ナタリー PowerPush - 吉井和哉

転換期を示す新曲「点描のしくみ」

「海へいこう」は自分の夏感が入ってる

──今回のシングルは、カップリングもとてもいいですね。

「海へいこう」は、うちのバンドのキーボードの鶴谷(崇)くんに手伝ってもらって、アコギとベースとドラムは僕がやって。ドラムは一気に叩いてるテイクで、途中キックが抜けちゃったりしてるんだけど、ストレスのない空気の中でやれてるのが結構好きで。何気ない曲だけど、自分の中ではすごくいい空気が得られた曲なんですよ。歌詞の内容もそんなにハッピーではないけど、ゆくゆく意味が出てくる曲になるのかな?っていう。ライブでの代表曲とかにはならないかもしれないけど。

──「海へいこう」はどうやってできた曲なんですか?

普通にストックの中にあった曲で。「どんな曲があったけ?」と思いながら自分のボイスレコーダーを聴いてて。デモをアコギで弾いてたんですけど、僕の中では「これ、ノラ・ジョーンズだ!」と思って(笑)。

──サウンドはブルースで土臭い部分もあるけど、とても透明感のある美しいメロディの曲ですよね。ただ歌い出しは強烈で。「無理矢理戦地へ行かされた兵士は 血だらけの敵陣を見つめて 『早く死んでくれ 早く楽になってくれ』と思ったんだそうだ 戦争の話はもう聞きたくない 戦争の話はもう聞きたくない」っていう。

元々は自分の父親のことを歌ってたんだけど、そこはカットしちゃったんです。で、シングルが出るの夏だし、夏の曲って僕あんまり書くタイプじゃないんだけど、こういう夏の歌もいいんじゃないかな?と思って。ドライブにどうぞっていう(笑)。

──今までも戦争をテーマにした作品はありましたよね。

「ジャガー・ハード・ペイン」(※1994年にリリースされたTHE YELLOW MONKEYのアルバム)(笑)。

──YOSHII LOVINSONの「HATE」もそうですけど。

そうだね。うちの父親って、僕が小さいとき、26歳で亡くなったんだよね。で、母親に話を訊くと、軍歌とかが好きだったって言うんですよ。なんでだろう?と。それはもう死んじゃったから聞けないんだけど。僕も戦争とか嫌だし大反対なんだけど、戦争のこと歌っちゃうんです。その心理が自分でもわかんないんだけど、たまに歌いたくなる。あと今回、ジャケットを書いてくれた大城(清太)さんが沖縄の方で、お会いしてお話したときに「ああ『海へいこう』をやろう」と思って。ジャケットに大城さんのおばあちゃんの言葉が載ってるんですよ。そのジャケットは「子供が宝でしょ」っていうテーマで書いていただいたんですけど。

──そういうつながりもあったんですね。今回は、戦争についての歌ですけど、ヘビーな部分から始まって、明るくて開放的な終わり方が特徴的ですね。「海へいこう 全ての赤い血を 洗い流した エメラルド色の海 おばあちゃんに会いにいこう」って。

僕、夏に父親が死んでるから、夏って自分にとっては「イエーイ! 海だぜ!」っていう季節じゃないんだよね。残酷に暑くて、寂しい季節みたいな。だから蝉の鳴き声とかも哀しく聞こえるし。夏感が入ってるんじゃないですかね、自分の。

最近ロックシンガーとしての覚悟がついた

──一方「ロックンロールのメソッド」は、映画のタイトルと引っ掛けた吉井さんらしいユーモアセンスがあふれた曲ですけど、今あえて「ロックンロールのメソッド」って歌うっていうことは、それなりの覚悟があると思うんですよ。「やっぱりロックンロールをやるんだ!」っていう気合が伝わってきますけれども。

ちっちゃな決意表明がね。こっそり決意表明(笑)。

──「やらねばネバー ネバーネバーネバー」って歌詞なんてまさに(笑)。

ははははは!

──やっぱり、今まではどこかでロックをやることがダサいんじゃないかっていう……。

って思ってたの。なんだけど、でもそれしかできないなってつい最近気付いて。

──最近ですか?

そう、本当に最近気付いて……。

──じゃあ「揺らせ揺らせ 魂揺らせ 恥ずかしがることはないんだぜ」っていう歌詞は自分に対して言ってるところもあるんですか?

そうです。曲出しの締め切りの最終日に、もう「やらねばネバー ネバーネバーネバー」っていう(笑)。 「すみません、もっと早く仕上げます、次からは!」ってスタッフに毎回言ってるんですけど。今の日本のロックシーンの主流ってなんですかっていうと、はっきりしてないでしょ? 僕みたいにハンドマイクで歌う人って、ヴィジュアル系の人ぐらいしかいなくて、いわゆるロックンロールの人たちって、ギター持って歌ってたり、スタンドマイクだったり。ミック・ジャガーみたいにハンドマイクを持って歌う人って今日本にあんまりいないじゃないですか? だから、もう、古いのかな?と思って。ハンドマイクで右往左往するシンガーってもういらないんじゃないか?と思ったりしちゃってたんですよ。かといって、ぼーっと立ってスタンドマイクで歌ってると、「今日は元気がないね」って言われちゃうし。それがすごい嫌で。

──なるほど。

ステージングひとつとってもそうだけど、全てにおいてそうなわけですよ。Twitterでは「吉井和哉のDメロは神」って書かれたりしてますけど、熱血なDメロがあってサビに、っていう曲展開は嫌だって言ってた時期もあったし。僕が曲を作り始めた時代っていうのは、イントロがあって、AメロがあってBメロとかサビがあってギターソロがあって間奏があってっていうのだったけど、でも今の若い子たちの王道のパターンはそうじゃないのかもしれないな、とか。ここでギターソロやる必要があるのか、単に時間稼いでるだけじゃねえか、とかそういうツッコミがいちいち入ったりして、いろいろぐるぐるしてましたけど、でもそれはもう自分の芸風だから。周りに誰もいなくても、ロンサム・ジョージみたいに1人でやってりゃいいじゃん、ってつい最近思いました(笑)。ロックシンガーとしての覚悟がついた、と。それでも自分の世代の自分の王道を大事にするしかないよねっていうのが最近の吉井和哉です。

──まだまだやりたいことも山積みみたいですからね。

まだまだハンドマイクで右往左往しないとね(笑)。

映画情報

2012年9月15日(土)よりシネクイントほかで全国公開

吉井和哉(よしいかずや)

吉井和哉

1966年生まれ。THE YELLOW MONKEYのボーカリストとして1992年にメジャーデビュー。以後、2004年の解散まで数々のヒットシングルを生み出す。2003年10月にはYOSHII LOVINSON名義でシングル「TALI」をリリースし、事実上のソロデビューを果たす。2006年には現在の吉井和哉名義にし、ソロとして3枚目のアルバム「39108」を発表。以降も精力的にリリースやライブを重ねている。グラマラスなサウンドと歌声は多くのリスナーを魅了しており、他アーティストからの評価も高い。