音楽ナタリー Power Push - 映画「SING/シング」特集 蔦谷好位置×三間雅文

夢のキャストが歌いつなぐ“動物音楽ドラマ” 工夫と愛に満ちた吹き替え版舞台裏

いしわたり淳治の絶妙な訳詞

──訳詞もシンプルでわかりやすかったですね。今回、日本語吹き替え版の訳詞はすべていしわたり淳治さんが手がけていますが、この人選は?

映画「SING/シング」のワンシーン。©Universal Studios.

蔦谷 僕の提案ですね。淳治くんとは何度も仕事をして気心も知れてますし。彼が以前、「一番好きな仕事は訳詞なんだ」と話していたのを覚えてたんです。オリジナルの歌詞の意味をしっかり伝えながら日本語としても覚えやすくて、しかも洋楽のビートにちゃんと乗るような訳詞を書ける人は、彼くらいしか思い付かなかった。

三間 スティーヴィーの「Don't You Worry 'Bout A Thing」みたいに物語の鍵になる重要曲はもちろん、ちょっとした楽曲にもセンスが光りますよね。例えばオーディションで3羽のウサギが歌う「アナコンダ」って曲とか、とってもかわいくて。

蔦谷 あれ、一瞬だけど超おかしいですよね(笑)。淳治くんは基本、どの曲についても3パターンくらい用意してくれるんですよ。オリジナルにかなり忠実なバージョンから、思いっ切り意訳したバージョンまで。しかも、オーディションのシーンみたいに短い曲が次々出てくるシークエンスだと、「ここでそろそろ笑いが欲しい」というツボも心得ている。そういう選択肢の中から、僕がチョイスしていきました。

大橋卓弥演じたギャップ萌えなゴリラのジョニー

──ゴリラのジョニーを演じた大橋さんの演出はいかがでしたか?

ジョニー ©Universal Studios.

三間 作業そのものはスムーズでした。ただジョニーの場合、父親のギャング団を手伝わされているという設定で、アクションシーンも多かったので、演出で意図的に熱量を足していったところは多かったですね。例えば、ゴリラは身体が重いので「そのセリフは、もっと足を踏ん張って言ってみてください」とか。

蔦谷 へえー、そういう体の動きからも声のリアリティを引き出すんだ。

三間 はい。原音(英語)がこうだから「そのセリフのキーを上げてください」という指示はできないし(笑)。いかにキャラクターの気持ちに近付けて声を出して、その表現をしてもらうかが、やっぱり重要だと思うんです。例えば子供の声って、一般的には高いと思われがちじゃないですか。

蔦谷 うん。確かにそうですね。

三間 だからプロの声優さんでも、子供の役になるとついハイトーンな声を出してしまう人が少なくない。でも僕、あれは順序が逆だという気がするんです。子供って、最初からキーが高いわけじゃなくて、テンションが高く1つのことに心が夢中になっちゃうから、結果として声が高くなるんだと思う。その順番は大事にしたいなと。

蔦谷 僕は今回、初めて卓弥くんとお仕事したんですけど、プライベートでは以前から知っていて、古いAORやソウルミュージックが聴けるバーに連れて行ってもらったことがあるんです。とにかく音楽全般に関する知識が半端じゃない。言うまでもなく素晴らしいシンガーですし、何より洋楽のメロディとかリズム感が体の中に染みこんでる人なので。歌手志望という設定のジョニー役には最適かなと。

三間雅文

三間 声質もぴったりでしたよね。ルックスはイカついのに、性格の優しさが声からにじみ出ているという。

蔦谷 いわゆるギャップ萌えですよね(笑)。劇中でジョニーが歌うエルトン・ジョンの「I'm Still Standing」は、まさに卓弥くんの得意分野。歌詞を日本語に置き換えたことでオリジナルのグルーヴ感を再現するのに苦労した部分はありましたが、そこは2人して「語尾にもう少し力を込めて音に粘りを出そうか」とか、細かく工夫しながらレコーディングしました。あと個人的に面白かったのは、中盤でジョニーがジョン・レジェンドの「All of Me」を練習するシーン。

三間 ありましたね! 物語的には、ピアノの弾き語りがなかなかうまくできずに苦労する場面なんですけど、やっぱり基本的に歌がうまい人なので。

蔦谷 練習のたどたどしさが、いまいち出なかったんですよね。で、ミックスの段階で三間さんから「あそこの部分、大橋さんの声をちょっとだけ細くできませんか?」というアイデアをいただいて。そのイメージに沿ってEQを調節したら一気に雰囲気が出た。さりげないシーンだけど、あそこは2人の共同作業って感じがしました。

日本のスカーレット・ヨハンソンと言えば長澤まさみしかいない

──オリジナル版ではスカーレット・ヨハンソン、日本語吹き替えでは長澤まさみさんが声を担当したヤマアラシのパンクロッカーのアッシュについては?

映画「SING/シング」のワンシーン。©Universal Studios.

蔦谷 英語版の「SING/シング」を観た際、実は最初に浮かんだキャスティングが彼女だったんです。ほかのキャラクターは基本、ミュージシャンをイメージしてたんですけど、この役は長澤さんしかいないなと思った。というのも以前、彼女があるドラマ内(「若者たち2014」)でリサ・ローブの「Stay (I Missed You)」を歌うのを見たことがあって。それがとてもよかったんですよ。

三間 へえ、蔦谷さんの中ではそれがきっかけだったんですか。

蔦谷 あとはまあ、「日本のスカーレット・ヨハンソンと言えば、長澤まさみしかいないよな!」という単純な刷り込みもあったかもしれないけれど(笑)。

三間 僕は長澤さんとは以前、映画版の「映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!」でご一緒したことがあって。演技力は申し分ないし、芯が強い方なのもわかっていたので。アッシュ役に関しては、ほぼ大船に乗った気分でした(笑)。実際、セリフも歌も素晴らしかったです。

蔦谷 劇中でアッシュが歌う「Set It All Free」は、いわゆるパワーポップっぽいアッパーな曲調で、本作の中では数少ないオリジナルソングなんですね。ストーリー的にも、彼氏とのゴタゴタを乗り越え自分を解放するシーンなので。日本語版でも、その解放感は出したかった。

三間 僕なんて、最初に長澤さんの音源を聴かせてもらったときは、オリジナル版と何が違うのかわからなかったくらいです。たしか長澤さんがミュージカルの「キャバレー」に出演される時期とこの曲のレコーディングが、ちょうど重なってたんですよね。

蔦谷 そうなんです! すでにボイストレーニングも相当重ね、スタジオに来ていただいた時点では声が完璧に仕上がった状態だった。なので、カーン!と突き抜ける歌い方を最初からバッチリしてもらえたし。テイク数も少なかったです。むしろサウンド全体をオリジナルに近付けるミックス処理のほうが、時間も手間もかかった気がする。

──それは、具体的にはどういう作業でしょう?

蔦谷好位置

蔦谷 オリジナル版の音源を細かく解析してみると、スカーレット・ヨハンソンの声質をよりパンクっぽく聴かせるために、音色自体をけっこう細かく作り込んであるんですね。日本語版でもその響きはなるべく再現したい。ただ、そもそも歌い手の声帯から言語まですべて違うわけですから、もし本国からEQの設定値をもらえたとしても、やっぱり同じサウンドにはならないわけです。そこを少しでも近付けるために、リバーブや歪みとか、いろんな数値をコンマゼロ単位で調整して……。

三間 うわ、それはメチャクチャ大変そうだ。だって、本国のチームが細かい解説書をくれるわけじゃないですもんね。

蔦谷 はい。送ってもらったボーカルトラックとオケのデータを頼りに、どうやって作っているか、こっちで考えるしかなかった。もちろん日本人キャストの声に合わせてオケに手を加えることも一切できませんでしたし。

三間 それって、手の込んだ料理を食べて、レシピなしで再現するようなもんでしょう? 改めて考えてみれば、相当な無茶振りじゃないですか。

蔦谷 いい比喩ですね(笑)。でもそのおかげで、ハリウッド作品の音楽がいかに細かく作り込まれているか、改めて体感できた気がします。アッシュに限らず、キャラクターの持ち味をEQの数値レベルに置き換えて表現する作業はすごく勉強になりました。

三間 なるほど。

蔦谷 あと、日本語バージョンに対して本国のOKが出なかった場合でも、リクエストに応じて作り直すだけじゃなくて。「なぜ日本チームはこの表現を選んだのか」「どうして日本の観客にはこのほうがフィットするのか」という理由を、なるべく丁寧に説明するようにはしてたんですよね。

三間 うん、そこはこっちも同じだった。何でも本国のイエスマンになるわけじゃなく、こちらの意図はきっちり伝えて。それでもNGな場合は、改めてやり方を考えようよと。そういう地道な積み重ねによって本国チームと少しずつ信頼関係を築いていけた部分は、今回すごく大きかったと思います。

映画「SING/シング」 / 2017年3月17日(金)全国ロードショー

「SING/シング」
ストーリー

動物だけが暮らすどこか人間世界と似た世界──取り壊し寸前の劇場支配人バスター(コアラ)は、かつての栄光を取り戻すため世界最高の歌のオーディションを開催することに。主要候補は5名。極度のアガリ症のシャイなティーンエイジャーのミーナ(ゾウ)、ギャングファミリーを抜け出し歌手を夢見るジョニー(ゴリラ)、我が道を貫くパンクロックなティーンエイジャーのアッシュ(ヤマアラシ)、25匹の子ブタたちの育児に追われる主婦のロジータ(ブタ)、貪欲で高慢な自己チューのマイク(ハツカネズミ)、常にパーティ気分の陽気なグンター(ブタ)。人生を変えるチャンスをつかむため、彼らはオーディションに参加する!

スタッフ
  • 監督 / 脚本:ガース・ジェニングス
  • 製作:クリス・メレダンドリ、ジャネット・ヒーリー
  • 吹き替え版 / 演出:三間雅文
  • 日本語吹き替え版音楽プロデューサー:蔦谷好位置
  • 日本語歌詞監修:いしわたり淳治
キャスト

マシュー・マコノヒー / リース・ウィザースプーン / セス・マクファーレン / スカーレット・ヨハンソン / ジョン・C・ライリー / タロン・エガートン / トリー・ケリー / ジェニファー・ソーンダース / ジェニファー・ハドソン / ガース・ジェニングス / ピーター・セラフィーノウィッツ / ニック・クロール / ベック・ベネット

吹き替え版キャスト

内村光良 / MISIA / 長澤まさみ / 大橋卓弥(スキマスイッチ) / 斎藤司(トレンディエンジェル) / 山寺宏一 / 坂本真綾 / 田中真弓 / 宮野真守 / 谷山紀章 / 水樹奈々 / 大地真央

蔦谷好位置(ツタヤコウイチ)

1976年生まれ、北海道出身。CANNABISのメンバーとして2000年にメジャーデビューし、その後NATSUMENの一員として活躍。2004年よりagehaspringsに在籍し、YUKI、Superfly、ゆず、エレファントカシマシ、木村カエラ、Chara、JUJU、絢香、back numberなど多くのアーティストのプロデュースを担当する。映画、CM音楽なども手がけている。

三間雅文(ミママサフミ)

1962年生まれ、東京都出身の音響監督。「ドラゴンクエスト」で音響監督テレビシリーズデビューし、その後も「ポケットモンスター」シリーズ、「進撃の巨人」「僕のヒーローアカデミア」「黒子のバスケ」など数多くのテレビアニメや劇場版アニメの音響を手がける。