ナタリー PowerPush - 転校生

彼女はいかにして「転校生」となったか

ちょっと頭が悪かったので

──それまで音楽と縁遠かった人が自分で音楽を始めたというのは、結構大きな出来事だと思うのですが、それはどういうきっかけで?

最初は音楽をやるというより、まず「歌を歌いたいな」というのがあって。それを最初に思ったのが高校生のときですね。最初は歌を歌うと言ってもカラオケしか思い付かなかったんですよ。でも「音楽活動って何したらいいんだろう」と思って、aikoのライブDVDを見てるときに「あ、バンドだ!」と。それでバンドのメンバー募集をやってるサイトに書き込んだのがきっかけです。ケータイでそういうのを見つけて。自分で呼びかけたんじゃなくて、書き込んであるものに「私ボーカルやりたいんですけど」って。

──学内でのバンド活動じゃなく、メン募なんですね。どういう書き込みだったか覚えてます?「当方プロ志向」みたいな。具体的な目標のバンド名とかは書いてありましたか?

そういうのは書いてなくて、なんとなくボーカルを募集してます、みたいな。年齢が書いてあって、近かったから「この人たちいいかも」って思って送りました。

──全然音楽性がわかんなくて「ボーカル募集」って怖くなかったですか?

インタビュー写真

あはははは。なんか……ちょっと頭が悪かったので(笑)。

──頭(笑)。結局その人たちとはすぐにバンド活動を?

はい。たまたま当たりだったみたいで、ものすごくいい人たちだった。

──そのバンドではどんな曲をやってたんでしょうか。オリジナル?

いえ、コピーですね。aikoはバンドでやるとするとキーボードが必要になってきて、しかも曲が難しいから、もっとバンドでやりやすそうな、椎名林檎とか、GO!GO!7188とか。

──学内のバンドじゃないとすると、どういう場所で活動してたんですか?

熊本に「Django」っていうライブハウスがあるんですけど、そこで日曜とか休日のお昼くらいから高校生が出られるイベントがあって。「ロックンロールハイスクール」ってやつなんですけど、それにいつも出てましたね。

──そもそも中学の時点で学校内の人間関係には疲れてたわけですよね(笑)。そんな中で、学校外の活動はうまく行けたんですか?

バンドやってる人たちは、みんな音楽が好きっていうのがわかっていたので、学校より気楽に過ごせました。

貧乏も今となってはネタっぽい

──その頃、音楽以外にも興味のあるカルチャーはありましたか?

音楽だけでしたね。高校は中退しちゃったんですよ。高2の夏休み前に。「学校ってなんだ」みたいな感じになっちゃって……ありがちですけど。

──親は納得しましたか?

いや、実は兄も中退してるから、だからこそ「私は行かなきゃ」って思ってたんですけど、結局ダメで。「私も辞めたい」って言ったら「好きにしなさい」って。そこまで反対はされなかった記憶があります。

──基本的に親とは仲良かったですか?

仲は……お母さんとは良かったけど、お父さんとはすごく悪かったですね。

──ちなみに、この取材の前にスタッフの方から水本さんの貧乏エピソードを聞いたんですけど(笑)、この辺の話はOKなんですか?

大丈夫です(笑)。

──どの程度の貧乏だったんですか?

どの程度……親の給料日前には、冷蔵庫が空っぽになるとか。学費がちょっとつらいとか。

──それで心が歪んじゃうようなことはなかった?

親がそのことでケンカしてるのが日常茶飯事で。家もすごく狭かったので、聞かざるを得ない。「聞きたくもないのに」って思いながら。

──今は笑って話されてますけど、当時はつらくなかったですか? お会いする前、楽曲やビジュアルのイメージとその貧乏エピソードで(笑)、なんとなく深いトラウマを抱えた人を想像してたんですけど、案外あっけらかんとした人だなと思って。

当時はやっぱり「なんでこんな家に生まれてしまったんだろう」みたいな感じはありましたけど、今となってはネタっぽいというか。そういう経験があったからこその今だなとは思うので、そんなにトラウマというほどのものはないと思います。

やってくうちに「あれ? できないな」って

──高校を途中で辞めて、そこからはずっと音楽を?

そうですね、バイトしながら音楽やってました。

──アルバイトはどんなのをやってたんですか?

いろいろやりましたね。最初はコンビニとかミスドとかだったんですけど、なんでか続けられなくて。最初はいいんですよ。新鮮な気持ちでやれるっていうか。それがだんだんしんどくなってくるんですね。

──人間関係に疲れてくるんですか?

仕事自体は大丈夫なんですけど、そこに人が関わってくると、一気に億劫になるというか……。

──あはははは。そんななのになんで接客業ばっかり(笑)。

最初は自信があったんですよ。でもやってくうちに「あれ? できないな」って……。

──バンド結成のいきさつもそうですけど、わりと無自覚に飛び込んでいくタイプですよね(笑)。

やっぱちょっと、頭があまり良くない……(笑)。

──なるほど(笑)。バイトをしながら音楽を続けて、その先々のことは考えてましたか?

具体的にどうしたいのかわからなかったので、漠然としてましたね。東京に行ってオーディション受けて、とかそういうことも考えず、ただ音楽をやってプロになれたらいいなくらいの。気持ちはあったけど、行動に移すところまではいかなかった。

──行動に移す方法がわからなかった?

はい。やっぱり熊本にいると、そういうものがないんですよ。オーディションもないし、今ならYouTubeとかニコニコ動画とかMyspaceとか、知ってもらう環境がいろいろありますけど、その頃はまだそんなに盛んではなかったから。多分みんな、何かしたいけどできないみたいな状況だったと思うんですよ。

1stアルバム「転校生」/ 2012年5月2日発売 / 2300円(税込) / Easel / EASL-0011

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CD収録曲
  1. 空中のダンス
  2. 人間関係地獄絵図
  3. 東京シティ
  4. エンド・ロール
  5. ほうかご
  6. 家賃を払って
  7. ドコカラカ
  8. パラレルワールド
  9. きみにまほうをかけました
転校生(てんこうせい)

熊本県出身、埼玉県在住の水本夏絵によるソロプロジェクト。高校生時代からいくつかのバンドでボーカルとして活動していたが、2009年にはソロとしての活動をスタートさせた。Myspace上の楽曲を耳にしたレーベルスタッフから誘いを受け、関東に拠点を移す。2012年5月2日に1stアルバム「転校生」をリリース。