「KYOTO EXPERIMENT 2017」大友良英が語るハイナー・ゲッベルス|ゲッベルスがいなければ、今の自分はなかった

秋は演劇祭があちらこちらで開幕するシーズン。京都でも「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017」が始まったが、その特徴は、演劇だけでなく、ダンス、音楽、さらには現代アートと、多ジャンルの作品をクロスオーバー的に集めていること。そして、日本ではなかなか観ることのできないスーパーレアな海外作品を積極的に紹介するのも、KYOTO EXPERIMENTの実験的で尖ったところである。10月27日と28日に京都・京都芸術劇場 春秋座で上演されるハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン「Black on White」は、音楽家たちによる演劇“ミュージックシアター”の代表的作品で、規模・内容ともに今の日本で観られるのは、ほとんど奇跡に近い。

本作を演出するハイナー・ゲッベルスは日本ではあまり知られていないが、ドイツを代表する作曲家・演出家。そしてまた、NHKドラマ「あまちゃん」、「プロジェクトFUKUSHIMA!」のリーダーとして知られる大友良英にとっては、彼の青春期の“アイドル”とも言える存在でもある。「ゲッベルスがいなければ、今の自分はなかった!」と断言する大友に話を聞くため、京都のラジオ局を訪ねた。

取材・文 / 島貫泰介

ゲッベルスはあこがれのアイドルだった

この日訪ねたのは、KBS京都ラジオのスタジオ。パーソナリティーを務める「大友良英のJAMJAMラジオ」収録のため、大友は月に約1回の頻度で京都を訪れるのだ。今回は、まさにハイナー・ゲッベルスの特集を収録中で、ラジオの冒頭、大友はこのように語っていた。

ハイナー・ゲッベルス ©Olympia Orlova for OPPeople

「ハイナー・ゲッベルスは、ドイツで今一番知られている大物作曲家で舞台演出家なんだよね。でも僕にとってゲッベルスは、即興演奏とか変わったオルタナティブな音楽をやる人として1980年代に出会ったんです。もうねえ……ものすっごい大好き! アメリカがジョン・ゾーンなら、ヨーロッパはハイナー・ゲッベルスって感じで、20代の頃の自分の最大のアイドルなんですよね!

でも、80年代当時ってYouTubeどころかインターネットも存在しない頃だから、知り合いのレコード屋とか海外事情通から届いた情報の断片をつなぎ合わせながら『こんな人かもしれない、あんな人かもしれない』と妄想を膨らませていたんですよ」

80年代の日本では、大友いわく「ハイナー・ゲッべルスみたいな“謎音楽”」と出会うには、口コミぐらいしか方法がなかった。しかし、前衛音楽を愛する人々のサークル内では、とにかく「あいつはすごい!」という噂が広まっていたと言う。

「そして初めて音源を聴いたのがゲッベルスと、盟友のサックス奏者、アルフレッド・ハルトが“ハルト=ゲッベルス”名義でリリースした『フランクフルト=ペキン』。今でこそ“サンプリング”とか“リミックス”って当たり前に耳にする手法になっているけれど、80年代にはそんな名前もまだない頃で、彼らは当時のアナログのテープレコーダーなんかの機材でありものの音楽やインタビュー音源のテープを切り貼りして、ものすごい作品を作っていた。そこにめちゃくちゃあこがれました。当時は『俺も彼らのような音楽を作る場所に行きたい!』と熱望してました」

そんなあこがれのスーパーアイドルだったゲッベルスと大友が、90年代初頭に即興演奏の共演を果たすことになるのは、また別の話。けれども、その頃からゲッベルスは実験音楽のシーンを離れ、演劇的要素の強い、オーケストレーションの表現へとシフトし始める。今回京都で日本初演される「Black on White」は、その代表的な作品なのだ。

「Black on White」はめちゃくちゃ。だからかっこいい!!

アンサンブル・モデルン ©Katrin Schilling

「Black on White」は、世界トップレベルの現代音楽合奏団、アンサンブル・モデルンのためにゲッベルスが書き下ろしたもの。しかし、その中身はコンサートのようでもあり、演劇のようでもある音楽劇(ミュージックシアター)で、総勢18名のミュージシャンたちが朗読したり、ティンパニーにテニスボールを投げつけたり、沸騰したやかんの音に合わせてフルートを吹いたりする。すでにトレーラー映像をチェックした大友の言葉を借りれば「めちゃくちゃ。だからかっこいい!!」作品だ。

「約25年前にゲッベルスと一緒に演奏してわかったのは、この人はけっして即興演奏が興味の中心にある人ではなくって、『Black on White』のようにある構造のようなものを作る人で、構造そのものが実験的だってことなんだと思う。だから、演劇やアートのように、時間と空間を、音楽をエンジンにして立ち上げるような方向へと向かっていったんだろうね」

だが、そう語る大友も2000年代中頃からレコードプレーヤーを使ったインスタレーション「without records」をはじめ、さまざまな方法で他者との協働を試みる「EMSEMBLES」などで、空間と祝祭を相手に多彩な取り組みを行っていて、今年はなんと「札幌国際芸術祭2017」の芸術監督まで務めている。そういった活動の影には、ひょっとすると、ゲッベルスからの影響もあったのでは?

「自分がゲッベルスから受けたもっとも大きい影響は後に“サンプリング”と言われるようになる表現と、その考え方だと思ってる。けれどもゲッベルスがキャリアの最初から演劇的な時間の流れやストーリーを重視していたのに対して、僕の関心は“音そのもの”の物質感のほうで、ただその手法の持つ思想性に気付いたのはゲッベルスの影響だったと思う。若い頃は、まだ自分の興味がどっちを向いているのか曖昧だったけれど、ゲッベルスを通して逆に自分の立ち位置を発見したところがすごくある。だから、僕にとっては本当に重要な人なんです」

「Black on White」より 。© Christian Schafferer

ゲッベルスが追求するストーリーへの関心は、「Black on White」にも色濃く出ている。彼は、やはりドイツを代表する劇作家であるハイナー・ミュラーの作品の音楽を何度も担当しており、プライベートでも親しい友人同士だった。ミュラーは1995年に亡くなったが、ゲッベルスは「Black on White」の中で、生前にミュラーがエドガー・アラン・ポーの小説「影」を朗読した音声を効果的に用いている。さらに舞台上には大きな紙が美術として用いられているが、そこに人の影が横切る演出が多用される。「Black on White」が発表されたのは、ミュラーが亡くなった翌年の96年。だからこれは、ゲッベルスがミュラーに捧げた、ユーモアのあるレクイエム(追悼)なのかもしれない。

事故のように出会ってほしい

「実を言うとゲッベルスを今年の『札幌国際芸術祭』に呼びたかったんです。自動演奏装置を使って、人でないものが音楽を奏でる大作『Stifters Dinge』を、ぜひやりたかった。ただあまりにも大掛かりな作品なので、呼ぶことを断念せざるをえなかったんだけど(苦笑)。

だから、今回京都にゲッベルスがやって来る、しかも『アンサンブル・モデルン』の大編成と一緒にやって来る、っていうのが本当にうれしい。公演日当日はスケジュールが詰まっているんだけど、なんとか調整して、僕も絶対に観に行きますよ!」

「Black on White」より 。© Christian Schafferer

ラジオ番組の中で、大友は「福島の高校生、聴いてるかな? 京都の高校生、聴いてる? 熊本の高校生、聴いてる? お金払ってもいいぐらいの、ものすごく大きな経験になると思う! たった1000円だよ!」と「Black on White」を熱烈にリコメンドしている。これは本当に間違いないことで、普通であればS席10000円を超えてもおかしくない内容・編成の本作を、高校生以下ならば前売り・当日ともに1000円という破格で観ることができる。

「さっきゲッベルスからの影響についてしゃべったけれど、けっしてあこがれの人そのものに自分がなりたかったわけでも、フォロワーになりたかったわけでもないんです。でも、作品に触れて、それを作った人の近くにいることで、自分が何者なのか、そして彼らと自分の関心がどう違うのかを、僕は知ることができたんです。ゲッベルスやジョン・ゾーン、クリスチャン・マークレーはみんな僕にとって、そういう鏡のような存在だった。若い人にも、こういう出会いの経験をしてもらいたいな。

いつも言っているように、自分の身の回りやインターネットを通じて触れられる楽しい物事なんてたくさんあるでしょ。そのままだったら出会うことのない世界に存在する、だけどとても強いインパクトを持つ表現に事故のように出くわすためには、ちょっとの好奇心や行動力が必要。

僕らの若い時代のほうが今よりも行動的だった、なんて言うつもりは毛頭ない。でも自分を振り返ってみると、もしも子ども時代の好きなものだけで成長していたとしたら、山口百恵とキャンディーズが音楽のすべてだったかもしれない(笑)。もちろん2組とも素晴らしいアーティストだけどね!」

左からKYOTO EXPERIMENT プログラム・ディレクターの橋本裕介、大友良英。

若い頃の苦労は買ってでもしろ、とはよく言うけれど、こと芸術に関して言えば「若い頃の事故(のような出会い)には喜んで向かっていけ」ということなのかもしれない。新しい世界との遭遇は、あなたの知識や経験をぐぐぐっと拡げてくれるはず。今回、ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン「Black on White」が上演されるのは京都だけ。若かりし日の大友さんのように、ぜひとも夜行バスなどを予約して、京都に向かってほしい。

「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017」
2017年10月14日(土)~11月5日(日)

京都府 ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、京都府立府民ホール“アルティ”、京都府立文化芸術会館 ほか

ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン
「Black on White」
2017年10月27日(金)・28日(土)
京都府 京都芸術劇場 春秋座

構成・作曲・演出:ハイナー・ゲッベルス

演奏
  • ディートマー・ヴィースナー(ピッコロ、バスフルート)
  • キャサリン・ミリケン(オーボエ、ディジュリドゥ、ボーカル)
  • ローラント・ディリー(クラリネット)
  • マティアス・シュティヒ(コントラバス、クラリネット、サクソフォン)
  • バルバラ・ケーリク(ファゴット)
  • ザール・ベルガー(ホルン)
  • ウィリアム・フォアマン(トランペット)
  • ウーヴェ・ディルクセン(トロンボーン)
  • ヘルマン・クレッツマー(アコーディオン、サンプラー、シンバル)
  • ウリ・ヴィゲット(クラヴィコード、ハープ)
  • ルミ・オガワ(ツィンバロン、パーカッション、スピーカー)
  • ライナー・レーマー(パーカッション)
  • ジャグディーシュ・ミストリ(バイオリン)
  • スヴァンチェ・テスマン(バイオリン)
  • フレヤ・リッツ-カービィ(ヴィオラ、ボーカル)
  • エヴァ・ベッカー(チェロ)
  • ミヒャエル・M.カスパー(チェロ)
  • ヨアヒム・ティネフェルト(コントラバス、エレキベース)
大友良英(オオトモヨシヒデ)
音楽家。ギタリスト、ターンテーブル奏者、作曲家、映画音楽家、プロデューサー。1959年横浜生まれ。十代を福島市で過ごす。常に同時進行かつインディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽を作り続け、その活動範囲は世界中におよぶ。映画音楽家としても数多くの映像作品の音楽を手がけ、その数は70作品を超える。近年は「アンサンブルズ」の名のもと、さまざまな人たちとのコラボレーションを軸に、展示する音楽作品や特殊形態のコンサートを手がけると同時に、障害のある子どもたちとの音楽ワークショップや一般参加型のプロジェクトにも力を入れ、2011年の東日本大震災を受けて福島でさまざまな領域で活動をする人々とともに、プロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げるなど、音楽に収まらない活動でも注目を集める。2012年、プロジェクトFUKUSHIMA!の活動で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞、2013年にはテレビドラマ「あまちゃん」の音楽など多岐にわたる活動で東京ドラマアウォード特別賞、レコード大賞作曲賞他数多くの賞を受賞している。