音楽ナタリー Power Push - 悠木碧

私の声だけで作り上げる“白い生き物”と“白の世界”

白ほど強い色はない

──実際今作のキメラも、悠木さんが好きだけどグロテスクにも思っているチョウやキノコの群生地を歩いているわけですしね。

はい。そのあと「鍵穴ラボ」でキメラは“おんなのこ”と出会うんですけど、母音しか話せないからコミュニケーションは上手に図れない。けど “おんなのこ”のことが好きだから「レゼトワール」では「お名前教えてみて」「アウア」、「きみは言う『生きることや死ぬことはよくわからない』」「アアアアイ」っていうコミュニケーションを図ろうとするんです。

──なるほど。そうやって「トコワカノクニ」の物語は進んでいくのか。

ここで1回逆転させてるんですよ。成立していないコミュニケーションなんて、それこそ雑踏の中のノイズみたいなものなんだけど、それでもなおコミュニケーションを図ることの美しさみたいなものにフォーカスを当ててみているんです。

──まさに「○○だけど好き」ですね。雑踏や群れているものは苦手だけど、それでも好きだからコミュニケーションを図る、と。

そうですそうです。そして「シロキマボロシ」ではもう1回逆転させて、何とも群れないことを歌ってみた感じなんです。

──だから何者にも染まっていない「白」がタイトルや歌詞のキーになっていると。

あっ、むしろ逆ですね。白ほど強い色はないと思っているんです。服に取り入れるにしても、ちょっとコーディネイトを間違えると安っぽくなることもあるし、差し色のつもりで使ったのに「白い服を着てる」って言われることもありますし。私、自分のイメージカラーは白だって言ってるんですけど、それはふわふわしていたり、優しかったりする一般的なイメージの白ではなくて、もっと主張してくるし、ときには狂気的にすら映る白のことを言ってるつもりなんです。

有機的な白と人工的な白

──悠木さんは2014年の1stシングル「ビジュメニア」のインタビューでお芝居をするときや歌うとき、登場人物の心情を色で捉えるとおっしゃっていましたけど(参照:悠木碧「ビジュメニア」インタビュー)、先ほどのお話にもありましたし、ジャケットのイメージもそうだし「トコワカノクニ」の一連の楽曲を歌うときはやっぱり白をイメージした?

そうですね。ただその白は「ビジュメニア」のときとはちょっと違う白で。あの曲を歌うとき頭に思い浮かべているのは、人工的な白なんですけど……。

──「ブラックライトを当てるとバッと光る白」、つまりYシャツや白衣のような白をイメージしたと言ってましたよね。

あの曲のヒロインだったサドな幼女のビジュメニア氏が白いものに憧れている子、白い存在になりたい子だったので、私がイメージしたのも作られた白だったんですけど、今回はもっと有機的な白ですね。

──それこそエノキダケやモンシロチョウのような白?

まさにそういう感じです。キメラ自体、生まれながらの白い生き物ですし。

──ではなぜ、キメラを白い生き物にしようと?

それが具体的なきっかけになったわけではないんですけど、あるときカリフラワーを畑で見てハンパない衝撃を受けまして。緑の葉っぱと茶色い土っていう非常に自然なカラーリングの世界に突然白い塊がドカンッと現れる……でも作り物じゃなくて緑や茶色と同じ自然界が生み出した色であるいう事実にビビらされたんです(笑)。それはエノキもそうなんですけど、なんでこの植物はもっと周りと調和するような色を選ばなかったんだろう?っていうのがすごく不思議で、ずっと印象に残ってたからかなあ。「キメラを白い生き物に」っていうのは言ってしまえば思い付き。なんとなく「キメラは白い世界に住む白い生き物にしよう」って思い立って、そこから有機的な白をイメージしたらエノキやチョウっていうモチーフが思い浮かんだし、カリフラワーのエピソードが思い出されたりもしたんですよね。

今はまだ息が荒い状態なのでちょっと待ってください

──今回、自らの声だけでトラックを構成するという、悠木碧のディスコグラフィはもちろん、音楽シーンにおいてもユニークな1枚を完成させたわけですけど、次の作品の構想ってあったりします?

どうしましょう?(笑) 今までのCDよりもリリースした瞬間のバックファイヤーが大きすぎたというか、今まではCDをリリースした直後には次のアイデアが思い浮かんでたんですけど……。

──そうですよね。「イシュメル」リリース直後には「トコワカノクニ」の構想があったわけですもんね。

でも今はまだ息が荒い状態なので(笑)。今までもそのとき表現したいことをスタッフの皆さんと一緒に最高のクオリティでお届けしてきたつもりなんですけど、今回は特に「とりあえずこの肩で息をしている状態が収まるまで待って」って言いたくなるくらい、出し切った感があるんですよね。

──例えばこの作品を引っ提げてのライブとかは?

確かに、直接皆さんの前で歌うと最強のものになるとは思うんです。声に込めた感情や魂をCDを介さずにダイレクトに伝えられるわけですから。でも私はソロ活動を始めてからずっとそうなんですけど、盤で最強のものを作りたいと思っているし、作ってきた自信もあるんです。特に「トコワカノクニ」に関してはその再現の難しさも含めて、過去最強の盤だと思っているので、ライブは難しいかなあ。……ただ、確かにこういうアルバムだからこそライブでやってみても面白そうではありますね。ほかのパートはオケで流しながら、ただただ私が主旋を歌うっていうのだとつまらないけど、なんかこの「トコワカノクニ」の世界をまた別の視点、解釈で捉えられる表現が見つけられたら、それはステージで試してみたいかなっていう気はしています。

3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」 / 2016年12月14日発売 / FlyingDog
初回限定盤 [CD+DVD] / 3240円 / VTZL-113
通常盤 [CD] / 2700円 / VTCL-60429
CD収録曲
  1. アイオイアオオイ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
  2. サンクチュアリ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans]
  3. マシュバルーン
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
  4. 鍵穴ラボ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:inktrans]
  5. レゼトワール
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:kidlit]
  6. マシロキマボロシ
    [作詞:藤林聖子 / 作曲・編曲:bermei.inazawa]
初回限定盤DVD収録内容
  • 「レゼトワール」Music Video
  • アルバム収録全曲の5.1chサラウンド音源
悠木碧(ユウキアオイ)

3月27日生まれ、千葉県出身の声優・歌手。4歳の頃から子役として活動し、2003年にテレビアニメ「キノの旅」で声優デビュー。2008年放送の「紅」では初のヒロインに抜擢され、その後さまざまな作品で主要キャラクターを演じる。2011年には「魔法少女まどか☆マギカ」の主人公、鹿目まどか役で大きく注目を集めた。またその一方で2012年3月に1st“プチ”アルバム「プティパ」を発表し、アーティストデビューも果たす。2013年2月には新居昭乃らを迎えた2nd“プチ”アルバム「メリバ」をリリースし、11月には神奈川・横浜アリーナでのアニソン系イベント「ANIMAX MUSIX 2013」に出演。そして2014年1月、表題曲がアニメ「世界征服~謀略のズヴィズダー~」のエンディングテーマに採用された1stシングル「ビジュメニア」を発表し、わずか3カ月後となる4月にはアニメ「彼女がフラグをおられたら」のオープニングテーマ「クピドゥレビュー」をリリース。同年夏の「Animelo Summer Live 2014 -ONENESS-」への出演などを経て、2015年2月、1stフルアルバム「イシュメル」を完成させた。そして2016年12月、メインボーカルからリズムに至るまですべてのパートを自らの声のみで構成する3rd“プチ”アルバム「トコワカノクニ」を発表した。