映画「名無し」が5月22日に公開される。佐藤二朗が原作と脚本、さらに主演も務めるという特異な成り立ちの作品だ。もともとは佐藤自身が書いたオリジナル脚本をもとに、永田諒がマンガ化。その後、映画として結実した。
1人のクリエイターの中で生まれた物語が、マンガ、そして映画へと姿を変えていく──その過程を最もよく知るのは、当然ながら“原作者としての佐藤二朗”であり、“主演としての佐藤二朗”でもある。そこでコミックナタリーでは、「原作・脚本の佐藤二朗」と「主演の佐藤二朗」による“対談”を実施。同一人物でありながら立場の異なる2人は、この物語をどう捉えているのか。なおこの対談は映画ナタリーとの連動企画となっているため、そちらの特集記事にも目を通してほしい。
取材・文 / 戸部田誠撮影 / 笹井タカマサ
ヘアメイク / 滝下澄(A.m Lab)スタイリング / 鬼塚美代子(Ange)
映画「名無し」予告編公開中
映画「名無し」とは?
佐藤二朗が映画用に書いたオリジナル脚本「名無し」。世界観の過激さなどを理由に映画化は難航し、お蔵入り寸前だったが、編集者の目に留まり永田諒によってマンガ化された。佐藤は会社員時代に立ち上げた演劇ユニットで作・出演を担当し、のちに映画の脚本と監督も手がけるようになったが、マンガの原作を手がけたのはこれが初。そして、「悪い夏」「アルプススタンドのはしの方」の城定秀夫監督が映画化した。出演者には丸山隆平、MEGUMI、佐々木蔵之介らが名を連ねる。
物語は、若者たちで賑わうファミリーレストランで残忍な殺人事件が起きたことから展開。しかし犯人と思われる男は凶器を持っておらず、彼に触れられた人間が血を吹き出し倒れていく。捜査が混乱する中、容疑者が11年前にコンビニで万引きの疑いにより事情聴取を受けていた男と一致した。当時の資料によると男は「山田太郎」と名乗り、もともとは素性のわからない遺棄児として保護されていた過去も発覚。刑事の国枝たちが山田の自宅に駆けつけると、彼は不在だったが、浴槽から血だらけの女性の遺体が発見された。
今回はとにかく「徹底的な絶望」を描きたかった
──今日は、映画「名無し」原作・脚本の佐藤二朗さんと主演の佐藤二朗さんに対談していただこうと思います。
原作・脚本の佐藤二朗(以下、佐藤) ……え? おお? 佐藤二朗と佐藤二朗? 鏡か。地獄のような絵面だな。まあいいや、主演の君、何か聞きたいことはあります?
主演の佐藤二朗(以下、二朗) そうだな……、いや、これ自分で自分に聞くのは本当にキツいんだけどさ。5年前にこの脚本を書いたとき、あんたはいったい何を考えていたんだ? 長年、保護もされず、名前すら奪われたという主人公の絶望的な設定。あんたもよく語っている「暗黒の20代」の記憶をどう煮詰めたら、こうなっちゃったわけ?
佐藤 まあ、20代の頃の「何者でもなかった自分」がまったく関係がないとは言いません。言わないけれども、今回はとにかく「徹底的な絶望」を描きたかったんです。山田孝之さんに主演してもらった映画「はるヲうるひと」も、宮沢りえちゃんを主演に迎えた舞台「そのいのち」も僕が脚本を書いたんですけど、その2つを観た古くからの知り合いの舞台演出家に言われたんですよね。「二朗は、ものすごく過酷な状況に追い込まれたときの心が揺れる俳優の顔とか、その俳優がどんな芝居をするのかっていうのに関心があるんだね」って。確かにそうです。山田孝之さんも宮沢りえちゃんも大好きな俳優なので、彼らが絶望の淵でどんな芝居を見せるのか。そこへの執着はあったかもしれません。
二朗 待て待て。じゃあ今回、こんなしんどい役を俺にやらせたのは、俺への信頼があったってことか?
佐藤 佐藤二朗にそこまで信頼は……ないです(笑)。もうね、賭け。大博打ですよ。
二朗 出たよ(笑)。あとさ、この「右手に持った凶器が見えない」っていう設定。これ、演じるほうは「ないものをある」ように見せなきゃいけなくて、えらい大変だったんだぞ。
佐藤 ああ、それはですね、笑っているのになぜか泣いているとか、怒っているのにふいに笑っちゃうとか、人間の中にある「整理できない曖昧な感情」があらわれる瞬間に、僕はたまらなく面白みを感じるんです。「見えない凶器」もそこからの発想ですね。
二朗 よく「コメディとシリアス、どう演じ分けてますか?」っていう質問を山ほどいただくんだけど、「同じ地平にある」って答えている。根っこは同じなんだな。でもさ、「はるヲうるひと」や「そのいのち」には絶望の先にほのかな光みたいなのがあったじゃないか。けど、「名無し」には、徹底的に絶望。まず人間が当たり前のように与えられている名前というものがないってどういうことなんだ?
佐藤 「本当の絶望」なんて、僕もそんなに人生経験がないからわからないですけどね、やっぱり人とつながれているうちは、まだ明日も生きていけるって思うんです。人とつながれなくなるのが本当の絶望。で、今回はつながることを諦めてしまわざるを得ない、とてつもない絶望を描いています。
二朗 それは、お客さんにも絶望を抱かせたかったのか?
佐藤 いえ、逆で。徹底的な絶望を描くことによって、観終わったあとに家族や友達、誰でもいいけど、大事な人と触れ合おう、手をつなごうって思ってもらえるような作品にしたかったんです。残酷な描写にしたって、観た人が「こんなことがあってはいけない」って心から思えるような映画があってもいいでしょう?
二朗 でもその残酷さのせいで、最初はこの脚本がお蔵入りになったんだろ?
佐藤 そう。知ってるでしょ、僕がどれだけプロデューサーに頭を下げて回ったか(笑)。その中には本当に親身に相談に乗ってくれたプロデューサーもいたけど、やっぱり最後は「原作モノじゃないと難しい」ってことになったんです。で、諦めかけたところでコミプレ-Comiplex-(現HERO'S Web)の編集長が拾ってくれて、永田諒先生がマンガにしてくれました。
二朗 永田先生のマンガはあんたのイメージ通りだった?
佐藤 僕はね、その時点で脚本を初稿から9稿まで書いていたんです。それを全部、永田先生に、「もう好きに描いてください」って渡しました。そしたら永田先生は初稿に惚れ込んでくれて。例えば3稿や5稿のセリフも入っているんですが、ほぼ初稿通り、びっくりするくらい忠実に描いてくれました。「名無し」の世界観に惚れ込んでくれたのが作品を読めばわかるので、本当に、もう……感謝しかありません。
二朗 俺が演じた山田太郎は、マンガ版と似ても似つかぬ顔だったが。
佐藤 脚本では、自分に当て書きしたからおっさんだったんだけど、そこは永田先生がマンガ版の主人公はもうちょっと若くしたいと。代わりに丸山くんが演じた巡査が僕の顔になってましたね(笑)。
映画とマンガの表現の違いも楽しんでほしい
二朗 今回改めて映画の脚本を書くときに、永田先生のマンガから影響を受けたことはあった?
佐藤 あります、あります。マンガ化をお願いした時点で、マンガという別の媒体からもらえるもの、「あ、なるほど」と思えるものがあったらいいなって思っていたんです。だから、あえて「好きに描いて」とお願いしたんですけど、マンガには永田先生オリジナルのセリフもあって「あ、これいいな」と思って使わせてもらいました。
二朗 それはどこのセリフ?
佐藤 えーっと、例えばね、大高洋夫さんが演じた熟練の鑑識官がいたでしょ。彼が「俺はオカルトの類は信じない」って言うところ。あれはいいなぁ、と思って。
──その永田先生から、質問を預かってます。「マンガと映画、それぞれ展開されていますが、それぞれのお気に入りのシーンを教えてください」とのことです。
佐藤 永田先生がもちろん僕に許可を取ってくださって、オリジナルのエピローグを加えてくれたんですよ。映画で佐々木蔵之介さんが演じた国枝の数年後を描いてくれました。僕の書いた脚本に深く共鳴してくれたのがわかるエピローグですごく好き、最高です! これは永田先生に伝えといてくださいよ! 映画で言うと特定のシーンというわけではないんですけど、言うまでもなくマンガと映画は媒体が違うので……例えば映画だと、山田太郎の顔が引きつっていますがそれはたぶん、マンガではなかなか表現できないことではないでしょうか。
二朗 あの引きつり、大変だったんだからな……。セリフも極限まで削られてさ。
佐藤 それは、君にも原因があるんですよ(笑)。同じように人がたくさん死んで、同じように“悪”でもあって、しかも公開時期も近い映画「爆弾」で饒舌な役を演じたでしょ。あれと差をつけるために、こっちはなるべくしゃべらせないようにしたんです。セリフを「……」に変えると、「ここもいける」「いや、むしろ、ここはセリフがないほうがいい」となった。最終的に、「どうしても言わなきゃいけないセリフ」だけが残ったんです。
二朗 俺はそれを、「長い間、誰とも会話せず、声帯を使ってないから声帯が退化しちゃった」っていうイメージで、かすれたような潰れた声で演じたんだ。
佐藤 マンガでそれを表現しようとすると、フォントを変えたりするんでしょうけれど、やっぱり映画で、実際に耳で聞くのとは違いますから。どっちがいい悪いじゃなくて、そういう表現の違いも含めてどちらも楽しんでほしいですね。
映画ナタリーでも対談を掲載中
![映画「名無し」特集 | 主演の佐藤二朗が原作・脚本の佐藤二朗と“同一人物対談”]()
- 映画「名無し」特集 | 主演の佐藤二朗が原作・脚本の佐藤二朗と“同一人物対談”
プロフィール
佐藤二朗(サトウジロウ)
1969年5月7日生まれ、愛知県出身。1996年に劇団(現:演劇ユニット)のちからわざを旗揚げし、全公演で作・出演を担当する。自らの体験をもとにした映画「memo」や、自身の手による舞台劇を映画化した「はるヲうるひと」では監督・脚本・出演を兼任。「あんのこと」で第48回日本アカデミー賞優秀助演男優賞、「爆弾」で第49回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、第50回報知映画賞助演男優賞などを受賞した。近年の出演作には「新解釈・幕末伝」「さがす」など。2026年8月28日には出演作「時には懺悔を」が公開される。



