音楽ナタリー Power Push - YEN TOWN BAND

小林武史、“あいのうた”から20年

サウンドの進化を空想していく

──そもそも小林さんは今年、YEN TOWN BANDのアルバムを作るつもりでいたのですか?

そうですね。アルバムを作るつもりでした。

──今回のアルバムを聴かせていただいて、映画「スワロウテイル」の世界観をどこまで意識しているのかが気になりました。個人的には、それほど意識してはいないのかもしれないな、と。

YEN TOWN BANDロゴ

それなりにYEN TOWN BANDであることは意識しましたけど、「スワロウテイル」というよりも、YEN TOWNですね。漢字で書くと円都。岩井くんも言っていたんですが、僕はYEN TOWNって入れ物みたいなものだと思っているんです。

──かねてから小林さんはYEN TOWNを「入れ物」という言葉で表現してきましたよね。

お金や移民など、YEN TOWNはさまざまなものをテーマにしていると思うんですけど、僕の中にはまだ解決していないものとして存在していて。そこに現代的な記号を代入してやると、当時とはまた違った作品ができあがる感じ……だからYEN TOWNのことを「便利な装置」という言い方をしたこともありました。

──YEN TOWNは創作する際のモチーフになり得るし、20年経った今でもモチーフとして有効だということですか?

そうですね。僕が勝手に思っていることですけど。

──YEN TOWN BANDは映画の中に存在する架空のバンドなので、それだけで十分コンセプチュアルな存在ですけど、今回のアルバムで、「小林さんは自由にロックに取り組まれたんだな」と感じました。「コンセプトを度外視して」というと正しいかわかりませんが。

うーん、「自由」ってことを表したかったというのはあるかもしれません……どう言ったらいいんだろう。まあ完全に自由になることなんてないわけで。それなりにYEN TOWN BANDであることを意識していますしね。とはいえ、サウンド的には自由な魂を持っていろいろなアプローチができたと思います。20年前の映画では、作品の中に刻み込まれるべきものを詰め込んだつもりです。そしてそれはさっきも話した通り、1990年代半ばではあまりないような初期衝動を大事にしたサウンドだったんです。そういうものをとにかくマニアックに作っていきました。そして今回は、そういう“初期衝動的なロックからどれだけサウンドの旅ができるか”を追っていった感覚があるんです。

──旅ですか。

アルバムタイトルにもありますが、早い段階で「多様な旅」をテーマにしようというのがあったんです。60~70年代のロックも、いろんな旅をしながら進化していったと思うんですね。そしてしばらく、ロックにとってすごくいい時代が続いた。そんなふうにじゃないですけど、今回のアルバムは20年前のサウンドをなぞりながら自分たちなりにその進化を空想し、それを表現していくプロジェクトだったと思います。

Charaのロック的な鳴らし方

──アルバムの幕開けを告げる「Fantasy」はゆったりとしたフォークロックナンバーで、この曲がアルバムの方向性を指し示したような印象です。

1曲目ってアルバムのガイダンスみたいなものになることが多いんですよ。ポール・マッカートニーがWingsってバンドをやっていたじゃないですか。Wingsはポップミュージックでありながら、ロックの要素をいろいろと採り入れていて。そういったものへのオマージュというか、まあ意識をしました。でも昔は日本であまり「Wingsが好き」って言えなかったんです、なんか軟派な感じがして(笑)。

──そうだったんですね(笑)。

そういう時代があったんです。

──アルバム全体のことで言えば、多様で、曲順も非常に凝られたもので、トータリティがあって。

曲順、いいでしょ? 「MONTAGE」はスタイルがある作品だと思うんですけど、今回はあのスタイルを踏襲していこうというプロジェクトじゃない。だからものすごく多様な楽曲で構成されたものになりました。

──収録曲の中で、小林さんがお気に入りの1曲を挙げるとしたら?

僕は「イェンタウンクラブ」が気に入っていますね。

──ギターもドラムも派手で力強く、ベースラインはダンサブルです。

小林武史

うん。かつてロックとディスコミュージックがクロスしていった時代があったんですよね。ロックがディスコを吸収しようとして、単に「オシャレ」みたいな雰囲気で止まらずに音楽的に融合していって。そういう混ざり方っていいなというのがあったんですけど、この曲ではそれがうまくいったと思います。

──それでいうと「Kiss me with your eyes」もそういうテイストですね。

うん、そうですね。ところでアルバム全体的に音質はどうでした?

──音の質感に関しては、小林さんが言うところの“初期衝動型”のレコーディングの雰囲気を狙ってる感じがしました。

そうですか。

──ただ、緻密さも備えています。今回のレコーディングはPro Toolsですか?

そうですね、録音は。実際今回も「MONTAGE」のときのようなやり方を模倣して作業することはできたし、あのやり方に寄せることも考えました。でもそれを今のCharaでやったら……例えば前の作品を銀に例えるなら、今回の作品が“いぶし銀”みたいになってしまうんじゃないかと思って。「さすが、いぶされてんなあ」って感じに(笑)。個人的にはあまり“いぶし自慢”をするのは楽しくないんです。

──リスナーとしては“いぶし銀”な作品もいいですけどね。

そうですか(笑)。とにかくアルバムは楽しく作れました。聴いていても楽しいアルバムじゃないですか? ボーカルに関しても、Charaのソロの作品よりも、もう少し歌を全体のサウンドに預けている感じで。個人的にはリードボーカリスト・Charaの“ロック的な鳴らし方”がしっかりできたことに満足感がありましたね。さらにそれがテクノロジーと相まって強烈になって……唯一無二というか、なかなかほかのものに例えることはできないボーカルになっていると思いますね。

新旧の楽曲をライブでどう混ぜるのか

──YEN TOWN BANDが劇中バンドから、いよいよ現実のロックバンドとして独立したことを示すようなアルバムで。

映画から20年経っていますからね。

──ロックバンドはやはりライブです。直近のライブについても聞かせてください。

最近ライブをやって、YEN TOWN BANDの音に予想以上に手応えがあったんですよね……再始動自体、そこから始まったプロジェクトではありますけど。

──小林さんは7月末に「Reborn-Art Festival 2017」のプレイベントとなる「Reborn-Art Festival × ap bank fes 2016」を開催します。YEN TOWN BANDもライブを行いますね。こちらでは昔の楽曲も演奏されるのですか?

まあ、それは。「スワロウテイル」っていう映画の不思議さや、YEN TOWN BANDの音楽が持っている生命力。そういうものを若いリスナーに伝えたいという気持ちがあるので、やっぱりやったほうがいいかなと思いますね。

──新旧の楽曲、どうやってライブで混ぜるんでしょうね。

小林武史

キャリアを積んでいるアーティストの悩みどころですよね、それ。過去の曲の中にどうやって新しいアルバムの曲をまぶしていくのか……時間も限られているし。まあそこまで巧妙なことを考えているわけじゃないんですけど、やり方はいろいろあると思います。ちょっと別の頭で考えなければいけないですけど。

──イベントは出演者が豪華で、意外な人選もあって。

そうですね。昔の「ap bank fes」と比べたら、多様ですよね。ZAZEN BOYSまで。

──出演者はすべて小林さんがセレクトされているのですか?

いや、僕がすべて決めているわけではないんですよ。いろいろ「ああだこうだ」って言ってくれる人がいるんですよね。そういう若い人たちの声も聞きつつで。意外なセレクトになっていると思います。

ニューアルバム「diverse journey」 / 2016年7月20日発売 / UNIVERSAL SIGMA
初回限定盤 [CD+DVD] / 4536円 / UMCK-9852
通常盤 [CD] / 3240円 / UMCK-1547
アナログ盤 [アナログ] / 2016年9月14日発売 / 4104円 / UMJK-9064~5
CD・アナログ収録曲
  1. Fantasy
  2. コオルS.O.S
  3. イェンタウンクラブ
  4. EL
  5. 君が好き
  6. I'll Love You So
  7. my town / YEN TOWN BAND feat. Kj(Dragon Ash)
  8. アイノネ(diverse journey mix)
  9. Kiss me with your eyes
  10. オレンジ色
  11. Romance
初回限定盤付属DVD収録内容
  • 「my town」ミュージックビデオ
  • 「大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi」
    • Gold Rush
    • Sunday Park
    • Mama's alright
    • 上海ベイベ
    • My Way
    • She don't care
    • してよしてよ
    • アイノネ
    • Swallowtail Butterfly~あいのうた~

Reborn-Art Festival × ap bank fes 2016

2016年7月29日(金)宮城県 石巻港雲雀野埠頭(前夜祭)
<出演者>
Bank Band / ウカスカジー / Salyu / 東田トモヒロ / 藤巻亮太 / LEGO BIG MORL
2016年7月30日(土)宮城県 石巻港雲雀野埠頭
<出演者>
Bank Band / ACIDMAN / 大森靖子 / GAKU-MC / 金子ノブアキ / クリープハイプ / 黒木渚 / Cocco / ZAZEN BOYS / Salyu / スガシカオ / SUGIZO / SPECIAL OTHERS / 名越由貴夫 / 七尾旅人 / 藤巻亮太 / Mr.Children / WANIMA / and more
2016年7月31日(日)宮城県 石巻港雲雀野埠頭
<出演者>
Bank Band / 赤い公園 / APOGEE / あらかじめ決められた恋人たちへ / (仮)ALBATRUS / 安藤裕子 / YEN TOWN BAND / OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND / GAKU-MC / 佐藤タイジ(シアターブルック) / 佐藤千亜妃(きのこ帝国) / Salyu / SUGIZO / ストレイテナー / 津野米咲(赤い公園) / TOKU / ナオト・インティライミ / ハナレグミ / MISIA / Mr.Children / and more
YEN TOWN BAND(イェンタウンバンド)

1996年に公開された岩井俊二監督の映画「スワロウテイル」に登場した劇中のバンド。本作の主人公・グリコを演じたCharaがボーカルを、小林武史がプロデュースを担当し、同年にリリースされたシングル「Swallowtail Butterfly ~あいのうた~」とアルバム「MONTAGE」はオリコン週間ランキングでそれぞれ1位を獲得した。2015年9月に新潟・越後妻有で行われた芸術祭「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」内でおよそ12年ぶりにライブを開催。YEN TOWN BANDがライブを行うのは、2003年10月のイベント出演以来となった。また10月には約19年ぶりの新曲「アイノネ」を、FM NORTH WAVE、J-WAVE、ZIP-FM、FM802、cross fmの5つのラジオ局によるキャンペーン「JFL presents FOR THE NEXT supported by ELECOM」のテーマソングとして発表。同キャンペーンのライブツアー「JFL presents LIVE FOR THE NEXT supported by ELECOM」に参加し、全国5カ所を回る。12月にはシングル「アイノネ」を発売。2016年6月にはKjとのコラボ曲「my town」を表題曲としたシングルをYEN TOWN BAND feat. Kj(Dragon Ash)名義でリリースし、7月20日にニューアルバム「diverse journey」を発売した。