ナタリー PowerPush - RHYMESTER

混迷の現在を描いた渾身のヒップホップアルバム

サムライがテーマの曲で、普通SEXという言葉は使わない

──ツボイさんと言えば、彼が所属するグループ・キエるマキュウが、今回唯一のフィーチャリングアーティストとして参加していますね。

Mummy-D このトラックもツボイくんからもらったデモに入っていたもので、俺は絶対これでラップしたいと思ってまず俺が1番のバースを入れたんです。で、その後の展開をどうしようって考えたとき、今回のアルバムはツボイくんにいろいろ関わってもらってるし、キエるマキュウに入ってもらったら何かマジックが起きるんじゃないかって思ったんです。

──なるほど。

Mummy-D それに彼らは去年「HAKONIWA」ってすごいアルバムを出してて、俺らの間でもマキュウが盛り上がってたんですよ。だから、俺らが逆にマキュウワールドに呼んでもらうような感じで参加してもらいました。

──確かにこの曲でのキエるマキュウにはすさまじい存在感がありますね。

宇多丸 俺の歌詞は最後に入れたんですけど、もし俺とDだけで作ってたら、もっとこじんまりとしてたというか、小さくまとまってたかもしれないって思うんですよね。マキュウが入ったことでいい猥雑さが出たというか。

──CQさんとMAKI THE MAGICさんのバースは、それぞれ超猥雑ですよね(笑)。

DJ JIN これはもう最高ですよ。最高です!

宇多丸 だってさ、曲のテーマが「サムライ」なのに、なんで「気持ちE / まるでSEX」とか言うんだよっていう。普通そういう言葉入れないでしょ(笑)。でも、彼らの猥雑さが入ったことで、「ダメな人としてのサムライ」っていう俺のリリックが書けたんだよね。安月給のさんぴん侍が、昼間から酒飲んでクダまいてる感じ(笑)。

──一般的にサムライという言葉は男らしさとか、ポジティブなニュアンスで使われるけど、この曲で描かれたサムライは全然違う(笑)。

宇多丸 こんな時代に飲んだくれてる大人のほうが、逆に信頼できるんじゃないかって思いもあって。あと、サムライって言葉から想起されるイメージはたくさんあるけどさ、一概にそんな立派なもんばっかじゃないよっていうのはどっかで言っときたかったんですよ。

「何かが決定的に変わっているのだ」という気分

──本作はまさにツボイ色が満載ですが、一転してMr.Drunkプロデュースの「グラキャビ」は爽やかな仕上がりですね。

Mummy-D でしょ? こんなツボイワールドがずっと続いたら、聴いてる人がみんな気が狂っちゃうから(笑)。絶対耳休めは必要だよってことで(笑)。実は「グラキャビ」も今回のコンセプトに合わせて、もうちょっと汚い音の仕上がりにしようと思ってたんだよ。でも、この曲はダーティなアルバムの中でのオアシスのようにならないとマズいなって。

──「狭いシートに体沈めて / 今再び君の住む街へ」とツアーの道程がロードムービー調に歌われていますが、現在のRHYMESTERもこういう感じでツアーを回っているんですか?

Mummy-D うん。全部ではないけど、結構こういう感じ。飛行機使うこともあるけどね。

宇多丸

宇多丸 そうそう。それで呼んでくれた子の運転する車で、この歌詞にあるような会話をしてますよ。「あいつ、どうしてんの?」とか、「あのハコなくなっちゃったんですよ」「マジで!?」とかさ。

──映画「サウダーヂ」を彷彿とさせる「地方の空洞化」を示唆する視点も興味深かったです。

宇多丸 同じところに行っても、もう同じじゃない感じっていうかさ。「何かが決定的に変わっているのだ」っていうのが今の気分なんだと思います。

Mummy-D あとさ、長くやってると時の流れみたいなものは感じるよね。それはヒップホップシーンの栄枯盛衰とも絡んでくるんだけどさ。「ああ、俺らいまだにこういう地方都市に呼んでもらえて幸せだなあ」みたいな。最近はすぐ遠い目しちゃうんだ(笑)。

俺らも声なき声を上げている人たちの一員

──「グラキャビ」の視点や「Deejay Deejay」のトピックなどもそうですが、今回のアルバムで描かれる時代性は新聞やテレビなどが伝えるマスな時代性ではなく、もっと日常を生きる市井の人々の声なき声を拾い上げているという気がします。

Mummy-D それはさ、俺らもその声なき声を上げている人たちの一員だからだよ。濁流に飲み込まれてるみんなと同じ日本人として感じた思いを、そのまま歌詞として出した感じ。あと、ヒップホップってそういうのが言いやすいんだよね。

──それは言葉数が多いから?

Mummy-D それもあるけど、ヒップホップはほかのジャンルと違って、お化粧したりきれいな衣装を着たりしなくても、その辺のあんちゃんのまんま大舞台に立てるアートなんだよ。

──だからより身近なトピックスをそのままアートにできる。

Mummy-D まさにそういうことだね。ヒップホップにはスーパースターの視点から歌ったようなものもあるけど、現在の日本においては地に足着いたというか、草の根というか、そういう言葉のほうがみんなにとってリアルに感じるんじゃないかな。

宇多丸 そもそもヒップホップが誕生した70年代のサウスブロンクスっていうのは、「ここがアメリカか!?」っていうくらい荒廃した生活環境だったわけだよ。俺らは当時初めてヒップホップに触れたとき、そんな絶望的なところから生まれた力強いタフな表現に希望を見出したんですよ。

──なるほど。

宇多丸 幸か不幸か、今の日本が「希望がない」「先行き不安だ」「貧乏だ」っていう雰囲気になってしまったから、そういうヒップホップ的表現がみんなに届きやすくなったんでしょうね。

ニューアルバム「ダーティーサイエンス」/ 2013年1月30日発売 / Ki/oon Music
初回限定盤 [CD+DVD] / 3360円 / KSCL-2194~2195
通常盤 [CD] / 3059円 / KSCL-2196
アナログ盤(完全生産限定盤) [アナログ2枚組] / 3800円 / KSJL-6163~6164
CD収録曲
  1. ダーティー
  2. ゆめのしま
  3. スクリーム
  4. ドサンピンブルース feat. キエるマキュウ
  5. ダーティーサイエンス
  6. グラキャビ
  7. ナイスミドル
  8. サバイバー
  9. Deejay Deejay
  10. ノーサイド
  11. It's A New Day
  12. The Choice Is Yours
初回限定盤DVD収録内容
  • 「ゆめのしま」Music Video
  • 「It's A New Day」Music Video
  • 「Deejay Deejay」Music Video
RHYMESTER(らいむすたー)

宇多丸、Mummy-D、DJ JINからなるヒップホップグループ。別名「キング・オブ・ステージ」。1989年にグループ結成。ライブ活動を中心に支持を集め、1993年にアルバム「俺に言わせりゃ」でインディーズデビューを果たす。1998年発表のシングル「B-BOYイズム」、翌1999年発表の3rdアルバム「リスペクト」のヒットで日本のヒップホップシーンを代表する存在に。2001年からは活動の場をメジャーへと移し、4thアルバム「ウワサの真相」リリースする。2007年、日本武道館での「KING OF STAGE Vol.7」公演を成功させるも、これを最後にグループ活動を休止。その後2009年10月にシングル「ONCE AGAIN」で本格的に活動再開。宇多丸はラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」のメインパーソナリティを務めるほか、テレビなどでも活躍している。Mummy-DとDJ JINは他アーティストのプロデュースなども行う。2010年にアルバム「マニフェスト」、2011年にアルバム「POP LIFE」とミニアルバム「フラッシュバック、夏。」をリリース。2013年1月30日には9thアルバム「ダーティーサイエンス」を発表する。