長渕剛|投げかけたい言葉がある限り歌い続ける

レコーディングスタジオに絨毯やソファーを入れる

──長渕さんはこれまで数多くのアルバムを制作してきました。レコーディング環境も変化し続けていると思うのですが、その点に関してはどのように考えていますか?

今の録音環境って、どの現場も哀れなくらい個人主義なものになってしまっている。それだと化学変化が期待できない。

──予想以上のものを作り上げることができない、ということでしょうか?

長渕剛(撮影:辻徹也)

そう。1人ですべての録音作業を済ませることができるから、1人の世界観で終わってしまう。マスターベーションではいいものはできない。叩き台となるものを1人で作るのは大いにけっこう。そこにいろんな人間が集まって、キャンパスに色を塗っていくように、1つの設計図に対してどんな音を当てはめていくのか考えて作っていくべき。違う考え方がぶつかり合うことで、化学変化を起こす。それが音楽を作る楽しさであるから。今主流となっている音楽環境は変えないとダメ。だから「BLACK TRAIN」のレコーディングでは、スタジオを昔ながらの環境に近付けるよう工夫した。間接照明とか取り入れたり。

──録音機材だけでなく、インテリアも用意したのですか?

もちろん。絨毯やソファーを入れて、画家のアトリエのようにスタジオの環境を整えた。オフィスのような明るい照明の下で、時間に追われて作ってもいいものは完成しない。音楽は気分で作るもので、気分っていうのは気を分け合うって書く。1人だけのものではない。制作中僕が「気分が悪い」って思ったら、それは自分と相手と気分を分け合ってないってこと。だから制作スタッフみんなで気を分け合う。もちろん衝突もあるだろうし、感性の違いでスパークすることもあるだろうけど、それこそがうまく音楽に反映されていく。

──音だけでなく、制作環境も共に作っていくと。

それがすごく大事。例えば悲しくて切ないラブソングを作るとき、煌々とした灯りの中で作りたくない。悲しいストーリーを描くとき、舞台やドラマであれば当然撮影所にセットが組まれるわけ。そして「傷付くことばかりだったね」って、セリフを言うときと同じように、僕にとって歌詞はセリフや台本と同じもの。小さなライトを1つ置いて、オレンジ色の光に包まれながら、語りかけるように歌えばちゃんとその気持ちが反映される。もし明るい照明の下で悲しい歌を歌えって言われたらすごく大変で、「悲しいよな、今絶対悲しいから……」って自己暗示をかけて歌わないといけない(笑)。

──かえって大変ですよね(笑)。

さらに若いスタッフに「歌入れお願いしまーす!」って大きな声で言われると「うっせえなコイツ!」ってなっちゃう(笑)。それで僕は「お前な、これから歌の世界に入るんだから……」って叱るんだ。そういう気の遣い方って、レコーディングスタッフにとっては大事なことで。でもただ怒ってもしょうがないから、ちゃんとゼロから教えてあげるようにする。大変だけど、若い連中に僕が学んできたことを教えるのも、1つの役割。そうやって自分も先輩たちから教わってきたから。

──若者たちに心構えを教えることも大事にされているんですね。

でも、今のレコーディングスタジオってどんどんスタッフが変更される。3日間一緒に作業してたのに、4日目から「違うスケジュールが入ってる」っていなくなっちゃう。「お前さー!」ってがっかり(笑)。レコーディングって、チームを組んで、環境とか音楽を作るためのシステムを何カ月間もかけて一緒に作り上げていかないと、本当にいいものは作れない。つまらない音楽ばかり、商業主義ばかりやってると大切なことがマヒしてくる。

──音楽作りの環境は、ここまで大きく変化していたんですね。

変わってきたんじゃなく、変わらざるを得ない状況になった。レコード会社が求める生産性やいろんな仕組みによって、大きなスタジオの需要がなくなってきたし。今は最低限、スマホ1つあればレコーディングができる。でも本物の音楽を追究していくには、ちゃんとしたスタジオできちっと制作環境を作ることが大切で。アメリカやイギリスでは古いスタジオでも、きれいに設備が整っている場所は今でも現存してるし。いつか僕も、そんなスタジオを作る。

「お前が父になればいい」

──先ほどラブソングを作る際の方法が話題に挙がりましたが、そのお話を聞いてアルバムに収録された楽曲「誰かがこの僕を」「Can you hear me?」に感じられる、リスナーに寄り添うような雰囲気が生まれた理由が理解できました。

長渕剛(撮影:辻徹也)

特に「Can you hear me?」は僕もスタッフも、みんながめちゃくちゃ神経を使いましたね。

──アルバムの最後を飾る「Can you hear me?」は父や母のいない子供について歌ったシリアスなナンバーになっています。

今は立場上夫婦であっても、父や母としての役割を果たせていない人がたくさんいて、子供は犠牲になっている。父母はもちろん、うらぶれてしまった子供が「Can you hear me?」を聴くことで、父性や母性とはいったいなんであるか、人を愛することとは何かを考えてほしい。誰しも両親の愛があって生まれたから、子供には「生まれてきたのに父や母がいない」という孤独感を与えてはいけない。あったかい気持ちを感じて欲しくて、この歌を作った。

──この楽曲では「父になる不安」についても歌われています。

「お前が父になればいい」っていう答えを出していいのか本当に悩んで、最終的には1つの答えとなる歌詞を入れた。もしかしたら2年後に「歌うべきではなかったのかな」と思うかもしれない。父親になるときは誰しもが不安を抱く。だけど本当に相手の女性のことが好きなら、不安よりも自分の子供を抱きしめられる喜びのほうが大きいはずだ。

母の歌を作り続ける理由

長渕剛(撮影:辻徹也)

──「かあちゃんの歌」では歌詞の冒頭に九州で暮らしていた主人公のエピソ-ドが描かれていますね。これは長渕さんご自身の体験をもとにしたのですか?

基本、自己体験がないと曲は生まれない。

──「MOTHER」「コオロギの唄」など、長渕さんはこれまでも母について歌ってきましたが、ご自身にとって母親はそれだけ大きな存在なのでしょうか。

やっぱり女性は命を作るから偉大。母が亡くなったあと「ああしてあげればよかった」っていう後悔はいまだに尽きないし、「母はなぜあんなに苦労して死んじゃったんだろうか」「何を目的としてあの時代を生きていたのだろうか」とか、母の亡くなった年に近付くに連れて、ひしひしと感じる。もちろん父にも同じような思いはあって、亡くなったときには「鶴になった父ちゃん」という歌を書いた。僕は仏壇の前に母の骨を置いているんですけど、それをときどき手のひらに乗せて、「曲ができたよ」とか「明日からアメリカに行ってくるよ」って声を掛ける。そうすると不思議なもので安心する。母はいくつになっても偉大だし、だからこそ幾度も母についての歌を生み出してきた。

──長渕さんはつらい体験を題材にした歌も多く発表しています。そういった題材を扱う際、苦しみを感じませんか?

矛盾しているけれど、歌手というのは幸せを求めているくせに不幸なときのほうがいい歌ができる。そこが作家の非常に危ないところ。常に肉体は健康な状態に保ちつつ、精神は病むか病まないかというバランスを維持しないといけない。年齢を重ねつつ、リアリズムを盛り込んだ歌を作っていくのは本当に大変。だからこそ、やりがいもある。

長渕剛「BLACK TRAIN」
2017年8月16日発売 / UNIVERSAL GEAR
長渕剛「BLACK TRAIN」初回限定盤

初回限定盤 [CD+DVD]
4320円 / POCS-9167

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長渕剛「BLACK TRAIN」通常盤

通常盤 [CD]
3240円 / POCS-1621

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CD収録曲
  1. Black Train
  2. 嘆きのコーヒーサイフォン
  3. Loser
  4. かあちゃんの歌
  5. マジヤベエ!
  6. ガーベラ2017
  7. 愛こそすべて
  8. 自分のために
  9. 誰かがこの僕を
  10. Can you hear me?
初回限定盤DVD収録内容
  • メイキング&インタビュー

公演情報

TSUYOSHI NAGABUCHI NEW ALBUM「BLACK TRAIN」 ONE NIGHT PREMIUM LIVE AT 日本武道館

2017年8月22日(火)東京都 日本武道館

長渕剛(ナガブチツヨシ)
長渕剛
1956年生まれ、鹿児島出身の男性シンガーソングライター。1978年にシングル「巡恋歌」でデビューを果たし、1980年にシングル「順子」が初のチャート1位を獲得。その名を全国に浸透させた。以後「勇次」「ろくなもんじゃねぇ」「乾杯」などのヒット曲を次々と発表。1980年代前半からは「家族ゲーム」シリーズ、「とんぼ」などテレビドラマや映画にも出演し、俳優としての活動も行う。2004年8月には桜島の荒地を開拓して作った野外会場でオールナイトライブを敢行し、7万5000人を動員。さらに2015年8月には静岡・ふもとっぱらにて10万人を動員する野外オールナイトライブ「長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」を実施し、成功を収めた。2017年8月には自身24作目となるオリジナルアルバム「BLACK TRAIN」をリリース。同月22日には本作の発売を記念したプレミアムライブを東京・日本武道館で行う。