ナタリー PowerPush - 転校生

彼女はいかにして「転校生」となったか

角川ってなんですか?

──ここまで話を聞いた中で、はっきりとルーツだと言えそうな音楽はaikoしか出てきてないですけど(笑)、そこが不思議なんですよ。それでなぜこういうアルバムになったのか。

あ、でもいろいろ影響を受けた人たちもいるんですよ。aikoは歌手として好きですけど、多分音楽面は全然似てないと思います。音楽的に一番好きなのが、リリイ・シュシュで。あとSUPERCARとかSIGUR ROSとか。

──あー、なるほど。ビジュアルイメージは水本さん自身のアイデア?

提案はしていただいて、いくつかあった中から選びました。プールは前からイメージしてたんですけど、ちょうどそんなイメージが参考に挙げられてたので「これがいいです」って言って。

──このビジュアルイメージや「転校生」という名前が、簡単に言うと非常に"角川的"なんですよ。1980年代の日本にいた無垢な少女の匂いに、多くの大人たちが直感的に反応するんじゃないかと。これが外部の人が作り上げたイメージなのか、水本さん自身が持っているものなのか、そこのコントロール配分が気になっていたんです。

ほとんどは多分私です。この服も、転校生って名前も自分で決めて、ジャケットのイメージも「こうしたい」って自分で考えて決めたので。

──別に角川映画を意識してるわけじゃないですよね。

……あの、角川ってなんですか?

──えーと、具体的には80年代初頭のアイドル映画……原田知世さんや富田靖子さん、薬師丸ひろ子さんとか、そういうイメージですね。

ごめんなさい……原田知世さんがちょっとわからないんですけど……。

──えっ? なるほど完全にナチュラルボーンですね(笑)。角川知らずにこの雰囲気が出せるのはすごいなと思いますけど、僕もそうだったように、大人は水本さんの中に勝手に角川映画的なものを求めてしまうと思います。

角川映画……。

──固定観念が付かないように、できれば知らないままでいてください(笑)。結果的に、この「転校生」という名前が水本さんの音楽の魅力を端的に表現しているし、この名前が付いた時点で成功だと思うんですよ。ソロを始めた頃は別の名前だったとおっしゃいましたが、なぜこの名前に落ち着いたんですか?

転校生ってよそから来た人のイメージですよね。私自身、子供の頃からいつも輪の中に入りたいけど入れなかった、そういう自分の立ち位置や疎外感を「転校生」って名前が表してるって思ってて、もうこれしかないんじゃないかなって。

在校生にはなれない

──常によそ者であり続けた自分の人生がそのまま入ってると。この名前を背負った以上、これからもよそ者でい続けるわけですか?

はい。私がもう在校生にはなれないってことは、今まで生きてきてそう悟ってしまったので。自分が転校生だと認めるしかないというか、もう私はこれなんだ、みたいな感じだから。自分はそれでいい、と思いますね。

──でもね、この転校生、おそらく人気が出るんですよ。多くの人に受け入れられて、疎外感を感じなくなってしまうかもしれない。

あはははは(笑)。

──デビューに際してコメントを寄せているキリンジの2人や、夢眠ねむ(でんぱ組.inc)さん、西浦謙助(相対性理論、誰でもエスパー、SKAFUNK、進行方向別通行区分ほか)さんたちが好きになる気持ちもわかるし、彼らのファンにも刺さる音楽だと思います。このアルバムを出すと、「転校生」が持つ本来のコンセプトと相反して、多くの人からウェルカム状態で受け入れられると思うんです。そうなると、内に秘めたパンクな気持ちも薄まってしまうかもしれないし、音楽そのものが変化するかもしれない。それによって「転校生」であり続けるという根幹が揺らいでしまうんじゃないかと。

あー。でもですね、基本的に自分のパンクな部分や憎しみは隠してるつもりなんですよ。曲の中でも。そういう曲調にもしているし、気付かれないようにそうしてるので、自分がどういうふうにとらえられても、それでいいと思っています。わたし自身は多分ずっと変わらないです。

もっともっといい曲を書きたいなっていう気持ちが起きてます

──僕が個人的に一番気になった曲は「ドコカラカ」なんですけど。

おー。ありがとうございます。はい。

──「公務員になりたかった」というフレーズが、生きにくい人の心を端的に表しているようで(笑)。普通の人間に憧れている人の嘆きというか。演劇の世界ですが、大人計画、松尾スズキさんとも共通するものがあります。偶然でしょうけど。

別に変人でもないし、ずっと普通になりたかったのにうまく輪に入れない、みたいなのがあって。安定したいんですよ。公務員って安定職だから……。最初この曲、レーベルに「この曲入れるのやめよう」って言われてて。

レーベルA&R 泣いて抵抗したもんね。

「私はこの曲は絶対入れたほうがいいと思います」って言って。

──なぜ入れるのをやめようと?

レーベルA&R 曲数的には十分だし、これが最後に手を付けた曲だったんです。もう時間もないし、やらなくてもいいんじゃない? ぐらいの。

「絶対に気に入ってくれる人がいるから入れたほうがいい」と思って食い下がったんです。なので、この曲が好きだと言ってもらえるのはうれしいですね。

──ちなみに、先程おっしゃっていたソロ始動時の曲はアルバムにも入ってるんですか?

本当は入れるつもりだったんですけど、歌詞がものすごく恥ずかしくて。結局入れなかったんですけど、今思えばここで出してもよかったのかな……。

──紆余曲折ありつつも、こうして1枚のアルバムが完成したわけですが、この先の活動についてはどこまで考えていますか?

まだ全然、具体的にはないんですけど、周りによくいいって言ってもらえる「空中のダンス」や「人間関係地獄絵図」よりも、もっといい曲を書きたいなと思っています。

──曲のアイデアはどんどん湧いてくるほう?

レコーディングが終わったあとは、燃え尽きたようにやる気がなくなってしまったんですけど(笑)、いろんな人に「楽しみ」と言われると、もっとがんばりたいなと。もっともっといい曲を書きたいなっていう気持ちが起きてますね、今。

インタビュー写真

1stアルバム「転校生」/ 2012年5月2日発売 / 2300円(税込) / Easel / EASL-0011

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CD収録曲
  1. 空中のダンス
  2. 人間関係地獄絵図
  3. 東京シティ
  4. エンド・ロール
  5. ほうかご
  6. 家賃を払って
  7. ドコカラカ
  8. パラレルワールド
  9. きみにまほうをかけました
転校生(てんこうせい)

熊本県出身、埼玉県在住の水本夏絵によるソロプロジェクト。高校生時代からいくつかのバンドでボーカルとして活動していたが、2009年にはソロとしての活動をスタートさせた。Myspace上の楽曲を耳にしたレーベルスタッフから誘いを受け、関東に拠点を移す。2012年5月2日に1stアルバム「転校生」をリリース。