場合は柔軟さやフットワークの軽さが強みだなと。

神崎 連載にあたって編集部からああしてくれ、こうしてくれと言われたことがあまりなくて、とても描きやすかったです。

井上 僕も同じです。かなり自由にやらせてもらっていて、今の「怪獣自衛隊」なんかは描いたら通ったみたいな感じで、企画を考えていたときのこともあまり覚えていないくらい。もちろんストーリーの展開についてとか、担当編集さんから意見は出ますけど、あくまで一意見という感じで、強要された記憶がないですね。雑誌自体の方向性も柔軟じゃないですか。特に@バンチになってからはそれまでと別雑誌というくらい変わったでしょう?

編集部注:月刊コミック@バンチは週刊コミックバンチの後継誌として2011年に誕生。「BTOOOM!」「ウロボロス」は同誌に移籍。原哲夫、北条司らはもう1つの後継誌・月刊コミックゼノンに活躍の場を移した。

月刊コミック@バンチの創刊号。

月刊コミック@バンチの創刊号。

神崎 週刊時代はやっぱり原先生や北条先生がいらっしゃって、雑誌のカラーや方向性がはっきりしていた。@バンチになってからはより自由になったというか、創刊直後の頃はカオスさを感じるくらいの誌面でしたもんね(笑)。連載作品のジャンルもバラバラだし、いろいろ試してみて読者の反応を見ながら雑誌の色を変えていこうという雰囲気を感じていました。

──週刊時代はやはり男性向け雑誌というカラーが強かったですが、@バンチからは女性にも支持されそうな作品も多くなりましたよね。当時@バンチ作品を男女どちら向けの棚の近くに置くか試行錯誤しているという書店員さんの声をよく聞きました。

井上 女性作家さんが増えたし、女性読者さんも増えましたよね。だから、たぶん神崎さんもそうだと思いますけど、「BTOOOM!」や「ウロボロス」はちょっと肩身が狭いような気持ちにも(笑)。

神崎 そうですね(笑)。世代も変わったじゃないですか。週刊時代は連載されている先生方も自分より上の世代の方が多かったから、すごく若い気持ちで描いていた。それが@バンチになった瞬間に若い世代の方が一気に多くなって、急にものすごくおっさんになった気分に(笑)。

井上 なりました、なりました。後方支援していたつもりが急に前線に立たされたみたいな。でも、それも楽しかったですね。原先生や北条先生がいたからこその甘えもあったと思うんです。自分は好きなものを追求すればいいや、みたいな。でも、自分が前線に立つ立場になると、雑誌のカラーや読者層みたいなことも意識するようになった。

神崎 ベテランの先輩がたくさんいる安心感もあったんですが、一方で新しい世代が入ってきて変わっていくことも大事だと思います。

──@バンチに変わったことで編集部や編集者も変わりましたか?

井上 僕は編集者さんとの距離が近くなったと感じました。週刊時代はほぼ担当編集さんしか知らなかったんですが、ほかの編集者さんや営業さんも紹介してもらうようになって、新潮社がみんな味方というか。担当編集とマンガ家というタッグではなく、マンガ家と編集部や新潮社というチームになった感じがします。

神崎 あと、編集者さんが若いですよね。それまで関わってきた編集者さんって自分より年上だったんですが、バンチ編集部の方はみんな若くて、タイプも自分が知っていた編集者さんとは違った。すごくフランクで、読んでいるマンガも自分とは全然違って。僕はそれこそジャンプとかを読んで育ったタイプなんですけど、バンチの編集者さんはまた違うジャンルの作品を読んでいて。乱暴な言い方をすればサブカルっぽい作品というか。僕自身とは本質的な作家性が違う作品をいろいろ読んでいて、ある意味アウェイな感じでもあったんですが(笑)、でもそれがいいところだと思っていました。新しい空気を感じる編集部で。

「BTOOOM!」の連載につながった編集者とのやり取り

──おふたりにとって編集者ってどういう存在ですか?

神崎 編集者と言っても、人によって違うし関わり方も変わるので一概には言えないですよね。僕は基本的には雑談から発想のきっかけを見つけていくんですが、その先は本当にいろいろです。グイグイ意見を出すタイプの担当編集さんもいれば、ネームや原稿を出すと割とあっさり「OKです」ってだけ返ってくるような人もいる。僕はそんなに相談しないタイプで、形が見えてないものを話しても伝わりづらいだろうから、目に見えるものにしてしまってジャッジしてもらおうというタイプ。打ち合わせと全然違うものになっちゃいました、なんてこともありますし。そういう意味では、いわゆる二人三脚というより、自由にやらせてもらって、出したものを担当編集さんにジャッジしてもらうのが今の僕のスタイルです。それがいいのか悪いのかはわかりませんが。

井上 僕も自由にやらせてもらってますね。意見をもらってすごく勉強になったこともありました。「BTOOOM!」を始めるときはなかなかOKが出なくて、ネームを10回くらい切り直したんです。でも、「なんでだよ!」って感じではなく、こっちも「どうだろう……?」と疑問に思っている部分を見抜かれてダメ出しされていた。それを繰り返して、しっかりハマったと思えるものができたらOKが出たんです。これは導いてもらったなと思いました。描き直している間に試行錯誤もできて、「BTOOOM!」で描いたゲームの戦術理解も深まりましたしね。

月刊コミック@バンチ2012年11月号

月刊コミック@バンチ2012年11月号

──やっぱり的確なジャッジは大事ですよね。

井上 前にもコミックナタリーのインタビューでお話ししましたが、編集者さんにはマンガ家とは別のアプローチ、別の視点で併走してもらえるといいなと思ってます。遠泳でいえば、マンガ家は泳ぐ人、編集者はボートの上から「あっちに島が見えるぞ」とかガイドしてくれる人。マンガ家と一緒に泳ぐタイプの編集者さんも、新人作家にはいいと思うんですけどね。

──というと?

井上 新人マンガ家はどうすれば面白くなるのかとか、マンガの文法とか、自分は何が得意で何が描ける人間なのかとか、全部手探りでやっていたりするでしょう? そういうときに「こういうのはどうでしょう」「ああいうのはどうだろう」って提案してくれる人はいいと思うんです。ただ、このパターンは2人で一緒に迷子になってしまって迷走することもある。そういうときに編集長とかが「違うだろ」とサポートしてくれたりするわけです。

神崎 新人時代は特に編集者さんの存在って大事ですよね。右も左もわからないから、編集者さんがいないとパニックになる。今だって自分で面白いと思っていても、迷うことはあるし、そういうときに相談に乗ってもらい、鼓舞してもらうことがある。

井上 客観視してくれる人は重要ですよね。新人の頃に、「この表現では読者に伝わらない」とか「これはこの表現だけで伝わるから説明が過剰」とか、そうやって表現の引き算を覚えていったりする。