ヨルシカ|気鋭ボカロP・n-bunaが新たに挑む“バンド”という表現手段

感情のない無機質さが面白いボカロと、感情を込めて表現できる生歌

──今回はVocaloid曲とはまったく別軸の、ヨルシカの2人によるヨルシカの音楽として作品が世に出ますけど、聴く人の中にはすでにn-bunaさんのVocaloid楽曲を知っている人も多いと思うんです。ボカロPとして、ヨルシカとして、あるいは作家としての活動内容における意識の違いはどこにあるんでしょう。

n-buna それがまさにヨルシカというバンドを始めた理由でもあって。まず作家仕事のほうは、そのアーティストに「どんな曲が合うんだろう」って考えるところから入って、そこに僕の色を出しながら提供するのが使命だなと思うんです。一方で、ボカロで僕がやりたいことって、もうけっこう決まっていて。ボカロって、言ってしまえば声に感情がないじゃないですか。がんばって付けることもできますけど、声に感情がないこと自体、ボカロの長所だと僕は思うし、だからこそ聴く人が感情を好きなふうに入れられる。僕がボカロで作った歌に、リスナーの方が自分の経験や感情を当てはめて、いろいろな聴き方をしてくれるっていう。と言うことは、歌詞に重きを置いた聴き方をされやすいのかなって思うんですよ。それにボカロって、感情のない無機質さこそが面白い音楽じゃないですか。ある意味、アーティストとしての色を感じさせない。

──こと歌に関してはそうですね。

ヨルシカ「靴の花火」ミュージックビデオのワンシーン。

n-buna はい。曲においては作曲者ごとの色も出ると思うんですけど。歌においてはそれを感じさせないっていうのが、この文化がここまで発展してきた理由だろうなと思うから、そういう要素を生かした曲を作っていきたいんです。で、ヨルシカのほうは、人間的な表現に重きを置いたものを始めたいなと思っていて……ボカロにはボカロにしかできない表現がありますけど、人間には人間ならではの表現があると思うんですね。さっきの「靴の花火」での、AメロとBメロで抑えて、サビで抑揚を付けるっていうやり方であったり。やっぱりこれは人間の歌でこそ感情が込もるんです。その感情が歌詞に意味を与えると思うんです。ボカロとは逆に、この歌詞はこういう物語でこういう感情が歌われていますっていうことをしっかり表現したいときに、人間の声なら歌詞に持たせた意味が生きると思うんですよね。そういう人間的な表現を突き詰めることをヨルシカの活動でしていって、いいものを作りたいなって。

──n-bunaさんの中から出てくる言葉やメロディに乗っかる感情を、あえて歌には込めずに作るのがボカロ曲だとすると、それを続けていく中で、もっと自分の感情をそのまま形として出したいという欲求が出てきたということでしょうか。

n-buna もともとそっちの表現もやってみたいとは思っていました。作りたい曲がたくさんあり過ぎて、ボカロで映える曲と映えない曲っていうのもありますし、まさにそういう理由で以前からバンド形式での活動をしてみたかったんです。「雲と幽霊」っていう曲もけっこう前にできていたんですけど、この曲をボカロに歌わせるのは何か違うなと思って、ずっとストックとして放置していて。もしかしたらそのときの違和感がヨルシカにつながっていったのかもしれないですね。

勘がいいと言うより、n-bunaくんの曲だからわかるんです

──自分から出たメロディや言葉に、より人間味を持たせた状態で投影するのがヨルシカのほうで、でもn-bunaさん自身が歌うわけではない。それをsuisさんに託すにあたっては、どんなオーダーをしたんでしょう。

n-buna 「感情を込めて」っていうことは、レコーディングのときによく言っていた気がします。

suis でも、それほど要求はされなかったんですよ。

n-buna 人間の声で歌っているだけで、絶対に意味が出てくるじゃないですか。それだけでけっこう満足できるんです。

ヨルシカ「靴の花火」ミュージックビデオのワンシーン。

suis n-bunaくんと私が曲を聴いて「こうしたいな」って見えている完成系が、もともと近いのかなって。だから叩き台として出したものでも2人の間で「このまま行こう」って思えることが多かったです。曲に対する解釈や、この曲はこういうふうに歌いたいっていうわたしの気持ちが、そんなにn-bunaくんとズレないというか。

n-buna イメージのズレがないのは楽ですね。勘のいい方なので、僕の要求のニュアンスをだいたい理解した状態で歌ってくれていたと思います。

suis 勘がいいと言うよりは、n-bunaくんの曲だからわかるんですよね。ボカロ曲を聴いたときから、n-bunaくんの曲に対しては「歌ってみたいな」という衝動が強くて……すごく自信過剰なんですけど、リスナーだったときから「私が歌ったら合うだろうな」っていうおこがましい感情があったんです。だからn-bunaくんの描くこういう世界観に対して、自分はほかの人の曲よりもずっと入り込めるし、相性がよかったんだなって思ってます。一方的かもしれないんですけど(笑)。

──でも、n-bunaさんはイメージが違ったら、ちゃんと「違う」って言うタイプですもんね?

n-buna 言いますね(笑)。

n-bunaの夏、suisの夏

──ヨルシカというユニット名にはどんな由来があるんでしょう。

n-buna 「雲と幽霊」の2番に「夜しかもう眠れずに」っていう歌詞があるんですけど、以前から「夜しか眠れない」っていう言葉が頭の中にあって、だからこの曲にもこういう歌詞を付けたんです。そのフレーズが好きで、語感もすごくよかったしそこから取りました。

ヨルシカ ロゴ

──ロゴマークにはどういう意味が?

n-buna デザイナーの方にいろいろと案を出していただいて……。

suis これってシカの目なの?

n-buna そういうわけではなかったんだけど、それもいいかもね。月と月が向かい合っているモチーフで、時計の針にもなっている……6時から夜っていうことで。

suis ああ、なるほど! すごいなあ。

n-buna それに目っぽくもあるから、「眠れず」からのつながりもあって、いいロゴになったと思います。

──アルバムタイトルは「夏草が邪魔をする」。文字通り、夏の作品になってます。

n-buna そうですね。僕の作りたいものとして今は夏がブームなので(笑)。夏男なので、年中夏のことを考えながら曲を書いてます。

suis 心に夏があるんですね(笑)。

──昔からそういう傾向がありますよね。

n-buna 夏の情景が大好きなんです。夏の空の青さとか、草原や木陰、川、海、蒸し暑い感じ……全部が好きなんです。僕は情景から物語や歌詞、曲を生み出すタイプなんですけど、夏のちょっと切なくて透明感がある雰囲気が好きだから、いつもそのイメージが出てくるんですよね、たぶん。

──とは言っても、n-bunaさんの夏って、キラキラしてて太陽がバーン!みたいなイメージではないですよね。

n-buna いやあ、キラキラはしてないですね! 間違ってもパーティピーポーみたいな、湘南の海水浴場みたいなイメージではないんですよ。鹿児島あたりの海岸沿いの街の、ひっそりした砂浜とか。そういう景色が好きで、それを想像したり描写しているんだと思います。

──suisさんは夏は好きなんですか?

suis 私も夏は大好きです。でもn-bunaくんの夏みたいなキレイな情景というよりは、「人、住んでるのかな?」「でも洗濯物は干してあるな……」みたいなコンクリート壁の古い団地のイメージ。その脇に生えてる木の葉っぱに螺旋階段から手が届く……みたいな。部屋の中はクーラーが効いてて、ちょっと汚くて。

──ベランダに室外機があって、みたいな?

suis そうそうそう! 室外機があるんですよ!! それでファンが回ってて……そういうのが好きなんです(笑)。だから同じ夏でもちょっと違うのかなと思いつつ、でも私はn-bunaくんの曲を聴きながら、そういう気だるい夏を想像して楽しくなってました。解釈違いだったのかなって今わかりましたけど(笑)。

ヨルシカ「夏草が邪魔をする」
2017年6月28日発売 / U&R records
ヨルシカ「夏草が邪魔をする」初回限定盤

[CD]
1620円 / DUED-1223

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収録曲
  1. 夏陰、ピアノを弾く
  2. カトレア
  3. 言って。
  4. あの夏に咲け
  5. 飛行
  6. 靴の花火
  7. 雲と幽霊

公演情報

ヨルシカ 1st Live「夏草が邪魔をする」

2017年7月9日(日)東京都 新宿BLAZE

ヨルシカ
「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaと、彼のライブでボーカルを務める女性シンガーのsuisにより結成されたバンド。n-bunaの持ち味である心象的で文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを投稿。6月に1stアルバム「夏草が邪魔をする」をリリースした。