ナタリー PowerPush - 中塚武

スウィングするソングライターの10年史

隣のスタジオにさだまさし

──ベスト盤の曲順としては、時代を追っての編集という方法もあったかなと思うんですけど。

それも最初は考えました。サザンがよくやるんですよ。いつも1曲目が「勝手にシンドバット」(笑)。時代順に並べると“中塚学 ”の資料としては面白いんですけどね。それもいいなと思ったんですけど、そこは僕の選曲家としての欲が出てきて。ラストのほうは、僕がDJをよくやっていた時代の曲順みたいな感じなので、そこはちょっと懐かしくも思ってもらえるかなと。

──サンバアレンジの「北の国から」は、やっぱり盛り上がりますね。

今回、基本的にはカバーは収録しないことにしてたんですけど、この「北の国から」に関しては「よく、さだまさしさんが許してくれたなあ」と思うところまで含めてめちゃくちゃ面白いいきさつがあったので、入れました。

──さださんに直談判したんですよね?

そうなんです。もともとは、QYPTHONE時代から一緒にイベントをやっていたDJの三谷(昌平)さんが北海道に行ってしまうということで、カバーしてみよう、アレンジもサンバにしようとか言って夜中の3時に盛り上がったんです。でも、その話はみんなその場限りで忘れていて、僕だけが「いつか作れたら面白いな」って執念深く覚えてたんですよ。自分の中では「面白くしなくちゃ」ってプレッシャーにもなってましたし(笑)。それで、まさに「Your Voice」を作ってた頃だったと思うんですけど、スタジオ入りしてたら「隣のスタジオにさださん、いるよ」って言われて。それで「これは、やれっていう思し召しだ」と。

──話を聞いてるだけでドキドキします(笑)。

「今なら大丈夫」という連絡をもらって、みんなでわあーってお邪魔しました。「隣のスタジオでレコーディングしているミュージシャンの中塚です」って自己紹介して。最初はさださんもきょとんとしてたんですけど「『北の国から』をサンバでやらせてほしいんです」って言ったら、「あ、カバーの許諾か」って安心されたみたいで「あれ、歌詞がすごく難しいからね」って(笑)。周りのスタッフの皆さんもさださんのギャグに爆笑しているどさくさにまぎれて「ありがとうございます!」って許諾をいただいたんです。

──その偶然の一夜がなかったら、無理だったかもしれないですね。

そうなんですよ。だから「北の国から」はカバーとはいえ、エピソード込みで収録はありかなという気がしたんです。

原価割れのススメ

──アルバムのラストに入っている歌モノの新曲「○の∞(ゼロの無限)」は、タイトルといい、歌詞といい、すごく象徴的に思えます。

当初はNHK Eテレの番組「サイエンスZERO」のために作り始めた曲でした。番組のディレクターがビッグバンドでやった僕のライブに遊びに来てくれて。あの感じでオリジナルを作ろうということになって。最近の僕の歌詞は、日本語の“やまとことば”にどんどん特化していこうと思っているんです。伝えたいことをあんまり入れるのはよして、あったとしても一言にしたい。この曲の場合は「ゼロの何かを無限にする」その素晴らしさ。それを日本語の音に乗せて、その面白さだけをがんがんフィーチャーしたいなと思っているんです。たとえば「アジアの純真」とか「渚にまつわるエトセトラ」とか、PUFFYに井上陽水さんが提供した歌詞みたいな世界(笑)。あれはここ1、2年の僕の超えるべき課題ですね。ああいうわけのわからないものを突き詰めたいです。

──11年目以降の中塚武が、ますます楽しみです。

この区切りがちょうどよかったのかもしれないです。でも、人って一区切りあると、落ち着いちゃうんですよ(笑)。

──すごろくでいう「あがり」の感じですよね。

ありますよね(笑)。あれはよくないですね。音楽だけじゃなくて、広告業界の人でも、歳を取っても落ち着いてないタイプの魅力のある人たち、いるんですよ。そういう感じがいいですよね。こないだ(須永)辰緒さんの自作ラーメンの試食会があって、食べに行ったんです。すごくおいしかったんですけど、辰緒さん、「原価が1000円超えちゃって(笑)」って笑ってて。「○の∞」のデータを送って聴いてもらったときも「なんちゅう豪華な曲だ! こんな曲作って、本当に幸せ者だな」ってメールが来たんですけど、僕は「辰緒さん、あなたに似て、僕も”原価割れ”です」って返事しました(笑)。

──最高ですね!

“原価割れ”のDNAを引き継いでいるという(笑)。「あがり」にならない1つの秘訣は“原価割れ”ですよ。「原価割れのススメ」(笑)。

中塚武
ベストアルバム「Swinger Song Writer - 10th Anniversary Best - 」[SHM-CD+DVD]2014年4月23日発売 / 3780円 / Delicatessen Recordings / P.S.C. / UVCA-3020
CD収録曲
  1. Kiss & Ride
  2. Your Voice(sings with 土岐麻子)
  3. Countdown to the End of Time
  4. Cafe Bleu(pour un oui ou pour un non) with Clementine
  5. 冷たい情熱
  6. Magic Colors
  7. Girls & Boys
  8. The Sweetest Time
  9. On and On
  10. SEXY VOICE AND ROBO
  11. Aguas de Agosto
  12. 虹を見たかい
  13. キミの笑顔
  14. Cherie!
  15. Black Screen
  16. Love Wing
  17. 北の国から
  18. 〇の∞(ゼロの無限)(※新曲)
DVD収録内容
  1. On and On (Music Video)
  2. Black Screen (Music Video)
  3. 冷たい情熱 (Music Video)
中塚武(ナカツカタケシ)
中塚武

1998年、自身が主宰するバンドQYPTHONE(キップソーン)でドイツのコンピレーションアルバム「SUSHI4004」に参加。国内外での活動を経て2004年にアルバム「JOY」でソロデビューを果たした。その後はCM音楽やテレビ&映画音楽、アーティストへの楽曲提供など活動の幅を広げ、2010年には自身のレーベル「Delicatessen Recordings」を設立。2011年にはレーベルオフィシャルサイト内にて新曲を定期的に無料配信する「TAKESHI LAB」をスタートさせた。2014年4月にはソロ活動10周年を記念したベストアルバム「Swinger Song Writer -10th Anniversary Best-」をリリース。