音楽ナタリー Power Push - 川田まみ

キャリア10年で魅せた新たな真髄「E.M.R」の正体

I'veの箱入り娘でいることに慣れすぎて

──声の表現についてお聞きしたいのですが「here.」や「HOWL」のボーカリゼーションは非常にチャレンジングというか、今までにないものですよね?

確かにチャレンジングだったと思います。ただ、実は2曲とも制作自体は2年前にしていて、昨年「CRブラックラグーン2」というパチンコ機のテーマソングとして発表されたんです。で「ブラックラグーン」シリーズといえば、かつてI'veに所属していたMELLさんが歌ったアニメ版のオープニングテーマ「Red fraction」がすでにあるわけですよ。

──最近の川田さんが積極的に出演している、いわゆるアニクラ系のイベントではいまだに絶対アガるキラーチューンですよね。

だからもう、超プレッシャーで! 私は基本的に誰かと比較されても気にしないタイプなんですけど、今回ばかりは「ブラックラグーン」ファンの方々から袋叩きにあうんじゃないかと、怖くて怖くて(笑)。その一方で、このプレッシャーを乗り越えられれば絶対自信になるとも思っていたんですけどね。

──「here.」も「HOWL」も、高瀬一矢さん作・編曲ですね。

レコーディングエンジニアも高瀬さんで、彼にとってレコーディングは実験であり、スタジオも研究室みたいなんですよ。そこで、高瀬さんは私のいろんな歌い方を試すというか、私にモノマネさせるんです。今回なら「AメロをNo Doubtっぽく歌える?」とか「でも2コーラス目のAメロはThe Smashing Pumpkinsで」とか。そういう指示をあれこれ出しながら「おおー、いいね。今のハマりましたね」みたいな感じに落ち着けていく。そうすることで2曲ともすごくいい形に仕上がったので、私の中では1つ壁を乗り越えられたし、「Borderland」と同じく、今までの私にあった「シャナ」や「禁書」のイメージを上書きできるものになればいいなと。ぜひ聴いてほしいですね。

──先ほど、このアルバムには「歌」よりも「音」を聴かせるという制作意図があったとおっしゃいましたが、この2曲における川田さんの歌声は、まさに全体の音を構成する楽器の1つのように聞こえます。

もともと高瀬さんって声も楽器の1つとして録る人なんですよ。しかも私はデビューしてからずっとI'veでしかレコーディングをしていない。その高瀬さんをはじめとしたI'veの音作りしか知らないから、声も楽器のように録るのが当たり前になってるんですよね。いかにこの楽曲になじむような面白い声にできるかっていう録り方に慣れてしまったというか。言ってみれば箱入り娘なんですよ。

──ずいぶん変わった箱に入った娘さんですよね。あのエフェクトをかけられるのが当たり前の環境って(笑)。

バラードとかだと「そこまでエフェクトかけるの!?」って思うことはありますし、「ここまで声を加工するなら、これ別に私が歌わなくてもいいですよね!」って食ってかかることもあるんですけどね(笑)。ただ今回は「いかに音の一部としての歌を聴いてもらうか」という試みでもあるので、むしろ自分から「もうちょっとガナるように歌ってみます?」みたいな提案もしつつ、「とことんやってやる」という気持ちで録りました。

脳みそが膨らんで、頭がショートした

──あと気になったのが「PIST」という曲で。これは「ブレーキはない」「僕らはどこまで走り続けるんだろう」という詞から察するに自転車のことですよね?

そうです。ピストバイクから取らせてもらいました。

──ご自分で乗られたりとかは?

いやいやいや! ブレーキのない自転車とか怖いし、運動神経ないですし(笑)。この曲はデモをもらったときに、どこか緊迫感のある、何かに迫られているような印象を強く受けたんですね。そこから、うしろばかり振り向いていられない、前を見て走るしかないんだよ、ということを歌ってるんです。

──まさにさっきおっしゃっていた「大人の前向きさ」ですよね。

「PIST」の歌詞はライブ直前の心情をイメージして書いたんです。それが私にとっての「緊迫感」の象徴だから。要は本番直前薄暗いステージの袖に立つと、カーテンの向こう側ではSEが流れていて、「もうステージに出なきゃいけない」「後戻りはできない」って何かに迫られてる感覚になるんですよ。歌詞の中ではライブには一切触れていませんけど、その「さあ行くぞ!」っていう瞬間を切り取った、ほんの3分くらいのストーリーを描きたくて。それを表すいい言葉はないかと探していたら、ピストバイクなるものを知り。「バイク」まで残してしまうと今度は逆に自転車やバイクの曲だと思われるかも思って「PIST」にしてみました。

──そうした作詞に関して、前作のときは実際にちゃぶ台をひっくり返してやったくらい産みの苦しみを味わったとおっしゃっていましたよね。今回はいかがでした?

さすがにちゃぶ台はひっくり返さなくなりましたね、大人として(笑)。でも、やっぱり産みの苦しみはありました。実は今作って制作の話自体は1年以上前からあって、どのタイミングで出すかを検討した末、せっかくだからメジャーデビュー10周年に合わせましょうということで、今リリースすることになったんです。で、去年の年末くらいからI've全体の週1の会議を始めて、音のイメージやタイトルを決めつつ制作陣に楽曲を作ってもらっていたんですけど、5月の半ばから6月にかけて「これだけ音の材料があれば十分歌詞が書ける」っていう状態のデモが一気に上がってきやがりまして(笑)。以降、1週間に2回くらい作詞の納期が……。

──そうか。作曲家陣は1人数曲ずつ作ればいいけど、川田さんはその13曲全部作詞するわけだから、デモが一気に届くと……。

大パニックですよ(笑)。とにかく6月が一番ハードで、頭を使いすぎて、なんか頭がメキメキいってる感じというか、脳みそが膨らんで内側から頭蓋骨を破るんじゃないかっていう感覚に陥るくらいになっちゃって。そしてついに、6月の終わりにはあと2曲だけ残して頭がショートしました。「ボフッ!」って。

──「ボフッ!」(笑)。

「もう朝から何もできません。立つこともできません」と会社に連絡しまして。まあ、そういう瞬間もあったんですけど、前回ちゃぶ台をひっくり返したのも、産みの苦しみ以外にも、実は気に食わないことがあったんですよ。あのときのインタビューでは言いませんでしたけど(笑)。ケンカまではいかない、ちょっとした衝突が。今ではもう笑い話ですけど、あの頃と比べれば今回は穏やかでしたね。「ボフッ!」ってなったけど(笑)。

ニューアルバム「PARABLEPSIA」 / 2015年9月16日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
[CD] 3240円 / GNCV-1038
収録曲
  1. parablepsia
  2. Borderland
  3. I...civilization
  4. fly blind
  5. Eager Eyes
  6. PIST
  7. Enchantress
  8. here.
  9. HOWL
  10. Replica_nt
  11. It's no big deal
  12. Break a spell
  13. Dendritic Quartz
川田まみ(カワダマミ)

2月13日生まれ、北海道出身の女性シンガー。2001年に島みやえい子の推薦でI'veのオーディションに参加し合格。同年11月に発表された「風と君を抱いて」で歌手デビューを果たす。2004年6月にリリースされた「I've Girls Compilation 6『COLLECTIVE』」収録曲「IMMORAL」「eclipse」で高評価を受け、2005年2月にテレビアニメ「スターシップ・オペレーターズ」の主題歌に採用されたシングル「radiance / 地に還る~on the Earth~」でソロデビューした。以降、さまざまなアニメのテーマソングを手掛け、独特の繊細なビブラート、透き通るように伸びやか、かつ力強い歌声で幅広い層からの支持を獲得。2012年8月に通算4枚目のアルバム「SQUARE THE CIRCLE」をリリースし、2013年2月には初のベストアルバム「MAMI KAWADA BEST BIRTH」、ニューシングル「FIXED STAR」を立て続けに発表した。2014年にはアニメ「東京レイヴンズ」後期エンディングテーマ「Break a spell」を、2015年にはアニメ「To LOVEる -とらぶる- ダークネス2nd」のエンディングテーマ「Gardens」を発表。そして9月16日には3年ぶり5枚目のオリジナルフルアルバム「PARABLEPSIA」をリリースする。