音楽ナタリー Power Push - 宮沢和史

集大成を生んだ旅とその行く末

まだまだ沖縄から学べる

──THE BOOMの曲として「この曲を書くために音楽を続けてきたのかもしれない」とおっしゃっていた「世界でいちばん美しい島」も、BEGINを交えて新たに制作された「ウチナーグチver.」という形で収録されています。

宮沢和史

この曲は、未来を担う子供たちにぜひ歌ってほしい歌で、僕の音楽人生の1つの到達点と言ってもいいものです。これを今回ぜひBEGINとやりたかった。BEGINとはデビューもほぼ同期で、ずっと近い立ち位置で活動してきた仲間です。この曲を一緒に演奏することでようやく両者の歩みが重なったと思っています。一部の歌詞をウチナーグチ(沖縄の方言)に換えるにあたっては、沖縄民謡研究の第一人者である上原直彦さんに琉歌(沖縄の民謡の一種)のエッセンスを加えてもらい、ただの直訳でなく、より「生きた言葉」にすることを目指しました。

──宮沢さんの創作活動において沖縄は重要なファクターなんですね。

そうですね。ここ数年、僕は沖縄の島々を巡りながら個人的に島唄の録音や、三線の棹(さお)の部分の材料となる「くるち」(黒檀)の植樹活動をしているんですが、そうした中で急速に沖縄の懐に入っていってる気がして。

──今にしてようやくそう思うんですか。これまでの活動でも十分なような気がしますが……。

知れば知るほど、沖縄の文化はいよいよ奥深いものですからね。まだまだ勉強すべきことはたくさんあります。

音楽の在り方

──アルバムの冒頭を飾る新曲「The Drumming」も、沖縄の伝統芸能であるエイサーから着想を得た曲ですね。

宮沢和史

はい。もともと沖縄の演出家・平田大一さんが2016年2月に行う舞台のために僕が書き下ろした曲なんですが、この曲は僕の……派手なほうの音楽性の集大成と言っていいでしょうね(笑)。上妻宏光さんの津軽三味線を入れたり、ブラジルのバイーア州特有のアフロのリズムを使ったりと、あらゆる地域の音楽が渾然一体となってひと口で「どこの音楽」とは言えないものに仕上がりました。歌詞やアレンジも含めて打楽器にフォーカスした曲ですが、打楽器のいいところは、言葉がわからなくても、なんなら演奏技術がそれほどなくても、世界中の人が一緒に演奏できること。これは、音楽の最も根源的で理想的な在り方なんじゃないかと思います。そうしたことも含め、言語、民族、宗教、あらゆる境界を越えていく力のある楽曲になったという自負があります。

──「境界を越えていく」というテーマは、宮沢さんがこれまでの音楽活動の中でずっと追求してきたものですね。

先ほども言ったように、僕はさまざまな場所に旅をしてどんどんその地の音楽性を吸収してきました。でも一度として何者かになりきろう、なりすまそうとしたことはないし、それぞれの音楽のいいところだけをつまんで変わったものを作ろうという収奪的な意識も毛頭ない。ただ音楽がどこから来たかを知ろうとしてきたんです。

──その土地の音楽が生まれた理由や、土着の歌を求める人の心を知りたかったということですか。

宮沢和史

そうですね。どの時代、どの国でも同じなんですが、古来から人は歌の中に喜怒哀楽や祈りなど、生きている上で感じうるすべての感情を込めてきました。そして僕はさまざまな歌に触れながら、込められている本質の部分へとどんどん意識を向けていきました。その結果、日本や、僕の創作の大きな源泉になった沖縄も含め、「ふるさと」の音楽とはなんだろうと考えるようになり、THE BOOMで日本にフォーカスしたアルバム「よっちゃばれ」を2011年に作ったんですが、時を同じくして東日本大震災が起こってしまった。そこで僕はさらに音楽について深く考えていくようになりました。人はどんなときでも歌を必要とする。音楽性自体は違っても、そこに込められた心が世界中のすべての人と分かち合えるものならば、さらに深く、その本質に分け入っていきたいと。

──歌に込めるものとしては、震災を経たこの時代に対して思うところも含まれているんでしょうか。

今の時代、日本はもちろん世界中の人がどこか漠然とした不安にとらわれていると感じています。それゆえに、心のどこかで常に敵や叩く相手を探すような心理が働く。寄る辺のない気持ちの中で、誰もが自己の存在を肯定したいのだと思います。そうした時代に、僕が音楽家として未来をお手伝いできることがあるとしたら、もう一度自分たちがどこから来たのか、何の上に生かされているのか……時代の表層がいかに移ろっても決して消えることはない、我々が逃れられないものとしてのフォークロアのことを考えるきっかけを作ることなのだろうと思います。

ラディカルなことをやりたい

──誰もが表層の情報に振り回される時代に、より深く物事の核心へと潜っていく。一見、円熟して落ち着いているようで、実は非常にパンクな姿勢だと言えます。宮沢さんはこれまでの活動においても本質的なラディカルさが一貫してブレていないし、これからもそうなのだろうと思うのですが。

宮沢和史

僕はこれまで、ずっと自分のことをロックミュージシャンだと言ってきました。ロックというのはもともとブルーズから派生し、世の中に対するプロテストソングとして発達した。若い頃の自分が浴びるように聴いてきたU2やThe Policeなどのロックバンドも、常に世界に対するメッセージを持っていたし、僕自身もそうありたいと思って「手紙」という曲でその意志を表明したりもしてきました。ひるがえって、音楽シーンの現況を見ていると、もはや世の中では必ずしも「ロック=プロテスト」ということではないのだなと感じることもある。しかし自分はロックミュージシャンです。これからも自分の心の中にロックの種火を灯し続けたまま世の中を注意深く見わたしていたい。その種火をどのように未来を照らす光に変えるか、今すぐに答えが出るものではありませんが、やるべきときは必ず来るだろうなと考えています。

──具体的にはどういう方法でしょうか。もしかして音楽に限らないということも?

まだ自分の中で明確な考えがあるわけではないです。ただ、漫然と「とりあえず次のアルバムを作りはじめよう」みたいな気持ちはない。必然性のあること、そして宮沢にしかできないラディカルなことをやりたいとは思っています。

──「音楽の旅から帰還した」と最初におっしゃっていましたが、「MUSICK」のジャケット写真からしてまったく「帰還した」イメージはないですよね。今にもまたフラッと遠くに行きそうな。

そもそも、僕は1つの場所に安住できる性分ではないですからね。これからもきっと新しい扉を開いて、まだ見ぬ世界に飛び出していこうとするのだろうと思います。それがかつてのような形ではなくても、辿り着いた風景の中で手にしたものをまた皆さんにお見せするために、流れるように旅をするのではないかなと。

──今の宮沢さんの状況としては、目の前にまっさらな海原が広がっているといった感じですか?

はい。このアルバムを出して全国ツアーをやったあとのことは、それから考えるという感じです。今はとにかく、観に来てくださる方のために精一杯いいものを作ることだけを考えていますから。現時点での僕の集大成になるツアーであることは間違いありませんから、見逃す手はないですよ(笑)。

宮沢和史
ベストアルバム「MUSICK」 / 2015年12月2日発売 / よしもとアール・アンド・シー
初回限定盤 [CD2枚組+ブックレット] / 4860円 / YRCN-95250~1
通常盤 [CD2枚組] / 3780円 / YRCN-95252~3
DISC1 収録曲
  1. The Drumming[作詞・作曲・編曲:宮沢和史]
  2. SPIRITEK

    [作詞:高橋佐代子、Danny Browne/作曲:宮沢和史]

  3. シェゴウ・アレグリア! ~歓喜のサンバ~

    [作詞・作曲:宮沢和史]

  4. DISCOTIQUE[作詞・作曲:宮沢和史]
  5. E TUDO TAO MENOR[作詞:Lenine/作曲:宮沢和史]
  6. Primeira Saudade

    [作詞:宮沢和史/作曲:Fernando Moura/編曲:笹子重治]

  7. 世界でいちばん美しい島 ~ウチナーグチver.~

    [作詞・作曲:宮沢和史/沖縄口訳詞:上原直彦/編曲:BEGIN]

  8. あの海へ帰りたい[作詞・作曲:宮沢和史]
  9. Perfect Love[作詞・作曲:宮沢和史]
  10. 抜殻[作詞・作曲:宮沢和史]
DISC2 収録曲
  1. WONDERFUL WORLD[作詞・作曲:宮沢和史]
  2. ちむぐり唄者[作詞:平安隆 / 作曲:宮沢和史]
  3. シンカヌチャー

    [作詞:宮沢和史、我如古より子、平田大一 / 作曲:宮沢和史]

  4. さがり花[作詞・作曲:宮沢和史 / 編曲:山弦]
  5. 幸せゆき

    [作詞・作曲:宮沢和史 / 編曲:山弦、ストリングスアレンジ:土屋玲子]

  6. [作詞:宮沢和史 / 作曲:高野寛 / 編曲:高野寛、ストリングスアレンジ:土屋玲子]

  7. 遠い町で

    [作詞・作曲:宮沢和史 / 編曲:塩谷哲、ストリングスアレンジ:土屋玲子]

  8. 楽園

    [作詞:宮沢和史、大宮エリー / 作曲:宮沢和史 / 編曲:笹子重治]

  9. 風になりたい ~with Ska Lovers~

    [作詞・作曲:宮沢和史 / 編曲:DUBFORCE + 伊藤直樹]

  10. 足跡のない道[作詞:宮沢和史 / 作曲:宮沢和史、高野寛]

bonus track (初回盤のみ収録)

  1. 有るがままに(朗読)[詩・朗読:宮沢和史]
参加ミュージシャン

上妻宏光 / 新垣健 / 伊藤直樹 / 加瀬達 / カナミネケイタロウ / GANGA ZUMBA(宮川剛、今福健司、tatsu、高野寛、Fernando Moura、土屋玲子、Luis Valle、大城クラウディア) / 国場幸孝 / 笹子重治 / 塩谷哲 / 末吉ヒロト / 鶴来正基 / ドン久保田 / 服部正美 / BEGIN(比嘉栄昇、島袋優、上地等) / 前濱YOSHIRO / 屋敷豪太、増井朗人、Watusi、エマーソン北村、巽朗、會田茂一(from DUBFORCE) / ヤマカミヒトミ / 山弦(小倉博和、佐橋佳幸) / よなは徹(五十音順、敬称略)

宮沢和史 コンサートツアー 2016「MUSICK」
2016年1月11日(月・祝)
神奈川県 Yokohama Bay Hall
2016年1月15日(金)
福岡県 DRUM LOGOS
2016年1月17日(日)
沖縄県 ミュージックタウン音市場
2016年1月20日(水)
愛知県 DIAMOND HALL
2016年1月22日(金)
大阪府 Zepp Namba
2016年1月24日(日)
広島県 BLUE LIVE HIROSHIMA
2016年1月31日(日)
東京都 Zepp DiverCity TOKYO
宮沢和史 “祝50歳”スペシャル・パーティー
2016年1月18日(月)
沖縄県 みやんちSTUDIO&COOFFEE
GANGA ZUMBA Festa Eterna ~フェスタ エテルナ~
2016年1月28日(木)
東京都 LIQUIDROOM
宮沢和史(ミヤザワカズフミ)
宮沢和史

1966年山梨県甲府市生まれのシンガーソングライター。THE BOOMのボーカリストとして1989年にデビューし、2014年に解散するまでに14枚のオリジナルアルバムをリリース。一方でソロ名義でも5枚、GANGA ZUMBAとしてアルバムを2枚発表している。2015年12月には過去のナンバーや新曲、新録のセルフカバー曲などをパッケージしたベストアルバム「MUSICK」をリリース。2016年1月にGANGA ZUMBAのメンバーとともにソロツアーを実施する。